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プロローグ(上)

私の中ではこれはギリギリ恋愛ものです。たぶん……そうだといいな……。


「――困った人を見たら助けてあげなさい。そうすれば、いつか自分にも返ってくるから」





 今までの人生で、そんな言葉を聞いたことはないだろうか。けっこう多数の人はあると思う。要するに「情けは人の為ならず」ってあれ。


 かく言う私も、祖母から四六時中その言葉を言われながら育った。小さい頃の私はそれはそれは素直な子だったので、そんな人間になるんだ! と思ったものだ。そう、みんなが困っているならそっと手を差し伸べる、そんな存在に。……今なら「面倒なことはやめておくんだ私よ」と一言アドバイスをしたい。が、そんなことは私が高校生となった今となっては、もう手遅れだ。





* * * * * * * * * * * *





 ――怪異の始まりは、唐突だった。


 夜、もう日付が変わろうとしている頃。自室でベッドにもそもそと潜り込んだ私が天井を見上げると、いつの間にか、私は街角に立っていた。


 意味が分からな過ぎて何度かまばたきをしたけど、私の自室に戻れるような雰囲気は一向になく。周りの景色を見渡すと、ここが自分の家から2キロほど離れた道路だということがわかった。それはわかるが……ただ、自分がどうやってここに来たかは、わからなかった。


 わけがわからない。よって、これは夢だという結論に達する。ならいいか。……夢ならもっと楽しいのがいいんだけど。よいしょ、ととりあえずガードレールに軽く腰掛ける。固く冷たい感触がお尻に返ってきて、リアルな夢だと少しだけ驚いた。


 そうしていると、ふと私の目の前を、誰か知らない人が歩いていくのが目に入る。その先で、その人がバイクに轢かれる事故に遭うと、なぜかはわからないが私には()()()。私はその人に駆け寄り、注意をする。事故に遭うから、これから先に進まないようにと。びっくりさせないよう、精一杯の笑顔とともにそう言ったつもりだった。……しかし、私の口から出てきたのはなんだかよくわからない言葉だけ。


「――まともに規則も覚えないあなたは、事象に邂逅する」


 当然ながら通じなかった。何言ってるんだ私。言ってる私に意味が分からないなら他人にわかるわけもなかった。それでも袖を引っ張ったり前に立ちふさがってみたりはしたものの。ぐいっと突き飛ばされてそのまま行かれてしまう。




 ……そして、結果としてその人は、いきなり突っ込んできたバイクに思いっきり轢かれた。私が見た通りに。流れた血が路面を赤黒くじわりと染める。遠くから、バタバタと誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえた。







「……っ!」


 ばっと身を起こすと、そこは暗い私の自室だった。チッ、チッと時計がやけに大きく音を立てるのが聞こえる。……やけにリアルな夢だった。人がはねられて道路に叩きつけられる「ぐしゃり」という鈍い音までも。






 それだけなら、きっと夢見が悪いの一言で片づけられたのだろうけど。その日の夕刊をたまたま手に取った時。目に入った記事が何気なく目に入り、ふと違和感を覚えた。……事故で通行人が骨折。まあ、ここまではよくある話だ。


 ……引っかかったのは、事故現場だった。私が昨日立っていて、バイクが突っ込んだ、あの道路だ。……昨日の今日で? ……いやいや、偶然ということもあるだろう。それに、あんなことがそう何度も起こるわけがない。




 ところがその5日後も、そのまた1週間後も。同じようなことが起こった。それも決まって私が自室にいて眠りにつこうとしているとき、いつの間にかどこか違う場所にいて。そこで誰かがドブに転げ落ちたり、怪我をしたりする未来を見る。相手に忠告しても、私の口からは変な言葉が出てくるだけ。当然のように聞いてはもらえず、そのまま不運は起こる。そして毎回、私はそれをそばで見る。


