2人の間の紗姫先生
長い……切り時が分かりませんでした。
でも終わりは見えましたね。めでたい。あと5話くらいで終われる気がします。
「いやー、無事DVD見つかってよかったじゃん」
「よくない……」
私より先に復帰した紗姫が、道の端で体育座りする私のそばにしゃがみ込み、そんな慰めの言葉をかけてくれる。しかし、私はなかなか素直に頷けなかった。だって紗姫、目線が微妙にこっち見てないもん。絶対おかしいと思われてる。
「あーもう拗ねるなって。そーゆーのもいいと思うよあたし。さすが莉瑚って思っちゃったもん」
「それ誉めてるの……?」
だいたいさっき15分以上も爆笑しといて、「いいと思うよ」もないもんだと思う。でも……それはともかく。ひとまず、いったん、置いておくとして。
私は、さっきこの線路を走っていった、明らかに乗車率100%を超えてそうな電車のことをもう1度思い出した。1つ疑問がある。……ここって本当に私の地元かな? 私が小学生の時、クラスの「将来なりたい夢」に「車掌さん」ってランキング入りしてたんだけど。小学生ってあんな電車にそんな憧れ抱くだろうか? 私の級友がみな揃って猟奇的趣味があったという訳でもおそらくないだろうし。とすると……。
「今更だけど、この街おかしくなりすぎじゃない? どうしてこうなってるの?」
「……なんでかって、うーん……だいたい部長さんの話があってるかと思うんだけどさ」
「……部長の……?」
「だから、この街が歪んでるからああいうのが漏れ出てきちゃうんだっていう話。普段は住み分けできてるんでしょ? あっちもたぶんびっくりしてるよ。普段見たことない奴がいるぞって」
あ、さっきの乗客の視線、そういう意味での注目だったの? いや絶対もっと害意あったでしょあれ。奈良公園で鹿せんべい見る鹿みたいな顔してたよ全員。自分が最初に食べるんだ、みたいな。
そして、ともかく成果を得た私たちは、とりあえず病室へと戻った。紗姫のアドバイスのおかげで新しいDVDも手に入ったし、これからどうするかを紗姫先生、いや紗姫顧問と話し合わねば。
私はベッドに戻り、棚に置かれたDVDをじーっと眺めた。相変わらず虹色にキラキラ輝いているそれは、以前私が拾ったものとよく似ていた。あれを持って寝転がるのはすまい、と心にまずは誓う。
「で、これからどうしたらいいかな?」
「それたぶん、…………あ。それより、もうすぐ副部長さん来るんじゃない? いっつも放課後にすぐ来てくれるんでしょ? 愛されてるねー」
ちらりと時計を見た紗姫から、軽くツンツンと小突かれ、私ははっと重大なもう1つの問題について思い出した。……そうだった!! 副部長! え、なに、もうすぐ来る!? まだ何も決めてないのに!?
「どどどどどどうしよう紗姫」
「また!? この震えるの標準機能なの!? 落ち着けってば」
「落ち着く落ち着く私は落ち着いてる。慌ててもなるようにしかならないでしょ。祇園精舎の鐘には諸行無常の響きがあるっていうじゃない」
とりあえず立ち上がり、脇机の引き出しを何度も開けたり閉めたりする私を、紗姫は呆れたように眺めた。確かに自分でもやってて意味が分からないけど、そんな目で見ないで。私の無意識が猫型ロボットが未来からくる可能性に賭けていたのかもしれないじゃない。
私は、隣でちょっと笑ってる紗姫をじろりと睨みつつ、安全地帯であるベッドに潜り込んだ。こうなったらこのまま籠城してやろうか。
「あー、もうわかった、あたしが悪かった。で、莉瑚はどうしたいのさ。ほら、紗姫ちゃんに言ってみ? 笑わないから」
……どうしたいか。私はベッドで顔だけを布団から出した状態で、そろそろと申告した。
「……なかったことにしてほしい……」
「……つまり?」
「先輩後輩の間柄に戻って。いや戻ってっていったら今それ以外の関係みたいなんだけど別にそういうわけじゃなくってね」
「ええい、この。静まれ静まれ」
ぺしぺし、と私の頭を叩いて、紗姫はなるほど、と頷いた。……今叩く意味あった? しかし、その後に続いた力強い宣言を聞いて、そんなことはどうでもよくなった。
「じゃあ困ってたらあたしが介入して何とかしてやろう。紗姫ちゃんに任せときなよ」
ありがとう紗姫先生。いや、紗姫名誉顧問。私の中で紗姫の2階級特進が止まらない。ベッドのそばに立って自分の胸を叩く彼女の姿が、いやに頼もしく見える。私は思わず紗姫に手を合わせた。
「なら、紗姫は援護射撃をお願い」
「でも大事なところは自分で言えよー。それが誠意だぞ誠意。じゃーピンチになったら目線で合図してくれたまえ」
* * * * * * * * * * * *
「お疲れさま。今日は具合はどうかな?」
そう言いながら副部長さんが病室に入ってきた。それを見てベッドの莉瑚があたしの方にアイコンタクトを送ってくる。……え!? もう!? まだ一言も喋ってなくね?
