入部案内と力の使い方について
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! なんで僕は入部できないんですか!?」
部長と私からの入部拒否に全力で叫ぶ森河くん。必死の形相がちょっと恐ろしい。……そんなにこのオカルト研究部って魅力的なんだろうか……?
そして、部長は森河くんの叫びに対し、目を閉じて首を振った。
「君を入れる理由が思い当たらないんだよ」
「そんなことないですよ! 僕だってこの部で活躍できますから!」
オカルト研究部で活躍するってどういう状況を指すんだろう。……悪霊に次々とりつかれるとか……? でもそれは副部長が得意そう。森河くんが入ったとしても部員4人なのにキャラが被ってしまう。じゃあ違うか。知識量に自信があるとか?
「森河くん、オカルト詳しかったりするの?」
「……えっ?」
「今の質問に即答できない時点で問題外だろう」
「い、いや、当たり前すぎて! 僕にそんなことを聞く人がまだいたんだってびっくりした『えっ?』ですよ!」
よくわからないけど、すごい自信だ……。そんな彼の熱意が部長に届いたのか、パチンと部長は指を鳴らした。
「いいだろう。どちらにせよ……この部に入りたければ自分が何をできるかをプレゼンしないといけないんだ。じゃあさっそくやってもらおうか」
「!? ……天尾さんもやったのそれ……?」
「えっ、うん、当然だよ」
当然そんなのしてるわけがない。表情が全く変わらず嘘をつけるのが私のチャームポイントなのだった。
……でもこのオカ研に入るためのプレゼンって、いったいどんなのが求められてるんだろう……? 金縛りにあった回数が人より多い? 幼いころに自分にしか見えない不思議な存在と遊んだことがある? あるいは今、事故物件に住んでいるとか? ……それとも、いっそのこと……それこそ、自分自身がオカルトな何かだ、みたいな――
そんな馬鹿らしいことを考えていた私は、森河くんのひそひそ声でふと現実に返った。
「……で、どんなのしたのさ?」
「もう、カンニングは駄目だよ森河くん」
「ふふ、彼女のプレゼンは最高だったよ。少し恥ずかしげだったのがまたよかったね。ああ、写真に収めていないのが残念だ」
「くっ……なぜ僕はその時その場に居合わせなかったんだ……」
架空のプレゼンに対して足踏みをし、大いに悔しがる森河くんはある意味ホラーだった。……怖い。他人が入部の際に話したことにそこまで興味示せるその熱意が怖い。この部に対して関心ありすぎでしょ。私が抜けたら譲ってあげるから、今はおとなしく帰ってほしい。
しかも森河くんは信じがたいことに、さらにそこから食い下がってみせた。こんなにオカ研に興味を示している彼が、なぜこれまで入部を一切考えていなかったのか。謎は深まるばかり。
「い、今、この部で困ってることはありませんか。それを僕が何とかしてみせます」
「残念だが全くないね」
首を振る部長。こちらはなんだかあからさまにそっけなくて、ちょっぴり恐ろしい。これは部の平穏のために、森河くんにはすぐ帰ってもらう方がよさそうだ。後でお詫びをするので、この場から去るようオブラートに包んで伝えよう。……でもどうしようか? あんまり直接的だと傷つけちゃうだろうし……。
「天尾さんは!? 困ってることあるよね?」
「あ、うん。ちょうど今、個人的に悩んでることは1つあるけど……ちょっと大きな声では言いづらいというか……」
「なに? いいから! 言ってよ!」
「……その、ね……。実は今、入部できないのに部室にいつまでも居座ってる人がいて……。早く出て行ってほしいの……」
「うおおぉぉ……」
……なんだか盛大に伝え方を誤った気がする。申し訳ない。
そこに、残り1人の部員である副部長が、いつも通り遅れてやってきた。副部長は教室の真ん中に仁王立ちしている森河くんを見て、少し目を丸くする。そしてなぜか森河くんは副部長をキッと睨みつけた。
「遅くなりました! ……あれ? 誰……?」
「あなたが年上男子ですか。僕はあなただけは認めませんからね」
「……えっ……どういう意味? 年上嫌いなの? で、ごめん……そもそも誰?」
「彼、入部希望らしいんだ」
「あ、そうなんですか? ……初めまして。俺は副部長の守家といいます。これからよろしく!」
「ぐっ……うぬぬ……」
ニコニコ笑って手を差し出す副部長を見て、森河くんはなぜか大いに葛藤した。そしてやがて、生のゴーヤを口いっぱいに頬張って噛み潰した後みたいに苦々しい表情のまま、副部長に向かって頭を下げる。