 ……なんてことだろう。自室のベッドといえば一番安心できる場所のはずなのに。私の聖域が謎の怪異に侵されてしまっている。これでは安心して眠ることもできない。……と言いつつも7時間は寝てるけど。いつもに比べれば短い、という意味では私にとっては一大事である。さすがに私にも人の不幸を見物して楽しむ趣味はない。夢見も悪くなろうというものだ。








 ……というわけで。私は睡眠不足もあって、このところちょっぴりご機嫌斜めなのだった。授業時間を全て睡眠時間にあててはみたものの、あまりぐっすり眠れた感じもしない。教室の机と椅子はどうやら人が熟睡できるようには作られていないらしかった。


 そんな私の席の横で、いつの間にか、友人である遠井優佳里(とおいゆかり)がさっきから真剣な顔をして何かを話しているのにふと気づく。……ちょっと悪かったかな。スルーしてしまってた。……ただ、いまさらながらに耳を傾けてみると、その内容はあまり真剣なものではないようだった。




「――ねえ、この話聞いた? 歩いてると目の前にね、いきなり知らない女の子が現れるって話。一瞬前にはそこにいなかったはずなのに、突然。で、意味の分からない言葉を、しつこく付きまといながら耳元で囁いてくるんだって……笑いながら。何度も何度も。で、言われた人はその直後、トラックに轢かれてぐっちゃぐちゃになって死んじゃった……って。この前隣の高校の人がそんな目に遭ったんだって……。それで、大勢目撃者がいたはずなのにその子がどこに行ったかは、なぜかその場の誰も見てないらしいよ。ひょっとしてその子って死神で、囁かれたのって呪いの言葉だったりして……。……怖くない?」


 ……確か最初の時にバイクに轢かれた人間が、隣の高校のっぽい制服を着ていた気がする。……これたぶん私だ……。でも、1つだけいいだろうか。死んでない。それなのに私って死を告げる霊みたいに言われてるらしい。あんなに頑張って引き留めたのに。悲しい。


 ……私は別に事故に遭う人に付きまとってなんてない。ただちょっと隣で何回か注意しただけだ。事故に遭ったのは聞かなかった相手の責任だと思う。……うん。……たぶん……。


 ついでに言うとあの時突っ込んできたのは50ccの原付である。どれだけ盛ればトラックになるのか。話の内容よりも、その盛り具合が怖い。私はまさしくデマが世に広がる瞬間を目にしているらしかった。なんてことだろう。しかも私の友人がその罪の一端を担ってしまっているなんて。




 私は教科書をかばんに詰め終えると、友人を罪から救うべく、冷たい目で彼女の顔をちらりと見た。


「その噂いったい誰目線での話なの。本人死んでるじゃない」


「もう、莉瑚(りこ)ちゃん、ちょっとは乗ってきてくれないと。……いい? 怖い話っていうのはね、細かいことを気にしちゃ駄目なんだよ? どうしてジャ〇おじさんのパン工場は敵に燃やされないの? っていちいち聞かないでしょ? もっと大人になろ?」


「あ、私が駄目なんだ。……燃えたらちょっと面白いとは思うかな」


 それに空飛ぶパンの人の方はそもそも怖い話じゃ……あ、でも自分の頭をちぎって食べさせてくれるのはある意味怖いか。目の前にそういう存在が飛んできて渡されても、私はきっと素直に食べられないだろう。「このパンはいったいいつ焼かれたものかな?」って考えてしまいそう。小さい頃の私くらいに素直だったら、あるいは疑問も抱かなかったかもしれないけど。




 優佳里は、何か不満があるらしく、私をむくれたようにじーっと睨みつけた。その茶色がかったふわふわで長めの髪の毛が、少し揺れる。彼女は、窓際の自席に座る私を見下ろした後、なぜか大げさに溜息をついた。


「もー! 素直じゃないよね! いっつもひねくれすぎ!」


「私だって少し前は素直って言われてたよ」


「……少し前っていつ?」


「……幼稚園くらい」


「よく真顔で言えたよねそれ……ほんと素直じゃないんだから……。でも私、莉瑚ちゃんがほんとはいい子だって知ってるからね」


 そう言われて、小さい頃祖母に同じことを言われたのを一瞬思い出した。その時の私は素直に喜んだものだ。セピア色の思い出の中で、昔の私は曇りなくきらきらと笑っていた。……いや待って、これいったい誰目線なの。





