ドラゴン襲来
自分でも何書いていいのか分かんなくなってきたお
アラトリア王国、王都、その南門。
現在アラトリアの外から来たもの達は門番による検査が行われており、その検査を合格しなければアラトリアには入れない仕組みになっている。
アラトリアの検査を受けているのは大体が冒険者である。依頼の達成報告や、これから依頼を受けるもの、様々である。そして、その少数が故郷からの帰宅や都会への進出を望む若者達である。毎日の様に百や二百人の行列を検査する為、何時も門番をする男はやつれ顔になっていると言う。
そして、その最後尾冒険者でも、現地住民でも、出会いを求めてやってきた若者でも無い者が一人、茶色の布を被り、フードの様にし顔全体を覆っている。
そこからチラリと覗くのは、程よく褐色した肌と赤色の猫目、さらにはピンッと尖った耳、だが本人は隠したいのか布端を両手で持って開いている部分を閉めようとする。
その女性……と言うには所々の大きさが足りていない様な気もする。少女といった方がまだ納得できるのだが、年齢は少女でないので何とも言えない。が、一先ずその女性……リーサはソワソワしながらあたりを見回していた。
(追ってはまだきていない様だな。このまま運良く検査されずに入れれば一番いいんだけど……)
一般人が聞いたら、さぞ迷惑な顔をされるであろうそんな事を思っていた。
リーサはソワソワしながらあたりを見回していると、前方リーサの前を並ぶ女性(こちらは全体的に大人の女性)の娘と目があった。
娘は女性に抱っこされていて、丁度後ろ向きの体勢になっている為リーサと目が合ってしまった。真顔だった娘の顔が急に緩み、無邪気な笑顔をリーサに向ける。リーサはそれに苦笑いで答えた。
すると、娘がリーサと身があっていることにきいた女性が抱っこの体勢を変え前を振り向かせる。「あっち向いちゃダメでしょ」と言わんばかりに。その後女性はチラリとリーサを見る。軽蔑的な目を向けた後再び前へ向き直った。
リーサははあ、とため息をついた。たしかにリーサのソワソワしながらあたりを見回して、なんて不審に思われたかも知れない。が、女性が軽蔑的な目をしていたのは種族的な問題なんだろうと思う。リーサは布端を持つ手が無意識に強くなる。
リーサの特徴である、黒い肌と尖った耳はある種族の特徴であり、ご覧の通りその種族は社会的、種族的にあまり宜しいとされていないのである。
その種族の名は、ダークエルフ、エルフと違い、森を絶対の安地にはせず、血気が盛んで争いを好む種族、とされている。その為にダークエルフは人間種だけでなく、その他の種族からにも悪印象が目立つ種族となっているのだ。終いには、教会もダークエルフを創造した神はウンチャラコウチャラ言われる始末。
だがこれは殆どが作り話である。なんて事を、知るものは少ない。昔の戦争でダークエルフが戦いに参加し多くの命を奪ったことはあったが、其れだけなのである。エルフと違う、黒い肌が悪魔の生まれ変わりの事を表している。なんて誰かが言った。その事が原因で今もこうしてダークエルフは差別じみた事を受けているのだ。
リーサは俯き、歯を強く噛みしめる。第三者が見れば其れは、強く噛み締めすぎて、心配になるレベルで危険だ。
前の女性の娘が、「何で見ちゃダメ?」と疑問を口にする。と、女性は「何でも、お母さんの言う事聞けないの?」と、お母さん特権を使い子供を黙らせようとする。
娘はリーサの事が珍しかったので、もっと見たい。と何回も駄々をこねる。一方で女性の方は何度も首を横に振るだけである。後ろのリーサを気にすることはせずに、リーサに聞こえる声で。
そんなやりとりは一分ほど続いた。……地獄だった。リーサにとって其れは、地獄だったのだ。もしも他のダークエルフだったら笑い飛ばしていたのかも知れない。もしもこの娘が自分の事を何も言わずに無視してくれた方が良かったかも知れない。
何せリーサにとって、自分がダークエルフだと言う事自体が、屈辱で仕方がなのだから。
