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いつだって大切なのは第三者目線だと思う

「えらい急いで駆け込んできたよね。どしたの?」


 私が自分の席で決心を新たにしていると、友人の紗姫(さき)がニヤニヤしながら私の席までやってきた。珍しい。いっつも寝てるかそもそも教室にいないことが多いのに。


「私だってそんな日くらいあるよ」


「へー、今まであんな必死な顔で教室入ってくるのって見たことなかったからさあ。珍しいなと思って」


 よく見てる。ひょっとして、心配してくれたんだろうか。私はじーっと紗姫の顔を見つめて尋ねてみた。


「紗姫はひょっとして……私のこと好き?」


「なんだ、今頃気づいたの?」


「あ、はいはい! 私も急いでたのは気づいてたよ! もちろん!」


 手を挙げてそう主張するもう1人の友人にも手を振っておく。


「はい、優佳里もありがとー」


「なんか私にはおざなりじゃない……?」







 放課後。私が窓際の自分の席から校庭を眺めると、校門のあたりに昨日の先輩が立っているのが見えた。誰かを待っているのだろうか、門から出て行く生徒をじっと見つめている。……いや違うな。なるほど。この学校の生徒ならだいたいあそこを通って帰るだろう、という読みか。先輩は昨日のことをスルーするつもりはないということがわかった。


 私の席の隣にやってきた優佳里が私の視線を追い、校門に視線を落とした。


「ああ、あれってサッカー部の秋島先輩じゃない? けっこう人気あるよね。誰かと待ち合わせなのかな?」


「……あのさ、私今日はあそこ通りたくない」


「お、……朝のことに関係ある?」


「実は、今ちょっとあの人に追われてるみたい。……で、ごめん。事情はまだ、言えない」


 言えなかった。なんとなく、まだ自分1人で何とかできるならしたい、と思っていたからだと思う。ただ、事情を省くと、とても怪しく聞こえてしまう。




 紗姫はそれを聞いて、ふーん、という単純なリアクションを返した後、首を少しだけ捻った。


「なら、裏門から逃げるかね。あそこ鍵かかってるけど、簡単に乗り越えられるから。あたしよくあそこから抜けることあるし」


「それサボるときでしょ……。でもありがと。じゃあ今日は裏門から逃げるということで」


 そうは言っても優佳里は絶対事情を聞きたがるだろう、と思って顔をちらりと見ると、彼女は一瞬だけ何かを考えこんだものの、笑って裏門からの脱出に同意してくれた。おそらく私の疑問が顔に出ていたのだろう、彼女はニッコリと笑った。


「莉瑚ちゃんが言えない、と判断したならしょうがないかなって。それは待つよ」


「おおー……」


 どうやら私の友人たちは私が思っていたよりも大人だったようだ。私ならたぶん気になってこんなに自然に笑えないと思う。


 そしてその日は私たちは裏門を乗り越え、無事脱出することに成功した。3人でわーわー言いながら門を乗り越えるのは、ちょっと楽しかった。






 何事もなく帰宅した私は自室でくつろぎながら、先輩も空振りに終わったことを理解して早めに帰宅してくれていることを祈る。先生に呼び止められたとしたら、先輩はなんて答えるんだろう。「女子生徒を待ち伏せしているんです」とはたぶん言わないだろうけど……。私は先輩がその台詞を真顔で申告しているのを想像して、ちょっと笑ってしまった。シュール。……あ、そうだそうだ。先輩で思い出した。



 自分の力をちょっと試してみよう。力が強くなっているのか、先輩が藁のように軽いか。果たしてどちらだろうか。朝に走って追われたのを逃げ切れた時点で前者な気もするけど。冷静に考えてみると、今朝の私の逃げ足はけっこう人知を超えていた。階段を2歩で登りきるとかちょっと火事場の馬鹿力にしても大きすぎ。冷静にならなくても気づけるだろ、と今なら思うが仕方がない。いつだって当事者が第三者目線を持つのは難しいものだ。


 

 私は起き上がり、とりあえず部屋の中で一番重そうな物体であるベッドを片手で持ち上げようとしてみた。しかしピクリともしない。しっかりした手応えだけが手の内に残る。……む? 重い……普通に重いな……。……あれ?




