図書館での探し物の仕方
「……え、これそんなのなの?」
瞬時に街角モードから元に戻り、私は自分の顔を指さしながら優佳里に尋ねた。うん、と重々しくうなずく優佳里。
「絶対止めた方がいいと思う」
「でもそれならどうしたらいいの? あっちバージョンじゃないと吐血しちゃうし。これじゃおちおち外にも出られないじゃない」
「だから!! 出なくていいんだってば!!!」
バンバン!、と机を叩きながらまた叱られてしまったので、私は縮こまって反省の意を示した。これは口に出してしまうと確かに叱られるな。次からは黙っておこう。
「じゃあ紗姫は……」
「私が見に行くよ、もちろん」
らしい。うーん……でもなあ……。私が首をひねっていると、それが気になったらしく優佳里が疑問を口にする。
「どうしたの莉瑚ちゃん? なにか気になるの?」
「いや、なんていうか私もついて行った方がいい気がするっていうか。最近の私の勘ってよく当たるんだよ」
「だから駄目だってば!! さっきの話聞いてた!?」
机が叩かれ、再び縮こまって反省の意を示す私。そうだった。どうも反省が続かないのが私の欠点らしい。
優佳里はそれからしばらくの間も私の様子を見ていたけど、やがて紗姫を探しに東の原っぱに出かけて行った。なんだかこっそり外出するのではないかと疑われていた気がする。これではまるで私が言うことを聞かない悪い子みたいではないか。さらに「くれぐれも軽率な行動を慎むように」とも言われてしまった。これでは……いや、やめておこう。なんだかむなしくなってきた。
さてともかく。優佳里が出て行ってしまったので、これからどうするか考えよう。しかしこのまま入院しているといろいろ不便で仕方がない。輸血もくらくらするし。あれって管から血が入ってくるのがなんだか冷たい感覚がして、慣れないというか。どうもいけない。
そして、おさげの儀同さんが狙うとしたら、やはり私が病院にいる時なのではないだろうか。だって輸血しないといけないから、絶対ここに帰って来るし。私が追う側だとしたらそうするだろう。なにせ私はひょいひょい宙に消えるという、鬼ごっこで絶対追いかけたくない特性持ちなのだから。
……ということで、病院を基地にしている今の状態を脱しないといけないわけだけれど。優佳里曰く、吐血している理由は胸に黒い穴が開いているのが原因ではないかという。なぜそんなものが開いているのか。それは謎のDVDを落としたから。
で、確か部長が、こうも言ってた。「君のおばーちゃんならそんな体調悪くなってないと思うよ」みたいな。……これでわかることが1つ。このDVDとは仲良くやっていける方法がどうやらあるらしい。それを習得せねば、早晩に私は内臓をパージされてしまう可能性がある。さてさて。でもどうしたものだろうか。
私は試しに胸に手を当てて、内部にあるというDVD君に話しかけてみた。私の内臓がパージされるということは君も被害に遭いそうな気がするわけだけど、ここは共闘といかないだろうか。あのナイフ切れ味良さそうだったよ? それに今の君って私の中にいるわけだけど、それって無償でいるつもりかな? いや、別に何かよこせとまでは言わない。でもさすがに胸に穴開けるのって違わない? 誠意の示し方を君は何か絶対勘違いしているよ。
私がそう呼び掛けてみると、なんと何やら返答らしきものが聞こえた。しかしこれが、なんか……外国語っぽいというか……何言ってるか全然分からない。これは私の語学能力がどうとかいうより、このDVDが使っている言語が未知のものだという可能性が高そう。そしてそれならば新たな問題発生。……じゃあ意思疎通ができないじゃない。なんてことなの。向こう側とやらではどうやら日本語が公用語じゃないらしい。……いや、でも部長って普通に日本語喋ってたよね。さすがに部で未知の言葉で喋り出したら私も部長に違和感を覚えたはずだ。ということはうーん、謎。謎言語。
「……あ」
でも謎言語といえば。私って街角モードの時、最初ってなんかよくわからない謎言語を喋ってなかった? 上手く日本語訳出来てないみたいな謎言語。だんだん落ち着いたけど。そしてどこかでこれまた部長が、「宙から現れる少女と街の歪みって元は似たようなもんだよ」みたいなこと言ってなかったっけ? ということは、ひょっとして、街角モードならこのDVDと話せたりするのでは……?
