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切り離された世界と、忘れもの

『――早く、そこを代わって』

『代わって』『代わって』『代わって』

『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』『代われ』




 それは、間違いなく。私のおばーちゃんの声だった。またDVDを入れたせいだろうか、今の私にはその意図が少しだけわかる。そっと、私は腕輪を撫でた。


 ……ごめんね、おばーちゃん。この事件は、私のものだから。あなたの出番は、きっとない。



 2階の優佳里と合流し、私達3人は街外れを目指す。……そして。何の妨害にあうこともなく、あっさりと無事に到着した。隣の市の名前が書かれた看板が、まるでゴール板のように私たちを迎えてくれる。




「莉瑚ちゃん、見て。街外れ、何か境界線みたいなのがあるよ」


 優佳里の注意を聞きながら、私もそれを目視する。確かに、なんだか薄い透明の壁みたいなのがある。見上げると、それはどうやらドーム状に街を覆っているようだった。これを越えないといけないというわけか。まあ、問題ない。2人はここは越えられる。きっと。




「じゃあ、優佳里から。さっそくだけどそこに立って」


 私の指示に従い、不思議そうな顔をして、優佳里は境界線上ギリギリに立った。その後ろに立ち、私はポンと背中を軽く押す。それだけで、優佳里は境界線を越えた。


「え……!?なんで!?」


「いや、だって優佳里は生きてるじゃない。ここはね、向こう側だよ。生きてる人はいちゃいけない場所」


 そう言って、私は次に副部長に向かい合った。急がないと。歪みを戻したこの世界は、おそらく非常に不安定だから。今すぐに向こう側に行ってもおかしくはないはず。


「じゃあ次は副部長、そこに立ってください」


「……君は?」


 真顔で、副部長は私の顔を覗き込む。確かに、背中を押されないといけないなら、最後の1人はどうする、って話になるよね。でもここで私が副部長に背中を押してもらっても、私はきっと境界線を越えられない。空間を歪められる私だけが、この境界線を越えさせることができる。





「私は飛べますので。間に境界線があろうが、問題ありません。ね、優佳里」


 私の声に対し、優佳里は迷いながらも頷いた。優佳里はおそらく理解している。私が押す役でないと、意味がないと。しかし副部長はどうだろう。もう説明している時間はあまりないというのに。私は祈りを込めて副部長を見つめた。




 すると、副部長はしばらく考えた末、素直に移動してくれた。ありがたい。そして私がその背中を押そうと近づくと、副部長は振り向いて、私の手をぎゅっと握った。


「戻ってこれるよな。何があっても、信じてるから」


 さっきの今でもう言われたことを忘れたと思われてるような……。優佳里といい、副部長といい。……こう続くと向こうの方が正しいような気もしてきてしまう。そんなに忘れっぽいはずはない……と思いたいのだけど。


 私は真顔のままで神妙に頷く。すると、副部長も大人しく背中を向けてくれた。真顔で嘘をつけるのが、私のチャームポイントなのだった。少しだけ、痛むはずのない胸が痛むけれど。たぶん優佳里が相手だったら今のやり取りでバレただろう。ただ、彼女はもう壁の向こう側だ。だからこそ、優佳里を先に向こうにやったのだし。


 そして、後ろ向きになった副部長の背中を押す、その前に。私はそっと彼の背中に手を置いた。上着の生地のすべすべした感触と、温かさが手のひらに伝わる。それはきっと、今の私にはもうないもので。……それが、少しだけ。ほんの少しだけ、悲しかった。いや、今はそんなこと考えてる暇はないか。


 私はそのまま、念じる。副部長の中にあるであろう、DVDに。……その呼びかけに答えたように、私の手には最後のDVDが現れた。さてさて。これを入れるか入れないか。それが問題だ。……あ、そうだ。副部長のこと忘れてた。




 えいやと私は副部長の背を押し、そのまま無事に彼は境界線上を越えた。それを待っていたように、優佳里がせかしてくる。なんだかどこか焦っているような。……あ、これバレたな。どこか無理したような笑顔で、優佳里がこちらに手を伸ばした。しかし差し伸べられたその腕は、もう私には届かない。


