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紗姫ちゃん退場、語る部長

 いったい、どういうことなの……? 私は目の前の状況が理解できなくて、ずっと呆然と立ちつくしていた。……だって、だって、あのおさげの彼女が開けるまで、紗姫は棚から出ていなかった。だったらここに、いるはずなのに。


 ……そうだ! 電話……! 私は携帯を取り出し、紗姫へ連絡を入れる。いつまでも続くコール音が、もどかしかった。



 しかし、何度電話をかけても。紗姫は一向に出てくれない。どうして? 私はベッドに腰掛けて、紗姫の既読にならないLINEを眺めながら問いかける。……ねえお願い、紗姫、教えて。どこに行っちゃったの……? 私はこれからどうしたら……。



「――地図だよ、地図」



 その言葉が耳に蘇った。……そうだ。紗姫がいないなら、私が、やらないと。……たとえ、1人でも。優佳里に電話をしようか迷い、止める。だって、最初はもともと私1人だったじゃない。









 決心した時には、既に外は薄暗くなり始めていた。まず、病室から部室に、私は飛ぶ。副部長がお見舞いに来てくれたということは、もう部活は終わっているはず。


 そして飛んだ先、部室でしばらく動かずに耳を澄ましてみたけれど。想像通り、あたりに人の気配はなく……運動部の掛け声が遠くからかすかに響いてくる他には、何も聞こえなかった。それでも、足を忍ばせながら。私は部室の奥部分、カーテンの向こう側をそっと覗いた。……よし。部長は、いない。




 そのまま私は奥の机に近寄った。ここに、確か、……宙から現れる少女の地図はあったはず。結局、この地図のどこがおかしいのかは、紗姫からは聞くことができなかったけど。




 私はもう1度、暗い部室の中で、地図をじっと見つめた。たぶん部長が書き込んだのか、私が現れた場所と時間がていねいな字で記載されている。最初は神社、これだけが私じゃない。そして最新の件まで、間違いなく追跡されていた。部長の情報収集能力がおかしい、と言えばそうなんだけど、嘘っていうのとは少し違う気がする。



 ……これのどこかが、嘘? 何もおかしいところなんて……いや。紗姫は何か言いかけてたっけ。確か……「先代の――」と言っていたのではなかったか。


 先代。私の前に、同じような少女がいる、という話で。その先代を追いかけた人間が8人死んでいる、というのだったはず。そして、部長はずっとその少女を追いかけていて、最近、人が死ななくなったから興味深い、と――。……あれ……?




 ……確かに、妙だ。私はそこまで考えて、紗姫が言っていたであろう地図のおかしい点にようやく気がついた。




 ……もし、部長が、先代から追いかけていたのであれば。ここには、その先代の現れた日時も書きこまれていないとおかしい。だって、部長は私と先代を区別できていない、そういう話をしたんだから。でも、ここには私の話しか、載っていない。神社の1件を除いて。……その神社の1件で出てきたのが、おさげの彼女で。今私を狙ってきているその彼女と引き合わせてくれたのは、いったい誰だったか。





「電気くらい、つけたらどうだい」


「!!!!」


 振り返りながら、反射的に私は教室の端まで転移した。しまった、つい。後ろから聞こえたのは、よく知っている声だった。


「……部長」


 瞬間的に場所を移動した私に驚く様子もなく。部長はこちらに視線を向けた。室内が暗くて、よく表情は読み取れない。窓を背にした部長の足元からは、黒く長い影が伸びていた。


