オカ研部長、語る
「国道脇の事故はね。当事者以外に目撃者がいないんだ。だからまだ知っている人はほとんどいない」
私の隣で、楽しそうにそう言いながら地図を眺める部長。……でも、ならどうして部長は国道脇のことを知っているんだろう。
私が疑問を込めて部長の方を見ると、彼女は意味ありげな笑みを浮かべた。
「いやなに、ちょっとつてがあってね。タクシーの運転手が『その場には少女がいたはずだが、突然消えた』という証言をしていた、という話が私のところに入っている」
あ、先輩が口割ったんじゃないみたいだ。私は先輩にかけた「全身の穴という穴から血が噴き出す呪い」「洗濯機にティッシュが混入してしまう呪い」を心の中でキャンセルする。……いや、そんな力ないけど、万一発動してしまったら困るから。
「君が気づいたように、この国道脇の時だけ……この少女は深夜でなく夕方に現れているんだ」
私がもう1度地図をよく見てみると、×マークの横にはそれぞれ小さく日時が書きこまれてあった。……こんなの書いてあったんだ。今初めて気づいた。私は部長に向けて、真面目な顔でこくこくと頷く。
「そして、それだけじゃない。この国道脇の事件の時には、さらに今までにない面白い話があってね」
「面白い話……?」
……面白いことなんてあったっけ? 私は首を傾げる。先輩が説教好きだった、って印象しかないけど。私が姿を消した後、何かあったのかな。部長はクスクスと笑いながら、その「面白い話」を教えてくれた。
「なんとこの少女はね、うちの高校の制服を身に着けていたんだそうだ。……どうしてなんだろうね?」
私はそれを聞いて動きを止める。……そうだった。なぜか、あの時だけ。
私は素知らぬ顔をしながら部長に尋ねた。感情が表に出にくい自分で良かったと、こういう時は思う。
「この高校にかつて通っていた、とかでしょうか?」
「そうかもね。ただ、それでも解せないことがある」
……なんだろう。意外に理詰めで調査を進めている部長に追い詰められていく感がちょっと嫌だけど……。どの程度まで調べられているかは把握しておきたいところだ。
「この高校の制服が現在のものに変わったのは7年前だ。つまり、この制服を持っているのは7世代だけ。その7世代のうち、女性で亡くなっているのは2人だけだった」
……7世代ということは、一番上でも20代前半だ。そんな年齢で亡くなる人がいるということに、私はちょっと衝撃を覚える。まだまだ元気な年だろうに。……いや。そういえば、私の祖母も入院するまでは元気だったっけ。入院して、どんどん元気がなくなって。……そう、どれだけ元気だろうと人は死ぬんだ。
「――大丈夫かい?」
部長に呼びかけられ、私ははっと自分の考え事から戻ってくる。……そうだ。今はこの部長の話……なんだっけ。亡くなってるのが2人、ていう話だった? つまり、幽霊として出てくるのならその2人のどちらか、ということだろうか。
「いや、それがね。おかしいんだよ。この噂の少女は、小さい。150センチを切るくらいの身長しかないらしいんだ。……そして一方……既に亡くなった2人は、どちらも在学時160センチ近い長身だったんだそうだ。人の骨格は20代前半まででそこまで急には縮まない。とすると、この2人ではなさそうだ。……いったい、誰なんだろうね。この子」
急に、自分の背後に、ひたり、と足音が聞こえた気がした。……いや、部長は動いていない。これは部長が私にだんだんと追いついてくる、そんな感覚。
……彼女なら、そう遠くないうちにきっと私に届くだろう。……そうすると、どうなる? ……優佳里の話じゃないけど、謎の組織に解剖されてしまうのだろうか。それは、嫌だ。……知らないうちにそんなことになってしまうよりは……。
「……部長。私、この部に入ります」
「大歓迎だよ! ……でもどうして急に決断してくれたんだい?」
そう問われて、私は笑って答えた。
「……この噂の結末を、私も見届けたくなりました」
……そう。それがどんな意味であれ。