 ぐいぐい何度かベッドを引っ張った結果、私の力は特に増してはいないようだ、という結論に達する。……まさか。あの先輩藁くらいの重さしかないの……? 今度見かけたら後ろから持ち上げて確かめてみようか。うっかりバックドロップを仕掛けてみようと思った、とかで1度だけなら許されないだろうか。駄目かな。駄目だろうな。


 まあいいか。私の読みによれば、明日になれば先輩も諦めてくれるとみた。先輩の中で「あれは幻覚だったんだよ説」が多数派を占めることを願いながら、私は眠りについた。






 翌日の登校時、校門にまた張っている先輩を見かけた私は裏門に回った。見事に読みは外れてしまったみたい。……先輩はひょっとして暇なのだろうか。まあでも、そうは言っても昨日の今日だし……。きっと、3日もすれば諦めるだろう。私はそう読みを修正する。


 そして、よいしょと乗り越えようと私がちょうど裏門をまたいだ時だった。


「やはりここかぁ……」


「あ」


 いつの間にか、鬼のような表情をした先輩が私を下から見つめていた。……な、なぜ……? 校門にいたはずでは……。私は一瞬うろたえる。……いや、しかし。


 だいたいよく考えたら、なぜ私は先輩を助けたのに追い掛け回されないといけないんだ。毅然とした態度で臨もう、うん。冷静に現状を把握することが大事だと昨日思ったばかりじゃないか。そう、第三者としての目線を持とう。


 ……えーっと、今の現状は……。裏門にまたがった私を、門の外側、下にいる先輩が見上げている。





 私はスカートをささっと押さえて下を睨みつけた。


「覗かないでください」


「……ち、違うぞ!! だいたいスカートで門乗り越えようとするんじゃない!」


 あ、また説教だ。気にせずに、よっ、とそのまま着地し、そのままスタスタと私は校舎に向かって歩き出した。覗かれたことは気にしないでおいてあげよう。下にスパッツ穿いてるし。


「あ、ちょっと待て! 言いたいことがあるんだ!」


「今どんなパンツ穿いてるの、とかですか? 最低ですね。軽蔑します」


「違うわぁ! ちょっと待て!!」


 ガシャンと門に手をかけ乗り越えようとする先輩を背に、私は教室へと走った。……ふふ、昨日平坦で追いつけなかったものを、門を乗り越えるというハンデがあって追いつけるわけがない。先輩にはまだまだ第三者目線が足りないようだ。




 私は昨日に比べると悠々と席に着く。やはり、物事は冷静に対処することが大切だ。優佳里と紗姫がわらわらと私の席にやってくるのを、私は鷹揚な態度で出迎えた。


「今日は余裕だな。何もなかった?」


「そういえば、なんかスカートの中を見上げながら話しかけられた」


「何その状況!? 変態が寝そべってた上を気づかずに通り過ぎたとかそういうのなの!?」


 ……うん。言われてみると、冷静に考えたら訳が分からないかもしれない。私は憂いの表情で、そっと目線を窓の外に逸らした。説明するのを諦めたとも言う。


「いや、そこで止められると意味が分からないんだけど!! ちょっと莉瑚ちゃん!!」









「見つけたぞ……!」


「あ」


 お昼のお弁当をいつも通り3人で囲んでいると、不意にそんな声がして、私は顔を上げた。すると……そこには、朝に私のスカートを覗いた後に説教をするというアクロバティックな情緒を見せた先輩の姿があった。どうやら怒っているようだ。当たり前か。ただここまで執念深いとは思っていなかった。


 ……まさか、私を追いかけて各教室を回ってきたのだろうか。そうでなければこの教室に行き当たらないだろう。お昼休みはそんなことをするための時間ではないと思うんだけど。でもお昼抜きになってしまった先輩に敢闘賞くらいはあげるべきかな。毎日追い回されても困るし。