「もう体調はいいのかな? 毎日、守家くんがお見舞いに行ってるらしいじゃないか。少し、興味深いよね。彼がああいうことをするのは珍しい」


 クスクスと笑いながら、部長は手を広げた。……どうでもいいけど、いちおう森河くんも来てくれてますよ。部長の中では部員にカウントされてないみたいですけど。


「……部長。聞きたいことがあります」


「いいよ、何でも聞きたまえ」


「……どうして、あの地図には私の前の「宙から現れる少女」の現れた日時が載ってないんですか?」


 部長はきっと私の正体には気がついている、と思うけど。これで普通に部長が話を続けたら、その確信が持てる。というか目の前で飛んじゃっても驚いてない時点でたぶん……。


「あまりたくさん載っていたら、ごちゃごちゃして見にくいだろう? だから最近のものしか載せていないのさ」


 ……ほら。乗ってきた。




「嘘です。見にくいかどうかなんて、気にしないでしょう。部長なら。……あの人と私を会わせるために、あえてそうしたんじゃないんですか?」


 私がそう応えても、部長は綺麗な笑顔を返すだけで、何も答えてはくれなかった。聞きたまえ、と言ってくれたけど、何でも答えてくれる訳じゃないらしい。ええい、ならどんどん聞いてやろう。


「あの人は誰ですか。神社で目撃したという、おさげのあの女性は」


「かわいそうな子だよ。自分がやっていることがどれだけ無意味かもわかっちゃいない」


「……無意味?」


「だって彼女がどれだけ頑張っても。望みなんて叶いはしないのに」


 哀れんだ目で。かわいそう、と言いつつ、部長にはそれを正すつもりもなさそうだった。……あれ? おさげの彼女側ってわけでも、ない感じなの……? まだ全然全体像が見えてこない。




「望み、というと。死んだ人に会いたい、ってあれですか?」


「そうそう、よく知ってるね。彼女にはその後、もう会ったかい? 会ってたら今莉瑚くんが生きてる可能性もそんなにないだろうから、まだなのかな。君、なかなか運がいいね」


 ……また運がいい人認定されてしまった。全然実感ないけど。私で運がいいなら、世の中の一般の人々はいったいどれだけ過酷な日々を過ごしてるんだろう。


「ちなみに、また会ったらどうなるんですか?」


「ズタズタに腹を裂かれるんじゃないかな? 彼女は、それが一番効果的だと思ってるみたいだから」


 よかった隠れて! えらいぞ過去の私! 私は自分の判断に心底感謝する。それにしても、ズタズタにお腹裂くのが一番効果的な望みって何!? 叶う叶わない以前にそんな望み持ってる時点でかわいそうだから。今すぐ捨ててしまいなさいそんなの。


「お腹を裂くのが効果的?」


「だってほら、生贄みたいだろう? 莉瑚君は肌が白いから、きっと内臓と血の赤がよく映えるよ。良かったねえ」


  ……今。私のこれまでの人生において一番嬉しくない誉め言葉を貰ってしまった。森河君にレッサーパンダ云々の話をされたときもちょっと複雑だったけど、もうなんていうか次元が違うよね。さすが部長。でもよく考えたら森河君のあれも最近だな。私の星座占いはここ1ヶ月、ずっと最下位だったに違いない。世の天秤座の皆様、巻き込んで大変申し訳ない。慎んでお詫びします。おっと、いけない。




「あの人は、生贄を、捧げたい……?」


「まあそうなるね」


 何が本当で、何が嘘かもわからない。何を言っているのかすらも。ただそれでも、聞くことを止められなかった。


「どうして、生け贄なんて?」


「彼女の目的がそれで叶うと、彼女が思っているからだよ」


「ここでは生け贄を捧げると死んだ人に会えるんですか?」


 初耳なんだけど。どういう理屈なんだ。この街の住民ってメガザルロックみたいな特性でも持ってるの? それが本当だとしても、明らか邪教の街じゃないか。……私はその時、この街のマスコットキャラクターがやたら丸いシルエットをした山羊だったことを思い出した。……あっ……あれって……そういう……? 私の知識では、邪教では理由は定かでないが山羊の首を飾るという不文律をたいてい大切にしているものなのだ。……うん、でもたぶん関係ないなこれ。




