私の相棒になってもらえませんか?
吐血が続いてる私はどうやら退院できないらしい。よく考えたら当たり前か。でもこれって優佳里曰く、DVDのせいらしいから入院してたところで意味ないんじゃ……。
でも吐血が続く限り、入院させられるのも確か。……よし、ならば。これからは吐血しても隠そう。このままここに入院なんかしていたらたぶん謎の来客があった後に不審死してしまうと思う。
私が下を向いて退院までの生活計画を練っていると、入院継続に落ち込んでると思われたのか。副部長が焦ったように、でも優しい口調で私の体調を気遣ってくれた。
「体調どう? また吐血したって聞いたんだけど」
ふむ。しかし退院のためには、周りの人間にも私がいかに元気かをアピールしておく必要があるな……。私は副部長に、「吐血って何だかわからない」という顔で微笑んだ。
「大丈夫ですよ。こんなに元気なんですから。……毎日ありがとうございます。来ていただいて嬉しいです。……でも無理されていませんか? 忙しい中時間を取らせてしまっているのではないかと思って、そちらの方が逆に気になってしまいます……」
言外に、そんなに来なくても構わないんですよ、と言っておく。別に来ても構わないんだけど、私ってけっこう家に飛んで帰って昼寝してるからなぁ。不在がちな、筋金入りのサボり入院患者なのだ。それがバレてしまうと大変困る。
「いいんだよ、そんなこと気にしなくて」
「私が気にします」
「いいから」
「よくありません」
「勝手に来てるだけだって」
「駄目です」
なかなか粘る。意外に頑固。……でも副部長も私に対して同じことを思ってそう。そのまま私たちは顔をお互い見合わせた。
「このままだと平行線なまま行く気がするな」
「偶然ですね。私もそう思っていたところです」
「なんでそんなに来ちゃ駄目なの?」
「えっと、……実は……私って今リハビリで病室にいないことも多いので。申し訳ないなと。無駄足になっちゃいますし」
ちなみにこの「リハビリ」とは家に帰って昼寝をすることを指す。だって私、ちょっと不眠気味だし間違ってはないと思う。吐血しまくりの入院患者にもリハビリさせるものかどうかは知らないけど、日本に1つくらいそんなスパルタ方式の病院があってもいいだろう。
ところが、なんと副部長はそれでも納得しなかった。さすがに部長相手にも引かないだけはある。
「そんなの気にしないよ。なら、いなかったらすぐ帰るさ。それなら時間もそんなに無駄にならないし」
「まあ……それなら……」
そこまで言うなら止めはしないけど。……あ。そうだ。
「ただ1つだけ約束してください」
「いいよ。なに?」
「今後はナースステーションで私の話をされても、聞こえないふりをして立ち去ってください」
リハビリでないのがバレてしまう。ただそれに対し、当然の疑問を副部長は発した。
「……なんで?」
「……副部長に心配かけたくなくて……。はい、じゃあこの話おしまいです。……それよりも、いつもみたいに部の話、聞かせてください」
さっきの無限ループへの突入を防ぐべく行われた強引な私の方向修正に、副部長はなぜか今度はあっさりと乗っかってくれた。そして今日あった部活の話を、いつも通りに私のベッドのそばでしてくれる。
窓から差し込む少し弱い冬の日光が、ベッドの私とその脇に座る副部長を包んで、部屋の中はなんだかほのかに暖かかった。
そしてしばらく部の現状を話してくれた後。立ち上がりかけて、ふと思い出したように、副部長が口を開いた。
「そういえば、この前の中庭での話さ……」
「中庭……?」
「……覚えてる?」
「もちろんです。片時も忘れるわけがありません」
……真剣な顔をしながらつい適当に答えてしまったけど、そんなのもちろん覚えてるわけがなかった。何かあったっけ……。いやさすがに中庭に呼び出したことは覚えてる。でも、特に何かあったって記憶も……。
私が困っているのが伝わったのか、副部長は首を振ってそのまま完全に立ち上がった。
「いや、もう少し整理してから言うよ」
「はい。では、また明日」
私がそう言って頭を下げると、副部長は意外そうな顔をした後に、なぜか少し安心したように溜息をついた。いやいや、私もさすがにさっきの今で明日来る来ないの話をするつもりはないです。無限ループにまた陥ってしまいますから。
……あ、そうか。中庭って。この前副部長を呼び出して、「胸に違和感とかありませんか?」って聞いたこと? でもなぜそれを急に……。
* * * * * * * * * * * *
「……あれ?」
消灯してうとうとしていたはずが、私はいつの間にか、街角に立っていた。……なんだか久しぶりだ。またこの街に不幸が溢れだそうとしてるらしい。全く困ったものだ。私はきょろきょろとあたりを見わたした。
