オカ研部長、さらに語る
「この町だから予言できる、というと……?」
「来たまえ」
部長は地図が広げられている部屋の中央から、端にある本棚の方へ移動した。そこから一冊の本を取り出し、パラパラとめくったあとにあるページを机の上に広げる。
「この町はね。おかしい」
「……おかしい?」
「これを見て、何か感想はあるかい?」
私は広げられたそれをまじまじと眺めた。えーっと、地図だ。中央に国道が走り、やや左上に学校が、右下に神社……って、これこの町の地図か。ただ、起伏がわかるように陰影がつけられているやつだ。私はしばらくそれを見つめて、顔を上げた。
「この町の地図です」
「それで正しい。……次にこちらは?」
続いて広げられたのは、同じこの町の地図だった。ただ、起伏が少し違う? 私は首を動かして両者を見比べた。左の丘は平地になってるし、逆にここの窪地はちょっと盛り上がっちゃってる。……ずっと前のこのあたりの地図ってこと? あれ、でも高校があるってことは……? この高校って確か15年前にできたはずだからそれ以降の?
私はもう1度地図を見つめた。……この15年以内で、ここまで起伏が変わるなんてこと、あり得るのだろうか。
「違うよ。これはこの町の、5年前の地図だ」
「いやおかしい」
「そうだろう。ただね、おかしいのはそれだけじゃない」
真剣な顔で部長は私の目をじっと見つめる。その瞳に私が映っていることまで目に見えてわかるくらいに、じっと。そして不意に私の首に腕を絡ませて、すっと抱き寄せた。そうして私の耳元で、聞こえないくらいの小さな声で。大切な秘密をこっそりと告げるように、囁いた。
「――本当におかしいのはね、それに違和感を覚えている人間がいないことだよ」
「この町がおかしいのはわかりました。ただ、それでもよくわかりません。おかしい=未来予知ができる、とはあまりならないんじゃないでしょうか」
「そうだね。もう少し説明しよう。……この町はおかしい。だから、当然住んでいる人間にも影響が出る。で、どういう影響が出るかだが……もう1人、この部の部員である守家くんが顕著だな」
「……?」
「この町ではね。どうやら、ざっくり言うと運勢というか……大げさに言うなら、人の運命がねじ曲がっている」
「はぁ……えーっと」
おおう。運命ときた。でも、いきなり運命って言われても……何だろう? なんだかあいまいというか……。流れ、みたいなものなのかな? それが、ねじ曲がっている?
「そう。そしてこの『突然現れる少女』の未来予知は、おそらくその流れを見ている……のではないかと私は思っているんだ」
「……どうしてそんなの見られるんでしょう?」
私が尋ねると、部長は決まりの悪い顔をした。
「……そこなんだよ。きっと、この少女と未来を見る力は直接繋がってはいない。それなのに使える。……単に、不思議な力だから共鳴している、という可能性は低いと思う。この少女は他の力を今のところ発揮していないからね。……それこそ、この町のおかしさとこの少女の力が、根は同じとかそういうものでない限り……」
運命を捻じ曲げる力と、場所を移動する力。確かにあんまり同じジャンルな感じはしない。「移動する力」を持っている少女が、「運命を曲げる力」にもただ乗りしているのがこの現状、というのが部長の見解か。
……いや、そもそも私のあの能力って「場所を移動する力」なの? 十何年も生きてきて「あ、移動してた」なんて思った経験ないんだけど。……ただしここ1ヶ月くらいを除く。それまでは平凡で地味に生活してきた、はず。そもそもそんな不思議なことが起こるんだ、っていうのが今でもあんまり信じられないし。自分が体験してなかったら絶対ここまで真面目に聞いてないと思う。
部長はそこまで話すと、私から離れて立ち上がった。
「まあ、今のところ分かっているのはこれくらいかな。……何か質問は?」
……さっきの部長の話とは関係ないけど、1つ気になることがある。……ただこれを聞いてしまうと、私が即ゲームオーバーになってしまう可能性も……。……いやでも確認しておいた方がいいよね……。……よし。
私はできるだけさりげなく、気になっていることについて切り出した。
「……国道脇の事件についてなんですけど。タクシーの運転手の人以外からは話を聞いたりしているんですか?」
部長が先輩と既に接触しているかどうかは、私の生命線だ。どうか、してませんようにしてませんように……。
「ああ、この学校の生徒である秋島君がその場にいたから当然話は聞いた……ってどうしたんだい。急に床に崩れ落ちて。大丈夫かい?」
私はぐったりと床に手をついたまま、先輩の問いにこくこくと力なく頷く。
……終わった……。あの先輩と部長が接触しているなら、あの事件の翌朝私を追いかけていたこととか、教室にやってきて私たちの昼食タイムを邪魔したこととかも当然話しているだろう。部長も逆にびっくりしたんじゃないかな。のこのこと私がやってきて。そりゃ混乱して次期部長とか言うよ。
「……まあ、彼も『この学校の生徒だと思う』くらいしか話してはいなかったけどね。タクシーのドライブレコーダーが手に入ったら一番いいんだが……」
……あれ?