あたしの心の声が聞こえたのか、莉瑚はしぶしぶ、といった感じで副部長さんに挨拶を返した。
「あ、あ、ああ、ありがとうございます。体調は鳴かず飛ばず、といったところです」
莉瑚のやつ、まだ後遺症残ってる。カオナシみたいになっとる。それになんか微妙に表現もズレてるような……。これ大丈夫かな……。まだ開始5秒くらいなんだけど……。
少し心配になってあたしが副部長さんの方を見ると。
「あーそうか。まだ良くならないかー……そりゃ元気も出ないよな」
おー。いいんだあれ。なかなかいい人じゃん。でも元気ないのは副部長さんが来たからだと思うな。
また莉瑚から強い視線を感じたので、気づかないふりをしてスルーしておく。さすがにまだピンチじゃないでしょ。……断じて見てて面白いからスルーしてるとかじゃないけど。おっといかんいかん。不謹慎ながら笑ってしまいそう。
あたしはバレないように壁の方を向いた。すると、棚の上に置かれている拾ってきたDVDが見えたけど。その上に、さっき莉瑚がコンビニで買ったあんパンが乗せてあるのが見えて、また笑いそうになってしまった。何あれ。新しい宗教?
「今日も部長がさ……」
「ええ」
もっとピンチにならない限りあたしが介入する気がない、と莉瑚にも伝わったようで、2人は普通に話し出した。……やっぱ自分でもやろうと思ったらできんじゃん。……しかしこのままだと莉瑚、紗姫ちゃんと優佳里がいないと生きていけなくなっちゃいそう。優佳里はそれで本望だろうけど。あの子の森河くんを睨む目が、最近ちょっと怖い。
「で、そうしたら森河くんが」
その時キッと目線を鋭くし、何かを決意したように莉瑚は顔を上げた。なになにどしたん。
「副部長。いいですか? 私たちのこれからについて、あなたは完全に勘違いしています」
いやマジで突然どうした。あと突き放しすぎ。勘違いしてる、してるんだけど。言い方きっつい。あと「私たちのこれから」ってなんだそれ。結婚するんじゃないんだから。どうしよう。これは紗姫ちゃんが方向転換するべきか?
「……えーっと……つまり莉瑚は何か副部長さんに訂正したいことがあるんだよね。勘違いされてるんじゃないかって、ちょっと心配になってる」
莉瑚がこちらを見てこくりと頷く。いや、あたしは通訳か。
すると、相変わらず笑って副部長さんは頷いた。
「うん、ひょっとしたらそうかもしれないな……。何がか教えてくれる?」
おお、前半の展開スルーしてくれた! いい人。……これけっこう貴重な人なのでは……?
