VSリッチ【後編】
「てめぇ! 無茶しすぎだぞ! 死ぬかと思ったじゃねえか!」
「弓スキル──」
「無視!?」
足を開いて体幹を固定する。
弦を引き、魔力を集中力させ、部屋にはびこるゾンビやスケルトンの脳天に的を設定。
「エンファイヤ・ロック・スターショット!」
「「「!!」」」
中級弓矢スキル『ロック・スターショット』……スキルレベルによって最大三十の的設定出来る。設定した的には必ず当てられる『必中』の弓スキルだ。
オリバーはスキルレベル5のため、十五の敵を的に設定出来る。
しかし、アンデット系相手に物理だけでは効果が薄い。
なので初級の火属性魔法『エンファイヤ』を複合使用した。
オリバーの固有【魔法弓矢スキル】の完成である。
(武器と魔法のスキル複合使用は初めてだけど、上手くいった)
しかし当然問題もある。
がしゃ、がしゃ、とスケルトンが立ち上がり始めた。
「お、おま、お前! なんだ今の! け、剣スキルの次は弓矢スキル!? いや、弓矢スキルか!? 火の魔法みたいなのが、え?」
「来ますよ! まずは数を減らしましょう! リッチは後衛の魔法使いが中心になって迎撃! ズロンスさんたち前衛はスケルトンを頼みます! 火の魔法が使える方は俺とゾンビを担当してください!」
「お、おおう!」
選択の余地はない。
オリバーの指示に全員が武器を持ち直し、戦闘態勢を取る。
一度スイッチが入れば厄呪魔具の効果を打ち消すほどに、しっかり戦い始める辺りやはりプロだ。
太陽の下で明らかにステータスダウンしたスケルトンは、剣を振るうだけで四、五体一気に崩れていく。
瞬く間に減るスケルトン。
魔法でゾンビを焼き払い、残るはリッチのみ。
両手を掲げたリッチの魔法攻撃はオリバーが『マジックバリア』で防ぐ。
「複数の武器スキルと多種の魔法スキル……本当にCランクかあの坊主!?」
「Aランク冒険者でもあんなのいねーぞ!?」
「魔法と武器スキルの複合とか初めて見たんですけどぅおーーー!」
「皆さん真面目にやってください!」
なぜかちょいちょいおふざけが混ざり始めた。
やはり厄呪魔具の影響は大きいようだ。
(リッチはふざけながら勝てる相手じゃない! 魔力量が俺たち全員分よりも多い! まるで無限に魔法を使える相手と戦ってるみたいだ……)
ゾンビもスケルトンも減っている。
だが、消えた分だけ地面からどんどん湧き出す。
『探知』で感じた数を思えばまだ地面の下に隠れているだろう。
ポシェットからマジックポーションを取り出して一気飲みする。
このままではジリ貧。
しかも調査チームは魔物の脆さで気が緩み始めている。
そこに厄呪魔具の効果が入り込み、リッチを前にあのザマだ。
「……やってみよう」
こん、とマジックポーションの瓶を床に置く。
口許を袖で拭い、目を細める。
使う武器は、グローブ。
収納魔法の中から取り出して、手に装備。
火属性『聖霊石』が嵌め込まれた、祖父からの贈り物の一つだ。
グローブの物理攻撃力数値は1035。
「魔法担当の皆さん、一度下がってマジックポーションで魔力の回復を!」
「え? は? お前、その装備は?」
「全員俺より後ろにいてください。巻き込んでしまいます」
ぞろ、ぞろ、と地面から湧き出てくるゾンビやスケルトン。
そして、また魔法陣を展開するリッチ。
オリバーも目を閉じて魔力をグローブへと、通す。
(守る)
調査チームの人たちにも、戻るべき場所、待つ人がいる。
「拳士スキル……」
ゴッ、と燃え上がるグローブ。
『聖霊石』付武具……聖霊武具と呼ばれるアイテム。
それは、魔力を通せば自動的にその属性の魔力を発生させる。
わざわざ複合させる必要はない。
ただ、どうしても装飾品が派手で邪魔くさい。
オリバーに今扱える範囲で、この場にもっとも適しているのはこの武器だろう。
そして、これらの武器はもう一つ……使用者の技量が問われる。
「! ヤベェ! でかい魔法がくるぞ!」
「おい、坊主! お前も一度下がれ! 無理だ!」
巨大な火球。
アンデットでありながら、火を扱う事が出来る。
リッチの厄介なところはこういうところだ。
だが──。
「逃げろ!」
誰かが叫ぶ。
オリバーの目前に迫る火球。
だが、それを覆って余りある熱を帯びたグローブ。
左手で受け止めて、右手を突き出す。
「……は?」
間の抜けた声がズロンスから漏れた。
十五の子どもだと、Cランクの格下、半人前の冒険者だと思っていたのだ。
「正拳……突きぃ!」
『ッギ……!』
オリバーが『トーズの町』の冒険者に教わった『拳士』のスキルは三つ。
初級の『正拳突き』『三段蹴り』『掌底突き』のみ。
これは、祖父がオリバーに贈った『火聖霊石グローブ・艶』で苦手な『火属性魔力』を纏い、リッチの魔法を逆利用したカウンター。
体を地下から出していたゾンビやスケルトンも、間抜けな顔で見上げていた。
部屋全体を高温の火球が燃やし尽くす。
調査チームの前には透明な壁……聖魔法で作った結界を用意していた。
炎はそこまで届かない。
『ガ……』
振動と熱により、地下に隠れていたゾンビやスケルトンも半分以下に減っている。
もっとも厄介なリッチは今もなお、燃え盛る炎に焼かれて悶え苦しんでいた。
しかしそれもすぐに終わる。
手を伸ばし、崩れていく。
「……倒しやがった」
ズロンスが呟く。
オリバーは炎の音で聞こえない。
いや、その余裕がない。
がくりと膝をつき、グローブを外した。
「くっ」
「! おい、大丈夫か!」
「どうしたんだ!? まさか、炎のダメージか!?」
「い、いえ……」
単純にグローブの攻撃力にオリバーの体がついて来れなかったのだ。
(……身体強化のバフを重ねがけしてもこの威力……! やっぱり俺にはまだ扱いきれなかった……!)