……なんて表情してんねん。うーん、入れないって言われても駄目、歓迎されても駄目。森河くんはいったいどうされたら満足なんだろう。もう彼のことが全く分からない。
「……いや、だから入れないってば」
「せっかく入りたいって来てくれたんでしょ!? なんで彼は駄目なんですか?」
「だって単なる人間みたいだし……」
「意味の分からない文句を言わないでください。俺が決めました。入部を認めますからね」
……おおー。意外に副部長強い。部長相手に押し切った。言いなりってわけでもないんだ。なんか押し切られてばかりってイメージあったけど、改めないといけない。
「まあ、それはどうでもいいや。……さて諸君、では改めて今日の議題について話そう。今週末の金曜日、つまり明日の夜に神社に張り込みする件についてだ」
森河くん入部の可否については、部長的にはあんまり大した用件ではなかったようで、すぐに話が変わった。それぞれの手元に私は資料を配る。
「夜って何時くらいですか? 20時くらい?」
新入部員森河くんの質問に対し、部長は私の作成したタイムスケジュールを見ながら答えた。
「……えーっと、集合時間は23時半だね。ちょうどいい時間帯だ。午前3時頃の解散を予定している」
「なんですかこの部? 頭おかしいんじゃないですか?」
「ちなみにこの集合時間を決めてくれたのは莉瑚くんだよ」
「……今のは『いい意味でおかしい』っていうことだから!」
私の方を振り向いてそう必死に弁解する森河くん。今日、この人の必死な表情をめちゃくちゃ見てる気がする。……いやでも、いい意味でおかしいってなに……? 彼の日本語は少々私には難解すぎる。
「で、集合場所が問題だね。下手な場所で集まると目的達成する前にしょっ引かれてしまうだろうし」
「神社の近くで集まれそうな場所か……」
現地集合に1票、と私はノートに書いて掲げておく。少し試したいこともあるし。別に集まっていく必要はないのでは。かえって目立つでしょ。
「なるほど確かに。現地にたどり着く前に捕まるような者は、我が部にはいないはずだ。では現地集合でいこうか! 質問は?」
「あの、捕まるってどういうことですか?」
「よし、では解散!」
色々質問してくる森河くんを適当にあしらい、私は帰路についた。もう明日は金曜日だし、いろいろ用意もしておかないといけない。私は帰りにスーパーに寄って必要そうな品を買いそろえる。
えーっと、張り込みならやっぱり軽食はあんパンと牛乳かなぁ……? でも1人で食べてたら、まるで私が食いしん坊みたいになってしまうか。考えた結果、人数分持っていくことにする。あ、副部長のだけコーヒー牛乳にしてあげよう。
……あ、そういえば。夜外出するために、優佳里に明日泊めてもらえるか聞いておこう。もし私の考えていることが正しかったら、自宅にいても大丈夫なはずではあるけど。保険は大事だ。
私はLINEで「明日泊まりに行きたいんだけど、大丈夫?」とメッセージを友人に送っておいた。……さて。ではさっそく自宅に帰って、1つ実験をせねば。これが成功するかどうかに、明日私が補導されるかどうかがかかっている。
私は帰宅後、いつものように自分の部屋のベッドに寝ころび、目を閉じた。何回かその状態で深呼吸をする。
……では、実験開始。さて、肝心の実験の内容はというと。ずばり、この「場所を移動する」能力を私の意思で使えないかというものだ。
前、神社に行ったとき。私は自分の能力をうまく使えるような、そんな感覚があった。森河くんの自宅に不法侵入したときも同じ。今なら飛べると、そんな確信が。そこで、どうしてそうなったのかを考えてみたんだけど。……これまでと、一体何が違ったのか。
……これはたぶん、危機感じゃないだろうか。空間を飛び超える力を使えないと、何か恐ろしいものに襲われてしまうし、恥ずかしい前科がついてしまうと、私が真剣に思ったから。
つまり、必死感というか、そういうものさえあれば……この能力を私は自分の意志で使えるのでは? まあ、駄目で元々。試しにやってみようじゃない。……そして、私はベッドに寝ころんだまま、大いに焦り始めた。
…………ところが、私的には焦っているつもりなのに全然見える景色は変わらない。目の前に広がるのは、いつまでたっても自分の部屋の天井のまま。ひょっとして、私の推論は間違っていたのだろうか。それとも危機感が足りないの? でもそんな危機感なんて……。
そのとき不意に、ブーン、と枕元で携帯が震えた。……あ、優佳里からだ。なんだろう? 泊めてくれる、って返事だろうか?