 私は溜息をついて、席を立った。行ってくる、と2人に告げて私は先輩に向き直った。


「はあ……負けました。では、ちょっと場所を変えましょうか」






「……で。俺の用事なんだけどさぁ」


「朝もですが、私がどんな下着を穿いているのかを聞かれてもちょっと答えかねます」


「な……!?」


 それを聞いて、先輩の顔がかあっと赤くなる。……あ、つい。優佳里が言うところの「ひねくれた答え」を選択してしまった。この癖直さないとなぁ。


「違うわ!! お前なぁ……!!」


 げ。また説教されそう。ここは先手必勝あるのみ。私は言うことを聞かない表情筋を精一杯動かし、優しく微笑みながら彼を見上げる。


「でも、私のスカート覗きませんでした……?」


「……い、いや……それは……」


「覗きませんでした?」


「……」


「覗きましたね」


 ……しまった。元気がどんどんなくなっていく先輩が面白くて、つい追い込み過ぎてしまった。ごめんなさい、別にあなたを糾弾しようと思ったわけじゃないんです。……さて。私は話題を元に戻す。


「まあそれはいいんですけどね」


「良くないだろ……」


「下スパッツですし」


「それはそうだったけどさ……。……!」


「……」


 この先輩大丈夫? 自白してない? まあ、私みたいな地味キャラのスカートの中身には実際は興味もないだろうし、そろそろ本題に入ろうか。


「言いたいことがおありですか。どうぞ。お聞きしましょう」


 なんだろう。なぜタクシーが突っ込んでくるのが分かったのか、とか? ただそう聞かれても私は言うつもりはない。友人にすら言っていないのに。……さて、どうやって誤魔化そう。うまくかわさないとめんどくさいことになりそうだしなぁ。言いふらすぞ、と脅されたらどう対応するか……。


「……助けてくれてありがとうな。それを言えてなかったから」


「おおう」


 意外にも、あまりに正直なお礼が来てしまったので、私はくらりと目まいを覚えてしまった。……駄目だな。私は自分の発想の汚れ具合を大いに恥じた。


 どうやら先輩は、私を脅迫するとかじゃなくてお礼を言うためにこんなに追い掛け回したらしい。それはそれでちょっと極端な気もするけど、……きっと、律儀な人なんだろう。私は私の寝覚めの悪さを回避するために先輩を助けただけなので、そんな風にお礼を言われるとちょっとむずがゆいというか……。




「いえ、気にしないでください。おかげで私もよく眠れましたので」


「……?」


「気にしないでください」


 ふふふ、と私が笑いかけると、先輩も爽やかに笑い返してくれた。……よし。これで万事解決では? ありがとう、どういたしまして。これで全てが丸く収まった。素晴らしいことだ。めでたしめでたし。


「あ、ああ……それでさ。もう1ついいか? あの時のお前の予言って」


「もうそれ収まりました」


「……は?」


 なぜこの先輩は綺麗に終わった話を蒸し返そうとするんだろう。バーベキューで後片付けをした後に「これも焼きたい」と言って新たに肉を取り出すような行為だと、気づいていないのだろうか。これからはそういうの気を付けた方がいいと思う。



 そして、私が急に黙ったのを見て。先輩はきっと私が自主的に話すつもりがないことを察したのだろう。すると次に取るであろう手段は……。私は口を開きかけた先輩の耳元に、静かに囁いた。


「あのさ、もし……」


「……もしあのことを言いふらせば、あなたには穴という穴から血が噴き出す呪いをかけますよ」


「えっ」


 それ呪いっていうより感染症では? という考えがちらりと頭をよぎるけど、些末なことだろう。私は条件を告げた。あとは相手がどう答えるかだけ。ブラフをかけるときは自分がそれを信じて。私はにっこりと笑って先輩を見つめた。……先輩はしばらく硬直した後、1秒に5回くらいの速度で首を上下に動かし、カクカクと足早に去っていった。






 ……解決したけど、私が人を呪う存在だと信じる人が1人増えてしまった。これは素直に喜んでいいのだろうか……。私はそう悩みながらも2人の友人の元へ向かうために、踵を返した。

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