リーサにとってダークエルフとは、人生の後悔だった。第一にエルフは魔力と呼ばれるものの扱いが人に比べ段違いに上手く戦闘魔法、治癒魔法、多種多様な魔法を行使できる亜人である。
だが、リーサはエルフの最も重要な魔法の行使が出来ない。生まれつきの特殊体質なのだそうだ。努力と呼ばれる言葉がある。リーサが最も嫌いな言葉だ。どんなに努力しても報われないのに、どんなに努力しても仲間からは軽蔑されるだけなのに、いつしか、リーサは努力をやめた。
はッとリーサは我に帰る。やな事を思い出した。と俯いて地面を見る。いつしか言い合っていた、親子も口が閉じている。
いや、そう言うわけではなさそうだ。娘はいつしか黙り込んで、両頬を膨らませている。赤くなった頬はいつまでも赤い。
すると、女性を見上げる娘の視界に何かが映った。そして空中から降下してくる『それ』に指をさした。
「ママ、あれなぁに?」
女性は娘の指差す方へ視線を傾ける。俯いていたリーサも娘の方を見て、釣られて指の方向を目だけ動かして見る。他にも、娘がかなりの大声だったのか、何人かは目だけを動かして見ている。
そして、見た先にあったものそれ自体は距離がある。常人には黒い点に見えたかも知れない。だがそれは、着々と接近してくる。リーサの耳がピクッと動き、顔から血の気が引いて行くのが自分でもわかる。
あれはマズい
一目でわかる。距離が何百メートルあろうが、着々と接近して、形がブレようが、大気中の魔素が全身全霊で危険信号を放っている。
黒い点はいつしか、黒い球体に、更には其れにいくつもの棘の様なものが有るのが分かるくらいになって行く。遂には、其れの正体が常人にもはっきりするくらいに接近していた。
其れは間近で見ると、ドラゴンの様に見えた。全身は黒を基調とし、コウモリの羽とトカゲの体、そしてワニの様に四角い顔のドラゴンだった。此処にはクエスト帰りの冒険者だっていたはずだ。一体の本来の脅威度であればその者達で倒せたかもしれない。本来であれば……
そのドラゴンは深い怪我を負っていた。腹の部分は裂けてあばら骨にあたる箇所が見えている。少し下からは臓器が飛び出て、見ているだけでも頭が痛くなってくる。羽は破れて、普通に考えれば飛べるはずがない、大きく裂けている。左前足は無く、指をさ所も欠けている。顎は下から拳大の大きさの何かで刺された後があり、そこから紫色の液体が宙を待っている。余りにもグロテスクであり、気味が悪い。
リーサはその名を知っている。冒険者達も話くらいには知っているのか、顔が青ざめているものが大多数である。其れは周囲の魔素を汚染し、人々を苦しめる感染病を撒き散らすとさえ言われる。奴の垂らす涎が国の中にでも入れば近いところから発症し始める。そんな害獣。その名は……
「ドラゴンゾンビ……」
ドラゴンゾンビ、その名の通りドラゴンの死骸が腐り、アンデットと化したものである。その条件は極めて低い確率で、極めて特殊な環境下の下で形成される。更には、このドラゴン、元は群れで動く物なのだが、ドラゴンゾンビは群れをなさない。その発生が特殊なこともあるが、元は個より全、ドラゴンゾンビは全でなく、個の力を有する。
つまりは個で群れの力を補いつつ、その力はアンデット具合により、更に力を増すのだ。
そしてこのドラゴンゾンビ、腐食具合、アンデット化具合は最早、冒険者の最高ランクにも引けを取らない程に進んでいる。そして此処には、最高ランクの冒険者がいなかった。その誰もが、クエスト帰りで疲れていたのだ。戦う気力すら残っていたかどうか。
とうとう、その時がやってきた。ゴッ、列の前方門と外壁が一体化した所で、爆発があった。瓦礫が宙を舞い、また爆発の余波で、またはドラゴンゾンビからの直接的な被害で、一瞬にして此処に地獄が生まれた。
リーサのにも多少の影響はあった宙を舞った瓦礫の塊、三メートルほどの大きさの物が頬をかすめて行ったのだ。リーサの頰に五センチほどの傷が出来て、滴り落ちる。
カンカンと今になってようやく外壁の上の方から警鐘が鳴り始める。そして一呼吸を置いて、
