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VSミートウォール


「っ……」


 死臭が通路へと溢れてくる。

 それと同時に黒い、ブツブツとした(もや)も流れてきた。


「なんだ? 臭いな?」

「本当だ、なんだこの匂い……まだゾンビが残ってるのか?」

「こっちからだな?」


 調査メンバーが部屋から顔を出す。

 そんな彼らが見たものは……。


「瘴気!?」

「臭ぇ! っつーか……あの坊主は!」

「待て! 瘴気だと!? じゃあ、まさか……!」

「クォレドゥーレン・ファレス!」


 ゴッ、と白い半透明な壁がズロンス達のいる部屋の扉部分に建つ。

 彼らがギョッとした時にはもう遅く、通路は瘴気が溢れかえる状況。

 その壁を、ズロンスは殴りつけた。


「なんだこれ! はぁ!? 嘘だろ待てよ! あのガキは……!」

「待て、ズロンス! なにか来る!」

「!」


 黒い靄の流れが動く。

 飛び上がったのはオリバーだ。

 暗い通路を『灯火』の魔法で複数の明かりを作り照らし、槍を構えて前方を睨み上げる。

 その瞳が捉えるのは、骨が半分溶けたような、白い魔物。

 魔物──魔物であるはずだ。


「…………なん、だ、あれ……」


 ずっ、ずっ……と、不気味な音。

 引きずるように移動してきた巨体。

 天井が崩れる。

 目玉が無数にあり、デコボコとした白い体と目玉並みに全身から生える小さな獣の手。

 何人かの冒険者は腰を抜かしてその場に座り込む。

 彼らがいる場所は天井のない箱状になっており、瘴気は入ってこない。

 だが、その事に気を回すほど彼らは冷静ではなかった。

 目の前の化け物に釘づけになり、そのおぞましい姿に思考を停止させている。


(……ミートウォール……)


『ワイルド・ピンキー』の主人公シュウヤが名づけた、人工魔物の名称──『肉壁(ミートウォール)』。

 その名の通り、通路を埋め尽くす肉の壁。

 手や足、目玉や鼻など、小型の魔物がスレリエル卿の厄呪魔具により一部が溶解、接着されて産まれた哀れな存在。

 有り体に言えば、そう……キメラの走りだ。

 スレリエル卿はミートウォール以降、ランクの高い魔物を同じような手段で融合させキメラを量産していく。

 そして、キメラは……このミートウォール含め、すべて『Aランクオレンジ』クラス。

 戦わなければ、逃れられない。

 だが、こうなったキメラが人を襲いたくなる気持ちも分かる。

 こんな姿にされて、生きているのだ。


『アギャキィギィイギギギギガギギギ……!』

「…………」


 おぞましく、なんて悲しい姿だろう。


「? ……あれ?」


 ぶわり、と吹き上がる瘴気にオリバーは今、気がついた。


(なんで? 平気なんだ?)


 瘴気は強い毒素だ。

 魔力耐性が低ければ厄気で病を発症したりもする。

 だが、瘴気はそんなレベルではない。

 魔力耐性など関係なく、人の身を侵し、腐らせ、殺す。

 ……そのはずなのに、オリバーにはなんの影響もない。


「……? ま、まあ、効かないなら効かないで……」


 ミートウォールが壁につっかえる。

 そうだ、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 目の前に『Aランク』相当の魔物もどきがいるのだ。

 記憶を辿る。


(シュウヤは、ミートウォールをどうやって倒したっけ? ……弱点は……)


『分析鑑定』を用いてミートウォールの弱点を探す。

 いかに魔物の知識が豊富でも、キメラ化した魔物はそれぞれの特徴や弱点が混合し、打ち消してしまう。

 ただ、ミートウォールは小型の弱い魔物が素体となっている。


「!」


【ミートウォール(命名:オリバー・ルークトーズ)】

 複数の小型の魔物が融合した存在。

 素体は『ウォーラット』『ワーウルフ』『ラビットビット』。


 表示された分析結果。

 それを基にした鑑定結果。

 ワーウルフなどは肉食の凶暴生物だが、ウォーラットやラビットビットは大人しい草食の弱い魔物だ。

 きちんと解体すれば食用にもなる。

 ……いや、もちろんミートウォールを食べるなんて事はさすがに考えないが。


(……思い出した。シュウヤはミートウォールと対峙した時、上級火属性魔法で秒殺したんだ。キメラの悲しみとかうんたらかんたら言ってたけど秒殺。一撃で蒸発! ……ダメだ、なんの参考にもならない)


 オリバーは火属性魔法が苦手だ。

 大がかりなものは使えない。

 だが、水属性や風属性であれをなんとかするレベルの攻撃魔法は……。


「……大地よ、母なる大地、星の熱をここへと伝え、あらゆる命を内包し、海、風、星、風、あらゆる万物を受け止める、我らが母なる星の表殻……」


 ならば、オリバーの得意な属性魔法で戦えばいい。

 単純な話である。

 槍を前へと突き出し、標的はあれであると自らに自覚させるよう言葉を紡ぐ。

 この世界で魔法に詠唱は不要。

 だが、あえて紡ごう。


(数多の魔物たちへの鎮魂の意味を込めて──)


