おまじないと穴と告白、の話
私は、神社で女の子に助けてもらったという女子生徒の元へ、話を聞くべく向かった。きっとあの何でも食べそうな子の話になるだろうけど、どういうときに引き込まれるのかのヒントにはなりそう。
……部長に言われた場所で待つ私の前に現れたのは、眼鏡でおさげの大人しそうな女の子だった。しかし、何やら様子がおかしい。何がというと、どこかおどおどしている。そして、なぜか私と目をあまり合わせようとしなかった。……ふむ。これは、何やら怪しい。私の中の第六感が彼女を犯人だと告げている。やがて、彼女はおずおずと切り出した。
「あの……何か怒ってます……?」
……私の無表情のせいだった。そうか、この場合の犯人って何の? ってなってしまうか。
私たちはカフェに移動し、話を続けた。明るい店内では、恋愛相談や、今日学校であったことについての話など、周囲でされている話が自然と耳に入る。きっと、ここで深夜の神社について話してるのは私たちだけだろう。
「そもそもどうして深夜にあんな場所にいたんですか?」
「そのぉ……笑われるかもしれませんが……」
「笑いません」
それにたぶん笑ってもわからないと思う。何せ私の笑顔は笑顔じゃないらしいし。……いけない、つい自虐に走ってしまった。しかし私の言葉は信じてもらえたらしく、話は続く。
「実現してほしい願いを思い浮かべながらあの井戸を午前0時に覗きこむと……思いが叶う、っておまじないを聞いたので……やってみたんです」
……それ、おまじないというより黒魔術では……? しかしあの井戸を深夜に覗き込む度胸があるなら、願いもそのうち叶うのではないだろうか。彼女の抱いているのがどんな願いかは知らないけれど。
「やってみると、周りがなんだか変な雰囲気になって……家に帰ろうとしたんですが、神社の階段をどれだけ降りても下につかなくて……おかしいですよね。でもなぜか、神社から出られなかったんです。私、もう帰れないような気がして……泣いていたら、小さな女の子が声をかけてくれたんです。井戸の中に飛び込んだら帰れるよ、って。きっと神様だったんでしょうね。……今ここにいられるのも、あの子ともう1人のおかげです」
「なるほどなるほど」
頷いたものの、途中で私はぴたりと止まる。……ん? なんだか今、最後におかしなことを言われたような……。
「……もう一人?」
「ええ。井戸に飛び込んだはいいんですが、上れなくて。その時、助けに来てくれた人がいたんですよ。いきなりその場に現れて。ちょうど私たちくらい年齢の、女の子でした。顔はよく見えなかったんですけど」
「そっちかぁ」
「え?」
「いえなんでも」
神社の話、前提だった。確かに、あの井戸は誰かの助けなしには登れなさそうだった。1人で脱出できた私は特殊な例だろう。それにしても……。
「おかしな話、多いですね」
連続で怪異に遭遇とか、物語の中でもあんまり聞かない。貞子から逃げて飛び込んだ家がたまたま呪怨の伽椰子ハウスだったみたいなものだろう。運が悪すぎる。……あ、でも前にそんな映画があったような気も。
「まあ、この街ですからね」
「そうそれ、部長も言ってましたけど……この街だから、ってなんですか?」
そんなホラーな街だった気はしないんだけど。そうか、でも気づけていないだけ、って話だったっけ? じゃあこの人たちはどうして気づけてるんだろう。
彼女は、ずい、と私の方に顔を寄せ、さらにひそひそ声になった。
「……近頃、この街の運命がねじ曲がっている、という話は?」
「聞きました。でも、それもよくわからないんですよね。曲がるとどうなるんですか?」
「物事の道理が通らなくなります。いつまでも同じ場所から出られなかったり、時間の過ぎる速さが他の人と違ったり、同じ人に何度も会ったり。今の調子ならそのうち死人だって甦るんじゃないでしょうか」
あはは、と一生懸命笑ってみたけど、彼女は笑わなかった。本気らしい。……あ、そういえばさっきの疑問。
「曲がっているかどうかって、どうやって判断するんですか? 部長やあなたはなぜそれがわかっているのかな、と」
「ああ、簡単です。最近、街でおかしなことが増えているでしょう? 神社しかり、突然現れる少女しかり。あれはね、穴が開いているからなんです。穴を通じて向こう側が見えているんですよ」
……私がいつの間にか穴にされている。でもなんだろう、あんまり答えになっていないような。
「向こう側って何ですか?」
「……さっきから思ってましたけど、ほんとに笑わないんですね。あ、すみません。……向こう側っていうのは、なんでしょう……一般的に言う、幽霊とか、妖怪とか、そういうモノが住まう場所というか……。普段は断絶されてるらしいんですけどね。穴が開くと、おかしなことが起こるんです」
