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不自由な風の楔

 


(思いの外時間がかかってしまった)


 シュウヤと決闘して破壊された仮面を『アルゲの町』に瞬間転移して直してもらう事丸一日。

 翌日の昼間に『トーズの町』へ戻るつもりだったが、その前にやって来たのは『クロッシュの町』。

 祖父の屋敷、隠された中庭。

 一度来た事のある場所ならば自由に行き来出来る、オリバーの『バレては困るスキル』の一つ。


「シヅア様」

『…………』


 萌葱色にダイヤ型の細い線が入った瞳が開く。

 口許には意地の悪そうな笑み。

 だが、歓迎はされていない。

 そういう顔だ。


「折り入ってご相談があります」

『たまに話に来いとァ、言ったが……雑談に来たって感じじゃあねぇなぁ?』

「ドラゴンに会いました。人の姿になる、ドラゴンに」

『…………』


 ニヤついた表情が一変した。

 一瞬目を見開いたように思う。

 直後、無表情になった。


『…………色は?』

「い、色?」

『髪と目の色だ。名乗ったか?』

「え、ええと……確か……黄土色の髪と目」

『バアル……!』

「…………」


 風がざわっと騒いだあと、突然凪ぐ。

 しかし殺気が満ちていた。

 強く、深く、激しい。


(ドラゴンもシヅア様の名前を口にしていたから、知り合いだと思っていたけれど……)


 思っていた以上に、友好とは真逆の関係性らしい。


「そ、そのドラゴンが言っていたんです。俺は転生者で、『同盟者(セイバー)』と『禍呪者(カラミティ)』どちらになるのか、とか……ドラゴンは『澱みの災魔』だ、とか……分からない言葉ばかりで混乱していて……。あの、どういう意味なのか、分かりますか? あのドラゴンはシヅア様の事を知っているようで……」

『はあ? お前、転生者だったのか? よその世界から……? 記憶は?』

「……、……あ、あります」

『マジか。…………そうか、だから霊力を持っていたんだな。チッ、なんだよ、そういう事かよ……』

「あ、あのう?」


 舌打ちした挙句に顔を背けられる。

 転生者だとなにかまずいのだろうか?


(えぇ? 俺以外にもシュウヤという転生者がいるんですけど……これやっぱりシュウヤにも話してからの方が良かったのかな?)


 正直シュウヤとはあまり関わり合いになりたくない。

 だがシヅアのこの反応を見る限り、それは許されないようだ。

 初めて会った時とは打って変わって深刻そうな表情を浮かべる聖霊シヅア。

 少し考え込むような素振りのあと、頭をボリボリとかき始める。


『転生者が現れ、バアルが目を覚ましているっつー事はアレだ。開門が近い』

「開門?」

『色々説明が長くなるが……そもそもこの時代の奴らは千年前の事をどのくらい覚えて──……』

「……!?」


『探索』魔法が背筋が一瞬で冷えるような巨大な反応を捉えた。

 方角は南南東。

 あまりにも大きい。

 スピードはゆっくりなものと、今、すさまじいスピードで移動してくる二種類。


「なんだ、これ……」

『感知したか? やるじゃねえか。片方は間違いなくバアルの野郎だ。オレ様の居場所がバレてやがるな』

「え? バアルって、あのドラゴン……? シヅア様の事を狙ってるんですか!?」

『…………』

「…………」


 目を背けられる。

 それは肯定という事なのか。


「シ、シヅア様……」

『…………お前、ドラゴンと戦う覚悟はあるか? 言っておくがオレ様とお前の力を合わせても、バアルには勝てない。それでも戦うか、十秒以内に決めろ』

「えっ」

『本来なら詳しい事情を全部話した上で……覚悟を決めさせる。でも時間がねぇ。オレ様はこのまま、あの野郎の思い通りにやられるわけにゃいかねぇ! だがオレ様は一人では戦えねぇ! 器になる人間の力が必要だ』

「っ」

『すぐに決めろ!』


 ドラゴンが恐ろしい速さで近づいてくる。

 あと一分もしないうちに『クロッシュの町』に到達するだろう。

 ドラゴンが来たらどうなる?