 ふう、と溜息をついて私はもう1度窓の外を見る。するとガラスの窓に薄く映った自分の顔が、私をぼんやりと見つめ返してきた。無表情で地味だと言われる、見慣れた私の顔だ。目立たないのは身長が低いのも関係ある気がする。ただ両方とも生まれつきだ、嘆いても仕方ない。望むことはたくさんあるけど。


 ……視線をそのまま外にやる。夕焼けがグラウンドを赤く染め、次第に暗くなっていく外の景色を見ていると、今くらいの時間帯にこの前見かけたおかしな光景を思い出した。夕闇の街にぴょんぴょんと消えていく、非日常な存在を。




 先ほどつれない返事をしたお詫びもかねて、私は精いっぱいの笑顔(?)で優佳里に話しかけてみた。数少ない私の人間関係を順調に維持するためには、いつの日も早めのフォローが大切なのである。


「そういえば、私この前、街の中で角の生えたウサギ見た。あれなんだったのかな」


「え、なにそれなにそれっ!? キメラってこと? 改造生物!? この街にもついに悪の秘密組織ができたのかなっ!?」


 果たして、私の予想通りに彼女は喜んだ。が、その喜び方は予想以上だった。きらきらとその瞳が輝いている。……いやいや。


「……なんでそんなに嬉しそうなの?」


 ひょっとして、悪の組織に入団希望でもあるのだろうか。進路調査に絶対書けない夢を友人が抱いてるとしたら、私ちょっとその事実は受け止めきれない。


「それでそれで? そのウサギは?」


 じーっと優佳里は顔を至近距離まで近づけ、私の方を覗き込んでくる。ふわっと、微かに甘い香りがした。私はおでこが当たりそうなくらい近くにある彼女の顔を見返す。いやいやさすがに近すぎない……? どれだけ興味あるんだ。


「いや、すぐに見えなくなったけど。それで話は終わり」


「追いかけて! そこは追いかけないと!! 絶対その先には何か壮大なドラマの始まりがあったはずなのに!!!」


「不思議の国のアリスじゃないんだから……」


 それに、もう不思議はお腹いっぱいなんだってば。私はもう1度、目立たないように溜息をついた。……優佳里は、噂の主が実は私だと知ったら、いったいどんな顔をするだろう。悪の組織の幹部に夢を抱く彼女なら、あるいは笑ってくれるだろうか。……あれ? 別に幹部とは言ってなかったっけ? ……なるほど、こうしてデマは作られていくらしい。









紗姫(さき)ちゃん、今日は委員会で遅くなるんだって!」


 私と優佳里は下駄箱へ向かいながら、明日の学食のメニューがどうだ、育休に入っている先生の代わりはいつ来るのかなど、とりとめない話を続けた。ところが、急に彼女はぴたりと足を止める。私が振り返ると、彼女は既に踵を返して廊下を戻るところだった。素早い。


「ごめんちょっと忘れ物! すぐ追いつくから玄関で待ってて!!」


 そう言うが早いか教室の方に駆けていく優佳里。それを見送った私は、不意に嫌な予感に襲われた。あ。これ、まただ。そのままゆらりと視界が揺らぐ。……あ。あ。ちょっと。……いやいやここでも!? 私の部屋がアレとかじゃないの!? ……まさか、わ、私がアレなの……? そのショックにちょっと足がよろめいた。……まあ、部屋がアレでも嫌なのは嫌だけど。


 ……いや待て。そうか、単なる立ちくらみという可能性もある。きっと顔を上げたら何も起こっていないはず。私はそう希望を持って思い切って前を向いた。








 ――次の瞬間。目をつぶったわけでもないのに、一瞬で景色が切り替わる。




3話目までは今日投下します!


それ以降は数日おき……目標で。

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