あれなんだっけ、って口にするたび思い出せなくなっていく気がする
胸が痛むとき、ってなんだっけ……? 優佳里の話がけっこう衝撃だったので吹き飛んでしまったけど、つい最近確かにそんな話があった。ほんとに直近に。うーん……。
私はそっと自分の胸に手を当てた。胸が痛いのだから、こうして原因に触れていると思い出せたりしないだろうか。しかし、そのままさわさわと撫でてみても、別に何も返事は返ってこない。
「莉瑚ちゃん、大丈夫? 胸痛む?」
「いや、これはアホなことを考えてる時の顔だ」
紗姫がそんな根拠のないことを言ってきたので、私は顔を上げた。
「失礼なこと言わないで。ちょっと思い出せないことがあったから、原因に聞いてみてただけ」
「原因に聞くとはいったい」
「莉瑚ちゃん、大丈夫? ちょっと調子悪い?」
2度目の優佳里の気遣いの言葉だったけど。今度は「大丈夫?」の前にこっそり「頭」がついてた気がする。気にしすぎだろうか。
うーーーーん。思い出せない。トンネルから帰ってきての話だ。つまり最近のこと。なのに思い出せない自分がちょっと怖い。
……えーっと。順番に思い出していこう。まあ今日は優佳里デーだったもんね。さっきの告白もそうだし、朝は泣いて教室から飛び出すし。……あれ? そういや結局……。
「ねえ。そういえば結局、優佳里ってなんで朝、泣いてたの?」
「うっ」
さっきの話に関係あることなんだろうか。今ならそれも聞いたから、もう聞いても問題ないはず。せっかくなので、しこりは全部取り除いておきたいところ。
……ところが。
「莉瑚ちゃん……。それはまだちょっと……言えないかな」
え、そんなに話しづらい理由なんだ……? 「死が見える」以上に言いにくい話なんてあるんだろうか。思いつけない。優佳里は日頃どれだけ心配をしょい込んで生きてるの。ちょっと心配になる。
そして、優佳里はなんだかもじもじしながら長考し、なぜか顔がぼっと真っ赤になった。そのまま理由は分からないけど、真剣な顔で私の肩をがっしりと両手で掴む。……なんだなんだ。
「今は言えないけど。せっかくなら、いつか……夕陽を見ながら2人で乗ってる観覧車の中とかで言いたいな」
「……そ、そう」
いや、観覧車の中でなら言えることってなに? そんなのまるで告白みたいじゃない。……まさかねえ。
紗姫も何度か私と優佳里を交互に見た後、あー、みたいな顔をした。
「優佳里ってやっぱりガチだったの? まあ止めはしないけどさ」
「ガチとは……?」
「いや、いい。いいの。莉瑚はそのままでいてくれたらそれで」
なぜか紗姫にポンポンと肩を叩かれる。これで連続で親友2人ともから肩部分に接触を受けてしまった。しかし、なんだかごまかされたような気が。
私の疑念の視線を受けて、紗姫はふいっと目をそらし、ふと壁の時計に目をとめた。
「あ! もうこんな時間。あたし夕食途中だったんだよね。また続きは……今日金曜日だから、週明けでいい?」
紗姫がそう言って立ち上がる。もういつの間にか、夜の8時過ぎだった。
「そういえば、今晩のおかずなんだったの?」
「んー? しゃぶしゃぶ」
「その最中に抜けてきてくれたんだ……ごめん……」
しゃぶしゃぶの最中に用事を思い出した設定で出てきてくれたのか。私が謝ると、紗姫は屈託なく笑った。
「別にそんくらいいいよ。だってあたしたち、友達じゃん。じゃん?」
男前。私の中で、紗姫株が急上昇。なんていい友達なんだ。さっき紗姫を疑ってしまった自分自身を、私はちょっぴり恥じた。
「紗姫ちゃん、私たち友達だよね……?」
優佳里も不安そうに紗姫を見つめている。……ん? 不安そう? ……優しくされすぎて逆に心配、みたいな乙女心か何か? 付き合ってる彼氏彼女か。いや、この場合は彼女彼女……? まあ、今日の優佳里は情緒不安定だもんね。
「ああもう大丈夫だって! その心配は無用だから」
「優佳里、まだ何か心配あるの?」
「今なくなったよ! 気にしないで!」
お、おう。2人がそう言うなら……気にしないけど。私は頭を切り替え、これ以上疑問を持つのをやめた。私はそういうのが結構得意なのだ。とりあえず、保留。
そして帰り道。部長からオカ研グループLINEに連絡が来た。
「明日、13時に部室に集合すること」
これだけ。……そういえば、次に行く場所を決めるとか言ってたな。たぶんそのこと?