私はベッドで寝たままもう1度街角モードに戻り、再度自分の内なるDVDとの対話に戻った。もしもーし。聞こえてますか。あなたは完全に包囲されています。応答せよ応答せよ。……そのまましばらく耳を澄ませてみる。
……しかし、いくら待っても私の耳に返事は届いて来なかった。……困った。というか街角モードでベッドに横たわってたら、布が顔にかかった人間が堂々と寝てるわけで、外から見た私ってもろ死体じゃない。このままだとあらぬ噂をたてられて病院にもご迷惑をかけてしまう。
そんなことを考えながらちらりと入り口を見やると、ふと棚の上のDVDの破片が私の視界に入った。あれは確か、幽霊列車の中から呼び寄せたやつ。すると、私の胸がなぜかふわふわと温かくなる。……おや? 視線を外すと、そのふわふわはなくなった。もう一度DVDを眺めると、そのふわふわは復活する。
……なるほど。どうやらこの破片は仲間とくっつきたがっているらしい。寂しがり屋なのかな? しかし、これをくっつけるとなると私の胸に入れることになるんだろうけど、そうすると、どうなるんだろう? より人外寄りになっちゃわないだろうか? 今でさえ死人みたいに言われてるのに。……うーん……。それに、優佳里に怒られる気がする。
しかし熟考の末、私はDVDを入れてみることにした。だってこのままでは埒が明かないのだし。それになんだかそうした方がいい気がする。ただし、条件は付けよう。
「これを入れてほしければ、私に協力すること。……いい?」
……何も返事はない。ただ、伝わったはずだ。私はそっと胸にそれを押し当てる。すると、抵抗なくDVDは私の中に消えていった。……謎だ。挿入口なんてついてないのに。でも輸血と違い、そのDVDが入るのは暖かくて、なぜか嫌な感じはしなかった。
「体調はどう?」
「あ、副部長」
そうこうしていると、優佳里より先に副部長がやってくる。告白云々は置いておいても、毎日まめな人だよね。そして副部長は何やらかばんをごそごそやりだした。何か取り出そうとしているみたい。……ぶっといナイフでなければもう何でもいいけれど。……ない、よね。ここでそんなもの出てきたらさすがに人間不信になってしまいそう。不本意ながらちょっと泣いてしまうかもしれない。
「そういえば君に渡すものがあったんだ」
そして出てきたのはさっき私の胸の中に入っていったのと同じようなDVDだった。ああよかった、と溜息を私がついていると、そのままそれを手渡される。……そういえば、料理が出てくる屋敷で見つけたら持ってきて、って言ってたっけ。しかし次々来るな。まるで……後ろから見えない何かに押されているみたい。風の辿り着く先のように、自然にこちらの方角だよと導かれているようだった。
「これどこにあったんですか?」
「屋敷の机の上にポンと置いてあった」
……いや、さっきの今だけどやっぱり訂正しよう。不自然すぎる! 何それ怪しい! その前日までは絶対机の上に何もなかったよそれ! 賭けてもいい!
