壊れた仮面
「はい、これが冒険者証です。一部では通行手形としても使用出来るわ。リリちゃんも登録するなら試験を受けられるけど、どうする?」
「え、えーっと、は、はい。それじゃあ……」
「分かったわ、じゃあオリバーの手当てが終わるまで、こちらに必要事項を記入していてね」
「はい。ありがとうございます」
カウンターで紙を受け取ったリリは、こっそりとカウンターの中でエルフィーに包帯を巻かれるオリバーを覗き見た。
ある程度は自身の治癒魔法で治したらしいが、骨ばかりはそうもいかない。
骨折も上級のものならある程度は治せる。
……ある程度、だ。
完全には治せないので、固定が必要となるのだ。
そのまま治せば骨が折れた角度で治癒されてしまうので。
「こんな感じで大丈夫でしょうか……?」
「うん、ありがとう」
「お、お鼻の骨は特に痛そうですね……」
「まあ、うん。でも見た目ほどではないよ」
「そ、それなら良かったです……」
穏やかなやりとりと、表情が見えてリリはほっと安堵の息を漏らす。
シュウヤと決闘、なんて事になると思わなかった。
なんでそんな事にと思い出しても頭を抱えてしまう。
「お待たせしました。じゃあ、運動場の方で試験をしましょう」
「え? 町の外じゃなくていいんですか?」
「ああ、シュウヤとのアレは私情が九割だったので。普段は運動場でゴーレムを倒してもらうだけなんですよ」
「おおい!」
「え、えぇ……」
私情九割。
笑顔でいう事ではない。
シュウヤじゃないが、ドン引きだ。
「…………」
それにしても、と包帯の巻かれた彼の顔を見つめてしまう。
包帯が巻かれているのに、その整った顔はまるでそれ含めて完成された美術品のようだった。
薄く澄んだ青い瞳。
黄金律とはこの事か、と納得してしまうような目鼻の位置。
白い包帯で隠れているはずなのに、逆にそれが色気を増しているような気さえする。
(カッコいい……)
気づけばとろん、とした顔で見つめていた。
何時間でも見ていられる。
いや、見ていたい。
綺麗で、美しくて、麗しくて……など、語彙が死んだような感想が頭を巡回する。
(いや、もう、色気がっ、色気がすっごぉい……やばぁい……す、素敵すぎない? はああぁ……て、手、指先も綺麗ぃ……! 唇柔らかそう……)
見つめれば見つめるほどダメ人間になりそうだった。
そういえば、彼は死後の世界で天輪に『世界一見目のよい姿として転生させる!』と言われていたな、と思い出す。
なるほど、美しすぎる。
それでなくともリリのオリバーへの好感度は、ぶっちゃけシュウヤよりも高いのだ。
無意識に口が半開きになり、よだれまで垂れてきている事をリリは気づいていない。
それにシュウヤが阿修羅のような顔になっている事にも。
そのどちらにも気づいているオリバーは、眉尻を下げた。
なんかとんでもなくおかしな状況になっている。
オリバーの『魅了』と『誘惑』に、正妻ヒロイン、リリがかかっているという、とてもわけの分からない状況に。
「リリ!」
「ほぁぁっ! ……え、な、なに!」
「なにじゃねーよなに見惚れてんだよ顔ゆるみまくってるぞどーしたよ俺相手にそんなとろけた表情した事ねーじゃんんっ」
「は、はあ? な、なに言ってんの! そ、そんな顔してないわよ!」
めちゃくちゃしてる。
現在進行形で目がとろんとなっている。
説得力皆無。
「…………ごめんね、俺、厄呪魔具の仮面をしていないと称号効果である『魅了』や『誘惑』が防げないんだ。さっきどこかの誰かに壊されてしまって」
「ンッ」
ジッと睨まれてシュウヤが口を噤む。
そう、オリバーの仮面を壊したのはこいつである。
「って、待て待て待てぇ!? 『魅了』や『誘惑』ぅ!? お前の顔面そんな事出来んのかよ!? ずりぃ!」
「うるさい殺す……いや、こほん……生まれつきの称号の付随スキルなんだから俺も本意ではないんだ。だから厄呪魔具で抑えてた。……ううん、先に厄呪魔具を直した方がやはりいいかな? 包帯で顔を隠す程度では、効果……なさそうだしね」
ちらり、とオリバーがリリを見下ろす。
その流し目で見られたリリは唐突にその場に座り込んだ。
ギョッとするその場の一同。
「リリ!?」
「…………腰、腰、抜けた……」
「嘘だろ!?」
(嘘でしょ……?)
オリバーの顔を見ていただけで、腰が抜ける?
オリバー、思わず目を閉じて悟り顔のまま天井を見上げる。
「厄呪魔具の仮面を直してくるよ……」
「そうした方がよさそうだな。……それにしても、お前そんな事になってたのか」
「手紙で書いたじゃないか」
「いや、実際見るとのじゃ、なぁ?」
「んー……」
ギルドマスターディッシュとそんな会話をして、オリバーは目の前のウィンドウを操作する。
薄いシャツとパンツ姿だったのが、一瞬で【蒼銀の衣】装備に変わった。
「……!!」
「っ!」
「ちょっとゴリッドさんのところに行ってくるよ。ゴーレムは用意しておくから、倒せたら冒険者登録の手続きをして欲しい。いいかな、リリさん」
「こ、声も良……その一瞬のかすれ声が、もう、腰に響……」
「……リ、リリさん?」
顔面を押さえて悶絶し始めた。
これはヤバイぞ、効果がじわじわ上がっている。
それもそのはずだ、『誘惑』は『魅了』や『求心力』に誘導する効果もあるのだ。
おそらくそれのせいだろう、リリの症状がどんどん悪化している。
「…………決闘だ……」
「は、はあ?」
「決闘だ! 決闘! リリをこんなふうにしやがって!」
「いや、だから称号スキルの効果……」
「その顔面ぶっ潰せば消えるだろう!?」
「!」
「オリバー、なに『その手があったか』みたいな顔してんだ」
「シュウヤ……? あんたなに言ってるの?」
「ひっ! リ、リリ……!」
オリバーの顔面を潰す?
ゾンビのようにふらりと立ち上がり、シュウヤの首を後ろから掴むリリ。
その表情は正妻ヒロインとしていかがなものかと思われるレベル。
「そんな事したらあたしがあんたの顔を潰す!!」
「ギャーーーー!」
「…………。行ってきます」
「ん、おう」
オリバーは丸一日帰ってこなかったし、リリは冒険者になれた。