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着々と、妖怪への階段を上っていく私

 教室に戻ってからも、私は友人2人にきちんとした説明をできずに終わってしまった。話そうとすると自動的に怪異のことも話さないといけなくなるから。……しかし、1つ隠し事をしようとすると、どんどん話せないことが増えていってしまうなぁ……。



 その後も無難に授業をこなし、先輩が待ち伏せしていないことを確認して、私は2日ぶりに正門を通って学校を後にした。








「疲れた……」


 ぼすん、と私は自分の部屋のベッドに倒れこみ、目を閉じる。あんまり知らない人相手に駆け引きするのって疲れる。だいたい私は知らない相手と話すこと自体もあんまり得意じゃないのに。そして、今日も色々あったけど無事に自室に戻れたことを、感謝する。


 ……何かおかしい。なぜ自分の部屋に帰れることを感謝しないといけないんだろう。これが祖母の仕業なのだとしたら、愛すべき孫にちょっぴり厳しすぎやしないだろうか。だいたい孫って言っても、私以外にも1人いるだろうに。あっちはあっちで何か起こってるのだろうか。……まあ今は自分以外のことはいいか。


 私はふわふわのベッドに寝そべって天井を見上げながら、もう1度この怪異について考えを戻した。




 ……おとといのことを考えていて、1つ気がついたことがある。


 私が事故の起こる場所に移動する。それはわかった。……その時の私の服装ってどうだった? 意識していなかったから思い出そうとしてもあやふやだけど……確か、普段着だったような気がする。お気に入りの、もこもこのニットにスカート。少なくとも寝る前の恰好ではなかったはず。パジャマで街中にいたとしたら、他人の不幸よりそっちの方が私は気になってしまうだろう。ということは違和感のない服装だったということだ。


 ……世の中には裸で寝る人もいないわけではないらしいから、私がそうで寝る前の服装が反映されてしまう場合は悲劇になるところだった。よかった。私は自分の習慣に心底感謝する。裸のままで他人の不幸に口を出せるほど私は人間ができていない。それができると人間ができているのか、と言われると微妙な気もするけど。むしろ逆な気もする。……いけない、考えがそれてしまった。





 今までは普段着。しかし、おとといだけは制服に上履きだった。つまりその時の服が反映された、ということになる。……どういうことだろう。法則が見えない。超常現象はいつも不条理だと言われてしまえばそれまでだけど……。


 ……まあいいか。そんなにすぐ解決しなければならないものでもないだろう。こういうのは、あんまり考えすぎるのも良くないものだ。





 私は気持ちを切り替えて、今日は早めに就寝することにした。おととい移動したばかりだから、きっと今日はたぶん何もないはず。何もないんじゃないかな。おやすみなさい。


 私が枕に顔を埋めると、いつもよりすぐに意識は遠くなっていった。これは夢も見ずに気がついたら朝、というパターン。間違いない……。











 ところが、その日の夜中、私は普通に街角にいた。どうしてなんだろう。どうやら世の中には不運な人が思ったよりも溢れているらしい。……しかし、1日おきで来ちゃったかぁ……。まあ、来てしまったものは仕方ない。


 少しだけ冷たい風がさあっと音を立てて吹き抜け、私はぶるっと身を震わせる。……しかし早く戻った方がよさそう。まず、今日は一体何が起こるんだろう。どれどれ。


 そして目を凝らした結果。……どうやらもうすぐここを通る人が財布を落とすらしい。



 財布……まあ、落としたら凹むから不幸っちゃ不幸だけど。でもこれで呼び出されるなら、私って毎日眠れないんじゃ……? 世の中で毎日どれだけの財布たちが落とされてると思ってるんだ。……まあ今日はいいか。見えた感じ相手は知り合いじゃなさそうだし。……あ。


 そういえば、これからは顔を隠すって決めた気がする。大事なことを忘れていた。……でもどうやって隠したらいいんだろう。別に手元に隠せるようなものなんてないし……。




 とりあえず当方の備蓄を確認すべく、ポケットをがさごそと探ってみたものの。RPGのゲーム開始直後の勇者ばりに何も持っていなかった。せめてここにポーチさえあればなんとかなったかもしれないのに……。念のため周りを見回してみたけれど、私に最初のアイテムを手渡す村人役の人は見当たらなかった。そりゃそうだ。もう何回目かだし。




 さてどうしたものか、と私は首を捻った。……ずっと下を向いてたら顔は見られない? でも知り合い相手だと下を向いていたところで……。しかしこの能力も気が利かない。もうそこそこの付き合いになるんだから、私が顔を隠したいと思うことくらい読み取って、ホッケーマスクの1つくらい用意していてほしいものだ。