「ね、ほら。莉瑚ちゃんも早く」


「えーっと……そのね。私、忘れものを思い出した。だから戻るよ」


「…………え?」







 私は壁越しに、早口で2人に注意事項を伝える。向こうにいる2人の顔はあまり見られなかった。絶対怒ってるだろうし。ここが最後になるかもしれないなら、さっき見た普通の表情の方を覚えておきたかった。


「とりあえず、街から離れた方がいいと思う。異界にはもう入れないだろうけど……閉じたってわかるまではいちおうね。優佳里なら、見たらわかるでしょ? あとはお願いね。それと副部長、いろいろお世話になりました」


「莉瑚ちゃん……? 何言ってるの? だって……なんで、なんでそんなこと言うの?」


「ごめんね、優佳里。私、まだやることがあるから。行くね」


 それだけ言って、私は身を翻し、街に向かって走り出した。試さなくても私にはわかる。この境界線は、私には越えられない。なら、どうするか。これを作っている人。その人をどうにかしないと、もしくはそれ以外の出口を見つけないと、私は戻れない。だからそもそも追ってこなかったのだろう。後ろから優佳里と副部長が大声を出しているのが聞こえたけれど、私は振り返らなかった。





 ここからは、頼れるのは自分のみ。ということで、問題に対する対策を考える必要がある。神社以外の歪みはすべて閉じた。残る神社の歪みの元へは、このDVDを入れないとたどり着けないだろう。ただ、入れたら完全に向こう側の人になってしまいそう。歪みを閉じたからか、この異界も揺らぎつつあるのを感じるから、異界がなくなれば私もおそらく向こう側行き。入れなければ現世に残れる可能性も……ほぼないけどなくはない……くらい? ふむ。どうするか。


 まず、歪みを閉じるか閉じないか。でも、これって閉じる必要あるのかな。もうそのうち異界は維持できずに消えそうだし。4つ中3つの柱を失った建物は、何もせずとも早晩倒れる。なら多少歪んでてもいいんじゃないかな。駄目?



 で、問題は、儀同さんと部長だ。部長はおそらく静観だろう。部長が用があるのはおばーちゃんなのだろうけど、それは全部終わった後でもいいはずだしね。誰か蘇らせられるとしても……私はやり方が分からないし、儀同さんは部長曰く相手の魂が残ってないから無理。ということで、部長には大人しく見ていていただきたい。希望的観測だけど。もし途中で出てきたら、作戦を変更せざるを得ない。出てきたら……その場合は、責任を取ってもらうか。ケジメはつけてもらおう。



 儀同さんは……おそらく神社付近にいるんじゃないかな。歪みをどうするにせよ、私があそこに行かなければならないということは彼女なら読んでくると思う。この壁が通れないということは、帰り道はあそこにしかない。彼女も井戸、試したらしいしね。



 ということで、あそこでぶつかるとして。どうかな。腕輪を使えたら、無理やり向こう側に相手を飛ばすことが今の私ならできる。こうなると私の勝ち確定だ。だけど、何らかの方法で腕輪は封じてくるんじゃないだろうか。だってそうじゃないとそもそも勝負にならないし。部長監修のもとならそれができそう。よって、腕輪以外の方法も考えないといけない。これが難問。


 だって私、そういうの詳しくないからなあ……。殴って解決なら金属バットでも持っていくけれど。オカルト相手に金属バットで解決できた怪談を、残念ながら私は見たことがない。どうもまずそう。さて、ではオカルトには何が有効なのか。ここは私よりも詳しい人がいるのでそっちに聞くべきかな。黒歴史を掘り返すようで申し訳ないけど。さて。





