これはいったいなんだろう?
私は自分の部屋でベッドに寝転がりながら、トンネルで拾ったDVD(仮)をじっと眺めた。うーん、これはいったいなんだろう。単なる不法投棄された産業廃棄物だという可能性も否定できないけど、なんだか怪しい。妙にキラキラ光っているし。……いや、それだけだと私が単に光りもの好きみたいに聞こえるけど、そうじゃなくて……なんだろう、これを見ていると、どこか頭の隅がピリピリするというか。
ところが。しばらく天井の明かりに透かして見ていると、不意に私の手に電気のようなものが走り、ポロっと落としてしまった。DVD(仮)は私の胸のあたりに落ちる。私はごそごそと胸のあたりを探った。ところが、そこには何もない。……あれ?
起き上がって見回してみても、DVD(仮)は消えていた。ベッドを隅から隅まで探しても見当たらない。さすがになくなるには大きすぎると思うんだけど。……やはり何かの不思議アイテムだったのだろうか。……いけない、逃がしてしまった。
まあいいか。こうなったらいなくなったものは仕方ない。あれもきっと遠くで達者に暮らしていくことだろう。おやすみなさい。
私は反省とともに眠りについた。しかし、どこか胸の奥が苦しい。なんだか、ピリピリするというか。その違和感は結局明け方まで消えず、私の睡眠を妨げた。
翌日、学校に行って、相変わらずピリピリと傷む胸を抱え、机に寝そべる。うーん、ちょっと熱っぽい……。こうなったら保健室に行って早退コースかな。
私が早くも今日の予定を決めていると、紗姫と優佳里がいつものように私の席までやってきた。紗姫は普段と同じ皮肉気な笑いを浮かべながら、私の机で頬杖をつく。
「おはよ。で、どうだった? トンネルは?」
「あ、紗姫、優佳里。おはよう。……トンネルね、ヘルメットは凹んで使い物にならなくなるし、愛用のリュックは持っていかれるし、控えめに言って最悪だったかな」
「……莉瑚ちゃん、かわいそう……」
「そりゃとんだ災難だったね」
「2人とも他人事みたいな顔してるけど、あそこを紹介したのは優佳里たちなんだよねえ」
……そういえば、あのトンネルの存在なんて2人はよく知ってたな。私は全然知らなかったけど。……これでは私1人が仲間外れみたいじゃない。い、いやまさか、そんなはずは。
「で、なんかあった?」
「うーん……あったのかな……? ちょっと今、私の中では審議中」
「それがさあ! 天尾さん、また行方不明になったんだよ!」
あ、めんどくさい奴が来た。今の私は彼の相手をしてあげられるほど元気じゃないんだけど。分けてほしいくらいだ。私はちらりと彼の方に視線をやり、それでも精いっぱい優しく呟いた。
「森河くんは今日も元気でいいね」
「……なんか言い方トゲない……? それにしてもさ、一本道のトンネルで迷うってもはや才能だよね」
これ森河くんの方が言い方にトゲないかな……? やはり自分のことは自分では気づけないものらしい。私も気をつけたいところだ。
「へー……また見失ったってわけ? 森河くんはどこまで無能を晒せば気が済むのかな?」
一方、その話を聞いた優佳里は、見たことないような冷ややかな目で森河くんを眺めた。……怖っ。いつもはぽやぽやした令嬢みたいな雰囲気の優佳里が、まるで悪の敵幹部が失敗した部下を眺めるみたいな表情になってる。五体バラバラに処断されそう。私はひそひそと紗姫に囁いた。
「最近気づいたんだけど、優佳里って森河くんにちょっと冷たいよね」
「ちょっととは」
「また1人で放り出したってことだよね? これはそろそろ私も黙ってられないかな」
「それが、今回は副部長と一緒に2人で、いつの間にか消えてたんだよ」
「……副部長ってどんな人だっけ? 紗姫ちゃん知ってる?」
優佳里が紗姫を振り返る。紗姫は軽く肩をすくめた。
「あの運悪い人でしょ」
「ああ……」
「運悪い」で特定されるくらいらしい。ちょっと気の毒。んー、と口に人差し指を当て、少し首をかしげて優佳里は呟く。
「それって莉瑚ちゃんがどんなプレゼント渡すかをずっと迷ってた人のこと?」
「なにそれ初耳超面白そう」
「何が面白いもんか。この世で最もくだらない話題の1つだね」
なぜ急に森河くんが英文和訳みたいな口調になってるのかはともかく。……まあ確かに私も、隣のクラスの知らない人が誰かにプレゼント渡すらしいよ、って言われてもなかなか興味は持てないかも。さすがにこの世で一番くだらない、とまでは言わないけど。どんだけ興味ないの。
「まあ、森河くんが私に心底興味がないのはよくわかったけど」
すると、「えっ?」みたいな顔をして3人からばっと振り返られた。なんやねん。特に森河くんが振り向くのは解せない。あなたが今そう言ったんだよ。もう忘れたの?