とにかく、これから先は、私の痛みの原因を避けつつ生活することが大切だ。それがなんなのか思い出せないのが唯一の問題だろうか。まあそうそう遭遇することもないだろう。たぶん。
翌日、私はちょっと早く部室に行き、恒例の部室掃除を行った。こういうのは言われなくてもぺーぺーがやっといた方が後々いびられにくいのである。まあオカ研部員にいびり系の人はいないけど。森河くんがせいぜいシンデレラの意地悪な姉ポジションなくらいだろうか。……でも確か原作ではシンデレラの姉って、最後は焼けた靴を履いて死ぬまで踊らされた気がする。……森河くんよ、安らかに眠れ。
「おつかれさまでーす……あ。天尾さんだけか」
珍しいことに、私の次に来たのは副部長だった。いつも最後に来るのに。
「今日は早いですね」
「ああ、いつもはもうちょっと道中でいろいろあるから……それにしても、いつもありがとう。天尾さんが来てから部室が綺麗になった気がするよ」
まあ、部長はそういうの気にしなさそうだもんね。そして森河くんは気づいてすらいなさそう。私と同じぺーぺーなのに。ほんまお前、そういうとこやぞ。
「いつも気を配ってくれてるよな。感謝してる」
「いえ……」
「うん……」
なぜかしーん、となってしまった。私は話すことがないし、副部長もうつむいて黙ってしまったからである。2人っきりの部室には、なにやら気まずい沈黙が立ち込める。
……なんだなんだ。なぜこんな雰囲気になっているんだ。私が気を配ってるのは私がいびられない未来に対してのものなので、そこまで感銘を受けられても困るというか。
そしてさらに。さっき私を誉めてくれたばかりだというのに、なぜか副部長はなにやら顔を曇らせてこちらを見つめてきた。なぜ……。
……まさかさっきのは「前の汚れた部屋の方が良かったのに……」っていう話の導入だったの? ついちょっと喜んでしまった。いや、それはさすがに遠回り過ぎるか。とすると……?
「なんですか? 私の顔に何かついてるとかですか?」
「いやそうじゃなく……なんでもない」
ならそんな顔しないでほしい……。最近みんな思わせぶり過ぎじゃないだろうか? もっと素直に生きたらいいのに。まあ、常に本音100%でとは言わないけど。
「おつかれさまです! あ、先に来てたんだ。早いね」
そう言ってたら、本音100%で生きてそうな森河くんが来てしまった。でもこの雰囲気の部室に他に人がいてくれるならもう誰でもいいや。なぜ私が早く来てるかまで森河君が考えられたらもっといいんだけど。もう少し精進してくれたまえ。
「森河くん、ほら。副部長も来てるよ」
「……うわぁ。先に来てたんですか。早いですね」
そして最近気づいてしまったのだけど、どうやら森河くんは副部長のことが嫌いらしい。彼らの間になにかあったのだろうか。
「さて、諸君。今日集まってもらったのはだね。次に行く場所についてだ。中央病院に出没する外国人の幽霊の話も気になるが……やはり、こちらにしようと思う」
部長がすっと何かの資料を机の上に広げた。私たちはその周りに集まる。……すると、同時に私の胸がピリピリ傷みだした。……おや?
「……あ」
「どうしたね?」
……お、思い出した! そういえば原因副部長だったー! 私は隣にいる副部長を振り返り、ビリビリ痛む胸を押さえた。いけない、いきなり近距離で遭遇してしまった。
「うぅ」
「ど、どうしたの!?」
「げほっ」
咳き込むと口から血が。この前咳き込んだ時よりだいぶ量が多い。これはひょっとして、近距離に近づくほどに影響が大きいの……?