「きゃあァァァァァァァァァァァァ⁉︎」
「う、うわァァァァァァァァァァァァ⁉︎」
『ゴガァァァァァァァァァアァァァァァ』
恐怖と絶望からの悲鳴とドラゴンゾンビの咆哮が地獄をより際立たせる。
その中で率先して動くもの達がいた。冒険者達だ。その殆どの冒険者がクエスト帰りで疲れも取れていない。しかもその中には最近、冒険者になったばかりのものもいた。一つの冒険者パーティが被害の拡大を防ぐ為、仲間に指示を出す。
「ーーーなんを、戦えないものを連れて東門へ行け!俺たちはなんとか食い止める。だから動ける奴らだけ連れて、応援の要請も任せた。」
パーティリーダーと思わしき男が仲間の一人に指示を出す。と、指示を出された女は戦えないず、混乱状態にあった王国国民達を見事に纏め上げる。
「これから東門へ急ぎます!付いてきてください!」
そういうと、女の冒険者に列を作る様に走って行ってしまった。動けない者、初動のドラゴンゾンビの攻撃で被害にあった者には目もくれず。だが、冒険者の男も女もこれが最善の手だと思う働きをした。一つでも被害を少なくする為の行為。
そしてドラゴンゾンビを食い止めると宣言した男は、他の仲間と並んで戦闘態勢へと入っていた。その周りには他の冒険者パーティも戦闘態勢に入っている。
「行くぞぉ!たあァァァァ!」
『グガアァァァァァァァァァァァァァァァ⁉︎』
冒険者とドラゴンがぶつかる。
一方リーサはドラゴンゾンビが外壁に突入した直後から、足の震えが止まらず、その場に尻餅をついて、冒険者達とドラゴンゾンビの戦闘をただ静観していた。真横に飛んで行った瓦礫の風圧でフードは背中の方へ、褐色の肌とツンと尖った耳があらわになっている。岩に付けられた傷でリーサの頰からは血が滴っている。がそんな事に気を配っていられる様な状況ではなかった。
(無理だよ……)
戦っている冒険者を見て思った。無理だ。見たところドラゴンゾンビどころか、一パーティでドラゴンをやっと倒せる程度の実力しか無い者達には絶対に勝てない。ましては、疲労も回復していないのに無茶な戦いをすれば、彼らの行動は最善どころか、最悪にもなり得る。
この時、リーサは知らなかったが、冒険者のしていたことの真意はドラゴンゾンビを倒すこと、ともう一つの目的があった。冒険者は国に認められることで名誉を獲得することができる。ランクが上がり、依頼も増える。そして何より金が手に入る。そんな私利私欲の目的の為にも動いていたのだ。……死んで仕舞えば元も子もないのに。
「ーーーえぇぇぇぇぇぇぇん」
とリーサはようやく其の声にきずいた。声というよりも子供の泣き声か、其れは後ろからだった。
いや待て、とリーサの心の中でストップが入る。確か、門に入る列で一番後ろにいたのは、自分ではなかったか?何故後ろで、子供の泣き声がするのだ⁉︎
ふと、最初の被害の後を思い出す。戦えなく、動ける者は女の冒険者について行った筈だ。ふと、リーサの横をかすめて行った瓦礫の事を思い出す。三メートルほどの大きさ、其れは優に人の大人よりも一回りもふた回りもでかかったでわないかと。ふと目の前に並んでいた母娘の親子事を思い出す。そして……
「う……あ……」
呻き声、女性のものだった。リーサは恐る恐る、声の方向へと首を曲げ、そして見る。
そこには、瓦礫に踏み潰されていた、先程の女性と其の側に立って泣いている。娘の姿があった。
「……た……けて……」
リーサの方に手を伸ばし、助けを求める女性の姿があった。腰から下は瓦礫の下敷きとなり、頭部から出血している。早く治療をしなければ間に合わなくなるかもしれない。リーサは震える自分の膝に手を当て、ふらつきながら、立つ。
その時だった。
グシャァと何かを潰した様な音がリーサの鼓膜を振動させた。それは、果物とかそんな可愛いものじゃない。確実に、肉を潰した音だった。振り返ると、殆どの冒険者が倒れその場に血の水溜りを作っていた。
