紗姫先生、アドバイスする
「で、こんな夜中に何かね? あたしの睡眠時間より大事なことだと信じてるぞ」
「そそそのねっ」
「……あのさ、莉瑚はさっきからなんでそんな揺れてんの? 大丈夫? ……血ー出そう? それか出た?」
「だだ大丈夫。うん、私は全然大丈夫。ただ体の震えが止まらないだけ」
「大丈夫ってなんだっけ」
紗姫には一通り、最初に街角に立っていた時のことからさっきまでのことを結局全部話してしまった。長い、長い電話になってしまったけど、紗姫はふんふんと頷きながら最後まで聞いてくれた。しかし……。
「ごめん、言い出すタイミング見失ったけど。小刻みに震えてるせいか、正直何言ってるかよくわからん」
「そ、そう……。……そうよね、ごめん。深夜にごめんね……じゃあ、おやすみなさい」
「あーわかったそんなにいじけるなって。明日とりあえずそっち行くから」
紗姫は今日の10時過ぎに病院に来てくれるらしい。普通に平日なのはもう気にしないことにしよう。私もたまにサボるし。私はナースステーションで見かけた私の病室担当の若い看護師さんに、おさげの女性がやってきたら不在と言ってくれと頼む。私1人だったら逃げられるけど、そういえば他の人も一緒に飛べるかは分からないし。
そして10時。約束通りの時間に、紗姫は仕切りの向こうからひょこっと顔を見せてくれた。私たちはさっそく昨日の話について再度話し合いを再開した。まだ副部長が来るまでには時間がかかるはずだし、それまでには結論を出したいところ。
「……で、副部長との話なんだけど……紗姫はどうしたらいいと思う?」
「いきなりあたしに聞くの? いいけどさー。大枠はだいたい昨日の話でもわかったよ。ま、でもその話を優佳里に持っていかなかったのは誉めてあげる。莉瑚にしてはすっげーいい判断」
私にしては、っていうのが気になったけど。確かにそこは迷った。ほぼその2択で考え込んでいたと言ってもいい。この話じゃなければ優佳里を選んでいたかもしれない。だけど……。
「優佳里は『副部長は認めない』って言ってた気がするし。なんでかよく分からないけど……嫌いなのかなって思って」
「そこまで覚えてて嫌いな理由が分かってないのに紗姫ちゃんびっくりだよ」
「そういえば森河くんもなぜか副部長嫌いみたいだし、優佳里と森河くんって仲が悪いわりに気は合うのかも」
すると紗姫は何か色々我慢してるみたいな顔になり、しばらく沈黙した後に、最終的には一言だけを発した。
「……まーある意味、間違っちゃいない」
「でしょ」
でもなんかすごい言葉を選ばれてる気がする……。もう、言いたいことははっきり言ってくれたらいいのに……。
紗姫は私の方からなぜか目をそらして窓の外を眺めながら、ぽつりと呟く。
「マイナー性癖な2人だもんね」
「前も言ってたけど何それ」
「感情分かりづらいし競争率絶対低そうだから安心してたのに! って優佳里が憤ってた」
「それ私のこと馬鹿にしてるでしょ。陰口は駄目だよ陰口は」
競争率低いってそんなことで精神を安定させないでくれ親友。……しかし、やっぱり優佳里は私に恋人が出来ることを良しとしていないらしい。自分だけ置いて行かれそうな気がするって言ってたあれ? でも優佳里はいつでも作れそうなのに。たまに告白されてるらしいし。私は1度もないのに。……まあ、あっても今回みたいに困るわけだけど。
「……で、その翌週だかに、森河君も優佳里とまったく同じこと言ってて戦慄した」
「いや仲いいな」
そっちにちょっとびっくり。そして森河くんはなんで私の悪口を言ってるんだ。また恩を仇で返されてる……。いや、君のおじいちゃんを助けたお礼をくれとは言わないけど。でも陰口言うこともないと思うの。そしてそもそも意味が分からない。ただの級友の競争率を見降ろして心の平穏を保とうとするな。趣味悪いぞ。
「……そして、次の被害者が副部長さんなわけだ」
「言い方」
次のってことは優佳里と森河君も被害者なの? 私が勝手に通り魔扱いされてる……。でも通り魔って言ったら私よりあのおさげの彼女だと思う。いや実際にそうかは知らないけど。……あ、いけない。私も今勝手に他人を通り魔扱いしてしまっているな。こうして世の中には冤罪が生まれていくらしい。
「でさー、莉瑚は今回は何したの? そのへん細かいところがよくわからなかったんだけど」
「それが私にもさっぱり……ん? 今回は……?」
「まー、君はそうだろうね。じゃーとりあえずさ、最初から全部話してみ? あたしが判断してやろう」
私は、再度、最初に私が街角に立っていた時から今に至るまでについてを、紗姫に話した。怪異のことについても、全部。優佳里の時も平気だったみたいだし、たぶん紗姫はこういうことも信じてくれるとそう思ったから。あと普通に、それを省いてどう説明していいかわからなかったし。
「……あーなるほど。つまり莉瑚は胸が痛いのを伝えるのをミスったと。そう言いたいわけだ」
「そう、そうなの! だからそういうわけじゃない、って伝えたくて」
「そう言やいいじゃん」
「そうなんだけど……相手はそれで嫌な気持ちにならないか、とかが気になって」
「そこ意外に繊細なのな。珍しい。……まー大丈夫でしょ。だって副部長さんの言ってるのって、『相手の気持ちに応えなきゃ!』っていうのが強そうだし。そこさえ説明ミスらなきゃいけるさ。……しかしねえ……」
意外ってなに。しかし大丈夫らしい。私は、ふーやれやれ、と胸をなでおろした。ふむ、めでたしめでたし。紗姫が言うなら間違いないだろう。私たちの中で一番まともだと思うし。二番手は僅差で私。あれ、でも紗姫が最後に何か言いたそうな?