『いいよー。でも急にどうしたの?』
……どうして泊まりたいか。それは夜中に外出したいから。そう素直に答えたらどうなるだろう。「よし! 行ってこい!」とはならない気がした。……でもどちらにせよ、明日の夜は外に抜け出すわけだし……。今言っておいた方が傷は浅い?
「部活で夜中に外に出たいから……っと」
……しまった。ちょっと利用してる感が出てしまったかもしれない。ただもう送ってしまったものは仕方がない。優佳里はそんなことで怒るような子じゃないって私は信じてる。うん。……そうだ、優佳里の分もあんパンを買っていったら笑って許してくれるんじゃないかな。
しかし、私が携帯を置こうとした瞬間、すぐさま電話が鳴った。……優佳里だ。……し、信じてるから……。
「もしもし、優佳――」
「莉瑚ちゃん、どういうこと?」
「えっと、送ったとおりだけど。ひょっとして読めない漢字とか、あった?」
「夜中に部活? まだ危ないことしてるの?」
「いやこれは本当だって」
むしろ正直に言いすぎて、しまったと思ってるくらいなのに。
……しかし私がそう答えると、優佳里の声の高さは急に1オクターブくらい下がった。まるでカラオケで高音を出すのを諦めた歌の下手な人みたいな、突然の急降下ぶりだった。
「……へえー……そう……」
「あの……優佳里? 優佳里さん?」
「明日、話あるから」
「えっと……ねえ、聞いて? あ、そうだ。優佳里ってあんパン好き?」
ツーツー、といつの間にか電話は切れていた。
……やばい。怒ってる。……これ絶対泊めてもらえないわ。しかもなんか明日教室で詰められそう。夜遊びを級友に詰められる私。母親と不良娘かな?
……しかし、泊めてもらえないのなら。絶対にここで私は実験に成功しなければならない。もしくは家を深夜に抜け出して、補導されずに神社に辿り着くか。しかし、家から神社はだいたい2キロ弱ある。歩くとするとけっこう危険性は高いかもしれない。
……最近私の前科が危険にさらされる回数多くない? このままだとヤバい気がする。そりゃ少年院に入れられたりしたら脱出しないとって危機感は沸いてくると思うんだけど、たぶんそういうことじゃないよね……って。……おや? なんか今、行けそう? ふわっとそんな感じするけど。……どうだろう。このままあの神社に行ける? えいや。
私はぱっちりと目を開ける。すると、目に入るのは暗くなり始めた空と、風に揺れる大きな木の枝。背中にはじゃりじゃりとした砂利の感触。寝ころんだままの私の髪の毛を、時折吹く冷たい風が揺らす。そのまま息を吸いこむと、どこか、夕暮れ時の匂いがした。
……いつの間にか、私はあの神社の井戸の近くに横たわっていた。無事転移したらしい。
よしよし実験成功。これで、明日も同じように飛んでこれば、途中で補導される心配はない。ただ、飛んでくるところを見られないようにしないとなので、周りから見えない場所に飛ぶ必要がある。
私は周りを調べまわった結果、社務所の裏の陰を着地予定地点に定め、大きくうなずいた。……よし。じゃあ、私の部屋に戻ろうか。えーっと、危機感、危機感。早く戻らないとまずいぞ。……何がまずい? たとえば、今神社の敷地の隅っこに立ってる私を優佳里に見られたら、怪しすぎて弁解できない気がする。何も言ってくれないなら絶交する、と言われてしまうかも。それは困る。……あ。ふわっとまた飛べそうな感覚来た。これ戻れるんじゃないかな? とりあえず。
もう1度目を閉じて、開けると。果たして、私は自分の部屋に無事戻ってきていた。
うーん……どこか嫌な使いこなし方だけど、無事に使用できそうだ。ということは明日、私は自分の部屋のベッドに横たわって、何か不安な出来事について考えないといけないらしい。
私はそれでも少しほっとしながら、明日の支度をして、早めの眠りについた。明日は遅くなりそうだし。しかし、私の意思で能力を使えるとなると、ちょっと安心するけど、安心してると使えないのか。難しい。私は安心と不安がちょうど半分になったようなおかしな状態で、それでもすぐに意識を手放した。……おやすみなさい。どうか、明日が晴れますように。
なんと今話で神社に特攻できませんでした……
次回はします。