再び足から力が抜けてその場に尻を着きそうになる。がぐっと堪え、瓦礫の下敷きになった。女性の元へ足を運ぶ。女性の下へ着くと、すでに気を失っていた。さっきのが最後の祈りだったのだろう。リーサは瓦礫の隙間に手をかけて持ち上げようとする。誰かが見ていたら、不審に思っただろう。魔力の強いダークエルフが魔法を使わず自力で瓦礫を持ち上げようとしているのだから。いつのまにか泣き止んでいた娘はリーサと一緒になって岩を持ち上げようとしていた。
ギロリと、突如リーサの背中に痛いくらい鋭い、視線が突き刺さる。予想はしていた。冒険者は全滅し動く者はリーサ達しかいない。まさにそれは、ドラゴンゾンビにとって格好の餌になる。
リーサは持ち上げようとするのを辞めて、体ごと後ろに向く。そこには、こちらに向かって咆哮するドラゴンゾンビの姿があった。
(……やばい、あの子も私もあの冒険者の様に踏み潰される⁉︎やっぱり逃げて…でもあの人が…)
どん底だった。娘を連れて逃げても、女性を助ける為に逃げなくても、百パーセント死ぬのだ。だったら……と、その時リーサは思った。逃げればいい。自分達を、自分を貶した人間ども、それが一人、二人死んだからって自分には関係のない事だと。
そうだ。見捨てればいい。
自分の隅で湧いた、自分の悪意。時間はない。早く。自分だけ助かればいいのだと。
ドラゴンゾンビが動く。リーサの耳がピクッと反応する。ドラゴンゾンビは口を大きく開けた。そして……
(……ッ⁉︎あれは……魔法?しかもかなり強力な!)
気にしている場合じゃない。リーサの体が動く。目に迫る死を前に彼女が選択した者は………
(そうだ。種族を汚し、仲間を汚し、自分を汚した人間どもをどう思ったって私の自由。私じゃないダークエルフだったら違ったのかもしれない。でも、私は私、自分の考えを違う人だったらと否定するのは違うんだと思う。)
ザッと下敷きの女性に寄り添う娘の前に立つ。手を目いっぱい広げ、後ろの二人から自分だけに攻撃が行くように、そして言い放つ。
「過去を憎み死骸と化しても執念深く生きている貴方には絶対に負けはしない!」
ドラゴンゾンビの口から魔法が放たれる。それは三メートルほどの大きさの火球、だが、その魔法の本質は、相手に単体の攻撃をする訳ではなく、その本質は爆発、周囲一帯を消し飛ばす爆発だった。リーサはそれを知った時、真に絶望した。
(守っても二人は助からない。)
もうどうしようも出来ない。リーサは死に、後ろの二人も死ぬ。自分に魔法が使えたなら、あるいは最後にリーサは思う。二人を救えただろうか。もしくは依頼の『あれを使えば』…迫り来る火球の眩しさで目を閉じる。覚悟は出来ている。
…………あれ?
いつまで経っても、地獄の暴力は振るわれない。
「賞賛するよ。」
目を開ける前に声があった。その声はどこか澄んでいてどこかで、濁っている。どこかで死んでいて、どこかで求めている。ただしその声の主の賞賛は紛れもなく本音だった。
目を開ける。そこには声の主がいた。黒髪に黒一色の服装、目をこちらに向けて笑っている?男にも女にも見えてしまう。第一印象が奇妙な人だった。
だがそれよりもあの火球をどうやって防いだのか、火球があった場所を見る。目の前、そこに水の盾のようなものが、少年?の手から出ていた。ジャバジャバと、水を弾く音とともにかキュが回転している。発火条件が水により揃っていないのだろう。
「君の行動は誰でもできるはけじゃない。劣等感を彼らに対して抱いていた。のにもかかわらず、自分を犠牲にしてまで彼らを守ろうとした。彼らなんてほっといて逃げればよかったのに、そうしなかった。全て彼らが悪かったと決めつければ終わりだったのにだ。もう一度言おう。君の行動を心から賞賛する。」
と、少年?は言った。リーサの中で何かが救われた気がした。リーサは力が抜けたのか地面に尻餅をつく。少年?は作り笑みの様に、笑顔を向けて、敵を見据える。火球を放ったドラゴンゾンビを、作り笑みの様に、ではなく心から憎む様に顔を歪ませて。
次回は一週間後くらいに