黄昏時の三者懇談会(部室にて)
やっと仕事の課題が終わりました!
と思ったら次がすぐに。いったいどうなってるの……。
30秒でやってくる。……何が? 私が耳を澄ませると、コツコツと廊下から足音が聞こえた。どこか虚ろに響くそれは、病室でこれまで何度も聞いたことのある。
ガラリと扉が開かれる音がして、そのまま靴音は部室の中に入ってくる。そして、カーテンの向こう側から、誰かがぬうっと顔を覗かせた。私を視認した瞬間、その目が大きく開かれ、その顔には子どものようにあどけない笑みが浮かぶ。……今部長と話題に上がっていたばかりの。おさげで眼鏡の、彼女。
「見ーつけた」
……やっぱり私をお探しであったらしい。しかし1つ疑問がある。さっき、そう、10分前くらいまでは確かに病院にいたはず。私もそうだけど、私は飛べるからいい。でも彼女は? 病院から学校まで、たぶん7、8キロはあるのに。……それに、どうして私の場所が?
「やあ、儀同くん。いらっしゃい」
「あ、どうも。お邪魔します。連絡ありがとうございました」
……部長か! 道理で色々喋ってくると思った。時間稼ぎか! いやでも初めて会った時も喋りまくってたっけ。ただ単におしゃべり好きな可能性も否定できない。
「儀同さん?」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。私、儀同 叶美と申します」
ニコリと笑って彼女は優雅に一礼した。そして、コツリコツリと規則正しく、一歩ずつ近寄ってくる。おそらく、アメリカ流に握手を求めてとかではないだろう。私はその分後ずさりつつ、時間稼ぎの意味も込めて、さっき抱いた疑問を口にした。
「どうして、こんなに早く来れたんですか? さっきの今なのに」
「だって、あなたが逃げるから。私も追いつかないと、って思ったんです。今ならね、私、何でもできる気がするの」
ドン、と壁が私の背中に当たった。いつの間にやら、もう教室の端まで追い詰められていたらしい。ここで飛ぶのは簡単だけど……。直接聞かないと、分からないことがまだいくつも残されている。今部長から聞いたこともまだ消化できていないけれど。
「あ、あの! そういえば私、あなたに聞きたいことがあるんです!」
「私も、あなたにやってほしいことがあるんです。ふふ、奇遇ですね。私たち、ひょっとしたら仲良くなれるのかも……」
仲良くなる、の意味がたぶんだけれど私と彼女だと大いに違う気がした。そしてそこを突き詰めると始まってしまいそう。儀式的な何かが。よし、私は何も聞かなかった。えーっと、それより彼女に聞くべきは。
「あの、あのですね。あなたが死んだ人に会いたい、っていうのはわかるんですが」
「そう! ……わかってくれるんだ? 嬉しい! じゃあさっそく……」
そして彼女は手に持ったかばんをごそごそと探り始めた。なんだかとても嫌な予感がする。やがて、彼女は明らかに20センチ以上あるぶっといナイフを手に持ち、ニッコリと微笑んだ。……やばい。突き詰めなくても始まったこれ。しかも霊的なのじゃなく物理的なやつ。
「大丈夫、痛くしないから」
「いやいやいや。そんなの持ってその台詞は説得力がなさすぎますって」
大体そんなこと言われて痛くなかった試しなんてないのだ。ええい、しかし背中に当たる壁が邪魔で仕方がない。ずりずりとそのまま横に擦れる。そんな私に対して、彼女はニコリと微笑んだ。見かけだけだと、虫一匹殺せなさそうな笑みだった。しかし……。
「私、こう見えても慣れてるから。確かに、最初の子は大変だった。作業中、痛い痛い、ってずっと言ってて。とっても可哀そうだった。だから、次の子からは最初に殺してから作業することにしたの」
普通に「殺す」とか言ってる。ていうか改善ポイントは絶対そこじゃないと思うの。ただ幸いなことに、こうして会話をしていると彼女の足は止まった。だいたい、今5メートルくらい。ナイフを持っている相手との距離という意味では、いささか心もとなかった。できれば500キロ以上は離れていて欲しいところなのに。
「私を殺してどうしたいんですか?」
「最初はね、勘違いしてた。ただ伝承通りに穴を開けたらいいのかって。でも違った。それだけじゃ足りない。だからまだ書かれていなかったのよ」
彼女は熱に浮かされたように1人で喋ってるけど。全然疑問に対する返事じゃない。会話のキャッチボールが成立しない、というより彼女が1人でどんどんボールを投げてくる、というか。……でも、最近この街が都市伝説と怪奇現象に溢れているのは、この人が穴とやらを開けたせいらしかった。どうやって? とか疑問はあるけどそこはもういい。私は開ける気がないし。きっと邪神の像を海に沈める的な暗黒儀式を行うことで実現するのだろう。……でもまたまたよく分からない話が出てきた。
「あの……書かれてなかった、ってなんですか?」
「この街にある伝承が全て現実となった時、道が開けて、死者が蘇る。そう、書いてあったの。ただ、最後の1つだけがどうしても分からなくて」
――この地の伝承について書いた本を借りたら、どの本にもね。同じことが書いてるの。