 私が冗談半分にそう考え込んでいると、不意にかさりと懐で何かの感触があった。……え……? まさか、まさかホッケーマスク来ちゃった……? じ、冗談だよ? 今の冗談だってば。





 ところが、私がちょっとドキドキしながら取り出してみると。それは予想に反して、何やら謎の呪文がつらつらと書かれた、A4くらいの紙だった。……え、いや。なにこれ……? 私はそれを広げて見つめる。しかし、見つめても一向に何だかわからない。


 しかし、そのままそれを手に取っていると、どこからか怒りのような「早く使え」という感情が伝わってきた。私はそれがどこから来たかをなぜかなんとなく察する。


 ……この紙ひょっとして、能力からの贈り物? まさか、気が利かないって言ったの怒ってるの? でもさ、紙なんてどう使えっていうんだろう……。そして、私はやがて恐ろしい結論に達した。





 ……ま、まさか……この紙で顔を隠せと? いやさ、両手で持って顔の前に紙を立てたりしたら確かに隠せなくはないけど……。でも隠せてもこれ、怪しすぎるっていうか。もう話して解決するの無理でしょ。私なら夜道でそんな人に声をかけられたら全力でダッシュする。いや、昼でも無理。だってぜったいまともじゃないもん。





 私が迷っていると、さっきとは違ってどこか不安そうな気配が伝わってきた。……駄目なの? って感じの。いや、駄目っていうか……ねえ……。



 ……でも冷静に考えたら、今までも話して解決できたことなんてなかったか。……ただ、両手がふさがると財布も拾えないし、おとといの先輩も引っ張って助けられない。無理やり力づくで解決するのなら、できれば両手は空けておきたい。下手に騒がれたり抵抗されたら困るし。……あれ? なんだか思考がだんだん犯罪者寄りになってる気がする。大丈夫かな私?




 紙に顔を寄せて、じっと見ながらそんなふうに私が考えこんでいると。ふと、紙がぺたりと私の額にくっついた。……お? そして、くっついた紙は私の顔を隠すようにぷらんと垂れ下がる。しかも私の顔のすぐ前に紙があるはずなのに、薄く向こう側は見ることができた。……おおー。


 なるほど。これならば両手も空くし、顔も隠れる。……なんだか、私とこの能力が初めて協力体制を取れたような。そうか、この能力とも別に敵対してるわけじゃないんだ。そう考えると少しだけ心強い気がする。……よし。じゃあ、これでいってみようじゃない!




 私は財布が落とされるであろう現場に、ちょっとハイテンションになりながら向かった。







 ――後々思い返してみると。「こんな存在がいたら全力ダッシュする」と自分が思ったことを忘れていたことが、この時の私の致命的な敗因であった。








* * * * * * * * * * * *





 守家 邦人(もりや くにひと)は運の悪い人間だった。


 両親は共に一流と言われる企業に勤めており、望めば何でも買ってもらえた。顔は整っている方だと言われるし、身長は175センチを超える。運動神経も悪くはなく、先日返ってきた模試の結果は偏差値が77だった。これで運が悪い、と言ったら殴られそうなスペックだとは自分でも思っている。


 ただ、それでも自分は運が悪い人間だと、邦人は信じていた。財布がいつの間にか無くなるのは日常茶飯事。彼が並んだレジは常に一番遅いし、大事な約束のある時に限って電車は遅れる。奮発して高いものを買ったら、たいていその商品は翌週に半額セールをやっているのが目に入る。最近は更にひどくなり、道ではたいてい運転を誤った車が自分を轢こうと狙ってくるし、学校ではそれが野球部の打ったボールに変わる。


 ……レジや電車や財布の件はともかく、車やボールが自分をめがけてくるのは明らかにおかしい気がする。財布については「盗まれているのでは」と考えて、かばんの一番底にしまっていつも持ち歩いていた時期もあった。そしてそれでも財布が消えているのを見たとき、邦人は対策を諦める。今はいつ落としてもいいように1つ780円の合成皮革の財布を使っていた。近所のスーパーで売っていたそれをまとめて10個買う邦人を見る店員の目は、明らかに見てはいけないものを見たと語っていたが、仕方がないじゃないかと思う。だってどうせ落とすんだし。



 どうしたら運が良くなるのかと寺や神社を回ってお祓いしてもらったりもしたが、全て徒労に終わった。どうやらこれは呪いとかではないらしい。……呪いであってほしかった。何が何だかわからないなら、対策と改善のしようがないからだ。気を付けていれば回避できるのが唯一の救いだろうか。なので邦人にとっては、バイトの帰り道と言えども安全ではない。というわけで、今日も最大限の注意を払いながら夜道を家へ急いでいたのだった。






