閑話・ノアとキャロル
私はノア・フォルクロア。19歳…今年20歳になります。
親友のキャロルのおかげで初めての恋を実らせ、恐れ多くもこの国の第二王子であるレヴィウス様の婚約者となることができました。
田舎で育った私が、学校に通う為、13の時に王都に来てから…早7年近くの月日が経ちました。
時の移ろいとともに様々なことが変わっていきましたが、私の傍にはいつも、凛と佇んだ賢く美しいご令嬢がおりました。……親友のキャロルです。
彼女は無表情ではありますが、周囲の方が言うような冷血な女性ではありません。心根はとても優しい方なのです。
ただ少し…人より負けず嫌いなところと、こだわりが強いところがあるようには思いますが、そんなところもまた彼女の魅力です。
キャロルと仲良くなったのは、彼女が私に対する誰かの嫌がらせから、救ってくれたことがきっかけでした。
王立学園に入ってから……皆様とても親切にはしてくださったのですが……私が田舎者だからなのか、お友達と呼べるような方はおりませんでした。
馴染めない私は次第に孤立していくようになりましたが、授業で2人1組になるようなときに困ったことはありませんでした。何故なら私と同様に、常に一人の方がいらっしゃったのです。
それがキャロルでした。
もっともキャロルの場合、私と違って、一人でいるのを好んでいるように見えました。なので仲良くはなりたかったけれど、積極的に声を掛けることを躊躇わずにはいられませんでした。
そんなある日、私は机に入っていた手紙で、校舎裏に呼び出されました。
書いてある時間通りに所定の場所まで出向いたのですが、そこには誰もおらず…私が途方にくれていると、突如上から大量の水が降ってきたのです。
当然水浸しになる筈の私ですが、何故かほんの少し水滴がかかっただけに過ぎませんでした。反射的に目を瞑って身を縮こまらせた上からは、『キャア!』という女生徒らの悲鳴と、ガランガラン、という金属音……。
何が起こったのかとおそるおそる目を開けた私の前には、キャロルがいつもの無表情のまま立っていました。
『貴女が助けてくれたのね?』
私の質問に彼女は答えてはくれず、私を一瞥して去って行きましたが、私はそれを確信していました。
それから私はキャロルに積極的に話しかけるようになりました。
彼女は無表情ながらも私を受け入れてくれたようで、いまや、私に対してだけは、ほんの少し…口角を上げて対応してくれます。
キャロルの素敵なエピソードはつきませんが、冒頭で語った通り、レヴィウス様の婚約者になれたのも、彼女のおかげです。
婚約者候補に選ばれ、レヴィウス様に初めてお会いした時…一目で私は恋に落ちました。
レヴィウス様は皆に優しく、私にも勿論優しかったものの…何故か私は避けられている様でした。他の婚約者候補のご令嬢に比べ、私とお会いして下さる回数だけ、極端に少ないのです。
逆にキャロルとはすぐに仲良くなったようでした。
恋人というより仲の良い兄妹のようではありましたし、キチンと約束を取り付けて会っているという訳でもなかったのですが、会えば楽しそうに長時間話をし、その場の状況で可能なら一緒に遊びにいったりしていました。
同じように婚約者候補であるキャロルの負荷になりたくない私は、自分の想いを悟られないようにしていましたので、彼女は私の気持ちは知りません。
切なくはありましたが…他の方に取られるよりはキャロルと婚約して欲しい…。そう思い、半ば諦めた気持ちで二人を遠くから眺めていました。
しかし突然、レヴィウス様は私の元へ現れたのです。大きな花束を携えて。
私はあまりの出来事に驚き、花束のプレゼントにお礼を言うと…泣いてしまったのです。
オロオロしているレヴィウス様に、『嫌われているものだと思った』と本音をポロリとこぼしてしまいましたが、私は涙を零しながらも嬉しさに微笑みました。
すると予想外の答えが彼から返ってきたのです。
君と二人きりになると、とても緊張してしまって…と。
そこから徐々に私と彼は仲良くなり、今に至ります。
レヴィウス様と仲良くなってからわかったことですが、私に花束を持って行くことになったのは、キャロルからのアドバイスでした。
何故私とあまり会おうとしないのかと、レヴィウス様に尋ねたキャロルは、私が聞いた理由と同じことを聞き、彼にこう言ったそうです。
『馬鹿め……一生後悔したくなければ、花でも渡しに行ってみろ』
キャロルは私の気持ちに気付き、チャンスをくれたに違いありませんでした。
黙っていれば、婚約者に選ばれていたのは彼女の方だったというのに。
隣国からの縁談の話が思うように進んで行かない王太子の御立場を考え、婚約が決まってから3年になろうというのに、私は未だ婚約者のままですし、キャロルはキャロルでハロルド様なんかの婚約者にされてしまいました。
……キャロルには申し訳ないけれど、その一連の展開に私は感謝しています。
レヴィウス様との婚約だけでなく、唯一無二の親友である彼女と共に暮らせているのですから。正直、こんなに心強いことはありません。
ただ、その一方で湧き上がる罪悪感は拭いきれず……せめて少しでも彼女の役に立てたら、と思ってはいるものの、夜会等で彼女が一人にならないようにする、等の小さなことしかできませんでした。
それに彼女は孤高の人…そもそもそんな気遣いなど、なくても問題ないのかもしれません。
ハロルド様の一件においても、実に堂々としたもので、私は己の小ささを思い知らされた気分でした。
私は彼女の友人として相応しいのかしら……
常々そんな風に思っていた私は、今回の『白い同棲』でキャロルが私を頼ってくれるのが、嬉しくてたまりませんでした。
キャロルが頼んだとおり、具合の悪いフリをして彼女を呼びました。……しかし、彼女は来れないそうなのです。
不思議に思い、様子を見に行くと…なんと彼女は具合を悪くして倒れていました。
……私ったら、聞き間違えたのかしら……