「あとは必要なものはある?」
「うーん、できたら過去の新聞とか調べたいんですけれど……外には出られないし……」
私はとりあえず貰った方のDVDは棚の上に避難させ、副部長との会話に戻った。さすがにここでさらに1つ胸に入れる度胸はない。副部長も後輩がいきなり拾い物のDVDを目の前で胸に入れ出したら困惑してしまうだろうし。
……しかしこうなると、あと問題なのは調べ物の件か。儀同さんに対抗するためには彼女が起こしている事態の全容を把握しないといけない気がするけど。さすがにこの流れで勝手に外に出て行ったら、優佳里に強硬手段を取られる気がする。とするとどうやって調べるか。
「図書館にある新聞記事ならデータ化されてるから、パソコンで見られるはずだよ。病院からも繋がるんじゃないかな?」
「あ、そうなんですか?」
技術の進歩ってすごい。今は図書館に行かなくても調べ物ができるらしい。そうするともう図書館って建物いらないんじゃないかな? という考えが一瞬頭をよぎるけれど、きっと他にも何かお仕事があるのだろう。デジタルにない温かみ、みたいなね。……ごめん今適当なこと言った。
副部長が帰ってすぐ。私は病院2階にあるパソコンコーナーで。さっそく過去の新聞を精査し、猟奇的な殺人事件が我が町で起こっていないか、目を皿のようにして探した。これまでそういった視点で自分の街を見たことはなかったけれど、意外に多種多様な事件が起こっていることに驚く。この1年で殺人事件(ただし普通のものっぽい)が3つ。強盗2件。放火6件。
それとなんだかわからないけど、意味不明な怪奇現象があれこれ。……なにこの、「UFOが山に着陸した跡が!?」って。
その時、私のそばを人が通りがかった。その人は、パソコン画面にでかでかと表示されている怪しい記事の数々に一瞬ちらりと目をやると、心なしか足早に走り去っていく。何やらヤバイものに興味を持っていると誤解されている気がする。いや、誤解ではない気も。
しかしやがて私のイメージ低下の犠牲の甲斐あって、目的の記事を発見する。どうやら私の通学路付近で、1年ほど前に、バラバラ殺人が起こっていたらしい。いやバラバラ殺人て。探しておいてこんなこと言うのもあれだけど、猟奇的って言っても限度があるでしょ。
私は気を取り直し、記事を目で追った。
――4月2日、住宅街奥の小川近くの草地でバラバラ死体が発見される。経緯はこうだ。朝、犬の散歩に出た近隣住民のAさんは、飼い犬が道の脇のとある茂みを向いて動かなくなってしまったことに不信を抱いた。なぜならいつもその犬は散歩の時は紐をぐいぐい引っ張って先に行く、アクティブな犬だったらしい。そんな犬がなぜその日は動かないのか。Aさんはそろそろとその茂みに近寄り、そこで不思議なものを見た。草地の奥に、白い、棒のような何かが落ちている。そしてその棒には、手と、指。そして真っ赤な紐のような何かがぶら下がっていた……。
そこでいったん読むのを止める。いや何だこの記事。これ朝刊でしょ? 率直に言ってグロい。こんなの朝から読まされて、さあ朝ごはん食べて今日も頑張るぞ! ってなる? なったらその人はきっと心が壊れてるよ。
完全に食欲がなくなった状態で、私は続きを読み進めた。そして、そこで……私は理解できないものを見る。理解できないというか。見慣れた名前が、なぜか唐突に、ここに。何度か目をしぱしぱさせるも、やはり文字はそこにあった。
「……その後の捜査で、この遺体は、数日前に失踪し所在が分からなくなっていた角倉紗姫さん(15)であると判明。県警は捜査本部を設置し、前の晩に付近で目撃されたという若い女性の行方を追って――」
思わず記事を最小化する。……なんて? しかし、もう1度開くと、やっぱり記事はそこにあった。昨日のおばーちゃんの日記みたいに、消えるということはなかった。……この記事から、分かる、こと。それはつまり……。
視界が揺れ、ばくばくという心臓の音がやたらに耳に響く。地面に足がしっかりとついているはずなのに、足元がはっきりとしない。私はそのままうずくまる。まるで、いつまでも覚めない悪夢の中にいるみたいだった。
「……紗姫ちゃん、いなかった。どこにいっちゃったんだろう……?」
病室に戻ってきた優佳里がそう報告してくれる。しかし私にはそれよりも先に確認したいことがあった。私はぎゅっと布団を握りしめ、優佳里を見つめた。
「その……優佳里。紗姫のことなんだけど……」
「ん? なに?」
「……ううん。何でもない」
笑顔を見せる優佳里を見て、私は口にしかけていた質問を諦める。紗姫ちゃんは自分で言いたいと思う、と言ったからには優佳里は何も言わないだろう。紗姫が死んでる、という私の予想が正しければ、余計に。しかしそれならやはり私が紗姫と直接話をする必要がある。でも、どうやって? 死んだ人がどこにいる、なんて……。
「ねえ、優佳里。あのね、一般論だよ? 一般論で答えてほしいんだけど。幽霊って、どこに出るものだと思う? やっぱり自分の生まれた家とかかな?」
「……そうだねぇ。一般論で……考えるなら、恨みを残してるところとかじゃない? 犯人のところとか」
犯人。この場合の犯人って誰なんだろう。人を殺しそうな、殺し慣れてそうな、記事によると若い女性。最近そんなの聞いた気がするし、会った気がする。……まさか。それに、自分をバラバラにした相手のところなんて怖くて行けないだろう。私ならきっとそうだ。なら?