しかし紗姫の方はその話題に引き続き興味があったらしく。私の背中にガバッと覆いかぶさりながら、私の耳元で囁いた。
「ねえねえ、トンネル内で暗いのをいいことに、2人で何してたの? ほらとっとと吐けー」
「暗いのをいいことにっていうか……えーっと……おんぶしてもらったくらい……?」
「若い男女が2人でトンネルの中で? ほほう、いちゃいちゃしてますなあ。で、どっちが言い出したの?」
「私」
「……意外!? なになに、どういう流れでそうなったの!? 2人なのをいいことに「私、腰が抜けて立てない」みたいな、普段見せない可愛いところ見せちゃったりしたの? 意外に策士じゃん! で……! ……あ、やっぱいいや、背負わせても別に何も当たらないか」
紗姫は私の胸部のあたりをちらりと見てなんだか急にテンションを下げ、話を不自然に途中で終えた。い、いや……さすがに当たらないことはないでしょ……。うん。……たぶん。
同時に、ギリギリ、とどこかで歯ぎしりのような音が聞こえた。何の音だろう。
「えーっと、流れといっても。そこにいたのが副部長ってだけで」
「だけで? 背負わせる理由って何かあったでしょ?」
「……ちょうど体力のありそうな若い男性だったから……?」
「若い男なら誰でもよかったみたいな? もうそれ痴女じゃん……」
「いや痴女て」
「莉瑚ちゃん、私そういうのは反対かな。もっと自分を大事にしよ?」
「……背負ってもらうのってそこまでいやらしい行為だった……?」
2人の言う背負うって私の知ってるのと一緒かな? 何かの隠語? だとすると、道徳の本に、おばあちゃんを背負って若い青年が踏切を渡る美談的なものとか載ってたりするじゃない。あれも一気に違う話になってしまう。道徳の本は実はわいせつ図書だった……? いやいやさすがにない。だいたいさっき紗姫も私にがばっと来てたじゃない。
「まあ冗談は置いといて……へええ……面白そう。放課後にちょっとその副部長っての見に行こうよ。莉瑚と私たち2人でさ」
「おー! 行こ行こー!」
「ねえ、私の意思は?」
「あの……僕は?」
「……ということで。私たちは放課後にオカ研の部室に来たわけだけど」
「う、うん。一緒に来たからそれは知ってる」
「このすごい美人が部長? あれ……? そうだったっけ? もうちょっとさ――」
不思議そうな顔をする紗姫と優佳里に対して、いつもと同じように微笑を浮かべて部長は部室への来客を見比べた。
「莉瑚くん、この2人は?」
「私の友人の、優佳里と紗姫です」
「ようこそ、入部希望かな? だったら、そちらの優佳里さんは入って構わないよ」
紗姫は一瞬止まった後、おそるおそるといった感じで私の方に振り向いた。
「……なんで今あたしだけ普通にスルーされたの? 入りたいって言ったわけじゃないのにいきなりお断りされたんだけど。なんか告ってない相手に振られたみたいで、もやもやと敗北感がすごい」
「さ、さあ……?」
相変わらず部長の入部基準がわからない……。常識を持ち合わせているのはどちらかといえば私の中では紗姫だと思うんだけど。ただ常識を守る気があまりないだけで。優佳里は……うん、彼女にはたまに私たちとは違う世界が見えてるような気がする。友達ながら。あ、でもオカ研的にはそっちの方がいいのか。もう常識人枠は私がいるしね。とすると踏み外していればいるほどいいのかも。
私がそんなことを思い浮かべると、優佳里はふふふ、と綺麗な笑みを浮かべた。
「今、莉瑚ちゃん、失礼なこと考えた」
「か、考えてない」
私はさっと目線をそらした。優佳里には何が見えてるんだろう。私は森河くんみたいな目で見られたくはないし処断もされたくないので、ひたすら目を合わせないことしかできなかった。
「で、その副部長ってどこにいるのかな?」
「まだ来てないみたいだね」
「おや、守家くんに用事かい? 申し訳ないがまだのようだ。もう少し待ってくれたまえ」
副部長を待っている間、手持ち無沙汰に部室の中を私たちが見回していると、机の上にいくつかの写真が並べてあるのが目につく。……あれは?