ところが莉瑚は、自分で言い出したことにもかかわらず、副部長さんの答えを聞いて大いに動揺した。じゃあなんで今言い出したし。……あー……でもさすがに言い出しづらいか。けどここさえ乗り切ったら解決だぞ。頑張れー。心の中で応援しておく。
「中庭のあれは、あの、間違いです。間違いというか、その、意見の食い違いというか。おいしいお店に来て、また来たいね、って言って次の日来たいっていう意味の人と、いつかまたみたいな意味で言う人っているじゃないですか。あんな感じです。人はいつの日も分かりあうのは難しいのかもしれませんね……あの、今の、わかりました……?」
言っててさすがに自信がなくなったらしい。ちなみに紗姫ちゃんは事情を全て知ってるはずなのに全然分からなかった。おいしいお店はいきなりなんで出てきたし。お腹すいてんの? せめて言い出すならもう少しまとめてから口開けばよかったのに。
副部長さんはなんとそれでも考え込んでくれ、やがて申し訳なさそうに首を振った。申し訳ないことなんて一切ないんだけど。あれでわかられたら逆に怖いぞ。
「うーん、さすがに俺にはちょっと難しかったかな……」
「ごめんなさい。今のはひとまず忘れてください」
そして莉瑚はしれっとそんなとんでもないことを言い出す。……いやいや。さすがに無理あるでしょ。だって意味わかんないもん。忘れてって言っても全部なかったことにはできないんだぞ。
ところが、副部長さんはさらりと笑って頷き、話を続けた。
「もちろん。で、森河くんなんだけどさ……」
いい人だー! あれこの人すごくいい人じゃね? このまま逃がしていいもんなの? 紗姫ちゃんちょっとわかんなくなってきちゃった。ただ、副部長さんがちょっと理解できなくもなってきた。この人なに? 仏の生まれ変わり?
あたしはいったん挙手し、作戦タイムを要求することとした。ちょっと状況を整理し直す必要がある。
「あの! 莉瑚とあたし、2人で話したいことあるんだけど、いいですか?」
「……じゃあ俺はちょっと外してようかな。ロビーにいるから、また終わったら教えてくれ」
あたしのその要求も唐突だったのにもかかわらず、そう言って、副部長さんは部屋の外に歩き去っていった。
一方、ベッドの莉瑚はそれを見送り、やれやれ、といった感じで肩をすくめる。副部長さんがいなくなるとこの余裕。こやつにさっきの光景を録画して上映してやりたい、という気持ちが沸き上がって来るけど我慢我慢。
「もう……どうしたの紗姫? あと少しだったのに」
「どうかしてるのはさっきの君だよ。紗姫ちゃんびっくりしたんだけど。なにあれ? 発作? まったく意味わからんかったぞ」
「……ごめん。ちょっと混乱してた」
「うん、それはめちゃくちゃ伝わってきた」
それ以外は何言ってるか全然わかんなかったけど。あと、今あたしの疑問にしょんぼりしながら素直に答えた莉瑚はちょっと可愛かった。あざとい。いやいかん、それよりも。
「で、どうしたの?」
「いや……その、副部長さんのこと、莉瑚はどう思ってるのかなーって」
「…………は?」
「いや、ほら、勘違いは置いといてさ! だってめちゃくちゃいい人っぽいじゃん。別にこのまま乗っかってもよくない?」
「……それは、フェアじゃないと思う」
「フェア……?」
……あれ。これどういう意味? 恋愛にフェアとかあるの? やばい、莉瑚の言うこともちょっとよくわかんなくなってきた。紗姫ちゃんは解説を希望するぞ。目で促すと、莉瑚は淡々とした表情で続けた。
「もともと勘違いで始まってるんだから、それは好きとかじゃないと思う」
「うーーーん……」
なんと。あたしの友人は、意外に少女趣味だった。この子の中では恋は始まり方もちゃんとしてないといけないらしい。無茶言いおる。世の中の数ある恋愛ドラマに今すぐ謝れ。
「じゃあさー、どういうのだったらいいん? たとえば、全部誤解も解けて、それでも好きとか言われたらどうよ?」
「ないない。ないって」
「いや、仮に。仮によ」
「うーーーん……」
お。これはちょっと長考してる。いちおう考えてはくれてるらしい。しかし、やがて莉瑚は首を横に振った。
「いや。そういうのより、私には今考えないといけないことが多すぎるし。予定通り、進めるよ」
「あーまー、そーだけどさー」
確かに、吐血の量、多そうだしなぁ……。だからこそ他のこと考えて気を紛らわせてほしい、っていうのも本音なんだけど。しかし本人が嫌だと言うなら仕方ない。あたしはロビーに出て、副部長さんを呼びに行った。
しかし、一緒に戻ろうとした時に、予想外の言葉をかけられる。
「なあ、戻る前にちょっといいかな?」
「へ?」
あたしが自分を指さすと、副部長さんは頷いた。あ、やっぱりあたしなんだ。別にいいですよ、とこちらも首を縦に振っておく。なになに? 「あの子様子おかしくない?」って聞かれたらどうしよう。「いつもああなんです」でごまかすしかないか。
しかし、副部長さんから出てきたのは予想とは別の言葉だった。
「実は、彼女のことが好きなんだ」
まあ、これは莉瑚の情報通りだから特にびっくりもしない。あたしになんで今宣言しないといけないのかはわからないけど。……それで?
