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誰もいない街、帰るべき場所

「確かに、急に人がいなくなったの……。……ちょっと待って。だからそれ以前になんで莉瑚ちゃんが外に出てるの? 病院は?」


「ていうか優佳里も今授業中でしょ……サボりは駄目だよサボりは。どうしたの?」


 いかん、話を逸らせなかったか。これでは怒られてしまう。先に相手の駄目なところを見つけて指摘しないと。自分が話している間は相手には責められないのだ。攻撃は最大の防御とはよく言ったものである。


「それが朝、登校したら誰も教室に来なくて……先生も来ないから見に行ったら、職員室も、誰もいなくて。がらんとしてたの。それで外に出てきたんだけど……」


「みんな駄目だなぁ。今度は集団不登校? ただでさえ私、あの高校の入学基準とか部の設立の時の審査のガバガバ具合について物申したいのに。もう、あれだよ。えーっと、うん、けしからん」


 いやでも不登校は違うか。さすがにこれは違いそう。どういうこと? みんながたまたまサボりたくなったというのはさすがにない。職員室も空だったらしいし。この誰もいない街並みといい、まるで、精巧に作られた違う世界に来たような……。




「――そう。まずは……異界を作らないといけない」


 記憶の彼方で、部長の声がした。まさかこれが、異界……ってこと? 





 そして私が考え込んでいると、優佳里がそっ、と私の手を取った。そのまま優しい声が私の耳に届く。


「で……? 莉瑚ちゃんは、何で外に出てるんだっけ……?」


 その瞬間、ぞわっと全身の毛が逆立つような気がした。しまった、話を逸らすのを忘れていた。なんだか知らないけどやばい。儀同さんから隠れてベッドの下に潜ってるときにもここまで危機を感じたことはなかった。私は手をぱたぱた振り回して必死に弁明する。ちなみになんで手を振ってるかは自分でもよくわからない。でも鳥に食べられる直前にでもカマキリは鎌を振り上げる、きっとそういうことだろう。……違うかな。駄目元で助かったりしないだろうか。ほら、カマキリって実は雀も食べるらしいし。


「集団不登校に危機感を感じてね、ほら、だって出席日数とか困るじゃない。だいたい先生もいなかったら誰が出席取るの? 真面目に登校した優佳里が損じゃない。私そういうの許せないと思うの。だってそんなんならみんなちゃんとやらなくなるじゃない。そういうのが積み重なって世の中ってちょっとずつ悪くなって」


「莉瑚ちゃん?」


「はい」


 駄目だった。私はどうも言い訳が得意な方ではないらしい。






「えっと、違うの。まず怒らないで最後まで聞いてほしいんだけど」


「……なに?」


「もう怒ってるじゃない! 約束違反!」


「……じゃあ、何か外に出なきゃいけない理由があったの?」


 理由。ちょっと心霊スポットを巡りに行ってました。そんなの絶対怒られる。しかし、理由……? 優佳里がピンチに陥ってそうな気がしたから心配で出てきた、とか言ってみるか? いやいかんな、そういう相手をだしにする理由付けはなんだかよくない。かといって「胸は痛まないし、もう血なんて出ないんだよ」と言っても……。かえって心配されてしまいそう……。




 その時、ガタンガタン、と音が聞こえた。空気が震え、カンカンカンカン、と甲高い音をたてて踏切が下りていく。おっと、もう来たか。


「あ、ごめん。ちょっと待ってて」


「……?」


「よいしょ」




 電車内に飛び、朝のラッシュ時みたいに混雑した車内で、私は歪みを探す。どれどれっと。確かあのDVDがあったのは後方車両だったからこのあたりだと思ったんだけど……。あ。


 何やらゆらゆらもやもやと揺らいでいる場所を見つけ、私はそちらに近寄った。周りの青白い顔をした乗客は、親切にも黙って左右に分かれ、私の進路を開けてくれる。皆さんどうもありがとう。




 揺らいでいる場所に着き、私はとりあえず手をかざしてみた。トンネルでは触ってたらなんか歪みが消えたけれど、どれ、同じように触ってみるか。さわさわ。


 そうやって空中で手を動かしていると、周りの明らかにこの世のものではない乗客たちは、なぜか一様におかしなものを見る顔になった。私を中心に、ざあっと半径2メートル程の円ができる。なんだか引かれてる気がする。さっき感じた親切がもうはるか彼方のよう。しかし、私の精神にはダメージを与えたものの、一向に歪みは消える様子を見せなかった。




 ……むむむ。なぜ。ええい。一生懸命に手を動かす私。その手の動きの激しさと比例して、私を取り巻く円の半径はざざざとさらに広がった。どうして満員電車なのにこんなにスペースができるのか。人ってやる気になれば思ってる以上に空間を詰めることができるのかもしれない。そんなどうでもいいことを私は学ぶ。


 ガタンガタン、と車両の床が揺れる。……いかん。このままだと地獄とやらに行ってしまう。私も公明正大な人間だと胸を張って言うことまではできないけれど、そこまで悪いことはしていない、はず。しかしこのまま手を動かしても私の車内でのパーソナルスペースが広がっていく気しかしなかったので、いったん手を止める。しかし手詰まり。


 ふと車内から外を見ると、流れていく景色の向こうに、窓に映った私の顔が薄く浮かぶのが見えた。するとその顔は紙、じゃなかった優佳里曰くの布で、いつの間にか覆われていた。……おや?