――最後の1つはね。わからなかった。なんだかそこだけ字がぐしゃぐしゃになってて、読めなかったんだ。
紗姫の声が私の耳に蘇った。……紗姫。いったいどこに行っちゃったの。……いや、今はそれよりも。
その時、横にいて状況を見守っていた部長が口を開いた。……どうやら、私の物分かりが悪いので親切にも解説してくれるらしい。しかし部員が目の前でナイフを突きつけられているんだから、解説より先にやってほしいことがあるんですけど。
「人の噂、恐怖には力が宿る。死んだ人間が戻って来るためには、魂を受けるため、その力の土台が必要、ということさ。分かるだろう?」
「いやそんな『当然でしょ?』みたいな顔して諭されても全然わかりませんて」
「だから、最後の1つは、私が作ればいい。そう思っていたのに、あなたが邪魔するから」
右と左から同時に言われて、ちょっと目が回ってしまう。いかんぞ、両方とも意味が分からない。しかし私が何かお邪魔してしまったと、おさげの彼女、儀同さんの方は言いたいらしい。それはわかった。でも、心当たりがない。さらに疑問をぶつけようとして、私はふと違和感に気づく。儀同さんが、さっきより近い、気がした。
「……っ!」
反射的にその瞬間、自分の部屋に飛んだ。そしてそのままの勢いで、ぽふっとおもいっきりベッドに倒れ込む。しばらくそうしてじっとしていると、じわりと全身を冷たい血が巡る感覚に襲われた。……ああ、確かに慣れてる。最後に耳に残ったのは、壁を刃物が斬りつける硬い音だった。あの一瞬で5メートルの距離を詰め、斬りつける。それができるくらいには彼女も人外らしかった。元からなのか、そう変わったのかは知らないけれど。もう、オカ研に入ってからどんどん人外の顔見知りが増えてる気がする。……ある意味、活動としては正しいのだろうか……?
……さて、ともかく。私は状況を整理する。今分かったこと。まず、儀同さんがぶっちぎりの危険人物であること。何しろ捕まったら私はナイフで内臓を大っぴらにパージされてしまうらしい。他人のだと思って。やめていただきたい。私が何をしたかは不明だけど、あっちにはあっちなりの理由がありそうだった。
……ただ、宇宙の電波を感じたと言って人を殺める人たちにもそれぞれ本人なりに理由があるのだろうし、訳があることは免罪符にはならない。ここでの問題は、あっちなりの理由がなくならない限り、私は狙われ続けるだろうということだ。悲報その1。
そして、儀同さんについて、もう1つ。そんな危険人物の彼女は、病院から学校まで10分程度で現れた。病院と学校はだいたい6,7キロは離れているから、バイクか車かそれ以外の方法かは分からないけどある程度高速で移動できる手段をお持ちらしい。ひょっとしたらティラノサウルスみたいに時速50キロで走るという可能性もある。そんなのに追いかけられる側としては悲報その2。
次。部長は人外で、どちらかと言えばおさげの彼女寄りである。これについては後半がまずい。部長って何をどこまでできるんだろう。何でもできそうな気がする。そんなのが敵側。いや、そこまで明確に敵対してる感じもないけど、味方ではなさそう。
……それにしても、部長はおばーちゃんと知り合いだと、そう言っていた。しかもなんだか歪んだ間柄っぽい。なぜおばーちゃんは私にそのことを事前に伝えてくれなかったのか。……いやでも「実は私には数十年も纏わりついてくる人外がいるんだよ」と突然言われてもあれだな。そんなことを家族の夕食でいきなり言い出されたりしても困る。私はどういう顔でそれを聞いたらいいんだ。ともかく、悲報その3。
でも……。部長の話の流れ的に、この怪異にはおばーちゃんも関わってそうだった。けれどおばーちゃんは、もう、いない。せめてどこかに書置きでもしてくれてたら……。ない、かな? どこかに日記くらい、ない? おばーちゃんの家はまだそのまま置いてあるはず。あそこを探すのはありかもしれない。
……それと。あの儀同さん曰く。何人も殺している、みたいな話があった。さすがにこの街が違和感を消すといっても死体がなくなる訳じゃないだろう。とすると事件化されている可能性はある。図書館に行くのも手か。過去の事件と、この地の伝承を自分で確認する。今のところ私って、又聞きというか伝聞ばかりだし。
……いや悲報、多くない? ここまでいいニュースが全然ないじゃない。どうなってるの。私はベッドに寝転がり、天井を見上げながら考え事を進める。そしてさっきのことも大いに問題だけれど。それ以上に……。
「紗姫……」
どこに行ったんだろう。だって、あの棚は紗姫が中に入ってから、開いていない。つまり、紗姫はあの棚から煙のように消えてしまった、ということになる。でも、そんなことできるわけが……。いや。
私は手のひらを天井の明かりに透かしてみた。……そう。私なら、できる。棚から音もなく消えるのなんてお手の物だ。私が消えるのを見ていた街の人々は、いつもこんな困惑を抱いていたのだろうか……?
誰だあと5話で終わると言ったのは