「あ。やあ」
私のすぐ目の前には、昼間に顔を合わせたばかりの副部長が立っていた。びくっとすると同時に、私は思わず顔を手で触って確認する。すると、ひらひらと紙が揺れた。……よし。今日もいつの間にか、紙はきちんと私の顔を隠してくれていた。自動装備、たいへん素晴らしい。私の能力とも連携が取れてきたみたいだ。そろそろ相棒と呼んでも差し支えないだろう。
「よかった。ちょうど君に会いたいと思ったんだ」
「……?」
こちらの私に何か用があったのだろうか。首をかしげた私に、副部長は笑顔で話し出した。
「まずは、ありがとう。ずっと前にアドバイスくれたことがあったろ? あのおかげで、後輩の子とも話すことができたんだ」
「さわりなし」
……気にしないで、と言ったはずなのに。うーん、相変わらず謎翻訳。まあ意味は通じるからいいか。
それより、副部長の用事が気になる。「まずは」と言ったからには、お礼を言う以外にも何かあるっぽい。私の今までの経験則からして、まさにこの場所で不幸が起ころうとしているはずなんだけど。不幸と言えば副部長。この場にいるなら絶対関係ありそう。
「実は、相談があって」
「差し支えなし」
どうぞ、と先を促してみる。まずは話を聞かないことには何も分からないし。
「……同じ部に気になる人がいるんだ」
「!!」
そして前置き一切なく即相談に移った副部長の一言に、私は内心大いにぶっ飛んでしまった。
……そうなの? 部長? 部長のこと? 他にいないもんね。これで森河くんとか言ったらもっとぶっ飛ぶけど。しかし部長かぁ……大いにいいんじゃないでしょうか。美人だし。明らかに変だけど。副部長も一般の人とは言い難いしそこはいいか。ぜひ手を取り合って平穏な人生をこれから2人で歩んでいただきたい。
「で、この前、告白みたいなことをされたんだ」
「!!!!」
マジですか!? 部長! 部長ー!! あんな澄ました顔してやるじゃないですか!! で、迷ってるの? 副部長は? 何やってるんですか!? あの部長が告白するってよっぽどですよ!?
……いけない。驚きのあまり私まで変なテンションになってしまった。でもまさか、私がうっかり入院してる間に近くでこんな面白青春的な話が勃発していたとは。くそう、間近でリアクションするギャラリーその1は本来なら私の役目だったのに。森河くんに取られてしまうとは。ちょっぴり悔しい。
「でも、今日、その話をしようとしたんだけど、どうもはぐらかされたような気もしてさ。これからどうしたらいいかと思って」
ふむ、と私は考え込む。街角に現れる明らかに怪しい人外に恋愛相談をするところから見て、副部長はなかなかに切羽詰まった状態らしい。ふむ……。
「待てば損。早く行くが吉」
結論が出てないならともかく、副部長の中では決まってるよねこれ。ただタイミングを計ってるだけで。なら、変に待たせるのはいけないと思う。たぶん、部長って引く手あまただと思うし。
「そ、そうかな」
「誠意を尽くすが吉」
それにどうせ部長相手なら駆け引きの土俵に乗ったら負ける気がする。となると心のままにぶつかるのがいいんじゃないかな。ご健闘をお祈りします。
「確かに……。あれこれ考えてても伝わらない気がする。ありがとう。心が決まったよ」
うんうん、と何度も頷いて、副部長はそう宣言した。おお、即断即決。なかなか男らしい。
「心安らかにしてよろし」
あと、結果をぜひ教えていただきたい。私もまだ、ギャラリーその2くらいの位置には立てるのではないだろうか。最近平和じゃない話が多いので、こういうので心を安定させていかなければ。
それとついでに馴れ初めとか、どこに惹かれたかなんてのもこの際せっかくだから聞いておきたい。知り合いの恋愛話に野次馬根性丸出しの私。なんたって相手はあの部長である。こういうの部長に聞いても絶対教えてくれないだろうし。
「相手とはどんな?」
「……え? ああ、同じ部の後輩でさ」
「…………後、輩?」
あ、あれ……? なんだか急に風向きが怪しく。まさか、も、森河くん……? ……やばい。やっぱりこの話全然、平和じゃないかも。よし、撤退しよう。副部長は帰って家の金魚にでも続きを話してくれたらいいですよ。はい、じゃあこの話おしまい。
しかし、私がストップストップと腕を振ったのをどう勘違いしたのか、副部長は熱く語り始めた。やめて。やめなさい。おいこらやめろ。
「かわいい子なんだけど不器用で、何かと無理するんだ。でもその無理を隠すっていうか。だから余計に目を離せなくって」
お、おう。森河くんの知らない面がどんどん語られていくんだけど、いやこれほんとに森河くんかな? あ、ひょっとして新入部員?