「……紗姫。いるんでしょ? ちょっと聞きたいことがあるんだけどー!」


 誰もいない街並みを私はゆっくりと歩きながら、大きな声で呼びかけてみる。さっき自分1人しかいないと言ったばかりだけれど、ここは紗姫名誉顧問にも意見を求めたい。


 ……きっと紗姫は私の近くにいる。それは、確信。紗姫の目的からすると、当然だった。儀同さんが望みをかなえる瞬間に、紗姫は居合わせたいはずだから。




 しかし、私の呼びかけに対して、紗姫は姿を現さなかった。うーん……。あの恥ずかしがり屋め。そんな紗姫が出てきやすいように、もう少し呼びかけを続けてみよう。てくてく歩きながら、私は紗姫の名前を呼び続けてみる。誰も通行人はいないし、大きな独り言くらいの気分で呼ぶことができた。




「紗姫ー。紗姫ー。お願いだから出てきてー」




「紗姫、まだこっちにいる? 応答せよ応答せよ」




「紗姫が出てきてくれないと、私悲しい。泣いちゃうと思う」




「ほら涙出てきたよ見て。こんなに出たの初めて」


「いや全然出てないじゃん気持ち悪い嘘やめろ」




 建物の陰からそんな声がして、私は足を止める。そこには、紗姫が「呆れ」と「理解できない」を足して割らない、そんな表情を浮かべて立っていた。ほら、やっぱりいた。


「あんま表情ないから、そういうこと言って歩いてると余計不気味なんだよ」


「さっそくだけど紗姫、オカルト的なものって何に弱いかな? 塩?」


「それあたしに聞いちゃう? ていうかその塩への信仰捨てろって言ったじゃん。いやちょっと落ち着こうか。莉瑚今なんか変なテンションになっちゃってるからさ」


「確かにそれは否定できない」


 何せ、決闘なんてしたことないんだから。しかも絶対勝たないといけない。負けたら向こう側。勝ってもどうなるのって感じだけど。




 私と紗姫は、並んで神社に向かってゆっくりと歩く。時折吹く風が冷たい、誰もいない、がらんとしたアスファルトの道路。ここから神社は、約2キロくらいだろうか。


「で、さっきの何? 大声上げて歩いてるの正直怖かったぞ。そもそもあんまり莉瑚が大声出してるの見たことないのに」


「よかったね。とってもレアだよ」


「それで喜ぶのって優佳里くらいでしょ。……あれ? 優佳里は?」


「現世に戻した。こう、ポンって押したら戻せたから」


 私は手短に、さっきの出来事を紗姫に話した。とりあえず2人は無事に戻れた、という朗報を。ところが紗姫はそれを聞いて、なんだかひきつった顔になる。


「……マジで? じゃあ目の前で? で、1人だけ残るって言ったの? なんてことすんの……紗姫ちゃんさすがにドン引きだよ……」


「正直怖くて顔見れなかった」


「いや、そういうことじゃない。でもわかった。あたしも協力してやろう。戻せないと優佳里がやばい」



 私と紗姫は、顔を突き合わせて、あらためて作戦会議を開始した。といっても、ほぼ私に手持ちの札はない。まずは紗姫に出してもらわないと。


「じゃあ、紗姫。武器は何? 何かあるんでしょ?」


「……え?」


「だって、紗姫がやりたいこと。私なんとなく、わかってるんだ。……儀同さんが生き返らせた人を。あの人の前で殺そうと思ってるんでしょ?」


 紗姫の無念や怒り、そして後悔。その一部を、私はDVDを通して知った。紗姫が復讐を考えていることも。ここで、「復讐って具体的には何?」という疑問が出てくるけれど。儀同さん本人を殺す、っていう選択肢もあるけれど。やっぱりバラバラにした下手人は怖いだろうし。それに、一番効果的な復讐って何だろう、と考えた時に、浮かぶこと。大事なものを、奪うこと。紗姫が未来を、やりたいことを奪われたように。彼女の一番大事なものを、目の前で奪う。それが、紗姫の復讐。