「……しかし?」
「ただ、莉瑚にそういう説明がうまくできるとは思えないんだよなぁ」
「いや、それくらい私でもできるって。だって今できたじゃない」
「あ、今の自分でできた扱いなんだ。……でもさー、昨日の電話みたいにならない? にしてもなにあれ? 震えすぎ。脱水中の洗濯機の上から電話してるのかと思ったわ」
「いやどういう状況なのそれ」
深夜1時に。でもあれか、あのあと結局1時間くらい話してたから、紗姫はその訳の分からない話を真夜中にずっと聞いてくれてたことになるのか。今日も学校サボってくれてるし。……そうだ、私、まだ来てくれたことにお礼も言ってない。副部長にもだけど、私はちゃんと自分の思ったことを相手にもっと伝えるようにしないと。
私は紗姫に向き直る。ん? という顔になる彼女に、私は一生懸命、真剣な顔で伝えた。
「紗姫、その……昨日はありがと。今日も来てくれて……ほんとに感謝してる」
「……ほーら出た。そういうとこ。今のも紗姫ちゃんじゃなかったら危なかったわー。あたしと優佳里の条約に感謝したまえよ」
「どういうこと……っていうかさらっと仲間外れにしないで。その関係に私も入れてよ」
「……莉瑚も入るの? 自給自足かな?」
意味の分からないコメントを言うだけで、紗姫はその条約に私を一向に入れてくれなさそうだった。三国同盟はどうやら締結失敗らしい。私はとりあえず布団に潜り込んで大いに不服を表現する。
……正直、ちょっと照れ隠しというのもあった。面と向かってお礼を言ったのがだんだん恥ずかしくなってきたし。ただ、さすがに昨夜みたいに動揺するのってもうないと思う。あれは想定外すぎた。そう、副部長のあれは不意打ちだったから。それだけだし。
「でも、話聞いてていくつか変っていうか気になることがあるんだよねー」
「……気になること?」
そりゃあ空間を飛び越える能力の話なんだから、そもそも不思議なことではあるのでは? そう思って紗姫を見ると、彼女は、そうじゃなくて、と首を振った。
「莉瑚の話には、①明らかにおかしなこと、②「まずはこうしたらいいんじゃない?」って思うこと、③「こうした方がいい」ってこと、があったかな。……さて、どれが聞きたい?」
「え、それ選択制なの?」
どれか1つしか選べないみたいみたいなのあるの? ゲームじゃないんだから。……いや、でも何か理由があるのかもしれない。私は考え込んだ。いったい、どれが今の私に必要なアドバイスなんだろう……?
「いやそんな考え込まんでも。別に全部聞いてもいいけどさ」
じゃあなんで選ばせたの!? ……もう、えーっと……まず、②と③の違いが分からない。②はまずは、って限定されているところをみると、③の方が大事っぽい? 全体を通しての注意ってことだよね。
「……③「こうした方がいい」こと、からお願い」
すると紗姫はちっちっ、と言いながら指を振った。なんだろう。それをずっと続けてるので、私は左右に振られるその指を、目で一生懸命追いかける。これにも何か意味があるんだろうか。そしてやがてその指は、私の方を指して止まった。
「君ぃー、なっとらんな。人にものを頼むときはどうするのかな?」
あ、違った。単にもったいぶってただけだった。ややこしい。
「……紗姫先生! お願いします! どうか私めに教えてください!」
「よかろう」
ベッドで深々と頭を下げた私に向かって、紗姫は重々しくうなずいた。そして、今日も誰もいない病室の中を、後ろで腕を組んでなぜかゆっくりと歩き始める。
「では、えー、コホン。……いいかね莉瑚くん。これからした方がいいことについて話そう。莉瑚くんはその能力と……もっと仲良くしたまえ」
「……う、うん……んん?」
紗姫がなぜ唐突に部長の真似をし始めたのかはともかく。やばい。思ってたより全体的過ぎる話っていうか、なんかふわっとした精神論がきちゃった。でもそんな、お友達と仲良くしなさい、みたいなこと言われても……。紗姫先生と呼んだけど、別に内容まで朝礼の先生的な発言は求めていないのだけど。
私の困惑が前面に出ていたのだろう。紗姫はまた指を振りながら説明を続けてくれる。
「だっていちおう歩み寄ってくれてるじゃん。顔隠す手伝いもしてくれるんでしょ? ……あ、あとでその街角バージョン見せて。どれだけ怪しいか指さして笑ってやろう」
「い、いや、そういうのじゃなくて。私が求めてるのはね……」
「あとは①と②、どっちがいい?」
