部活に行くときはお気に入りの服を着て行ってはいけない
なんだかやばいのと遭遇してしまった。……とりあえず適当にごまかしてみよう。駄目だったらその時考えればいい。私はその少女に精いっぱい微笑んだ。
「えーっと、星を見に来ました。実は私、天文学部でして」
「星」
その子は空をゆっくりと見上げた。……曇っていた。それはもう、見渡す限り一面の曇り空だった。ちょっと失敗してしまったかもしれない。
「……見えなくない?」
「残念ですが、こんな日もあります」
「そうなんだ。……まあ、いいや」
「それよりも、……あなたは誰ですか? ここには骨の河童の妖怪が出るらしいから、危ないですよ」
キュウリを見たらよだれを垂らしながら逆立ちさせられるらしいから。間違いなく悪い妖怪だ。正義の味方にいつか退治されてほしいものである。私はもう1度、誰もいない神社の境内をおそるおそる見渡した。……しかし、静かだ。今気づいたけど、神社の周りは普通に住宅街のはずなのに、周囲には明かりもまったくない。音もなく真っ暗な中、ただこの神社だけが明るく照らし出されていた。
「ああ、ちょっと前にここでそんなの見たなぁ。……筋ばってあんまりおいしくなかったけど……」
バリバリ、と何かを思い出しながら歯ぎしりしつつ、その女の子は呟いた。……おおう。この方、正義の味方だったらしい。もう悪い妖怪退治されてた。さよなら骨の河童。安らかに眠ってくれ。
「あ、思い出したらおなかすいてきちゃった」
「あの! ここから戻りたいんですけど、出口はどちらでしょうか?」
あんパンを差し出しながら私はその子に尋ねる。やばいやばい。もう正体とかどうでもいい。一刻も早くここから離脱しなければ、バリバリ歯ぎしりしながら思い出される存在になってしまう。私もたぶん筋ばってあんまりおいしくないですよ。
「んん……あっち。井戸に飛び込んだらたぶん戻れるよ」
「ありがとうございました! 失礼します!」
もしゃもしゃと口を動かしつつ私にそう教えてくれたその子に一礼し、私は身を翻した。井戸に到着し、木でできてるらしき蓋を横にどけ、そのまま躊躇せずに真っ暗な井戸に飛び込む。迷っている暇と余裕など一瞬もなかった。私は映画でも「こんなところから飛び込めない!」と言ってぐずる人の背中を後ろから蹴り落としたくなる派なのだ。
……しばし続いた嫌な浮遊感の後、ばしゃん! と私は突然、水の中に潜った。真っ暗な中、ボコボコと自分の息の音が耳に……っていうかつめたっ! いやいや冷たい! 意外に深いこの井戸! このままでは溺死か凍死してしまう! 私は手を振り回して、とりあえず水面に出ることに成功した。……大きく息をすると、泥と苔の匂いが肺の奥までいきわたる。
私は早くこの環境から脱出するべく、上を見上げた。はるか上に、丸く空が見える。あれが井戸の出口なのだろう。そして周りには、ロープなどの登れそうなものは何も見当たらなかった。……いかん。これ登れん……。
こうなったら、……飛ぶか。私の部屋まで飛ぼう。それですぐに戻って来よう。
私は自分の部屋に戻り、高速で着替えるついでにシャワーを浴び、速攻で神社に戻った。びっしょびしょになった服は丸めて洗濯機に放り込んでおいた。黒ずんだ水にまみれた自分の服を見て、私はとても悲しい気持ちになる。……次から外で部活に行くときはお気に入りの服は着て行かないでおこう。うん。いつ井戸に落ちるかわかったもんじゃない。
そして、身支度もそこそこに、もう1度社務所の裏に飛ぶと、誰もいなかった。……え? ひょっとしてみんな帰っちゃったの? ほんのすぐそこで同じ部の仲間がピンチになったり井戸に飛び込んでたりしたというのに。悲しい。なんて部なんだろう。
私がそんな風に黄昏ていると、向こうから森河くんがやってきて、私の姿を見るなり大声を上げた。
「……うわ! いた! いたよ! ……もう、どこ行ってたのさ!? 何してたの!?」
「なんだか食べられそうになって……」
「いましたよー!」
部長と副部長も森河くんのその声に反応して戻ってきた。みんな私を探してくれていたらしい。訂正しておこう。なんて部員思いな部なんだろう。ご心配をおかけして大変申し訳ない。
「なんか天尾さん髪濡れてない? あと服変わってない……?」
さっそくうるさい森河くんにあんパンを1つ渡しておく。ええい、ちゃんと髪を乾かしている暇もなかったんだよ。察してくれ。
部長と副部長にも頭を下げて、あんパンと飲み物を差し出した。とりあえず、休憩しましょう。