(……っ)


 脳裏に浮かぶのはオリバーが五歳の時に起きた『ドラゴン帝都強襲事件』。

 帝都の人口を七割近くが死傷し、行方不明になったまだ浅い公帝国の歴史に残る大事件だ。

 この町は帝都に近い規模。

 数千人が犠牲になるのではないか?

 それは、さすがに──……。


「戦います! この町は俺の第二の故郷です! 祖父も伯母も住んでいる……!」

『おっしゃ、決まりだ! そうこねぇとなぁ! ……お前なら大丈夫だろ、多分!』

「? は、はい!」


 よく分からないまま返事をしたが、やはりドラゴンが近づいてくるスピードは普通ではない。

 間もなく到達する。

 焦る気持ちに蓋でもするように、シヅアが拳をオリバーの胸に突きつけてきた。


『繰り返せ。──自由の楔にこの身を委ね、我……えーと名前はオリバー……だっけ? ……は聖霊シヅアへと命かしづきて』

「え、あ、は、はい。自由の楔にこの身を委ね、我……オリバー・ルークトーズは聖霊シヅアへと命かしづきて……」


 かしこまった言い方だ。

 オリバーの、前世の言葉に似ている。


『……この身を聖霊シヅアと折半し、決して穢れず、決して堕ちず、使命をまっとうし、世界の均衡を守るとここに誓い奉る』

「この身を聖霊シヅアと折半し、決して穢れず、決して堕ちず、使命をまっとうし、世界の均衡を守るとここに誓い奉る……」


 穢れず。堕ちず。


(……アレだろうか。こちら側に堕ちて、『禍呪者(カラミティ)』になるか、というやつ……)


 使命をまっとうし。世界の均衡を守ると誓う。


(シヅア様と契約して……俺がこれからなるのは、『同盟者(セイバー)』……かな……?)


 使命……世界の均衡を守る事、とは別なのだろうか?

