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再告白


 その日、久しぶりに前世の夢を見た。

 エルフィーに出会ってから、ほとんど見ていなかったのだと今更思い出す。

 前世の自分がページをめくってる。

 読んでいたのは『ワイルド・ピンキー』のコミカライズだ。

 エルフィーが主人公シュウヤに想いを告げる事なく笑顔で見送る姿。

 彼らの姿が見えなくなってから、つう、と頬を伝う涙。


(俺……この運命から彼女を救いたいのに……)


 妙な距離。

 埋められないそれを、どうしていいのか分からない。


「んっ……」

「…………」

「? ……?」


 視線。

 それを感じて目を開ける。

 はらり、と前髪が顔にかかった。


(あれ、いつの間に寝……?)


 宿には帰れないので、仮面が出来るまでここにいてもいいか、とゴリッドに聞いた記憶はかろうじてある。

 だが、まさか寝るとは。

 なんだかんだオリバーも長旅に疲れていたのだろう。

 しかし、では感じた視線は?

 顔を上げるとスーッと目を背けるエルフィーが目の前に立っていた。


「エ……」

「…………お、お、おはようございます……オリバーさん……」

「っ! 仮面……! ゴ、ゴリッドさん、仮面は!」

「まだ出来ねーよ。今日一日は骨の加工だ」

「ぐっ!」


 ばっ、とフードをかぶる。

 見られた。多分だが。

 寝顔でも『魅了』や『誘惑』は効果があるのだろうか?


「その嬢ちゃん、坊主の婚約者なんだって? なんだ、坊主、婚約者にも顔を隠してたのか?」

「俺の顔は特殊なんですよ! ゴリッドさんも知っているでしょう!」

「まあ、なぁ。けど、結婚して一緒に暮らしていくんだからその娘くらいはいいんじゃないのか?」

「……そっ……、そ、それとこれとは……違います……。『魅了』や『誘惑』で彼女の心を、手に入れたいわけじゃないんです……」

「ほーん」

「…………」


 完全にどうでもよさそうである。

 睨みつけるが、ゴリッドは一切こっちを見ていない。


「あ、あの……大丈夫です。大丈夫みたいでした……た、たぶん……」

「え?」

「そ、その、旦那様が、あ、あの、私の眼鏡は旦那様が、新しくしてくださったんですが……はい、あの、眼鏡には魔法耐性を上げる効果が付与してある、って、言ってたので……多分、それのおかげで……」

「え? なぜ旦那様はそんな事を……?」

「…………。これがないと……旦那様がうっかり『威圧』を使ったら……失神してしまうからだと思います……」

「あ……ああ、なるほど……」


『威圧』も魔法耐性が高ければ威力が半減する。

 一番はステータスの総合レベルを上げる事だが。

 そして確かにエルフィーならあのレベルの『威圧』を受ければ失神するだろう。……精神的に。

 顔を背ける彼女の眼鏡を『鑑定』してみる。


【防魔の眼鏡】効果:魔法耐性を上昇させる。

 魔法耐性+50


(たっっっっか!?)


 想像以上に優秀な装備で思わず目を見開いてしまう。

 なんだこの数値は。

 聖霊魔具並では……いや。


(聖霊魔具だ……レンズが! だ、旦那様……)


 おそらく万が一、オリバーの顔を見てしまった時のため、そして令嬢としての最低限の身嗜みだろう、新しくされたエルフィーの眼鏡のその数値!

 透明なレンズ部分は間違いなく『聖霊石』。

 この破格の数値……間違いなくそれを用いて作られた、聖霊魔具だ。


(どういうつもりか知らないけど……エルフィーが値段を聞いたら泣くんじゃないかな……。うん、言わないでおこう)

「?」

「あ、いや、なんでもないよ。そうだったんだ……じゃあ、こうして顔を見て話が出来る……?」


 恐る恐るだが、立ち上がってエルフィーの顔を見下ろしてみる。

 少し戸惑ったエルフィーがゆっくりと顔をオリバーの方に向けて、見上げた。


(かわいい)


 どきりとする。

 そして、同時に感動もした。


(うわあ、エルフィーとまともに顔を合わせられた気がするっ!)


 仮面で表情の半分がいつも隠れているからだろうか。

 エルフィーが真っ直ぐ見てくれたのは初めてな気がした。

 一年半、一緒にいるのに。

 なんとなくそれが嬉し恥ずかしで、オリバーの方が顔を背けてしまう。

 右手で口元を、覆ってにやける顔を隠す。


「? どうして隠すんですか?」

「え? あ、いや、なんか……急に恥ずかしくなって……」

「オリバーさんの顔はとても……綺麗ですよ……その、私と違って……」

「…………」

「あ、ごめんなさい……! き、綺麗だから、色々大変なんですよね!」

「ま、まあ……はい……そうですね……」


 目が遠くなる。

 本当に……顔が綺麗で苦労する事があるなんて。


(思えば『トーズの町』でも色々大変だったな……今から帰ると思うと気が重くなってくる)


 すでにあの頃、女性関係で色々トラブルは起きていた。

 見ないようにしていたが、主に「友人だと思っていた男子が、好きな女の子がオリバーを好きだから友達ではなくなった」件や「オリバーの友人だった男子に告白してきた女子が、実はオリバー狙いで男子と付き合い始めてから手のひらを返した」件や「オリバーを巡って町の女子たちが派閥を作り、血みどろの喧嘩になった」件など……。

