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プロローグ(下)

 私はいつの間にか屋外の、踏切の脇に立っていた。カンカンカン、と傍で甲高い音を立てる黄色と黒の警報機を、私はとりあえず眺める。ここって、確か国道横の……あ。私、上履きのままだ。もう、せめて靴を履き替えた後なら良かったのに。この怪現象は本当に気が利かない。


 えーっと、これまでのパターンだと不運な人がこの辺にいるはずなわけだけど。私以外で不運な目に遭っている人はどこだろう。とりあえずきょろきょろとあたりを私は見回した。


 すると、道を歩いていた1人の若い男子生徒に自然と目が留まる。国道に向かう後姿を見ていると、彼がタクシーにはねられる未来が何となく思い浮かんだ。……また自動車事故だ。日本で自動車事故が多発しているというのは、どうやら厳然たる事実らしかった。


 ……さて。気は大いに進まないけど。目の前で起こるのを見逃すのもちょっとなぁ。とりあえず、できることはやってみよう。今まで成功したことはないけれども。大丈夫、失敗は成功の母と言うと聞く。昨日までの失敗は、きっと今日のこの時のためにあったのだろう。






 私は気合を入れてその男子生徒に近づき、声をかける。……っていうか制服見て今気づいたけど、この人私と同じ高校だ。


「そっちに行かない方がいいですよ」


「……え?」


 ……おお。今、普通に喋れた!? 日本語を普通に話せるのってなんて素晴らしいんだろう。私はそんなことにすら、ちょっと感動を覚えてしまう。


 そして振り向いた男子生徒は、知らない人だった。すらりとした長身で、やや年上っぽい。そして一番重要な点。顔見知りじゃない。セーフ。


 ……いや待て、そうか。これひょっとして知り合いが相手になる可能性もあるのか。例えば優佳里が相手だと面倒なことになりそうだ。これは何か対策を考えておいた方がいいの? ……いや、この現象が続くこと前提で考えるのも面倒ではあるけど。……あ、いけない。声をかけておいて放置してしまった。




 相手は立ち止まり、どうやら私の話を聞いてくれる体勢になっている。……これは、いけるのでは?


「えっと、……で、なんだ?」


「いえ、そちらに行かない次元が望ましいかと」


 あ、やばいぞ。なんかまだ怪しい。でも、あと1行だけで伝わるから! 何とかもってほしい。せっかく受け入れてくれる姿勢を示してくれてるんだから!


「……? なんで行っちゃだめなんだ?」


「あなたに幸せの代償が起きます。かく語りきと数巡が終わった後に玉座にはねられます」


「…………は?」


 あ、駄目だ。今すっごい心の距離開いた。まあ、目の前の先輩の言いたいことはわかる。いきなり目の前に現れた怪しい女が何か言ってくる、何こいつ、ってなるよね。わかりすぎるが故に、私はあまり目を合わせられなかった。……玉座にはねられるっていったいなんだよ……。


 ……でも、このまま進むとまずいのも確かだ。それが私にはなぜか理解できてしまう。お願い、今だけでいいから。あなたもどうか幼き頃を思い出して素直になって。パン工場はなぜか燃やされない、それでいいじゃない。私はそんな願いを込めて、思い切ってじーっと相手の目を見つめた。





 ところが、先輩は一瞬考えたのち、普通に歩き出した。……国道の方へ。


 ……きっとこの人の幼年時代は担任の先生をさぞかし困らせたに違いない。お遊戯の時間とかに砂場で駆け回ってたタイプだわこの人。


 ……いや待て。聞こえなかった、という可能性もなくはないの……? 私はぱたぱたとその先輩を追いかけて隣に並んだ。





「あなた……いえ、あなたたちが遙かなる時の彼方まで進むと死に絶え、そして……世界は一度滅びたのですよ。そんなの嫌でしょう?」


 よし、「進むと死ぬぞ」というニュアンスは伝わっているような。……いや、死ぬかな? ちょっと盛りすぎたかもしれない。ただ嘘ではないはずだ。少なくとも普通の人は車に跳ね飛ばされてニコニコ笑えはしないはず。もし笑っていたら、その人は体が頑丈でもそれ以外の部分におそらく不具合を抱えているに違いない。