 ばっ、と顔を撫でてみる。私の指の感触が、顔にはダイレクトに伝わってきた。……街角モード、ではない、よね? これは本気でまずい、かもしれない。完全にもうあっち側の人間じゃない。ええい。私はまだ死んでないし。勝手に人の将来を映すんじゃない。叩き割ってお前を先に向こう側にしてやろうか。そう抗議の念をもって私は窓を睨みつけた。


 しかししばらくそうして窓を見ていると、ふと不思議なことに気がつく。なんだか外が、ぼやけてるというか。……いやこれは景色が、2重に映ってる……? 私の顔はもう2重とかそういう余地もなく布がひらひらしているのだけれど、飛ぶように移り変わっていく外の景色は、なんだか泣いている時の世界のように、滲んで見えた。


 ……なるほど。地獄行きの列車だけあって、次第に現世からあの世に世界を移動しているらしかった。なんて解説してる場合じゃない。私はダッシュで歪みの場所に戻る。車内の乗客は、さっきよりスムーズに私の進路を開けてくれた。




 えーっと。この歪みを直す。いやそもそも直すんだっけ? 紗姫はどう言ってた……?


「戻せばいいんだよ」


 そう、戻せばいいとそう言っていた。戻す。つまり、元にあった場所に返す。歪みがあった場所? そして、紗姫は私にそれができると、そう言いたげな口ぶりだった。場所を、移動させる。それはつまり。




「……飛ばせばいい……?」


 今までは私自身を遠くに運んでいたけれど。でも、どこに? 教えてくれないだろうか。私は再度、歪みを触ってみた。


 ……すると、さっきまでは分からなかったけれど。歪みは、歪んでいた。いや当たり前だけど。そうだ。いつか部長が言っていた。向こう側からこちらに呼ばれたものは、基本無理やり連れてこられたんだ、って。歪みは言っている気がした。元に戻りたい、と。私の胸の中のDVDが、破片からくっつきたがっていたように。歪みもあるべき形に戻りたがっている。私はそれを、後押ししてやるだけでいい。さっき見た、二重に見える景色の、向こう側。どこでもない場所へ。


 トン、と。かすかに指先に手ごたえを残し、次の瞬間あっさりと歪みは消失した。私は立ち上がる。車内には、あれだけいた乗客たちが、いつの間にか誰もいなくなっていた。あるべき場所へ、還ったのだろうか。人ならざる者が帰るべき、向こう側へ。


 カタンカタンとかすかに揺れる、誰もいない電車の中で。私は心の中で呟いた。




 ……じゃあ今の私が帰るべき場所は、いったい、どっちなんだろう。








「ただいま、優佳里」


 私が踏切に飛んで戻ると、優佳里はばっと顔を上げ、こちらに走り寄ってきた。私が車内で悩んでいる間は1人にしてしまったわけだし、不安にさせてしまったかも。


「莉瑚ちゃん、さっきの電車なにあれ!? 車内真っ黒すぎて怖かったんだけど!? まるで黒いカーテンでもかかってるみたいな……」


「あ、そうなの? 意外にいい人たちだったよ」


「人たち!? 人乗ってたのあれ!?」


 まあまあ、と優佳里を落ち着かせ、私はさっき理解したことを説明する。




「なんとなくわかったんだけどね。ここは、向こう側と現世の間だよ。だから街に人がいないんだと思う。あ、向こう側ってわかる? どこでもない場所」


「……どゆこと!? 全然分からないんだけど!?」


 部長やおさげの儀同さん、紗姫が言っていたことは全然わからなくて、私自身憤りを覚えたものだったけれど。いざ説明するとなると難しいなこれ。実はみんなどう言ったものか悩みながら口にしてたのかもしれない。


「ともかく、ここから出ないとね」


「……どうやって?」


 ふむ。出口がどこかにあるんじゃないだろうか。異界とはいえ、世界の端まで続いているわけじゃないだろうし。そういやこれも部長が毎回言ってたけど、この街がおかしい、みたいな感じで話してたもんね。おかしいのってこの街限定なんじゃないだろうか。


「ということで、街の外を目指そうか。一緒に飛べるかな?」





 優佳里の手を取って、町はずれに飛んでみようと念じてみる。しかし、いまいち上手くいかなかった。どうやら私以外を飛ばせるのは飛ばせるみたいだけど、一緒に飛ぶのは無理らしい。めんどくさいな。じゃあ優佳里を飛ばして私が追いかけるか? ……でも人を飛ばしたことないしなぁ。万一優佳里に不具合が出てしまったら困るし。……よし、ここは歩いていこう。




