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山越え


 鼻からも出ている。

 なにが、とは言わない。……言わせないで欲しい。

 真紅の髪と服に相まって、まさしく『鮮血の戦乙女』の名に恥じぬ……いや、それは違うか。


「おーい、オリバー、起きてるかー?」

「! ロイドさん! はい、起きています!」


 コンコン、と扉がノックされる。

 その声に安堵して返事をすると、扉が開いてロイドとサリーザが入ってきた。

 治癒術師から治療を施されたのだろう、サリーザの顔の痣はきれいに治っている。

 しゃがみ込んで鼻と口から血を垂らす騎士団長を放置し、扉の側へと駆け寄った。


「お加減は大丈夫なんですか?」

「ええ、ありがとう。昨日治癒術師に治してもらえたらかもう大丈夫。君こそ、かなり変な薬盛られてたみたいだけど……大丈夫?」

「はい、元々【毒耐性】は持っていたんですが……」


 よほど変な薬を盛られたのか。

 ステータスを確認したが状態異常はなし。

 妙な中毒性のある薬でもなさそうだが、そのあたりはクローレンスに──……いや、やめておこう、今は。と、顔を背ける。


「あの時庇ってくれてありがとう」

「いえ……時間稼ぎしか出来ませんでした」

「そんな事ないわ。そのおかげでお姉さんは助かったのよ。他の子たちもみんな保護されて、今第二騎士団の人たちが帰し方を調べているの」

「! ……じゃあ、やはり奴隷として捕まった人が……」

「ええ、私の弟も無事に帰ってきたわ。ありがとう、貴方のおかげよ。まさか第二騎士団の団長さんとコネがあるなんてねぇ。さすが貴族様だわ。……まあ、君に会うまでお偉いお貴族様なんて、みーんなタックやここの隊長みたいなゲスばっかりだと思ってたけど!」

「あー」


 よく言われます。

 の、セリフは呑み込む。

 平民からすれば貴族など皆そんなものなのだろう。


「……貴族にも派閥があるので……」

「そうなのか?」

「聖霊信仰の残る貴族は、多分そこまでではありません。公帝陛下は聖霊信仰があまりお好きではないようですが、俺の祖父は信仰深いタイプなんです。クローレンスさんも上位貴族ですが、聖霊信仰には理解がある方ですよ」

「……そういえば団長さん、あんなところにしゃがみ込んで、なにされているの?」

「触れないであげてください」

「「?」」


 多分今、色々なものを整えている。色々なものを。


「まあいい。そんな感じで、かなりバタバタしちまってるんだ。例の……『アルゲの町』の側に出たって厄石なんだけどな……少し待っててくれないか?」

「そう、ですよね……」


 奴隷として捕まっていた子どもの数は十人以上。

 その他にも、現在進行形で第二騎士団第一部隊の援軍が続々と到着し、駐屯地内を調査しているらしい。

 タックやここの騎士たちは地下牢に拘束され、調べを受けている。

 そして肝心のタックの父親……駐屯地隊長はやはりギルドマスターと共に町の外へ出かけており留守。


「ギルドマスターと騎士隊長が揃って出かけるなんて……一体どんな用事なんですか?」

「そりゃ、偉い人が集まるイベントって言えば一つしかないだろう?」

「上級貴族の祝い事」

「それだ。今回はここいらで一番強い権威のある『ルークガーナ家』の当主の誕生日に招待されてる」

「あー……マルジェイおじ様のお誕生日……そういえば今月でしたね」

「……そうか、お前ガチに親戚か」

「はい、まあ」


 一応遠縁にあたる。

 マルジェイ・ルークガーナ伯爵は祖父の弟の息子。

 領地の東南部を担当している人物だ。

 穏やかだがなかなかに自己顕示欲が高い、貴族らしい面があった。

 近隣の町の騎士団の隊長やギルドマスターを招くあたりが、彼らしい。


「駐屯地隊長であるタックの父が戻り次第、無許可奴隷売買などに関する罪で捕縛するのでご安心ください、オリバー様」

「あ、ありがとうございます」


 クローレンスがようやく復活したようだ。

 真後ろに突然現れて、一歩引く。


「あと二、三日くらいで片がつくはずだから、それまで宿でのんびり待っててくれ。なんならうちのギルドから依頼を取ってくれていてもいいぜ」

「あ、そうですね。じゃあ、そうさせて頂きます。冒険者として実績と経験を積みたいです」

「まあ、本当に貴族? 偉いのねぇ」

「当然ですね! オリバー様はこの『クロッシュ地方』領主! フィトリング・クロッシュ侯爵様のお孫様なのです! 将来はこの『クロッシュ地方』を治める方なのですから!」