「ただ、今のままだとうまくいかないと思うんだよ」
「というと?」
「そもそも彼女が気に始めたのは、中庭で告白されたと俺が勘違いしたのが最初だったんだけどさ」
「はい。……ん?」
勘違い? あたしの視線を受けて、副部長さんは肩をすくめた。
「さすがにあれが告白じゃないことは気づいたよ。で、彼女がどうなかったことにしようか困ってるのも」
え、マジで? なんか風向き変わってきたぞ。
「でもこのまま終わらせたくないんだ。なかったことにはしたくない」
「えーっと……? それで?」
「で、君は彼女の味方だよね。今日もたぶん、俺が話を進めようとしたら止めに入ったりとか、そういうことを頼まれてるんじゃないかなと」
じっと見られたので、あたしは笑ってごまかすしかなかった。
「あははー。いや、もしそうならどうします?」
「どうしたらOKを貰えるのか、直接話してみたいんだ。だから、ちょっと止めに入るのを待ってくれないか。彼女が嫌そうなら決して無理強いはしないし」
副部長さん、意外に外堀を埋めてくる。……うーん、でも確かに……無理強いはしなさそう……。そう思ってしまった時点で、きっと紗姫ちゃんの負けだったのかもしれない。それにどうなるかちょっと見てみたくはあるし。
「引き受けましょう。ただし、あたしが頃合いだと判断したら、介入しますぜ」
「……ありがとう! 助かるよ!」
がっしりと握手をされる。あたしも力を込めて、その手を握り返した。決して、面白いものを見せてもらえそう、と思ったからとかではなく。
「ただいまー。呼んできたぞー」
「ごめん、遅くなった」
すると、莉瑚は枕を抱きしめて思いっきりベッドですやすや寝ていた。いや、確かに日当たりいいからあったかいだろうけどさ……。普通寝るか? この状況で? 油断しすぎだろ。これはやはりもう少し焦ってもらわないといかんかも。
ほんとにこんなんでいいの? と視線で尋ねると、副部長さんはめちゃくちゃ優しい視線で寝てる莉瑚を見守っていた。もう何でもいいらしい。なんだこの高評価。
「おーい、起きろってー」
ゆさゆさと揺さぶってみると、はっ、という感じで莉瑚は目を開けた。よだれが垂れてなかったのを幸いにも、と言うべきか。思いっきり熟睡してたなこれ。あー、でも夜眠れないのかもね……。ちょっと紗姫ちゃん反省。とすると副部長さんはそこを踏まえて見守ってたのか。いかんぞ莉瑚よ。これあたしたちが思ってたより強敵かもしれん。
「おはよう」
「あ、おはようございます。すみません、ちょっと寝てました」
んー、と目をぐしぐし擦りながら莉瑚は体を起こした。ふわ、と小さくあくびをして、さっきよりしょぼしょぼの目で副部長さんを睨みつける。……いや、別に睨まんでも。
「それで、さっきの話なんですが……。やっぱり勘違いですよ」
「それなんだけど。確かに最初は勘違いだったかもしれない。でも今はそうじゃないんだ」
「??? 禅問答ですか?」
莉瑚は首をかしげた。ただ、この子たぶん禅問答が何かよくわかってないと思う。
「今は勘違いじゃない。本気なんだ」
それを聞いて、チラッチラッとあたしの方を見てくる莉瑚。しかしすまんな。今のあたしは中立なのだよ。棚の上のあんパンに夢中になってるふりをして、あたしはとりあえずその場をやり過ごした。