 ところが、その後も私が並走して横からアドバイスをしているというのに、その先輩はいっこうに聞き入れてくれる様子がなかった。ていうか足早っ……。もう、私と歩幅が違うのに、この人全然人に優しくない。そう思っていると、先輩はいきなり足を止めて私の方に振り向いた。


 ……あ、聞く気になってくれた? 素晴らしいことだ。理解が遅いのを恥じることはないと思う。明らかに年上だけどその素直さを褒めてあげたい。


「……お前なぁ! いきなりなんだよ!? っていうか俺たち初対面だよな!? なんで第一声が『お前は死ぬ』なんだ!? 普通最初の挨拶でそんなこと言うか!? なんだよお前!?」


 やばい違った、ガチで怒ってた。意味は何となく伝わってたっぽいのに。初対面の人をいきなりそんな風に怒るあなたの情緒も正直どうなのって思わないでもないけど、でも違うの聞いて。もうすぐきっと……あ。あれ……来た?




 初めて会った年上男性に路上でガチ説教されそうになっている私の目に、彼の背後から来るタクシーが見えた。一直線にこちらに向かってくる。ありがとう。……今だけはそのタクシーが私の目には救世主に見えた。


 私はぐいっと思いっきり、説教体勢に入っていた先輩の腕を引っ張った。その結果、結構な体格差があったはずなのに、なぜか先輩はふわりとちょっと宙を舞う。結果、まるで車に轢かれたみたいな勢いで。



 一瞬後、先輩がいた空間にタクシーが突っ込んだ。ドゴン! と轟音を立ててタクシーはそのまま電柱に激突する。尻餅をついたまま、煙を上げるタクシーを呆然と眺める先輩の横顔を見ていると、その景色が不意にゆらゆらと歪んだ。




 ……ナイスタイミング。少しはこの現象も気が利くようになったみたいで何よりだ。……さよなら先輩。これからは悔い改めて、どうか人の忠告を素直に聞ける人間になっていただきたい。







 そして、校舎の中に私が戻ってからすぐ、ぱたぱたと足音を立てて優佳里が走り寄ってきた。


「お待たせ!! ごめんね、ここで待ってくれてたんだね」


「ううん、いい。あんまり待った気もしなかったし」


「……?」


 やたらと上履きをバンバンと払って優佳里におかしな目で見られたものの、特に何も言われなかった。なんと私は、人が跳ね飛ばされそうなところを見ても特に動揺はしていないように見える、らしい。あまり知りたくなかった。……まあおそらく、はっきりした夢のようなものだから、というのが大きい……はず。うん、きっとそうだろう。あとは無事助けられたのも大きい。




 

 優佳里と別れて家へと歩きながら、私はあらためて自分に起こっていることについて整理してみることとした。夕暮れの中、灯りがともった街灯を私は見上げる。


 ――私はどうやら、人の不幸が予知できるようになったみたいだ。そして、その不幸が起こる場所になぜか私も移動する。不幸が終われば私は元の場所に戻る。なんでかは知らないけど。……意味が分からないっていうか、色々と疑問が多すぎる。


 ただ、きっかけはなんとなく心当たりがあった。……先日祖母が亡くなってから、この現象は起き始めた、から。「人を助ける存在になりたい」と言う小さい頃の私を、笑いながらいつも見ていた祖母。病室へお見舞いに行くたびに、私のことを心配する言葉をかけてくれたっけ。私が小さい頃に話していたあの願望も、きっとあの人は覚えてくれていただろう。




 私が今日やったのは人助け、なのかな。でもやっぱり、不幸を知らせても相手には信じてもらえない。当たり前な気もする。私も逆の立場だったら信じない。……せめて普通に喋れたら、と思う。こうなったら実力行使するしかないか。今日みたいに。


