プロローグ
空を埋め尽くすほどのどす黒い雲のような塊の下、僕は走っていた。黒い塊はどこまで続いているのか先が見えないほどにそれは続いていた。
街から外れ廃墟区画へと足を踏み入れる。怖さはない、慣れた場所だ。
見渡す限り高層の建物が並ぶ、四十階が平均だろうか。だがその建物の全ての壁が所々崩れている。
「はあ…っ…はあ…っ…」
走る。吐く息は白く、吸う空気は冷たい。なんって言ったって季節が季節だ。あたりに白い雪はないが、吹く風は肌寒く感じる。
黒一色で染めた服の裾を翻しながら、走る。
黒髪を風になびかせながら、走る。
五分ほど走ると目的の場所の場所にたどり着いた。他のビルに比べて頭一つ抜けている。めんどくさくて考えてなかったけど、九十階よりもっと高いかもしれない。
「………フッ」
我ながら馬鹿だとは思う。街からここまで、走る必要はなかったのに。【オメガ】で移動すれば一瞬じゃないか。
そんな事を思いながら僕はビルの中へ入っていく。
ビルの中は暗い。当然廃ビルだから電気は通っていないし、ビルの中のものは殆どが倒れていて機能していない。
当然エレベーターも機能していないので非常階段で上を目指す。九十階以上もある階層を足で踏破するのは異常だ。だけど今の僕はそんな事を一切考えてもいなかった。
階段を登りながら思い出す。彼らとの懐かしい記憶を思い出す。
ようやくあの事にもケリがついた。だから、久しぶりに会いに行こうと思ったのだ。久しぶりに会うから少し緊張する。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
三十階を登ったあたりから、少し息があがってきた。階段を走って登っているからじゃない。緊張がこみ上げてきているから。
五十階程度から慣れてきた。息も安定してきているし、別になんともない。…何ともないんだ。
八十階まで登りようやくゴールが見えてくる。ここまでくると階段の側面の壁が剥がれ落ちて外が見えるようになる。
ここから見える景色はいつもあれを思い出させるから少し嫌いだった。剥がれ落ちているのはビルの裏側、つまり入った時と逆の方向だ。
ビル出口前の建設物は壁が崩れて中身が見えているものや、道路はえぐられていて通るのが精一杯な所などひどい惨事だった。が、ビル裏側はさらに酷かった。
比較的緑が多かったようだが、そんなものは関係なくえぐり取られていた。あったはずの緑はなく、他のビルの瓦礫から少し顔をのぞかせる程度である。また、ビル出口前とは違い、ほぼ全てが倒壊して瓦礫の山が作り上げられている。
呼吸で肩上下する。見上げる。見上げた先にあるのは四角い入口、入口には僕を照らすような光。ここまで来れば走る必要はない。ゆっくりとあがっていく。
ここまで来るのにも色々あったなと僕は少ししおらしくなってみる。何せここに戻ってくるのに十年近くかかってしまったから…
ただいまと言えるほど彼らに誇れることはしていないし、むしろ犠牲になってしまった人たちに申し履けないと彼女ならいうだろう。「いいんだよソラさえ戻ってきたんならそれでいいだろ。」と彼は喧嘩腰に言うだろうか。
僕は四角い屋上の入り口をゆっくりとくぐる。誇れることなんて何もない。だけど彼らならきっと返してくれるから、僕はくぐり抜けると同時に言う。
「ただいま、――ちゃん、――。」
その返事はなかった。ヒュンと風が頬を通って抜ける。屋上の風は下よりも少し冷たく感じた。
屋上には2つの石碑があった。現実が顔を出す。わかってはいた。――も――ちゃんももういないってことはわかっていた。だって2人は僕の目の前で……
僕は考える事を放棄した。この事を思い出して良いことはないから、目をそらす。目をそらした先には黒い空がただ延々と続いている。
黒い空は太陽光を遮断するわけではないらしい。黒いものはただそこにあるだけ、もしかしたら全ての人に同様の視覚障害が起こっているだけなのかもしれない。
けれど今はいい、そんなことはどうだっていいんだ。肩を震わせ、熱いものを我慢するようにして彼方を見据える。空は黒一色のはずなのにその光景に僕は目を見開いた。
確かに空の黒は光を完全遮断するわけではない。それを最も実感できるのが夕暮れと夜明けだ。
光が残骸の山を照らす。本当に台無しにしてくれたな過去の僕。自分に嘲笑しながら幻想的とも矛盾的とも言える夜明けを見る。
手を伸ばす。
何処に?
さあねここじゃない何処かかな?
自問自答をしながら、やはり二つの石碑に目がいってしまうので、僕は屋上側面の段差に座り目を閉じた。
次の瞬間、強風によりビルの外へと身が投げ出された。
一瞬何が起きたのか理解できなかった。それが何なのかを悟ると同時、空中で身をひねり真下を向く体制になった。体は大の字に空気抵抗を少しでも強く…なんて面倒なことはしなくていい。
僕には超能力があった。瞬間移動を始めた数多の力がそれを使ってこの落下を回避すればいいだけのことだ。
四十階ほどの高さ、流石に落下の速度は速い。そろそろ歪ませてで屋上に戻らないと危ない状況だ。
と、お思い僕は【瞬間移動】を…
「なん……⁉︎」
…どう…して
………つ……………かえ……な……
目を開けるとそこにはコンクリートの地面が――
西暦に譬えて三二六八年空は黒一色になっていた。その正体は全世界全人類に同時に起きた視覚障害かはたまた、西暦三千年以降に地球に到来した隕石のせいと言われている。
そんな中一人の少年が全世界を揺るがした事件があった。街一つ、国一つ、世界一つ、丸ごと作り替えてしまう様な、そんな。
そんな少年、ソラは突如として宙を舞い地面に落下した。目撃した人はいない。それどころか周囲には生物の影すらなかった。
だが、ソラの落下後、不自然な点はそこではない。本来死体になるはずのソラの体は何処にもなかった。血痕の一滴も残らず、『この世界』から消失していた。
次回は早めに出来たらいいなと思っている。