「他には?」
「うーん……未練があるところ、とかかなぁ」
未練、か。紗姫には何か未練があっただろうか。未練、未練……。もし、私なら。ある日、普通に生活していたら、殺されたとする。突然なことだから、心の準備もできていない。これから先、やりたいことも、気になることもたくさんあったはずだ。でも、それが誰かによってある日無理やり断ち切られたなら。当然、殺した相手に恨み言の1つも言いに行くだろう。もし相手を呪い殺せる力があるなら私はそうするだろうし、自分でできなかったら誰かを使ってでも、実現しようとするだろう。たとえ、それが自分にとって大切な誰かであっても。ただ、それと……。
そう。もし、私なら。あの時、もし違う行動を取っていたら、自分は殺されたりしなかったんじゃないか、と考えてしまうんじゃないだろうか。もしあの時、近道をしようと思わなかったら。あんなにギリギリまで調べ物をしていなかったら。そもそもあんなことに興味を持たなければ――。
「莉瑚ちゃん大丈夫!? 気分悪いの!?」
腕を掴んで揺らされて、私ははっと我に返った。……私は今、何を考えてた? いや、考えるというよりは。まるで自分の過去を思い返す、みたいな……。私は自分自身を抱きしめる。その私の胸の奥に、おそらく今もあるもの。部長曰く、私の力は街の歪みに同調して未来を見ているのだという。そして、その街の歪みには、このDVDが関係していて。……今のは、紗姫の、記憶? 破片がくっついたから、できることが増えた……ってこと?
「大丈夫、でも疲れたから、ちょっと休もうかな。今日はありがとう」
私はそう言って半ば無理やりに優佳里を帰した。その際の作り笑顔が相当下手だったのか、優佳里がめちゃくちゃ心配して全然帰ろうとしなかったので、1時間に1度LINEを送るという約束付きで。……優佳里も一緒に、という選択肢もあったかもしれない。しかし、会いに行くなら私1人の方がいい気がした。きっと優佳里には聞かせたくない話にもなるだろう。そんな気がした。
そして、病院の消灯時間が過ぎた、午後10時。私はある場所へ飛んだ。きっと、紗姫はここにいる。
昼間優佳里に注意されたばかりだけど私は街角モードになって、広い建物の中を進む。こちらの方が夜目が利くから。もうこれまで散々こっちモードにはなってるので、今のこの時くらいなっても誤差だろう。建物の中は真っ暗で、所々にある非常灯の緑の明かりがぼうっと遠くに浮かび上がっているだけだった。暗いシルエットになっている背の高い棚と机をいくつも通り過ぎ、私は目当ての場所に辿り着く。
その棚には「伝承・民話」というプレートがかかっており、真っ黒な棚にはずらりと真っ黒な本が並べられていた。その棚の前に、1人の人影がうずくまり、本を開いてページをめくっていた。真っ暗な、誰もいない図書館の中で。
「紗姫」
私の声にばっと顔を上げ、人影は私の方を見た。それは間違いなく、先日病室から煙のように消えた、私の親友の姿で。驚きの表情のままで固まっている紗姫に、私は言葉を続けた。何してるの? とは聞かない。なんとなく、それは分かるような気がしたから。それよりも。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい? この前のね、話の続き」
優佳里ちゃん「街角モード絶対止めといたほうがいいと思う」
→言われたその直後にベッドで使う
→さらに図書館でも使う
これは「話聞いてた!?」って言われますわ
 




