序章
気が付くと、何もない空間に漂っていた。
自分以外にあるのは、無限に広がる細かい粒子だけ。
どうやら、何かの拍子に濃くなった粒子のこごり。
それが自分であるらしい。
悠久ともいえる時間、漂っていて‥‥‥ふと気付いた。
暇だ。
それからは、あちこち移動して、自分と同じような存在を、いや、自分と同じでなくてもいい、何か意思をもった存在を探し続けた。
無限とも思える空間をくまなく探し続けて、どれほど経ったか。
ついに自分は悟った。
ここには、本当に、自分以外に誰もいない。
何もない。
試しに、自分のようなものが出来ないものかと、周りにある粒子をかき混ぜてみた。
特に何も起こらない。
次に、ふと思いついて、自分の一部と周りの粒子を混ぜてみた。
すると、何やら、もわっとした固まりになった。
それは、明確な形もなく、もちろん意思なんて持っていないただの固まりだったけれど、間違いなく、初めて触れる『他』だった。
自分ではない何かがある。
なんて嬉しいんだろう。
しばらくその固まりをなで回した後、自分は一つの渦となり、周りの粒子と自分とを混ぜ続けた。
渦の中からはたくさんの固まりが生まれた。
それば慣れるにつれて、どんどんきれいな球になり、柔らかったりザラザラしていたり、ふわふわしていたりした。
色々な球が産まれるのが楽しくて楽しくて、ずっとそんなことをしていたけれど、渦になっていると、せっかく産まれた球に触ることができない。
そこで体の半分を渦に残したまま、半分は渦を抜け出して産まれた球を追いかけた。
球を何個も集めてくるくる回したり。
球の回る渦を作ってみたり。
投げてみたり。
一人きりだった頃に比べて、他に何かがあるって、なんて楽しいんだろう。
でも、しばらくして、なぜかイライラして、悲しくなってきた。
結局、変わらない。
ここにあるのは、自分と粒子と球だけ。
自分だけだった頃と、そんなに変わらない。
悲しくなって、思わず、側にあった大きな球を、べちっと殴った。
……その、とたん。
世界が、変わった。
明るい。
光。
殴った大きな球が、まぶしいくらいに輝いていた。
自分の作ったたくさんの球が、こんな色をしていたのか、と初めて知った。
もわもわの、むにょむにょの、ザラザラの、こちこちの、今まで自分がずっと知っていたはずの球たちが、緑で、赤で、茶色で、金色だったということが初めて分かった。
きれい。
ああ、なんてきれいなんだろう。
光り始めた大きな球の周りに、小さな球たちをくるくると回してみる。
光の当たるところ、当たらないところ。
それぞれ色が変わって、とってもきれい。
ひょっとしたら、他の球だって、べちっとすれば光り始めるのだろうか。
そうしたら、この何もなかった空間に、あちこち小さな光があふれて、きっととてもきれい。
それからは、もう夢中で、いろいろな球を光らせて、光らなかった小さな球をその周りにくるくるして眺めて。
赤く光る玉や、青く光る球、黄色く光る球。中には二つ一緒に光っている球、小さな球の周りをさらに小さく周る玉もできた。
本当に見渡す限りが光る球にあふれて、遠くまでも光る球があって。
もうこのまま自分と同じような存在には、きっと出会えないだろうけれど。
でも、きっと大丈夫。
世界がこんなにきれいなら。
光る球が増えたことに満足して、それから再び、最初に光った球のところまで戻って来た。
……あれ?
変わっている。
光る球の周りを回っていた球の一つが、今まで見たことのない色に。
自分が何もしていないのに。
ひょっとしたら、話しかけたら、答えてくれるだろうか?
……おぉい、と小さな声で呼んでみる。
返事はない。
自分で変わったのは変わったけれど、自分で考えて動いているわけではないのだろうか。
でも、ひょっとしたら。
自分で変わったのだもの、もっと、よぉく見てみたら、あの球には、何か他とは変わったものがあるのかも知れない。
そう思ったら、もう居ても立っても居られなくなって。
『自分』を細く細く、ちぃさく引き絞ると。
『ぼく』はその青い球に、ゆっくりと降りていった。