オカルト研究部も天文学部も大きく見たら同じもの
「ねえ莉瑚ちゃん、どういうこと?」
「あのね、優佳里、聞いて?」
「ど・う・い・う・こ・と?」
「だからそれをまず聞いてって」
「ふざけないで!!」
「いやこれもうふざけてるのそっちでしょ。聞けや」
私はそこまで続けて、横でやり取りを見ていた紗姫に助けを求めた。ヘルプヘルプ。だけど紗姫は、なんだかとても疲れた顔をしていた。きっと今鏡を見たら、私も紗姫と同じような表情をしてると思う。
「……で、朝からなんでこんなめんどくさいやり取りしてるの? 浮気でもバレたの?」
「浮気はしてないけど……夜中に外出するのが駄目だって」
「オカンか! ……あーでもそっか。莉瑚は最近、夜間外出激しいみたいだしねー。そりゃ怒られるわ。外出ねーなんでだろーなー」
ちっ、こやつ援軍だと思ったら敵艦隊のだった。だが予想通り。
私はごそごそとかばんから私の無罪を証明する物的証拠を取り出し、机の上に叩きつけた。……くらえ!
「ほら見て! これが張り込みのしおり! 今日はね、ちゃんとした部としての活動なんだから」
「……何この23時半集合、3時解散って!? これがちゃんとしてる部の活動!?」
「まあその意見はわかるけど」
うん。そうだね。おかしいね。……しまった。出す物を間違えたかもしれない。これはもう自力で切り抜けるしかない。いつの時代も、最後に頼れるのは自分1人なんだ。
「……でも優佳里、落ち着いて考えてみて。天文学部とか、夜に活動するよね? それと一緒じゃない? あれもちゃんとした部活動だよ。怪しいって言ったら天文学部のみんなに失礼だよ」
「いや! ……あれ……? そうなの……?」
お、いけそうじゃない? 私は優佳里の手を取って、ぎゅっと握った。
「ほら幽霊って昼より夜に出るじゃない。星みたいなものだよ。うんたぶんそう。だって幽霊もなぜか暗闇でもよく見えるしきっと光ってるんだと思う」
たぶんというか絶対同じものじゃないと思うけど、ここでは事実がどうかは問題ではない。大切なのは、相手が納得するかどうかだ。
「でも危ないと思う……」
「だからみんなで一緒に行動するから。ほら、あんパン食べて」
「うん……」
……勝った。もしゃもしゃとあんパンを食べて大人しくなった優佳里を眺めて、私は満足げにうなずいた。あんパン偉大。また買い足しておこう。
一方、紗姫はニヤニヤと笑いながら肩を叩いてきた。
「よかったねー。……まあ、いつもと違って多人数で動くんでしょ? なら大丈夫じゃない?」
「そうかも……い、いや、いつも出てないから。私の家の門限は夜9時だから」
「あっそう。お気をつけて」
* * * * * * * * * * * *
……さて。私は自分の部屋で、持ち物について最終確認を行う。……リュックよし、あんパンよし、牛乳よし。今夜の降水確率20%。曇り。傘は必要なし。
壁にかけてある時計を見ると、もういつの間にか夜の11時過ぎだった。……これで、飛べないと遅刻は確定してしまうことになる。じゃあ、出発しますか。
えーっと、危機感危機感。ここで飛ばないと、夜間の見張りに行けない。……それって何かまずい? あんまりまずいことが思い浮かばないな……。あ、そうだ。行かないと怪しまれるんじゃないかな? 部長とかに怪しまれるのって、できたら避けた方がよさそう、とかどう?
次の瞬間、私はリュックを背負ったまま、真っ暗な社務所の裏側に立っていた。
おおー。だんだん慣れてきてるのかな? あっさり。そして私のすぐ目の前には、社務所の陰に隠れて井戸の方を窺っている、誰かの後ろ姿が。それも2人。客観的に見ると、とても怪しい。
……部長と森河くんだ。今日も副部長は一番遅いらしい。その副部長を除くと私が一番最後だったという事実には気づかないふりをしておくこととした。しかしそうか、あそこを見張るとなるとここからになるのか。ちょっと飛ぶ先を失敗してしまったかも。まあいいか。
私は2人の後ろからそっと声をかける。……夜なのでできるだけ控えめに。いつ何時でも社会常識は大切だ。
「あの、お疲れ様です」
「……うわっ……!! って天尾さんか……って!? 天尾さんどっから来たの!? いきなり後ろにいるとかおかしくない!? 見張ってたのに!!」
「ああ、莉瑚くん。お疲れ様。よく来てくれたね」
深夜なのに大声で騒いでいる森河くんと静かに微笑んでくれた部長。まったく、森河くんは奇怪な言動が目立つよね。社会常識とかないのかな? 来年までには直そう。
「森河くんうるさい……。部長はいつくらいに着かれたんですか?」
「ははは、22時半にはスタンバイしていたよ。今のところ怪しいものは現れていないね」
少しして副部長も合流し、私たちは社務所の陰からじーっと井戸を見つめた。4人で隠れていると、そんなにスペースがあるわけじゃないのでちょっと狭い。ここから見る井戸は、遠くの境内の灯りに照らされて、暗闇の中にぼうっと浮かび上がっているように見える。ホーホッホー、と真っ暗な中、どこかで謎の鳥の声がした。
「しかし、ここからだとあの井戸と大木くらいしか見張るところがないですね」
「まあ、行きたければ向こうの境内の方に行ってきてもいいよ。多分何もいないだろうけどね」
「ここには、何かいると?」
「そのはずなんだけどねえ……今はいるのかどうか」
「……どういうことですか?」
「うーん……どう説明したものかな。……ここの神社の井戸にはね、もともと骨の河童が住んでいるという伝説があってね」