 壁が削れる。

 ミートウォールが迫る音が、ガリガリ、ずるり、ずるりと耳に障った。

 倒す。

 あれを倒す。

 魔力を全て注ぎ込み、オリバーはゆっくりと青い瞳を開いた。


「包み込め──『ウォール・ガーデン』!」


 オリバーがもっとも得意である『土属性』の魔法。

 バリア系の『ウォール』が進化し、分岐して攻撃型の魔法となったのが『ウォール・ガーデン』。

 あたりの土や岩、壁が全てミートウォールを包み込み、内包した後大地の力が敵を圧縮……圧死させる魔法だ。

 素材が取れなくなる事を覚悟で使わねばならず、また、中級魔法のため魔力もかなり食われる。

 しかもミートウォールはかなりの巨体。

 地下通路はおろか、近くの部屋の壁や床、天井も全て魔法の一部になって崩壊した。

 ばき、ぐしょ、ぐちゃ、とえげつない音。

 溢れる血の量。

 どれも目を背けたくなる。


「! 今のうちに……聖なる光よ、浄化せよ! エルキ・ツ・ゾハザ!」


 集中し、聖魔法を唱えた。

 ズロンス達を守る壁を二回。

 そして瘴気を浄化する浄化魔法を一回。

 前回のサラマンダー戦の時よりは扱いが分かった気がするが、やはりかなりの集中力を持っていかれてしまう。

 周囲の瘴気が治るのを確認してから、ズロンス達を守っていた壁を消す。


「坊主!」

「大丈夫か!?」

「お前本当にすげーな! ……つーか、今のは……」

「聖魔法まで使えるとはな! やるじゃねえか…………あ?」

「……っ」


 再び膝をつく。

 今回は本当にダメだ。

 聖魔法を使ったあとは集中が出来なくなる。

 だから──半ば祈った。


「お、おい、あれ……」


 ばき、ばき、と剥がれ落ちる『ウォール・ガーデン』の壁。

 中はかなり圧縮され、血もかなりの量が噴き出していたはずなのに……。


「もう……魔力が……」

「全員構えろ! 出てくるぞ! ガキに任せっきりはさすがにクソだ! やるぞ、野郎ども!」

「おうとも!」

「手柄の独り占めはさせねーぜ!」

「坊主、こっちへこい! 休んでろ!」

「ああ、あとは任せな!」

「…………っ」


 反対側の壁に連れて行かれ、座らされる。

 確かに、これ以上は本当に厳しい。

 だがまだ厄呪魔具を破壊していないのだ。

 そんな状態で本当に彼らが戦えるのか……。


(そうだ、今のうちに、厄呪魔具を……)


 ふと、自分が運ばれた場所が左側の部屋の扉の側だと気がついた。

 壁が砕ける音が大きくなる。

 間もなくミートウォールが出てきてしまうだろう。

 やはり『Aランク』級……オリバーの中級魔法では仕留めきれなかったのだ。

 それを歯痒く思う。

 ラノベの主人公は一撃で倒したのに、と。


(いや、俺は……俺の出来る事を……)


 ふらりと壁に手をついて、立ち上がる。

 左側の部屋の扉を開け、滑り込むように入った。

 あるのはテーブルのみ。


「!」


 そして、当たりだ。

 この時ばかりは【無敵の幸運】に感謝しかない。


「厄呪魔具……これを……」


 テーブルの上にあったのは、薄い水色をした半透明な丸い石。

 それがぼんやりと光る。

 物としては腕輪だった。

 それを、自分の腕に嵌め込み魔力を流す。


「っ」


 二つ目の厄呪魔具は体に激痛を走らせた。

 その場に膝をつくが、その時の膝の痛みがこれまで感じた事もないもので思わず声が漏れる。


「ぐあっ、くう……!」


 一気に脂汗が溢れた。

 だが、一瞬でもオリバーの魔力を流した厄呪魔具は使用者をオリバーとする。

 これでスレリエル卿が仕掛けていたであろう、周囲の魔力を糧にして起動し続ける事はなくなるのだ。

 すぐに手から外し、床に厄呪魔具を放る。

 まだ身体中がビリビリと痺れるような痛みを訴えていた。

 部屋の外からは男達の怒号と、争う音。

 魔法による閃光が時折、廊下を照らした。


「…………」


 床に落ちた厄呪魔具は光を失っている。

 つまり、効果を停止したという事だ。


(…………これで、みんなは……大丈、夫……)


 意識が遠のく。

 壊さなければ、と思った。

 だが、残念ながらオリバーの意識はそこで途絶える。

 どさり、と冷たい床に少年の体が横たわった。




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