「そういえば、莉瑚くんは入院しているはずじゃなかったっけ。どうしてここにいるんだい? もう体は大丈夫なのかな?」


 部長が、不意に、そんなことを尋ねてくる。眉毛がハの字になって、心配そうな声色で。どこからどう見ても部員を心配する部長そのものだった。さっき私に「腹を裂かれる死に方が似合う」とか言ってた人と同一人物とは思えない。いったい部長の情緒はどうなってるの。


「私の友人がいなくなったんです。何か知りませんか?」


「へえ。どちらだい? 死が見える子か、普通の子か」


「死が見える方じゃない子……です」


 部長には優佳里のこともお見通し……か。とすると、紗姫の行き先も知っているかも。


 ところが、部長は首を横に振った。知らないらしい。それにしても、部長は紗姫のことを「普通」と言った。紗姫自身もそう言ってはいたけど。私はまた、違う予想を立てていた。それも聞いてみよう。


「普通……なんですか? 私、てっきり」


「……てっきり? なんだい、言ってみたまえ」


「紗姫が、私の先代なのかって……」


 消えたし……。それに、私の正体をばらした時も驚いてなかったところを見ると、元々もう気づいてたみたいだったし。私はけっこう完璧に隠し通していたはずなので、部長みたいな例外を除けば気づける訳がないのである。しかし……。




「残念ながら違うねえ。彼女は一般人だよ。……まあ、彼女のような存在が現れ始めたのなら、もう私の目指すものも近いと言えるかな。あのおさげの子の行動も、まんざら外れていたわけじゃなかったらしいね」


 ……私の中では、一般人は棚の中から煙のように消えたりはしないのだけど。でも、部長的にも紗姫のことは知らないらしい。そして、後半。部長の目指すものって?


「部長は、いったい、何をしたいんですか?」


「それはあのかわいそうな子と同じだよ。いけない、ということは私もかわいそうだと、ふふ、そういうことになってしまうねえ」


 部長も、誰か、死者をよみがえらせたい。そういうことかな。にしても「死者をよみがえらせる」って単語を人生で使うと今まで生きてて思ったことなかったけど、最近連呼してる気もする。全然嬉しくない経験値だけど。


「誰を、よみがえらせたいんですか?」


「君もよく知っている人だよ」


 その発言に私は首をかしげたが、さっぱり思い当たる人物はいなかった。最近死んだ有名人の熱狂的ファンとかだろうか。でも、部長がそういうミーハーなところがあるような気もあまりしない。




「……わかりません……。だいたい、あのおさげの子と部長は、何が、違うんです?」


「だって、彼女が会いたい人間の魂はもうこの世にないからね。中途半端な知識でやるからそうなるんだ。まったく、嘆かわしい」


 そこじゃなくて生け贄を捧げる行為の方を嘆いてほしい。ただ、そろそろ部長にそっち方面の倫理観を要求しても無駄な気がしてきた。えーっと……あと聞くべきは……。





「しかし、君も大丈夫かい? だいぶ、蝕まれているじゃないか。気の毒にね。……君の祖母君(そぼぎみ)ならそんなことにはならなかっただろうに」


 その言葉に私は思わず顔をあげた。……今、なんか部長さらりとおかしなこと言わなかった? おそるおそる、確認してみる。


「部長、私のおばーちゃんのこと知ってるんですか?」


「ああ、聞かれなかったから言わなかったけれど。君の祖母君と私は旧知の間柄でね。いや、正確に言うと……元々は、彼女が私を呼んだんだ」


「いや、知らないのに聞けるわけないじゃないですか。……呼んだ、っていうと、『向こう側』から、ですか」


 部長が「向こう側」からやってきたということになると、完全に人外になってしまうけど。ただ、もうさっきから発言がヤバすぎるので、人間かどうかはもうどっちでもいいや。大した問題じゃない。……私もなんだか最近染まってきた気がする。