「骨の河童って何なんですか」
「そのまま、河童の骨みたいなやつらしい。自分のことを見た相手のことを呪うんだとさ」
「呪われると……?」
「キュウリを見るとよだれを垂らしながら逆立ちするようになるそうだ」
「うわぁ……。……対策は?」
「そのままだよ、キュウリをお供えしたらいいんだとさ。……ところがね、ここ5年ほどの間で、なぜかとんと見なくなったんだって」
朗報だ。しかし見なくなったの結構最近だな……。なんか家に巣作ってたツバメみたいな言われっぷりじゃない? そういや最近来ないね、みたいな。
「それって成仏したんじゃないですか?」
「幽霊と妖怪を一緒にしてはいけないな。妖怪は不可思議な力を持つ存在だが、成仏して消えるといった類のものではないよ。彼らにはね、ちゃんと実体がある」
なるほど。そうすると私って亡霊みたいな扱いをされてるけど、じつは妖怪の範疇なのかもしれない。どっちも大差ないんじゃないかと思うけど、そう言うと部長に怒られてしまうみたいだし。
「……そういえば話は変わるけどさ、天尾さんってなんでさっきからずっと黙ってるの?」
余計なことを森河くんが言ってきたので、私はじろりとそちらを睨みつけた。彼は幽霊と妖怪の区別もつかない上に、どうやら言ってもいいことと悪いことの区別もつかないらしい。なんてやつなんだ。
「え、いや、だからなんでさ」
面倒になった私は、その場から離脱して境内の方を見回りに行くこととした。ついでに、森河くんがこの世から消滅することを祈って来よう。というかこれ境内の方から見張ってもいいのでは? ……あ、でもあっちは階段が近いから人が来たら見つかりやすいのか。
境内に行く途中に井戸のそばを通るので、横目でちらりとそちらを見てみる。妖怪に分類されることが先ほど判明した今の私なら、骨の河童とも仲良くできる気がした。しかし、井戸は何もおかしな様子はない。……日中の方が雰囲気が怪しいってどうなってるんだろう。怪奇スポットの風上にも置けない。
何事もなく井戸の横を通過した私は、この前と同じように境内にやってきた。そのまま目を閉じて、手を合わせる。どうか、クラスメイトが社会常識を身に着けてくれますように。
そして目を開けると。青白い顔をした誰かが、下から首を曲げて私の顔を覗き込んでいた。
「……っ!?」
ぎぎぎ、と私はその覗き込んできた誰かの方に顔を向ける。……その誰かは、私より小さな女の子で、血色はめちゃくちゃ悪い。目だけがぎょろりと大きく、服装は白いブラウスとスカート。なんか服が全体的に濡れてる気がする。ぽたりぽたり、とその裾からは雫が滴っていた。……今日って、雨降ってたっけ……?
そして、その誰かは背伸びしてこちらを覗き込んだままの体勢で、首をこくりと傾げた。
「お姉ちゃん。どうしてこんな時間にこんな場所にいるの」
「……そっくりそのまま私が聞きたい」
「私はいいんだよ。ここに住んでるんだから」
「ここに……?」
私はそう言われてあらためて周りを見渡す。あたりは、いつからだろう、まるで廃墟のようにしんと静まり返っていた。……ここっていっても、境内と、真っ暗に閉じられた社務所と、遠くに見える井戸しかないんだけど。私はとりあえず社務所を指さした。ここでありますように。
「はずれ」
その子の口が、三日月のように頬まで裂けた。やたらギザギザの歯が、その間からちらりと見える。……あっ、じゃあいいです。もう残りのどっちでも怖いんで。
「でもここに人が来るなんて珍しいね、普通は入れないんだけどなぁ」
「あんまり来ない……?」
「うん。でも、そういえばちょっと前に迷子が来たっけ。あれはかわいそうだったなぁ。ああかわいそう、かわいそう」
「……迷子?」
「私より大きいのにわんわん泣いてるから、出口まで道案内してあげたの」
「あれ偉い」
おお、生きたまま踊り食いしたら泣いてた、みたいなこと言いだすのかと思ったら普通に親切だった。私が思ったよりもなかなかいい人(?)らしい。
「でもよく考えたら……帰すんじゃなかったなぁ……」
「……」
バリバリ、と歯ぎしりのような音が聞こえる。そうですね、と言ったらなんだかまずい気がした。このままでもまずそうだ。えーっとえーっと。
そして、ふと、ぎょろりとその子の目が私に向いた。そのままその目がすーっと細められる。……やばいやばいやばい。ジュラシックパークで、人間を認識した時のティラノサウルスがちょうど同じような目をしていた気がする。
私は急いでごそごそとリュックを探り、とっさに貢物を取り出した。
「ねえお姉ちゃん」
「あ、あんパンどうぞ」
「んっ」
ぐしゃっ、ぐしゃっ。音を立てて、包んであるビニールごとあんパンを食べるその子を、私は何も言えず見守った。……やばい。明らかに人外だ。そうか、私と遭遇していた人たちはこんな気分だったのか。私に対して冷たかった街の人々のことを、今なら全て許せる気がした。しかし、こんなのとおそらく同列だった私に唯一優しかった副部長の精神ってどうなってるの……? 逆に怖いぞ。
「おいしい!」
……ほんとに? 味した? ビニールの味じゃなく?
「それは良かったです」
「……ねえ」
「はい!」
「お姉ちゃんは、ここに何しに来たの?」
……人外を見張りに来た、という意味では「あなたを見に来ました」と言えなくもないんだけど。そう素直に言ってしまっていいものかどうか。まずい気もする。……そもそも、この人誰なんだろう。河童でも骨でもなくない……?