「じゃないかなあ、と」


「……そうだったら? どうするの?」


「いや、別に邪魔はしないよ。でもこっちの手札は知っておきたいじゃない」


「邪魔、しない? なんで?」


「気持ちは分かるから。ただ、どうかなあ……」


 私にそれを止める権利はないし、同じ立場だったらたぶん同じことをするだろうから。復讐は何も生まない、という言葉があるけれど。だからするな、とは私は言えない。それを言う権利があるのは、された側だけだ。


「どう、って?」


「たぶんね、儀同さんの儀式? でいいのかな? は、失敗するよ。あの感じだと、たぶん部長は嘘をついてないだろうから。もう、魂が残ってないんだって」


 あそこで嘘をつく意味があまりないし。すると、それを聞いて、紗姫は黙って下を向いた。しばらく沈黙した後、紗姫は色々な感情のこもった顔を上げ、そのまま空を見上げて一言だけ呟いた。


「ざまーみろ」







「ってことで、多分出てこないけど。どうしようと思ってたの?」


「これで刺してやろうと思ってた」


 そう言って紗姫が取り出したのは、……包丁? いや、銀色に輝く細いナイフだった。刀身はだいたい10センチくらい。……またナイフ? この街って銃刀法とかどうなってるんだ。でもこれ、どういう武器なの?


「これね。向こう側の存在でも、人でも。傷つけることができるんだ」


「なんでそんなの持ってるの?」


 ていうか何それ私も欲しい。だってこのままだと丸腰で向かわないといけないのに。……いや、途中で何か調達していくべきか。きょろきょろ周りを見渡し、ちょうど工事現場っぽいところがあったので、そこに行って手ごろな鉄パイプを1つ借りてくる。




 紗姫は私が肩に担いでいる鉄パイプをちらりと見て何か言いたそうな顔になったものの、そのまま話に戻った。


「いや、あの食事が出てくる屋敷あったじゃん。あれ、踏切に行ったときにあたしがどう言ったか、覚えてる?」


「紗姫がどう言ったか? ……どう……言った……か……?」


「ごめんあたしが悪かった。『望む物が出てくる無人の館』って言ったんだよ。あそこはね。望めば、それに応えてくれる。そんな場所だったの。それで手に入れた」


「え、なら私も行きたいんだけど……。武器欲しいのに」


「いや、もう閉じたんでしょ? その担いでるのでいいじゃん。でもそれ何? どうしようっての?」


「これで儀同さんをぶん殴るの」


「……ごめん。なんて?」


「思いっきりぶん殴る」


「あ、幻聴じゃなかったんだ。……へー……そう……え、これあたしが止めないといけないカンジ? 逆じゃない?」


 だって、図書館で紗姫に首を絞められたところからすると、人外同士ならダメージは通るのではないだろうか。今の私もほぼ人外だ。とすると、金属バットでも解決できる種類の話ということになるのでは。今まで例がないことは不可能とイコールではない。私は自分を殺そうとしてくる相手に優しくするつもりはなかった。


 ぶんぶん、と何度か鉄パイプを素振りする。重さは全く感じない。私の身体能力は上がっている。街角モードくらいに。階段をどれだけ駆け上がろうが息は切れないし、今ならベッドも持ち上げられるだろう。ただ……。


「経験値からして……一部分だけでも腕輪が使えたら、それでやっと五分かな」


 冷静に戦力を考えるとそのくらいだろう。相手は少なくとも8人殺しているわけだし。隣の紗姫が、呆れたように溜息をついた。


「莉瑚ってけっこう脳筋だよね」


「照れる」


「あと人の話をあんまり聞かない」


「失礼な。何それ。いつもちゃんと聞いてるし」


「踏切に行ったときにあたしは屋敷のことどう言ってた?」


「……願いが叶う……場所……みたいな……あれ? もう……卑怯だよ!」

変なところで切れてしまった

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― 新着の感想 ―
[一言] そうだ、紗姫ちゃんを生き返らせれば相手にザマァ出きるのでは? 最後まで腕輪とDVDで呼ばれ続ける神器( ˘ω˘ ) ん?……神……"器"(゜ω゜)
[一言] 主人公が一番血の気が多いかも?
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