 ……でも。


 私は自分の手のひらを暗くなってきた空に透かして、ぼんやりと問いかけた。


「おばーちゃん……私がなりたかったのって、絶対こういうのじゃないよ……」




 当然ながら、私のその言葉に返ってくる言葉はなく、あたりは静まりかえったままだった。…………よし、まずは現実的に。私がこれから考えるべきことを整理しよう。


 ……まだわかっていないことが沢山ある。まずは、私自身に何が起こっているのかを把握すべきだろうか。さっきの私の力もなんだかおかしいし。


 今日のあの先輩とは、よっぽど運が悪くない限りは顔を合わせることはないだろうけど。ただこれから先、相手がクラスメイトとかだったらまずいかな。そっちも何か方法を考えた方がよさそう。まあ、そこまで急がなくてもいいか。






 次の日の朝。私が登校して教室に向かっていると、不意に昨日聞いたことのある、大きな声がした。そっちに視線をやると、ちょうど廊下の向こうから。昨日の先輩が友人らしき人と話しながら歩いてくるのが見える。……なるほど、今日の私の運勢はよっぽど悪いらしい。……ここで引き返すとかえって目立つか。私はそっと顔を伏せ、せめて廊下の端にすすすと寄った。我が地味属性よ、今こそ力を発揮して。


「で、その子が手を引っ張って助けてくれたんだけど! でもあれ、なんだったんだ? 幽霊かな?」


「さあ……」


「お前、人の話ちゃんと聞けよ!」


 どうやら先輩は友人に対しても説教をためらわないらしかった。まあ、確かに初対面の年下女子に説教する人は友人にもするよね。おそろしい人種だ。絶対かかわりたくない。私に気づかず一刻も早く通り過ぎてほしい。


「はいはい。……で、どんな子だったの?」


「ああ、肩くらいまでの黒髪の、ちっこい子で。ちょうど……そこの……」


 不自然に会話が止まったので視線をこっそり上げると、先輩の目はじっとこちらを見つめていた。念のためこっそりと周りを見渡してみるけど、近くには不幸なことに他に誰もいなかった。


 ……もうこれ目立つとかそういう問題じゃないな。早めに離脱しよう。私はそそくさと廊下をUターンして早足で歩きだす。


「……なあ、おい。そこのあんた!」


 後ろから何か呼び止められている気がするけど、気のせいだろう。そしてここで振り向いたらおそらく私の平穏な高校生活は無に帰す。私は下を向きながら早足でスタスタと歩き、角を曲がった瞬間に全力ダッシュした。周りから少し妙な目で見られてしまったが、構わない。世の中にはいつだって、優先順位というものがある。


 ……しかし私は私の危機は予知できないのだろうか……こういう時にこそ発動してほしいものだ。私はちゃんと信じるんだし。そもそもなぜ翌日にいきなり遭遇しているんだろう。確率的におかしいのでは。




 


「おはよ! ……ってなんで朝からそんなに息切れてるの? 寝坊?」


「……ごめんしんどいからちょっと待って……」


 無事に追跡者を撒き終え、ぜーぜーと肩で息をつきながら私は自分の席に着いた。そのまま机にぺしゃんと突っ伏して、息を整える。


 ……しかしこれは、予知で見た事故をなんとかするにしても。絶対、絶対何か顔を隠す方法を考えた方がよさそうだ。せめて変装とか。会った時に知り合いじゃなくてもいつ相手が目の前に突然現れるかわかったもんじゃない。いや、そもそも……。この現象を早くなんとかしなきゃ。まず原因を突き止めて、それを終わらせないと。




 私はそう強く心に誓いながら窓の外を眺めた。今日も、青く綺麗に透き通るような秋晴れの空だった。おかしなことが起こりだす前と、何も変わらない。グラウンドに生えている、黄色く葉の色が変わった銀杏の木が風にゆっくりと揺られている。


 そんな光景を眺めていると……まるで「特別なことなど何も始まっていない」と、高く遠い何かから言われているような気がした。










 ――これは、祖母の死とともに私に降りかかった突然の怪異と……それが終わるまでの、話だ。


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