……おお。これ、大事な話のような気がする。つまり穴がなくなれば、おかしなことは起こらない? ということは私を悩ませている怪異をどうにかするには、穴を塞げばいいのではないのだろうか。……ただ、この仮説の弱点は、もし私自身が穴だったら塞ぎようがないということだ。
「どうして穴が開いてるんですか? 塞ぐ方法とか、あるんでしょうか?」
「…………塞ぎたいんですか?」
目の前の彼女が、急になんだかどろりとした目の色になった、気がする。なぜかぴりっと空気が緊張したのを感じ取り、私は首を左右に激しく振った。どうやら彼女は穴を埋めたくない派らしい。なんでかは知らないけど。
「いえいえ違います、一般的な興味として」
彼女はまじまじと私を見た後、ふーん、と1度頷いた。どうやらお許しいただいたらしい。……もし許してもらえなかったらどうなったんだろう。ふと視線を動かすと、彼女の右手がいつのまにか彼女のバッグに突っ込まれているのが見えた。私は自分自身の控えめな表情筋に、この時ばかりは感謝する。塞ぎたいと伝えていたら穴だらけにされていたかもしれない。
「穴が開いている場所には、開いている理由があります。だって、これまでこんなこと、なかったんですから」
……ほほう。ということは、おかしいことが起こっている場所を回ってみればいいんだろうか……? 場所は部長に聞けばわかるだろう。ただ、回って何をすればいいのかわからないのが困る。この人も知らないみたいだし。
私たちはいったん会話を打ち切り、お互いが注文した飲み物を口に運んだ。しーん、と2人の間に沈黙が下りる。
「けっこうおまじないとか、お好きなんですか?」
「ええ。……ふふ、高校生にもなって、おかしいでしょう?」
「いえ、いいんじゃないでしょうか」
何か叶えたい望みがあるなら、神頼みもおかしいことではないと思う。私にはまだそんな望みがないだけで。そしてしばらく間があった後、「聞きたいことを聞かれ終わった」と判断したのか、彼女は席を立った。
「参考までに。……あなたのお願いってなんだったんですか?」
多分答えてもらえないだろうな、と思いながらしたその私の最後の質問に、意外にも彼女は振り返り、微笑みながら答えてくれた。その笑顔が何を意味しているのかは、私にはわからなかったけれど。
「……私の願いですか? ……死んだ人に、もう一度……会いたいんです」
ファーストフード店の窓から外を見ると、大きなカートをえいえいと押しながら道を進んでいく男の人が見えた。こうして見ると、普通の街にしか見えない……。結構前から住んでるけど、特にそんなおかしなことに遭遇したこともないしなぁ。
不意にトントン、と肩を叩かれて、振り向いた。すると、私の頬に指がぷにっとめり込む。そのまま指をどけずにニコニコ笑っている優佳里を見つめて、私は一言だけ伝えた。
「やめて」
「莉瑚ちゃん、何ぼーっとしてるの?」
井戸から生還した彼女と別れた後、私はいつも通り、ファーストフード店で優佳里と紗姫と駄弁る日常に戻ってきていた。わいわいがやがやとさっきのカフェより騒がしい周りの音が何だか懐かしい。
「私自身とこの街をふりかえってた」
「なんじゃそりゃ」
そうだ、2人にも聞いてみよう。私よりは詳しそうな気がする。私は2人の方に向き直り、軽い感じで切り出した。
「そういえばさ、最近この街でおかしな話って聞かない? 怪談っていうか、そういうやつ。私、さっきもそういう話を聞いてきたんだけど、意外に近くにあるのかもって」
ところが、優佳里と紗姫はそれを聞いてなぜか急に様子がおかしくなった。優佳里はやたらに私と紗姫の顔を交互に見るし、紗姫は急に姿勢が良くなり、顔を上に向けて一生懸命に店の照明をじーっと眺め始めた。……いったいどうしたんだろう。
「えっ。えっ、その、あのね」
「……一応確認なんだけど。それ、どういう感じで聞いたらいい? 自己紹介っていうか告白みたいな感じ? それとも」
「……告白……?」
「あ、これ違うよ優佳里。普通の方の話だわ」
「……なんだ、びっくりした。いきなりだったから」
ふーっと胸に手を当てて深呼吸をする優佳里。紗姫もいつも通り、ぐでっとした姿勢に戻る。……告白ってなんだろう。私はちょっと考え、結論が出なかったのでそのまま気持ちを伝える。
「2人とも好きだよ」
「お、おう。知ってる。この浮気者め」
「そうだ莉瑚ちゃんの浮気者ー。せめて1対1で言えー」
ところが、伝えたのに2人からはなんとブーイングが返ってきた。告白って言ったのそっちなのに……あ、そうだそうだ。本題に戻らないと。
「……最近になっておかしいことが起こってる場所とか知らない?」
「ああ、それなら――――」