 妹や母やお手伝いさんに聞いたり体験しただけでも結構な女難に見舞われてきた。

 おかげでいつの間にか、お手伝いさんは全員男の人になっていたり。

 あれは本当に不思議だった。

 不思議だったので母に「なんでみんな辞めていくの?」と聞いた時の衝撃は今でもはっきり覚えている。

 あの時、母に「オリバーがカッコよくていけない扉を開きそうだから辞めるって」と笑顔で言われた時はちょっとどうしようかと思ったけれど。


「色々、ありましたね……そういえば……」

「い、色々……ですか……」

「はい。それに最近は輪をかけてひどい。『マグゲルの町』を出る時の事とか……」

「あ……」

「少し前はあそこまでじゃなかったんですよ。……人が倒れるなんて……」

「そ、そうですよね……」

「せいぜい町にいた同年代の男友達が全員女の子関係で距離を置かれるか敵視されるようになるくらいで」

「……えっ」

「違法奴隷商に毒を盛られたり、『美少年に踏まれたり、嫌そうに見下されるのがいい』とかいう変態に絡まれたりする程度はまだ良かった」

「……!?」

「最近は魔物にまで膝をついて拝まれたりするんです。なんなんですかこの顔……さすがにありえなくないですか」

「…………」


 言ってて悲しくなってきたオリバー。

 両手で顔を覆ってしまう。

 エルフィーはこんな時、どうしていいのか分からないのでオロオロする。


「……わ、私は……」

「?」

「私は自分の容姿に、全然自信がないので……オリバーさんの気持ちは、よく分からないんですが……でも、大変そうだなって、思……あれ、で、ではなくて……えーと……」

「…………」

「め、恵まれているのに、あ、いえ、恵まれているから大変っていうのは……それはそれで、悩みなんだなって……」


 やや、支離滅裂。

 なにを言いたいのかよく分からない。


(……ああ、でも……共感しようとしてくれているのか)


 それはなんとなく伝わる。

 だから、クスッと微笑む。


「エルフィーはルジア夫人を見てどう思いましたか」

「え?」

「……俺の容姿にしか、興味がなかったですよね。他の人も」

「……!」


 他の人、とは『マグゲルの町』の住人やマグゲル伯爵家のメイドたちを指している。

 それがすぐに伝わったのだろう、エルフィーはハッと顔を上げた。

 ここ一年半でエルフィーもまた婚約者が仮面の美少年という事で、それはもう色々あったからだ。

 同じメイド仲間からは嫉妬で嫌味を言われる事は増え、あからさまないじめはメイド長や伯爵により押さえつけられたがそれでは逆に不満が溜まる。

 それらは町に流出し、オリバー自身の評価を貶めるような噂が町に流れた。

 幸い彼は冒険者ギルドにしかほとんど用がないので、大した被害はなかったようだが……。


「女の人は特に……俺の容姿にしか興味がないみたいで」

「…………」


 否定する要素がない。

 なのでエルフィーはしゅん、と肩を落とす。


「誰も中身を見てはくれないんですよ」

「……え、あ……オリバーさんは、優しいし、つ、強いし……坊っちゃまの事も上手にあやすし……」

「…………」

「お、お料理も出来るし、夕方、坊っちゃまのお勉強が終わると、毎日弓矢の練習とかもされてるの知ってます……! あんなに強いのに、毎日ちゃんと訓練しててすごいです……! 容姿以外も、素敵だと思……」


 顔を上げたエルフィーの手首を思わず掴む。

 逃げられないように。

 顔を近づけて、心の底から微笑んだ。


「…………」

「俺も……人の容姿ではなく中身をちゃんと見て、そして認めてくれる……そんな貴女の優しいところが大好きです」


 いや、そんな彼女だから。


(エルフィーが、エルフィーだから……)


 彼女がこういう人なのを知っていたから──。


「……あ……」


 カーーッ。

 と、面白いほど分かりやすく顔を真っ赤にするエルフィーが、なんだかますます可愛らしい。

 手首ではなく、ゆっくり指を内側に入れるように移動させて手を繋ぐ。


(やっぱり好き)


 心があたたかくなる。

 やはり自分は好きになる人を間違っていなかったと、確信した。

 そして今の自分の気持ちも、はっきりと断言出来る。


「エルフィー、改めて貴女しかいないと確信しました」


 膝をつく。

 そして彼女に向かって、今の心を素直に告げる。


「俺と結婚してください」

「……あ、えっ、あ……! あ、あっ、あの……あのっ……!」

「まあ、もう今ので嫌と言われても逃せそうになくなったんですけどね」

「!?」


 真っ赤になってあわあわと慌てふためく彼女がとんでもなくかわいい。

 だからこれは、もう、絶対に逃せない。

 きっともう、彼女以上の人にはこの世界で出会える気がしないのだ。

 彼女が他に好いた人を見つけても、その人と幸せに笑い合っていない限り諦めない。

 オリバーの中でそう、覚悟が決まった瞬間だった。


「……どうでもいいけど続きは散歩にでもいって外でやれよ」

「「!?」」


 そしてようやく思い出されるゴリッド。

 仕事に手は抜いていない。



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