 分からない事が多い。

 だがそれも、まずはドラゴンを退けてから。


『先に言った通り契約しても俺様とお前の力を合わせたところでバアルを倒す事は出来ねぇ』

「っ!」

『だが退けるために命を賭ける事は出来る。俺様と、お前で』


 それしか出来ない。

 そう、萌黄色の瞳が物語る。


「……俺は諦めません。生きて退けます」

『……上等』


 光が集まる。

 思っていたよりも穏やかな光だ。


『あと契約破棄とか出来ねーからそのつもりでな』

「ぇ」

『我が神名を教えよう! 俺様の神名はリシュシーズァルール。さあ、引き抜けこの『霊槍クラッシュグロンガ』を!」

「? う、ウインド・ランスでは……」

『そりゃ人間どもが勝手につけた名前だ。あとコレは俺様の祭具じゃねえ。俺様の祭具はその下にある『霊暗器ウェリランディ』!』

「え? え?」


 怒涛の情報量に目を白黒させてしまう。

 しかし、とにかく言われた通りにしなければ。

 ドラゴンと、そしてもう一種類の『なにか』。


『使い方は教えてやる! クラッシュグロンガは預かり物だ、このままここに置いておけ! ともかく迎撃する! 俺様の神名を叫べ! 舞う!』

「へえ、あ、うー! は、はい!」


 どうにでもなれ。

 槍を引き抜く。するとその下の土が盛り上がり、浮き上がる。

 出てきたのはナイフだ。

 短剣ほど大きくもない。半透明な緑色の。


「これ、は?」

『これが俺様の祭具だ。『霊暗器ウェリランディ』……これで戦う事で『奉納』する』

「な、なにをですか」

『あとでまとめて説明してやる!』

「わ、分かりましたぁ! 『リシュシーズァルール』!」


 いったん考える事をやめる。

 言われた通りに彼女の神名とやらを叫ぶと、視界が真っ白になった。


『……え?』


 振り返る。

 泣き声が聞こえた気がした。


『あれ、は……』


 目を凝らす。

 真っ白な空間にうっすら繋ぎ目が見える。

 そこから黒い靄が溢れていた。

 確認しなくても分かる。瘴気だ。


 ──魔物は空間の狭間より湧き出て、いまだに人を脅かす──


 まさか、とその光景を見上げる。

 ここは、どこなのか。

 辺りを見回すが他になにもない。


「帰りなさい」

『!』


 声がして、その方向を向く。

 初老の男性が佇んでいた。

 白い法衣のような民族衣装は、どことなくシヅアが纏うものと似ている。

 色合いは青く、男性の髪と目も青い。

 伏せ目がちな瞳には丸い線が入っていた。

 これはとても悲しげに近づいてくる。


『あ、あの……』

「歌い手でもないのに、こんなところに来てはいけないよ」

『…………え、ええと、す、すみません……?』


 歌い手。

 またその単語だ。


(歌い手が来るところなのか……? 歌い手ってそもそもなんなんだろう? この人は? ここはどこなんだ? 一体なにがどうなって……)


 疑問が尽きない。

 シヅアに教わる前に、ここにきてしまった。

 目の前まで来たその男性は変わらずに、こちらを憐むように見下ろす。

 なぜこんな悲しい顔をされなければならないのだろう。


「すまない。本当ならばシヅアには荷が重かろう。だがどうか支えてやってはくれないだろうか。あれは気が強いが、とても優しくて真面目だ。どうか、本懐を遂げさせて欲しい」

『え? あ、は、はい? 俺に出来る事なら……?』

「……どうか歌い手を守ってくれ。こちらに来てはいけない。私を──……」

『あの……』

「…………ああ、もう、時間がない……」


 ぐちょり。

 嫌な音を立てて、男性の肌が黒く腐っていく。

 目を見開いて後ろに後退る。

 男性は始終、悲しげな表情のままだった。


「私ももう、呑まれる。頼む、どうか私とバアルを殺してくれ。歌い手を一刻も早くここに……だがツェレイラだけはここに連れてきてはいけない。絶対にだ」

『え、あ……』


 そもそも誰だ!

 叫びたい衝動を呑み込む。

 顔の半分を黒く塗り潰した男性は、白い光を捻り出すように手のひらの上に発した。

 それをふう、と息をかけてオリバーの方へ飛ばす。

 途端に、男性を侵食する黒の速度が上がった。


「帰りなさい」

『…………っ』


 体が薄くなる。

 彼は一体何者なのか。

 そしてここはどこなのか。

 シヅアと知り合いなのか。

 バアルというのはあのドラゴンのはず。

 分からない事ばかり。

 なに一つ答えが返ってこない。


「そして私とバアルを……」


 言葉が、声が途切れた。

 カチ、とスイッチが切り替わるかのように、意識が戻る。

 場所は空中。

 しかし、自分の体でありながら自分の意思では動かせない。

 いや、そもそも……空中に()()()()()()

 そんなバカな、と息を飲む。

『浮遊』ではこんなに高く浮かぶ事は出来ないし、『飛行』や『飛翔』でも同じ場所に浮かんでいる事は出来ない。

 この魔法はなんだ?

 それに、体の違和感。


「なんだ? ビビって意識ブッ飛んでたのか?」

(え?)


 自分の体のはずだ。

 しかし自分はこんな言葉は言わないし言っていない。

 そして、自分の顔が不敵に笑んでいるのが分かる。

 とても自分がしないような表情だ。

 目の前には巨大なドラゴンと……森に封じていたはずの巨大化したニズニア。

 目を見張る。

 なぜ、ニズニアがここに。


「体で覚えろ。今から俺様の祭具の使い方を教える」

(え? あ、え? い、今どうなって……!?)