とりあえず部屋の隅にささっと避難し、けっこう血まみれになってしまったハンカチで口元をぬぐう。……私のキャラもののハンカチが血みどろですっごいホラーな様相に……。事件現場に落ちてそうな感じになってしまった。しかし、よし。制服には被害なし。この距離なら胸も痛まないみたいだし。
被害状況を一通りチェックした後に顔を上げると、副部長と森河君がひきつった顔でこちらを見ていた。説明するのもややこしいし……ここは何事もなかったかのように振舞ったらなかったことにならないだろうか。無理かな。一応やってみるか。人間何事もチャレンジ精神が大切なのだ。
私はすました顔で机に戻った。さりげなく副部長からは対角線上の位置で。よし、このへんでいいかな。
「ふう、お待たせしました」
「び……」
「び?」
「病院!!」
……駄目だった。至極当たり前な気もする。
「いえ、病院は行っても無駄なので……最近よくあることですし」
「よくあるなら余計病院だよ!!」
私の中では病院は「あなたの体は健康です」という紙と引き換えに1万5千円を強奪していく悪徳組織でしかないのだけど……。あ、ちょっと。
そして私は副部長と森河くんに、無理やり病院に搬送されてしまった。しかもこの前診察してもらった中央病院に。つい先日検査を受けて問題なしと結果が出たはずの私が担ぎ込まれてきたとあって、そのまま1週間の検査入院が決まってしまう。
私はどこも悪くないのに病室のベッドに寝かされ、部員のみんなに囲まれた。……あ、副部長はあんまり寄らないでほしい。それ以上近づくと、ここで第二の事件現場が生まれてしまう。
「体調が悪いなら部室の掃除なんていいから、休んでくれよ……」
「いえ、掃除をしていた時には体調は悪くなかったので……」
「莉瑚くんはここで1週間、待機していてくれたまえ。この屋敷には、私たちで行って来よう」
あ、やっぱりフルコースが出るお屋敷に行くことになったんだ。ちょっと気になる。……い、いや、食べないけれども。
「この病院には、外国人の女の子の幽霊が出るという噂もあるから、余裕があれば調査をしてくれたらありがたいな」
部長は最後にそう言って去っていった。……ここも怪奇スポットなのか。おちおち入院もしてられない。……でもよく考えたら病院って怪奇スポット率高いよね。いや、あれは廃病院か。とするとやっぱりこの街はおかしい。
「また天尾さんのためにお土産持ってくるからね!」
元気に森河くんも去っていった。……怪奇スポットからのお土産って嬉しくない。頼むから怪しい石とか中に髪の毛の入ったお守りとか拾ってこないでほしい。もし持ってきたら、こっそり飛んで森河くん宅に置いてこよう。場所は知ってるしね。
そして、最後まで残った副部長は、森河くんの消えた扉の方をなぜかじっと見ていた。
「……?」
「俺にも、何かできることはないかな? なんでも言ってくれ」
「……じゃあ……屋敷に怪しいDVDがあったら、こっそり持ってきてもらっていいですか?」
ぴくりと副部長は反応した。……そうか。ちょっと言い方が紛らわしかったかもしれない。
「いえ、そういう怪しいではなく。虹色にきらきら光ってる、不思議なやつがあれば」
「べ、別に変な想像してないからな!」
「何も言ってません」
「してないから」
「どんな想像したんですか。逆に気になります」
入院初日はすぐに過ぎた。優佳里と紗姫がやってきて「いったん休まないと駄目だよ! 外出絶対禁止!!」と念を押されたり。検査されたり。味のしない入院食を食べたり。そして消灯時間がやってきて……病院から貸し出されたパジャマに着替え、私はベッドに横になって天井を見上げた。病室は4人部屋だけど私以外はもう既に寝付いているらしく、何の物音もしない。
……もし副部長が拾ってきてくれたらそれでいいし。それでなくてもおそらく副部長にDVDが入ってそうな気がする。その3つで何とかならないかな。そうすれば、私の悩みは全部解決なんだけど。……全部……? あれ? 何か他になかったっけ? 最近思い出せないことが多いなぁ……。
考え事をしていた私は、いつの間にか、暗い夢の中に落ちていった。何も見えないその中で、私は誰かの手に触れる。……だれ……? おばーちゃん……?
そのまま握っていると、突然、相手の顔が見えた。相手は……私だった。じゃあ今の私は? いったい誰なの?
その疑問が伝わったのか、相手が鏡を渡してくれたので、私は鏡を覗き込み、息を呑んだ。
……そこに映っていた私の顔のあるべき場所には……ただ真っ暗な闇だけが広がっていた。
ガールズラブのタグをつけました。
まあ一応、一応ね。念のため。