 そして部長は否定する様子も見せず、鷹揚に頷いた。あ、部長人外確定。でもこれでさっきの情緒不安定疑惑は解消された。部長にとっては私のお腹が裂かれるのも、今日の晩ごはん用にアジを開きにするくらいの重みしかないんだろう。


「そうなるね。……いつか向こうに叩き返してやる、と言われ続けてもう、何十年になるかな……。なのに、勝手に死ぬなんてずるいと思わないかい?」


 ……よくわからない。叩き返すと言われてたみたいだけど、一方で、部長の口調はしんみりしているようでもあった。亡くなったのを残念がってるみたいだし。相棒みたいな関係だったのだろうか。ていうかいくつなの部長。明らか何十年も生きてるっぽいのに普通に制服着ちゃってる部長。この高校の入学者選定の基準に、私は大いに疑問を持った。




「部長は、おばーちゃんに、元の場所に返してもらいたかったんですか……?」


 ほら、最期はお前の手で、みたいな。ところが、私の発言はお気に召さなかったらしく、部長はむっとしたような表情になった。おや珍しい。


「違うよ。私たちの決着が着く前に死ぬなということさ。私は逆に、彼女がいくら頑張っても私に勝てずに悔しがるのをずっと見ていたかったんだ」


 うわぁ……。私は思わず心の中でその関係性にちょっぴり引く。なんだかおばーちゃんが気の毒になってきた。既にそんな気はしてたけど、歪んでる。少なくとも私は、向こう側の人とは仲良くなれそうにない。





「でもさすがに、死人がよみがえるだなんて無茶苦茶すぎます」


「普通はないんだけれどねえ。私も正直、今まで長く生きているが、1度しか見たことはないよ」


「あんのかい! ……あ、すみません」


「構わないさ。……ただその時も、どうやったのかはいまいちわからなかったね。どうやら手順があるらしいけれど」


 手順とな。闇の儀式みたいなものだろうか。私の疑問が顔に出ていたのか、部長は大きく頷いた。


「そう。まずは……異界を作らないといけない」


「いや異界ってなんですか」


 1発目から意味わからない単語出てきたんだけど。まずは、の時点でつまずいた私には、たぶん闇の儀式は無理そうだった。


「普通は死者はよみがえったりしない。なら、まずはその理が通じない場を作らないといけないのさ」


「そんなのどうやって……!」


 自分で言って気づく。理が通らない場。それはつまり、おかしいことが起こる場所だ。……今、この街には心霊現象と都市伝説がいくつも存在する。つまり、理が通らない場が形成されつつある……?


「どうやったんだろうねえ。せっかくだから、直接聞いてみたらどうかな。たぶんあの彼女はすぐに君に会いに来るよ」


「どうしてですか……?」


「君が一向に殺さないからだと思うけど、自信はないね」


「なんで、殺さなかったら殺されないといけないんですか」


 あと殺さないって誰をやねん。森河君? さすがに違うか。級友の私に優しくない罪で殺されるのはさすがに重すぎる。……でも部長にもそれ以上はよくわかってないみたいだった。ただ、よかった。部長は完全に敵という訳でもないらしい。私は内心胸を撫で下ろす。




 ……けれどきっと、それは間違いだったのだろう。私が安心していいのは、全てが終わったその時しかなかったというのに。





「まあ、もうすぐわかるよ」


「はぁ……その自信はどこから……」


「今、昇降口のあたりにいるみたいだからね。あの移動速度ならあと30秒もしないでここに着く」

恋愛ものでもあるはずなのになぜ内臓がどうとかいう話になってるんでしょう

確かに一瞬そっち(恋愛)方面に行きかけた時はあったはずなのに……どういうことなの……?

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― 新着の感想 ―
[一言] 「彼女が会いたい人間の魂はもうこの世にないからね。」サロナの異世界かな?かな? 更新待ってます
[一言] いきなりシリアスになった(゜ω゜)
[一言] え、もしかして紗姫、死んでんの? それにしてもほんと、婆ちゃんなにもんよ
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