「ああ、それかい? 次に行く場所について、検討していたところだよ」
森河くんが机に近寄り、1枚の写真を取り上げた。
「この、入るとあたたかい食事が用意されている誰もいない屋敷、ってすごいですね。これを見る限り、めちゃくちゃ豪華じゃないですか。フルコースみたいな。……かえって怪しいですけど」
「あちら側のモノは食べてはいけない。戻れなくなるからね。あちら側に限らず、他の世界のモノは体に入れないに越したことはない。たいてい、致命的な影響を与えてしまうことになる。……まあ、この屋敷のように明らかに怪しいものが多いし、よっぽどうかつでないとそんなことはしないだろうけどね」
なぜかいっせいにみな私の方を見た。……た、食べないってば。さすがに私も無人屋敷に置いてある料理を笑顔で口にできるほど無神経ではない。……ない、はず。……え、ひょっとして周りからはそう見えてるの? さすがにちょっとあんまりではないだろうか。
「おつかれさまでーす」
いつものように副部長がやってきたので、私もいつも通りひそひそ声になって紗姫に注意喚起する。
「あ、来たよ。あれが副部長」
「いや莉瑚声ちっさ! なに急に!? まさか猫被ってんの!?」
私に付き合って、いちおうひそひそ声で言ってくれる紗姫。私は真顔のまま首を横に振る。
「違うよ」
「なら乙女心?」
「もっと違うかな」
「ふーん……まあいいけど。えーっとどれどれ」
紗姫は副部長をじーっと眺めた。そしてやがて、うん、と1回大きくうなずいた。
「……おー。いいんじゃない? あたしは文句ないと思う」
「私は文句ある。ねえ、莉瑚ちゃんはどうなの?」
私も一緒に副部長を見た。すると、なぜか興味を引かれるような、そんな感覚を覚える。いや、実際に、何やらかすかに引力を感じる……? そして昨晩からあった胸のピリピリはなんだかさらに勢いを増した。
一方、副部長もどこか困惑したような表情で私を見返す。私はそれを見て理解した。このおかしな感覚は、どうやら私たちに共通して起こっている。でも、どうして……?
優佳里あたりなら「私たちの間に突如として恋が芽生えたのだ」というファンシーな解釈をするかもしれない。ただ私はそういう感性は持っていないので、原因を究明すべく頭を回転させた。きっと、物事にはいつも何か理由がある。……あのトンネルに行った後に、何かあったっけ……?
…………あった。1つだけ。いつの間にか消えた、トンネルの中で拾った不思議なアイテム。
「……DVD……?」
「唐突にどうした莉瑚よ」
「なんでDVDっていきなり言われたのか俺分からないんだけど……」
「副部長のあだ名をこれから『DVD』にしたいってことだと思いますよ」
「森河くんちょっと黙って」
紗姫が私を部屋の隅まで引っ張っていき、またひそひそと私の耳元で囁いた。
「どしたの?」
「なんだか副部長を見てから体がおかしくて」
「えっ……マジで? どんな風に?」
「謎の引力を感じるのと、胸の奥がピリピリする」
「……マ、マジでか…………そっか……」
紗姫は感慨深げに何度もうなずくと、私の肩をポンと叩いた。そしてまるで山奥で秘術を伝授してくれる老師のようにもったいぶった表情になり、一言だけ私に告げる。
「莉瑚よ、それは恋だ」
……そうだろうか?
私は帰り道、1人になって首をかしげた。あのあと、やっぱりなんだか体調が悪いと私が訴えたところ、やたら優しくなった友人たちに連れられ、私たちは部室を出た。
まあ、別に恋でもいいんだけど……恋ってそんなに物理的な影響が出るものだっけ? さすがに速効性が過ぎるのではないだろうか。それとも世の中の恋人たちはみなこのピリピリに耐えていたの……? そうするとこれから先、恋愛ドラマを見る目が変わってしまいそう。
私はゲホゲホっとさらに激しく咳きこんだ。思わずハンカチを口に当てる。……いけない、紗姫曰くの恋の病が進行してしまっているのか。これは今日は早く寝なければ。
そして元通りしまおうとして、何かがさっきと違う気がして、私はもう1度ハンカチを見つめた。
そこには、――鮮やかな赤色をした血が、べったりとついていた。
テニス肘だと言われました。
テニスやってないのに。
長くタイピングすると痛いので完治するまでは投稿スピードが落ちるかもしれません。
悪しからずご了承ください。