私はそれを聞いて顔を上げる。……何かがおかしい。
「……部長が先輩に話を聞いたのっていつですか?」
「その日の夜だよ。……おや、どうやら元気になったね」
「ええ、ちょっと持病の発作が。もう治りました」
「それはお大事に」
まだ、まだいける。……その日の夜ならまだ先輩は私のことを特定してはいないはず。よし、まだ解剖までの道は敷かれていない。いや、現実問題としてバレても解剖されるかどうかはわからないけど。でもできれば私は今夜も安眠したいのだ。ただでさえこの怪異が始まってから眠りにくいのに。
……しかしこれでわかった。あの先輩と部長を再び会わせなければ、それで問題ない。あとは私のことを認識している人間なんて1人もいないわけだから。そこにさえ気をつけたらいい。
私がそう今後の方針を組み立てていると、ガララ、と向こうの扉が開く音が聞こえた。……森河くんが意識を取り戻して出て行ったのかな?
「ああ、来たね。5日ぶりかな。……ちょうどいい」
部長はそう呟いて、カーテンの向こう、扉のある側の教室の方へ姿を消した。……ちょうどいい? 私が首を傾げていると、部長は誰かを連れてこちらに戻ってきた。
「紹介しよう。彼が副部長の守家くんだ。……守家くん、この子が新入部員だよ。次期部長を約束された有望な人材だ」
「次期部長って早くないですか? ……初めまして。俺は守家っていいます。……君は?」
部長の隣で社交的に笑い、こちらをのぞき込んでくるのは、この前財布を落とした不幸な人だった。私は思わず後ずさる。――いやでも待て落ち着け私。あの時は顔が隠れてたんだから私だとわかるわけがない。
……あ、でも財布拾った後に、コンビニでこの人とはちょっと喋ってなかったっけ……? あの時の声をこの人が記憶していたらまずいことになるのでは。覚えていないかもだけど、念には念を入れよう。
私はぺこり、と頭を下げ、とりあえずニコニコと頑張って微笑んでみた。これでなんとか挨拶の代わりにならないだろうか。……なって。なるよね。どうか、お願いします。
私のその祈りのこもった視線を受けて、財布の人はうろたえたように私の顔を見返した。
「え、いや……名前は……」
「…………」
私は部長に歩み寄り、ごしょごしょとその耳元で自分の名前を囁く。
「天尾莉瑚さん、だそうだよ」
「いや部長通す必要なくないですか!? 通訳じゃないんだから!」
「きっと緊張しているのではないかな。さっき私とは普通に話してくれたが。彼女はね、とても目の付け所がよかったよ」
「それ俺が悪いって言われてるみたいでショックなんですけど……ね、ねえ。そんなに俺怖い? あんまり言われたことないんだけどな」
「……」
「お願いします! 何か喋って!!」
とりあえずその後、財布の人改め副部長の守家さんにはペコペコお辞儀とニコニコ笑顔でなんとか乗り切った。……うん、乗り切った。たぶんそうだ。問題ない。
「……それにしても。この町がおかしい、かぁ……」
私は帰宅後、例のごとく自分の部屋のベッドに寝ころびながら、今日あったことを振り返った。町がおかしいなんて、確かに感じたことがなかった。そんなにポンポン地形が変わったら確かにもっと何か言われててもよさそうなものなのに。だって工事とかもしてるでしょたぶん。それと……。
「場所を移動する力……ねぇ」
私は立ち上がり、部屋の全身鏡の前で自分自身を眺めてみた。……黒髪、肩につくくらいのセミショート、全部がこじんまりした体形。いつも通りの私。うーん……どう見てもそんな大それた力があるようには思えないけど……。やっぱり祖母が関係しているのだろうか。
私はその鏡の隣にある棚の引き出しを開けた。そこに入っている箱を開けて、1つのブレスレットを取り出す。祖母の形見分けでもらった、銀色のシンプルな腕輪だ。私は手に載せてそれを眺めながら、誰に言うでもなく呟いた。
「ほんと、一体これからどうなっちゃうんだろうねー、おばーちゃん……」