「もう③終わりなの!?」
解説まで含めても短さがやばい。これもう他のも絶対駄目でしょ……。
……でも、うん。そうは言っても、紗姫が来てくれてちょっと入院中の私の気がまぎれたのは事実。早朝また吐血して血まみれタオルを棚に隠してた時とかもう憂鬱感がヤバかったし。彼女もこうやって適当に話をすることで、私を落ち着かせようとしてくれてるのかもしれない。じゃあこちらとしてもありがたくそれに乗っからせてもらおう。……ただ、さっきよりだいぶ私のテンションが下がったのは否めなかった。
「……じゃあ②「まずはこうしたらいいんじゃない」は? 私は誰と仲良くしたらいいの? 校庭のタイヤ? それとも駅の自動販売機とか? あったかいもんね」
「あ、バカにしてるだろ。まあいいや。……②はねー。莉瑚が飛んだ時の、服装の話」
「……服装?」
紗姫は私のいまいちピンと来てない顔を見ると、やれやれと肩をすくめる。その目はまるで、高校数学で関数を理解できない私を見つめる時の先生みたいだった。……ま、まるでこれじゃ私の物分かりが悪いみたいじゃない。そんな簡単に見捨てないでほしい。なぜ点Pはあんなにアクティブに動くのか。
……でも、服装か……言われてみればそんな話あったっけ。確か、私が夜に飛ばされるときは、いつもお気に入りの服装だって話。もしその時着ている服装が反映されて私が裸で寝る主義だった場合悲劇が起こってしまうところだった、って思った気がする。…でも、それが? それが、何?
「でさ。以前、国道脇に飛んだ時だけ制服だったって話だったよね。で、さっきの話なんだけど。その力って歩み寄ってはくれてるんだよ。莉瑚がパジャマじゃ外に出たくない、っていうのに譲歩してくれるくらいは。夜中はわざわざお気に入りの服に変えてくれるんでしょ?」
いや、そこに歩み寄ってくれるならまず飛ばすこと自体をなんとかしてほしいんだけど……。
でも……だから部長も、国道脇で私が制服姿だったことを特別視してたっけ。……確かにあの1回だけ、なぜか。けどそれがどう関係が……?
「その配慮なしに転移が発動しちゃったなら。能力にとってもそれは予定外だったんじゃない? ならそこにはきっと、邪魔したであろう何かがある」
「……で、前にトンネルでうまく飛べなかったときは、近くにDVDがあったんだよね。今回は学校の下駄箱前か、飛んだ先の……国道脇の道だっけ? ずっと寝てたとはいえ、莉瑚が学校には毎日登校してたのにその1回だけだったってことは、国道の方が怪しいかな。そのへんよく探してみたら? まあ、他の何かヤバいのが出てくるかもしれないけど」
な、なるほど……? 言われてみたらそんな気もする。ちょっと行ってみようか。何もなかったならそれはそれでしょうがないし。でも今度のアドバイスはすごく具体的だった。私の中でさっきひそかに最低値を更新したばかりの紗姫先生の評価は再びストップ高になる。就任から今まででおよそ5分。これが株だったら怖くて誰も手を出せない銘柄になりそう。
「……で、あと1つは?」
ここまで、有益なアドバイス1、そうじゃないの1。3つめは果たして……?
「んー。まあ言ってもいいか。でもまずは国道脇に行ってからかな。万が一途中で会ったら、莉瑚はちょっと挙動が怪しくなっちゃいそうだし」
「怪しく……? ううん、任せて。落ち着くから。……誰? 誰かが怪しいの? ほら。言ってよ。……あ、でもたぶん、副部長が私に興味持つあたりじゃない? だって接点がなさすぎるもん」
「はずれー」
「お願い、ヒント! ヒントさえあれば私にも解けるはずだから!」
「もうヒントは出したよ」
……え? でもさっぱり思い当たる節がない。私が左右に何度も首をかしげていると、紗姫は残念なものを見るような目で私を見てきた。どうやら時間切れらしい。
「……ほら駄目じゃん」
「紗姫先生さっきから厳しい」
「いや、紗姫ちゃん先生としてけっこう親切だと思うよ。どれだけ出来が悪くとも、我がクラスからは不合格者は絶対に出さないぜ」
「……ちょっと待って。その出来が悪い生徒って私のこと?」
「さあ、まずは国道脇に行こうじゃないか。ははは、落第生莉瑚よ、あたしについてこい!」
「さっそく不合格出とる」
……でも紗姫が来てくれて、正直、心強かった。ありがとう、と私はもう一度心の中でお礼を言う。
じゃあ副部長が放課後に来る前に……まずは、国道脇へ。行ってみますか。