「あの。違うと思います」
「……この話、それも分かってるつもりだ。……どうしたら、考えてもらえるかな」
「うーーーん……」
しばらく考え込んでいた莉瑚は、ぴっ、と指を1本立てた。
「まず、私たちの間にある誤解が解けること。まあ、さっきの反応を見る限り、無理そうですね」
「もう解けてるよ」
「えっ?」
「解けてるみたい」
あたしも頷くと、莉瑚は明らかに焦り始めた。
「いや、その。待ってください」
「待つよ」
「じゃあ、その。私、今、面倒なことに巻き込まれてまして。それが片付かないと何とも」
「待つよ」
チラッチラッとまた見てくる。あたしが「いいから抱き着け!」とサインを送ると、莉瑚はめちゃくちゃ血走った目で、「死ね!」というサインを送ってきた。いかん。紗姫ちゃん先生と生徒の間がどんどん殺伐としていってる。
「あの……実は私、そういうのがよくわからないんです」
「そういうのって?」
「恋愛的なものに自分が関わるというか」
「別にゆっくりでも構わないよ」
「ああもう、食い下がりますね……ならこうしましょう。私がいいですよ、って言ったら話の続きをどうぞ」
「ああ、わかった。言わせて見せるさ」
そして、副部長さんはさりげなく続けた。
「……ちなみにさ。俺が話の続きをしてもいい、って意味ならいいんだよね。言葉は違ってもさ」
あ、やばいぞ。言わせて見せる、も本気なんだろうけど。搦め手でも行けるようにしてるぞ。副部長さん、意外にしたたかだから。そして莉瑚はその意味をよく分からない様子のまま頷いた。いや、あたしもよくわかってないけど。
「まあ、そりゃあ……別に文言は何でも。だって言わないですし」
「よし。じゃあ、何年かけても言わせて見せるよ。覚悟しててくれ」
「むむ。なら死ぬ直前に言ってあげます」
「ごめんそれ今笑えない」
それ莉瑚、死ぬ時まで一緒に副部長さんといるってこと? プロポーズかな?
「この裏切者め……」
副部長さんを見送って、あたしと2人きりになった後、莉瑚はこちらを恨めしそうな目で見てきた。
「いいじゃん。ちゃんと条約も結ばれたみたいだし」
「裏切者~……」
「あ、そうそう。紗姫ちゃん先生からアドバイスが1つあるんだけど、聞かなくていいの?」
しかし、莉瑚はベッドに寝転がったままで向こうを向いた。
「もういいもん。裏切るし」
「あ、いやいや。オカルトの方の話で」
そう聞くなり、莉瑚はこちらを向き、姿勢を正した。現金なやつ。しかし、そっち方面の紗姫ちゃんはまだ信用があるらしい。
「なに?」
「今朝、言いかけてたじゃん。気になることがあるって。①明らかにおかしなこと。あれなんだけどね」
「うん」
「部長さんだよ」
「……?」
莉瑚は不思議そうな顔をした。そしておずおずと口にする。
「部長がおかしいなんて、当たり前じゃない」
「いや、そういうことじゃない」
あたしは手を振って、それを否定する。……きっと。これがこの、突然現れる少女の怪異の突破口だ。なんとなく、あたしの勘がそう言ってる。それは、この噂を一番最初に調べたあたしだからこそわかる、そんな予感。
「――部長さんは、明らかに嘘をついてる」
 