 私が色々決心して手を離すと、優佳里は何か言いたげな顔でじーっとこちらを見ていた。


「やっぱり歩きにしよう。あと3キロくらいでしょ? ……ってなに? 何か言いたいことでもあるの? 我慢は駄目だよ」


「さっきから気になってたんだけど。莉瑚ちゃん、やっぱりその力、おかしいと思う。うん、聞いてはいたけど、目にしたら余計にそう思うの。ねえ、もう少し詳しく、聞かせてくれる?」


 ……いちおう大まかには言ってなかったっけ。どうしようか。道中ゆっくり説明する時間はあるけれど、全部説明するとなると私の現在の病状も話さないといけなくなるし。それはちょっと困るな。





「まあとりあえずさ、現れたり消えたりできる能力っていうのでもう良くない? ほら、優佳里の言う、死が見える、みたいな。じゃあ解決だね。行こうか」


「いや全然解決してないからね!?」


「また終わったらちゃんと説明するから。少し我慢して」


 さっきと結論が反対になってしまった気もするけれど、そう言って私は歩きだす。すると優佳里はそれ以上聞くことなく、私の後をついてきてくれた。ありがたい。……ただ、リスみたいに頬がぷーっと膨れてる。不満丸出しじゃない。後で説明するって言ってるのに、なんでそんなに怒ってるの。




「どうしたの? おなか痛い?」


「……あとその力の話、私にしたのが最初だよね?」


「あとは紗姫が知ってるよ」


「……もう! もう!!」


 優佳里は歩きながら地団太を踏むという、器用なことをしながら私の隣に並んだ。そのままじろーっと私の方を覗き込んでくる。


「そういうことがあったら、これからは、私に一番に言ってほしいの」


 優佳里も自分の秘密を私より先に紗姫に言ってたような……という疑問が一瞬胸をかすめるけど、言わずにおいた。なんか面倒なことになりそうだったから。それに別に要求自体は構わない。優佳里と紗姫が私の一番の親友、というのは変わりないんだから。私のことを一番知っているのもこの2人。だからこれからも知っておきたい、ということだろう。


「まあいいけど」


「……絶対、約束ね?」


「念入りじゃない?」


「だって莉瑚ちゃんそういうのすぐ忘れそうだもん……」


 友人との約束を忘れそうな人間だと親友から思われていることがさっそく発覚し、私はちょっと心に傷を負った。い、いや。そんなことは……さすがにないと思う……。でも私のことを一番知ってるはずの人間にそう言われるということは……うん、やめておこう。大事なのはこれまでじゃない、これからどうするかなのだ。私は優佳里との約束を、いっそう胸に刻んだ。







 その後、人が誰もいない街を、外れの方に優佳里と歩いていった。しかし、見事に誰もいない。信号とかもあるけど、電気が通っていないのか灯りは消えていた。車がなく閑散とした道路はいつもよりやたらに広く見え、どこか寒々しい印象を受ける。


「……ん?」


 そんな中、ふと、何やら引力のような物を感じた。こっちこっちと引かれるような。私は分かれ道で、引力を感じる方向に視線を向けてみる。あっちは確か、病院があったはず。でも病院に今更戻ったところで……。あと料理の出る無人屋敷もあっちにある。ふむ。ひょっとしたら歪みを直してからじゃないと出られないとか? それはありそう。



 突然立ち止まった私を、優佳里は怪訝そうな顔で振り返った。


「どうしたの?」


「いや、なんかあっちに何かあるっぽくて」


「あっち?」


 優佳里もその言葉につられ、私の指さした方向を見た。まあここから見えるわけじゃないので、あっち見ても別に何も分からないと思うんだけど。ところが、優佳里は目を細めて遠くを見つめ、声を上げる。


「あ、ほんとだ。誰か来るみたい」


 目いいな。私も背伸びして同じ方角を見つめてみたけれど、いまいちよく分からない。しかしこんな場所にいる人間なんて人外かおさげの儀同さんくらいに決まってる。後者だと大いにまずい。というか儀同さん全然追ってこないよね。そろそろ出てきてもおかしくないと思う。しかしまずいぞ。私が誰かと一緒に飛べないなら、1キロ上空から落とす作戦が実行できないではないか。しかも今は優佳里がいるし。


「誰か……? ナ、ナイフとか持ってない?」


「持ってないよ!? なんで!? ……えーっと……あ、あれ副部長さんだ」



 ……副部長? あの人も優佳里と同じく、こっちに巻き込まれて来たのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 副部長、本物だよな?
[一言] ( ゜д゜)ハッ! よく考えたら莉瑚さんの周りって類友なのでは
[一言] そういえば副部長も部長様に認められてあの部に入れたんですよね……何か、あるのかしら
感想一覧
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