「い、いえ、まだそうと決まったわけではないです。妹か、妹の夫がなる可能性もありますから!」


 変な追加情報やめて、とオリバーがあたふたする横でロイドたちは固まっている。

 目を見開き、ロイドの口からは「えぇ……お前そんなガチでお偉いさんじゃん……」と抜けるような声が出ていく。

 オリバーが正式な跡取りとなれば、ロイドにとっては地方領主という『絶対服従しなければならない上司』になる。

 その候補なのだからそんな反応にもなるだろう。


「…………。サ、サリーザ、悪いんだがギルドを任せていいか……? 俺、坊ちゃんを『アルゲの町』へお連れしなければなら……」

「気遣い不要です! 俺は冒険者として、実戦と実績を重ねなくてはいけないんですからギルドで依頼を受けて三日でも四日でも、一週間でも待ちます!」



***



 それから数日後。

 手の空いたロイドとサリーザの二人がオリバーをパーティーに迎え入れてくれた。

 人生初の『ウローズ山脈』越え。

 その頂上から見た光景は忘れがたいものとなる。


「ここから先が『イラード地方』なんですね」

「そうよ。オリバーの『初恋の人』は『イラード地方』にいるんでしょ?」

「はい。必ず巡り会いたいです!」

「……でも夢の中の話だろう? 貴族の坊ちゃんなら美女選びたい放題だろうに……まあ、さすがにクローレンス団長は歳が離れすぎてると思うが」


 目を背けた。

 なにも言うまい。


「あら、私は割と好きよ。こういう話」

「いや、けどなぁ」

「オリバーぐらい多才だと、聖霊の影響かもしれないわ。貴族は昔、聖霊に仕えていた一族の末裔だと言うじゃない」

「そうなんですか?」

「らしいわよ。聖霊信仰が根強いクロッシュ家の人間ならありえるかもね」

「へぇ」


 ひゅう、と唇を鳴らすロイド。

 この世界で魔法を使うには聖霊の恩恵たる『聖霊石』に学ぶ必要がある。

 だがそんな聖霊への信仰は今のこの国では忌避されていた。

『イラード地方』はその、忌避の方の考えが比較的強い。

 聖霊信仰……嘲笑されるのはいいが、飛躍して『公帝への反逆』まで騒ぐ者もいると聞く。

 ここから先は少し慎重になる必要があるだろう。


「さっ、とっとと行こうぜ」

「そうね、いい景色だけど……『アルゲの町』まであと一日は歩かなきゃいけないものね」

「はい」


 山を降りて、北への道を進む。

『アルゲの町』は山沿いの町。

『ミレオスの町』に一泊してさらに北へ。

 閑散とした荒野の中、低い壁に囲われた町だった。

 緑は少なく、建物も石造り。

 町のあちらこちらに井戸が見受けられた事から、水自体は豊富なようである。

 そちらこちらから金属を叩く音。


「ここ『アルゲの町』は昔から隠れ鍛冶屋の名所なんだぜ」

「え……そうだったんですか」

「知る人ぞ知る、というやつね。『ウローズ山脈』の北には鉱脈があるの。でも落石が多くてしょっちゅう道が塞がるのよ。危なくて町の人間以外は近づけないらしいわ」

「それと、妙な魔物も出るらしい。鉱山を守るための方便って噂もあるけどな。……とはいえ、『厄石』となれば話は別だろう。この町にはギルドがないから、依頼主に直接会いに行くぞ」

「はい」


 比較的小さな町にはギルドがない事もある。

 ロイドに促されて向かった依頼主の家。

 しかし、なにやら取り込み中らしい。

 大きな声が聞こえてくる。


「だから! 今は危ねぇと言ってんだろうが!」

「だからってこのままじゃ町がやばいんだろ!」

「だとしてもテメェがどうこう出来るモンじゃあねぇ! 大人しく畑でも耕してろ!」

「畑なんか耕したってなんにも実らないじゃねぇか! 鉱山を掘って、『エアメタル』を見つけるしか、この町を守る方法はない!」


 顔を見合わせるオリバーたち。

 ロイドが頷いて、扉をノックする。

 するといきなりそこから飛び出してくる子ども。

 オリバーはぶつかってしまい、よろける。


「わっ!」

「どこ見て歩いてんだざーこ!」

「コラ! タック!」

「っ!」


 家の中からその子どもへ向けた怒声。

 しかし怒声よりもその名前に驚いた。

 オリバーだけでなく、サリーザも一瞬表情を固くしたのを見逃さない。


「べーぇだ!」

「ごるぁ! ……って、お前らなんだ?」


 家の中から出てきたのは見るからにドワーフ!

 オリバーは人間種以外を初めて見たので瞳を輝かせて覗き込んでしまう。

 いかにも異世界、という感じだ。かなり今更だが。

 厳しい顔立ちの髭もじゃドワーフをロイドが覗き込む。


「『厄石』の件で来たんだ。『エンジーナの町』に依頼しただろう? ……『ミレオスの町』のギルドすっ飛ばしてなーんでうちの町だったのかも聞きたいところだけどな」

「ああ! やっと来たのか!」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前章までの悪徳騎士の名前が「タック」だったので困惑
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