突撃、オカルト研究部
私となぜかついてきた森河くんは、放課後、オカ研の部室があるという別棟へ向かった。私はその途中で隣を見上げ、浮かんだ疑問を率直に口にする。
「……なんで森河くんもついてくるの?」
「いや、僕も気になるっていうか、もう当事者みたいなもんじゃない?」
そ、そう……? 当事者っていうか、事件の起こった隣の部屋にたまたま住んでた人、くらいな立ち位置だと思うんだけど。まあいいか。彼が正しく救急へ通報してくれたお陰で私は補導されずに済んだのである。そのくらいは目をつぶるべきだろう。
「……むしろ、天尾さんがこういうのに興味を示す方が意外だよ」
「いや、意外っていうほど私たち接点なくない……?」
……いけない。つい思ったそのままを口にしてしまった。嫌な感じの会話になってしまったかも……。今言ったばかりだけど、こういうのが許されるほど私たちには接点がない。現代社会に生きる私たちは、会話で踏み込むのにも常に距離感というものが必要なのだ。
私は森河くんに謝罪の意味を込めた目線を送る。ところが森河くんは特に腹を立てた様子もなく、静かに笑って呟いた。
「天尾さんってさ。いっつも『私は何にも興味ありません』みたいな顔してるから」
……こやついきなりノーブレーキで踏み込んできよった。だからそういうのが許されるほど接点ないと言ってるやろが! ……いけない。つい熱くなってしまった。
私はつんとすました顔で前を向いた。『私はそんなことで怒ったりしてませんよ』という表現である。……こういうふうにスルーして安易に対処しているから、さっきみたいに言われてしまうのかもしれない。
やがて、「オカルト研究部」という木の看板が掲げられた怪しい部室に私たちはたどり着いた。私はその看板を、ほへー、と見上げる。……うわ、すごい達筆……。
「天尾さん、口開いてるよ」
「さっきからうるさいなぁ森河くん。ほら、当事者なんでしょ。こんな入り口で立ち止まってないで、早く行こ」
つまらないことで足を止めた森河くんをせかして、私は率先して中に入っていく。……しかしこんな部学校にあったんだ。初めて知った。……「私は何にも興味ありません、って顔してるから」というさっきの台詞が時間差でエコーがかかって脳内に響き、大いに私の心にダメージを与える。
……そ、そうかなぁ? 私ってそんなに万物に対して興味なさそうなんだ? ちょっと表面に出にくいだけだと思うんだけど……。
「――ようこそ。我がオカルト研究部に、どんなご用件かな?」
不意に、楽器の音のように澄んだ声がその場に響いた。
私と森河くんはその声の発された方向、部屋の奥をさっと見る。そこには、髪の長い、上品な雰囲気の美人な女性が座って、こちらを見ていた。ただ、彼女の前には黒い布の引かれた机が置かれており、その机の上には大きな水晶玉が載っている。控えめに言ってもとっても怪しい。
「あの、部長さんですか……?」
「そうだよ。『我が』と言っただろう」
クスクスと笑いながら、その女性は机の前の椅子を指さした。
「そんなところに立っているのもなんだし、座ったらどうだい」
「あ、ではお言葉に甘えて……」
急に無口になった森河くんを促して、私たちは部長の前に腰を掛けた。その際、ちらりと横を見る。どうして黙っているんだろう。さっきみたいに皮肉の1つでも言ったらいいのに。こんなに突っ込みどころ満載なんだから。ところが私が見たところ、森河くんはどうやらうろたえているようだった。
……なるほど。こやつ、美人に弱いのか。さっきまで私と饒舌に喋ってた人間とは思えない。「なぜさっきまでは喋れていたのか」という命題について深く考えると、主に私が傷つきそうな気がしたのでやめておくこととする。しかし、森河くんが役に立たないなら私が進めるしかないか。
「あの、実は私たち、最近流行っているあの都市伝説について、知りたいんです。不幸を呼ぶ女の子の」
「ほう! それは素晴らしいね!」
部長はなぜかそれを聞いて、聖女みたいに穢れのない満面の笑顔になった。ぱあぁぁ、という効果音まで聞こえてくる気がした。……うわ。美人が本気で笑うと威力がやばい。……あ。森河くんは……? 彼の精神は大丈夫?
私が隣の森河くんをもう一度振り返ると、彼は半分くらい意識不明になっていた。……いやいや。美人に弱いって言っても限度があるよね。これもう何かの病でしょ。ええい、元から他人などあてにはしておらぬ。
「す、素晴らしいとは……?」
「ちょうど私も今、そのことについて研究しているからだよ」
「おいで」と言って部長は席を立ち、カーテンで仕切られている教室の向こう側に移動を始めた。私もその後をそろそろとついていく。念のため後ろをちらりと見ると、森河くんはぼんやり席に座っていた。彼の穢れた魂はさっきので浄化されてしまったらしい。……あいつはもう置いていこう。これからの戦いについてこれそうにない。私は後を振り返らず、早足でそのまま部長を追った。
部室は広い部屋の真ん中にカーテンがあり、二つに仕切られていた。その奥、入り口からは見えない方へ私は足を進める。すると、そこには何やら地図が広げてあった。近づくと、私にもそれが何だかわかる。
「……これ、この町の地図……?」
「そうだよ。何だかわかるかな?」
そう問われて、私はもう1度地図をまじまじと見た。いくつかの場所に赤ペンで×マークが記してある。その全てに私は覚えがあった。
「これまで、あの都市伝説の女の子が現れた場所……?」
「……素晴らしい!」
パチン、と指を鳴らし、部長は私の手を取った。そして、ほら、と私をさらにその地図のそばにいざなう。部長の手はひんやりしていて指が長く、どこかさらさらしていた。
「では、見ていて何か気づくことはあるかい?」
×マークはいずれもこの町の中。ただ、規則性というものはない気がする。町の端だったり、中心を走る国道脇だったり。……あれ? 私は地図の中の、ある×マークをまじまじと見つめた。
「この、国道脇の印は……?」
だって、この前のあれを知っているのは私とあの先輩くらいなのに。……そうか。あいつ、吐きよったな。あんなに秘密だと言ったのに。……呪ってやる。洗濯するたびにティッシュが大量に洗濯機に混入する呪いをかけてやる。真っ白になった黒いTシャツを前に絶望するがいい。
……いや待って、先輩が口を割っているとすると私もやばくない? だって噂の本体みたいなもんでしょ。出た場所でこれだけ盛り上がれる部長なら、私を生きたままここから帰してはくれないのでは……。
私がそんなことを考えていると、部長は興奮した表情で私の両肩をがしっと掴んだ。
「ひっ……」
「素晴らしい! 最初にその国道脇に目をつけるとは! ……ねえ君、この部に入らない? いやもう入るべきだよ。今、何部? 私がついて行ってあげるから、そっちは今日で辞めようか」
「帰宅部です。入部については持ち帰って検討させてください」
……どういう立場での入部だろう? 実験体として? ……それ入荷の間違いでは……?
私は「興味ありません」という表情を前面に押し出して一生懸命アピールしたものの、部長にはいまいち伝わらなかった。接点がない相手にも伝わるはずなのに。森河くんには責任を取っていただきたい。