 するとその途中、急に後ろから何かに強く引っ張られ、邦人の足が止まった。……なんだろう。新しい不運が形を変えてやってきたのか。邦人は警戒しながら後ろを振り返った。


 果たして、そこにいたのは明らかにヤバイ奴だった。何やら呪文の書かれた怪しい紙を顔に張りつけた、この世のものとも思えない存在。そんな奴がぐいぐいと自分の服を引っ張っている。不幸以外の何物でもなかった。自分の不幸がついに新しいステージに到達してしまった、と邦人は思った。




「うわーーーーーっ!!!!」


 相手の手を振りほどき、叫びながら全力で前にダッシュする。邦人は100メートルを11秒で駆け抜ける。たいていの相手からは追いつかれるはずなんてない。ところがその不幸を具現化したような存在は後ろをやすやすとついてきて、やがてもう一度がっしりと邦人の手をつかんだ。もう1度振りほどこうとしたが、そいつの手はありえないほど強い力で、まったく動かせなかった。……絶対に人間じゃない。邦人の脳裏に「あの世に連れて行かれる」というありえない考えが浮かんだ。





「なっ……!? なんだよお前!?」


 邦人がうろたえながらそう叫ぶと、目の前のお化け(?)は少し迷い、そっと何かを差し出した。……邦人の財布だった。邦人はかばんの底を探る。


 ない。ない。……落としたらしい。いつもみたいに。


「拾ってくれたんだ……」


 そうおそるおそる尋ねると、妖怪はこくりと頷いた。「……え、マジ? ……いい奴なの?」と心の中で思いながらその妖怪をよく見ると。服装と髪型から見て、女の子のようだった。中学生くらいの。この子はどうやら、一生懸命追いかけてきて、邦人が落とした財布を財布を持ってきてくれたらしい。


 邦人は頭を抱えて、財布とその妖怪を何度か見比べた。……やがて。邦人は決心し、その妖怪に話しかけた。


「……ねえ、ちょっとそこのコンビニまで付き合ってくれない?」








 コンビニで買ったホットコーヒーを2つ持ち、邦人は車の停まっていない駐車場に待つ妖怪のところに持って行った。そして意識的に笑いかけながら1つを差し出す。きっと妖怪相手でも、笑顔で接するのは大切だろう。……きっと。


「ねえ、今日寒くない?」


「確かにそう…そんな夢を見ることができるかも」


「喋れるんだ!? でもあんまり意味が……夢ってなんなの?」


 その問いに妖怪は首をこくりと傾けるだけで、返事はなかった。邦人はぐいっとカップを傾け、コーヒーをあおる。ほろ苦い香りとともに、熱い液体が喉を通っていくのを感じた。そこで1つ疑問が浮かぶ。……待てよ。この子どうやって飲むんだろう? 紙が顔にかぶさってるのに。


 こっそり邦人が横の妖怪を眺めると、普通に顔の前の紙をちょこっと上げてカップからちびちびと飲んでいた。こじんまりした口元だけが少し見える。……どうやらあの紙は全面が顔に張り付いているわけじゃないらしい。おでこにテープででも張り付けてるのだろうか? そう邦人は思って妖怪の額のあたりをちらりと見るが、見つけられなかった。妖怪だけあって、超常的な力でくっついてるらしい。





 しばらく、邦人とその妖怪はコンビニの横の駐車場で、黙って並び、コーヒーの温かさを共にした。お互いの間に会話はなかったが、気まずくはなかった。


 ……でも、なんだろうこの子、と邦人は内心首を傾げる。実体があるところを見ると、どうやら幽霊ではないようだ。妖怪かどうかは……よくわからない。ただ、なんとなく気配がおかしいと思う。人間だとしたら、よっぽどおかしな子だ。ただ、親切ではあるんだろうか。





 邦人はまだ熱いコーヒーをもう1口飲み、隣の妖怪に軽く聞いてみた。親切な妖怪と話す機会なんて、あまりあるもんじゃないし。


「ねえ、君っていったいなんなの?」




 返事がないので邦人が隣を振り返ってみると、その子は姿を消していた。視界に入るのは、誰もいないがらんとした暗い駐車場だけ。邦人の足元に、空のカップだけが置いてある。




 ……律儀な子だ。ちびちびとこの短時間で飲みきったらしい。しかし、一瞬で消えるところを見ると、やはり妖怪の類だったみたいだ。ただ、悪い妖怪じゃない。……それがなんとなくおかしかった。自分の不幸を何とかしてくれたのが、よりによって妖怪だった、なんて。今までお祓いをしていたのはひょっとして逆効果だったんだろうか。






 邦人は空のカップを拾い、自分のそれと合わせてゴミ箱に捨ててからその場を後にした。……恩人のなら、その程度は自分がするべきだろう。そう考えながら、少しだけ笑う。……妖怪が恩人。なんだか不思議な響きだった。

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