……なるほど。それなら全てのつじつまが合う。不器用で可愛いドジっ子新入部員が、私の入院後に後釜として補充されたのだろう。副部長の話す部活情報に1ミリもその子が登場しないのがちょっぴり気にかかるものの……たぶん照れ隠しだろうか。年頃の男子だし、そういうこともあるだろう。
正直、年頃の男子の生態なんて全然知らないけど、私はそう納得した。
入部すぐに告白したということで早すぎるような気もするけど、そこは個人の勝手だしね。お幸せに。ちょっぴりテンションは下がったものの、それでもいちおう応援しておく。
……いや、だって部長に比べるとねえ……。インパクト不足というか……。まあもうなんでもいいや。なんだか幸せそうだし。
「いやあ、ごめんね。今日も悩みを聞いてもらって」
「さわりなし。今の人が最上。迷わず行けば良い」
どんな人かは知らないけど、副部長がそこまで言うならきっといい人なんだろう。よかったですね。
「……で、この前も廃トンネルに一緒に行ったんだ」
「待ちなさい」
そしてさらに話を続けた副部長を、私はつい強く制止してしまった。なんか今、おかしなことが聞こえたから。
「……北の廃坑道?」
「そうだよ、ついこの前に。で、そこでその子と2人になったんだけど」
「だから待ちなさい」
「急にどうした?」
こっちの台詞です。副部長こそいきなりどうしたの。新入部員の話で廃トンネルは絶対に出てきてはいけない単語でしょ。だってあの時は部長、副部長と森河くんに私の4人しかいなかったんだから。やっぱり森河くん……? い、いやまさか……。
「……その子、性別は?」
「当然女の子だよ。……当たり前……いや、妖怪だとそうでもないのかな……?」
森河くん違った。やばいやばいやばい。森河くんが性別を偽って登校してるとかでない限り、これひょっとして私なの……? ギャラリーから急に登場人物にしないでほしい。……でも告白なんてした覚えはさっぱりない。何かの間違いでは。
「無理を言い出せずに我慢してるところがある気がするんだ。だから、俺が近くで力になってやりたいって」
私は基本思ったことは言うしやるタイプなんだけど。そもそも我慢する人間は入院中に毎日飛んで帰って自室で昼寝なんてしない。副部長はいったいさっきから誰の話をしてるんだ。いけない、混乱してきた。ここまで話が合わないことってあるんだろうか。これもこの街のせいなの……?
……しかしまずい。私だとすると、思いっきり後押ししてしまった。私はそもそもそういう視線で副部長を見たことないんです。副部長に限った話じゃないけど。
と、とにかく。これはやめさせなければ。いやまだ私じゃない可能性もあるんだけど。だって一致しなさすぎるもの。ただ、念のためということもある。
私は副部長の腕を一生懸命ぐいぐいと引っ張った。お願い。これ以上、私の悩み事のジャンルを増やすのはやめてください。ここはそう、半世紀ほど考えませんか。そしたらどうでもよくなりますって。
「急がぬが良し。不幸が起こる」
「ははは、不幸なら慣れてるよ。それにしても君に相談できてよかった」
いや、だからそういうことじゃないの。勝手に自己完結して話を終えようとしないで……って……。その時、無情にもゆらゆらと景色が揺れた。おいこら相棒。君まで私を裏切る気か。
そしていつの間にか私は、消灯後の病室で自分のベッドの枠をつかんでガタガタ揺らしていた。それに気づき、すぐにやめる。同室の方々に怒られてしまう。私は静かにベッドに横たわり、そろそろと布団をかぶった。真っ暗な中で、さっきの出来事をもう1度初めから考える。しかしその途中で、私の脳の処理能力は限界を超えた。
あわわわわわわ。ど、ど、どうしよう。こんなときどうしたらいいんだろう。その後、その状態で1時間ほど考えたけど、さっぱりいい考えは浮かばなかった。これならまだおさげの彼女が再襲来してくれる方が分かりやすくてよかった。しかしなぜこんなに私が悶々としないといけないんだ。
こうなったら誰かに相談する? ついでにあのおさげの彼女の話も。でも誰に……? ややこしいうえに私の事情をある程度説明しないといけなくなるだろう。そんな相手なんて……。
私はしばらく携帯電話の連絡先を眺め……何度か深呼吸して心を落ち着かせ、電話をかけた。
「さささささ、紗姫? 今、今暇? ちょっといい? 私、私なんだけど? わかる? と、突然なんだけど、私の相棒になってほしいの」
「うん紗姫ちゃん暇ー。まあだいたいの人は暇じゃない? 今何時だと思ってるんだ。あと後半意味不明」
「今……?」
私が時計を眺めると、そこには「1:03」という表示がされていた。思ったより考え込んでしまっていたらしい。
なぜオカルトに対峙してる時の方が落ち着いてるのか