『シヅア』


 地を這うような声がドラゴンから響いてくる。

 見下ろした先にいたのは、あのドラゴン……バアル。

 そして自分の格好も変わっていた。

 まるでシヅアが纏っていた、独特な白の民族衣装のような……そんな姿に。


『待タセタナァ、オ前ヲ、俺ト同ジトコロヘ招待スルゼ……』

「うるせぇ、寝言は寝て言え。そんでそのまま二度と目覚めんな、死ね!」

(く、口悪……)

『ハハハ……相変ワラズ、口悪ィナァ。デモ、マ、オ前ノ方カラ出テ来テクレテ良カッタゼ。探ス手間ガ省ケタ』

(!)


 やはり、このドラゴンはシヅアを狙って『クロッシュの町』を目指していたらしい。

 しかしなぜニズニアを伴って現れたのか。

 シヅアの感情がひどく昂っているのを感じる。

 不思議な感覚だ。

 今、自分はどういう状況なのだろう。


『十年前ダッタカ? クラガノ野郎ヲブッ殺シニ行ッタノニ、見ツカラナクテヨォ……町ハ粗方ブッ壊シタノニ』

「……!」

(十年前? クラガって誰だ? ……いや、ドラゴンが町を壊したって……あっ! まさか十三年前の『ドラゴン帝都襲撃事件』!?)

(は? そんな事あったのか?)


 頭の中に返事が返ってきた。

 真横で話しているような感覚に思わず「はい」と返事をしてしまう。

 シヅアはずっとクロッシュ公爵邸のあの奥まった庭にいたのだ、知らないのも無理ないのかもしれない。

 だが、オリバーが頷いた途端明らかに殺意が増した。……シヅアの。


「テッメェそこまで堕ちやがったか……! 俺様たちが器になる人間と契約しねぇとその場から動く事が出来ないと知っていて!」

『ハハハ……ソウトモ。一番強ェ聖霊ハ先ニブチ殺シテオカネェト、後々邪魔ニナンダロウ? 聖霊ヲ災魔ニ喰ワセレバ“ドラゴンニナル”。戦略的ニモ当タリ前ェジャネエカ』

「くっ!」

(……は?)


 聞き間違いだろうか?

 聖霊を、喰う。

 そう、聞こえた。


『シヅア、オ前ノ事モ今カラアレニ喰ワセテヤル……』


 ドラゴンが指したのはニズニアだ。

 元の姿が分からないほどに溶け、歪み、腐った魔物の姿。

 オリバーにとっては昔馴染みの『知り合い』だ。

 それがあんな無残な姿となり、なおかつシヅアを“喰わせられる”と。

 怒りが込み上げる。


(シヅア様を、ニズニアに喰わせるために……!? そんなおぞましい事のために、ニズニアを……!?)

(……そのようだな)


 喉を鳴らして笑うドラゴン。

 それはこの世でもっとも邪悪な災い。

 見下ろすオリバーの眼差しは、一切のぬくもりも慈悲もなくなる。


「「ぶっ飛ばす」」







 聖騎士と呼ばれる英雄が生まれた日。

 しかしそれはまた、のちの話として語られよう。

続編に続く。

多分またのんびり書き溜めてから調整して掲載しますが、主人公も変えますので話の雰囲気は別物となります。

設定などもお声をありがとうございます。

まだネタ出ししていないものもあるので、続編にくっつけようと思います。

閲覧ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] リリも嫁にしてやってくれよ。シューヤのことよりオリバーのことが好きみたいだし、可哀想。 読者全員リリの幸せ=嫁入りを望んでる。 頼んますよォ…(笑)正妻であるエルフィーが優しい目をしてた…
[気になる点] 結局シスコンの称号スキルのステータス増加は5倍ですか? 初めに出てきたのは5倍て書いていたのですが次の話で出たときは3倍になって最後でまた5倍となってました。 [一言] めっちゃ面白く…
[一言] 歌い手…エルフィーかな?
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