祖父がオリバーに贈る武具の大半がこんな逸物ばかり。
あまりにも扱い難い。
おそらく深く考えてはいないのだろう、祖父は武具をコレクションする事は好きだが、剣を嗜む程度のいかにもな貴族だ。
『火属性』の魔法とあまり相性が良くないという事もあるが、それにしてもこのザマとは。
「修行が、足りない……」
「は? い、いや、いや、お前リッチ倒したんだぞ? なに言ってるんだ?」
ズボッとグローブをカバンの収納魔法にしまい、代わりにマジックポーションを取り出して一気飲みする。
これで全快……とはいかないが、半分以上は回復した。
完全に全ての魔力を一度使い切る羽目になるとは。
相性の問題もあるが、まだ鍛え方が足りないのだろう。
全ての武器は、技術……スキルレベルで扱えるランクが変わる。
祖父がオリバーにプレゼントする武器ランクは『Sランク』と『Aランク』ばかり。
冒険者のランクとは関係ない。
純粋にオリバーの実力が武器に見合っていないのだ。
「っ……それよりも……」
立ち上がって地面の火を消し、リッチの残骸を『解体』する。
そこから獲れたアイテム……『リッチの骨』を握り締めた。
「あった……」
「おい! やったぞ! 『黄金の王冠』だ!」
「マジかよ! 金貨五枚で貴族が買い取るやつだろ!? って、お前なに勝手に自分のアイテムボックスに入れようとしてるんだ!」
「あ、それは差し上げますので、皆さんで美味しいものでもお食べください」
「「「マジでえええぇ!?」」」
ドロップアイテムとしては『リッチの骨』などレア度B。
だが、オリバーはこれが欲しかった。
(よし、これで仮面の新しい素材が手に入ったぞ。一匹でも結構獲れるんだな。なんにしてもラッキー!)
ちなみに後ろでは『黄金の王冠』争奪戦が繰り広げられている。
無論、オリバーは無視だ。
むしろ、『リッチの骨』をしまうついでにマジックポーションを取り出して、もう一本空にする。
回復アイテムは『ミレオスの町』であるだけ買ってきた。まだ余裕はある。
だが……。
「…………厄呪魔具は、この部屋には、ない……か……」
他の部屋を探すしかないだろう。
扉を蹴破り、廊下に出る。
左右に一部屋ずつ、正面は通路、右突き当たりにもう一部屋。
通路は例の屋敷へと通じているものはずなので……。
「おい、坊主、どうし……なんだ、こりゃ? 通路? どこに通じているんだ?」
「おそらく、西に見えた屋敷だと思います。それよりも……他の部屋を調べてもらってもいいですか? ……って……」
振り返るとまだ『黄金の王冠』争奪戦が続いていた。
ズロンス以外は夢中のようだ。
「ずるいぞー、お前ら〜! ここはリーダーの俺が預かる〜!」
「…………」
ダメだこいつら、早くなんとかしないと。
「はぁ、仕方ない……」
槍を収納魔法から取り出し、左手を剣の柄に載せ『探知』を使う。
やはり右の突き当たりの扉が『アレ』の反応を示していた。
……小型の魔物が複数……かなりの数、虫のようなものに侵食されて数珠のようになっている反応。
あまり覗きたくはないが、厄呪魔具があるとしたらそこだろう。
魔力を一度使い切ったせいで体がミシリと痛む。
だが、それを耐えて通路を進む。
扉のノブを回してみる。
鍵がかかっていた。
「強化──」
槍を強化し、ノブを破壊する。
扉がゆっくり開き、薄暗い室内へ『灯火』で明かりを灯した。