部長は少し笑って、髪をかき上げた。
「そうだね、とりあえず休憩にしようか。莉瑚くんも無事戻ってきたことだし。いやぁ、よかったよ」
やたら心配されてるみたいなので、なんでだろう、と私が首をかしげていると、副部長も真剣な顔で私に言った。
「どこ行ってたの? 1時間くらい姿が見えなかったから心配してたんだよ」
……1時間!? そんなに経ってた気はしないけど……あ、でも熱したやかんに手を当てた時の時間とガールフレンドと楽しくおしゃべりした時間は違うのだ、って誰かが言ってたよね。それじゃないかな。……いや、逆か。それだと私は命の危険があったのに時間を短く感じてしまったことになる。変態じゃないか。違う違う。
もしゃもしゃと、私たちは真夜中の神社の境内で井戸を見つめながらあんパンを食べ、牛乳を飲んだ。ある意味オカルト研究部らしい活動と言えるだろう。
「……じゃあ、今日はもう解散にしようか」
そしてその部長の一言で、ばらばらと私たちは帰路についた。副部長と森河くんは何か言いたげだったけど。……その帰り道は歩いて帰ったけど、特に補導はされなかった。
……あれは、いったいなんだろう。小さな女の子だったけど、明らかに檻を壊された後のティラノサウルスみたいな。あんな危ないのが我が町には生息しているのだろうか。いつの間にここはコスタリカ沖の島みたいになってしまったんだ。
「それも妖怪だろうね」
次の日、私は部長から部室でそんなレクチャーを受けた。骨の河童も食べられちゃったらしいですよ。それはもうバリバリと。おせんべいみたいな擬音で。
「……あんなのが普通にいるとか、おかしいと思うんですけど」
「普通にはいないよ。だって今まで見たことなかっただろう?」
……まあそうだけども……。そうすると、なぜ今まで遭遇したことなかったのに、今回遭遇してしまったのか、という問題が出てくるんだけど……。やっぱりあれか。今の私も妖怪みたいなものだから?
「普通は分かれているはずなんだけどね。あっちとこっちは」
「あっち?」
「裏側の世界、というべきか。妖怪や幽霊ってものはそちらの世界にいるモノで、基本的には私たちの世界とは交わらないんだ。たまに、おっちょこちょいが迷い込んでくるらしいけどね」
私はあの誰もいなくなった神社の境内を思い出す。逆にあっちに迷い込んでしまったのが私か。そうすると私がおっちょこちょいみたいになってしまうけど……。
「ただ、迷い込んできたモノはだいたいすぐ帰る。……問題なのは、こちらの世界に呼び出された場合だよ。私はあの突然現れる少女も、その類だと思っていたのだけどね」
「えーっと、なにが問題なんですか? あんまり違いはないような気も……」
「……呼び出されたモノは、おかしい形で無理やり向こうの世界から引っ張られるわけだよ。そういうモノは……たいてい、この世に祟る。呼び出した者の意図とは違う形でね」
「祟りって、恨みを残した人たちがするものだと思ってました」
「もちろんそちらもあるよ。また、悪神が治める場所に立ち入ると呪われる、といったような例もね。……ただ、なんというか、呼び出されたモノは……たちが悪いんだ。取り扱いを間違えると、えらい目に遭う」
「えらい目?」
「まあ、誰かしら死ぬことが多いね」
へえー……。そうらしい。私は降霊術の類は一生しないでおこうと心に誓った。宗教的な理由で……とか言って断ろう。……んん?
「……あれ? どうして私たちが追ってる消える少女もそっちだと思われたんですか?」
「この1年だけで。8人死んでるからだよ」
「……誰が?」
「あの少女に絡んだ人間が、だよ」
……誰が? え、本気で誰? 確かにおばーちゃんは死んだけど、あれカウントするの!? 死因癌だったけど!? それとも、原付で骨折した人とかが悪化して死んだ……? ……いや、だいたい私が見てきた人は死んでないっていうか、そもそもこの1年ってなんだ。
「……そんなに前から現れてましたっけ?」
「そうだよ。あの子が現れる場所はだいたい決まっていてね。見た者に死を運ぶ、そんな存在だった……はずなんだ。ただそれが変わったのがつい最近。……会ってもね、死ななくなったんだよ。なぜ、そんな風に変わったのか。それが興味深くてね、だから追いかけているんだ」
……それは、きっと私が現れてからの話だ。……ということは。どうやら先代(?)が、いる……?
今、所用でとっても忙しいです!
3日に1度くらいのペースは守りたいと思っているんですが……
 