「で、他の部員は誰がいるんですか?」
「たった1人だね。……3年生だよ。守家くん、というが知っているかい? 彼もなかなか強烈だよ」
「知らないです。……2人だけだったんですか? というか部長も3年生ですよね。2人が卒業してしまったらこの部に私1人に……?」
「そこに気がつくとは鋭い。いや、そうならないように有望な人材がいればスカウトしてくるさ」
ただなかなか有望な人材がいないんだよ、と溜息をつきながら部長は首を振った。部長の言う有望というのがどういった人物像を指すのかはいまいち定かでなかったけど……いざとなれば優佳里と紗姫を呼んで、ここを私たちの秘密基地にしてもいいかもしれない。この件で無事に逃げ切れれば、だけど。
「おや。可愛いのに、なんだか悪だくみをしている顔をしているよ。……いや、そういう後輩の方が私たちも受け入れがいがあるというものさ」
「……いえ。先輩方が卒業された後の、私1人の孤独を想像してしまいました。少し寂しくなってしまって」
「それは申し訳ない。必ずや、豊富な人材を揃えた状態で君に譲り渡すと約束しよう」
「いやいやそんな無理なさらず。……え? 譲り渡す……?」
「君が次期部長ということになるからね」
「……リアルに嫌だ……」
「さて、我が部の将来についてはまたおいおい話すとして。噂の少女について話を戻そう。……この子は亡くなった生徒、というわけではなさそうだ。ということは、生きている生徒もしくは卒業生の生霊、という可能性があるね」
……この部長はおそらく有能だ。つまり、私に解けない問題は、この人に代わりに考えてもらえばいい。私に与えられた情報の中で、部長に考えてもらえそうな問題。まずは、あれだろうか。
「部長、質問があります」
「ん? なんだい?」
「この子が制服姿で現れたのはこの国道脇での1度きりじゃないですか? どうしてこの1度だけだったんでしょう?」
「……素晴らしい。いい質問だ。さすがは次期部長」
部長は嬉しそうにニヤリと笑う。彼女は興奮しているのか整った顔を紅潮させ、私の目をまっすぐに見た。
「このたった1回が重要なんだ。私はこの1回こそ、この少女が尻尾を出した唯一の瞬間だったと思う」
……そ、そうなんだ。私ってば気づかないうちに尻尾を出してしまってたんだ。というか先輩に思いっきり顔を目視されているという意味では、もう手遅れっていうか。部長が先輩に話を聞いたらその時点で私は即詰みだからなぁ……。「全身の穴という穴から血を噴き出す呪い」をいつまで先輩が怖がってくれるかに、私の残り時間はかかっている。
「……尻尾を出す、というと?」
「きっと、この少女は自分の能力を完全には制御できていない。だから普段は一貫して夜中に現れるようにしていたのに、この時だけは夕方だったんだ。この国道の件は、おそらく彼女が自分の意志で現れたんじゃない」
ぴくり、と自分の肩が動いたのが分かった。……まさに。さすがは現部長。ただ1つだけ間違いを指摘するならば、「完全には」というところだろうか。「まったく」制御できてないから。いっつも私の意志なんて反映されてないから。ただ胸を張れることでもないので、ふむふむと頷きながら黙って聞く。
「この子が珍しいのは、『突然その場に現れる』というところだね」
「……あれ? 未来を予言する、というのは珍しくないんですか?」
私は首を傾げて部長に尋ねた。あえてそちらを外す意味がよくわからない。そんなにありふれているだろうか。確かに占い師は街角でたまに見るけど、瞬間移動の能力持ちはあまり今まで見かけたことはない。そういうこと?
そして部長は、私の質問に首を縦に振ったものの……私の想像と少し違う答えを口にした。
「ああ。この子の特性はあくまで移動の方だ。……未来はね。この町だから予言できるんだよ、きっと」
「この1回こそ、この少女が尻尾を出した唯一の瞬間」←?
誤字報告していただいた方、ありがとうございました!
助かりますm(__)m