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美形の威力を舐めていた

 その日の早朝、エミール様は私よりも早く例のゲストルームに現れていた。


 私は無駄が好きじゃない為、惰眠は貪らないし、朝だろうと可能であれば動く。そんな早起きの……しかも王宮内から王宮内へ移動しただけの私よりも早く来ているとは思わなかった。

 しかし、そんなことよりも驚くべきことが他にあった。


 部屋の共有部にするつもりの、二つの寝室を挟んだリビング内には…至るところに無数の花が飾られていたのだった。


「おはようございます。……随分お早いのですね?」


 いや、アンタが言うか、ソレ。


「おはようございます。あの、これはエミール様が?」


「ええ…。ですが積年の私の貴女に対する想いと貴女の美しさ、そして今日の喜びを表現するにはこれでは足らないくらいです」


 残念そうに彼は言ったが、部屋はちょっとした花屋の様になっている。

 表現せんでいい……部屋を温室に造り替える気か。


「身に余る光栄です」


 つーか余る。実際、余る、物理的に。


「しかしながらエミール様、今後贈り物はナシにしてください」


 私の言葉に彼は悲しそうな顔をした。


「それは…私からの贈り物が受け取れなくなるかもしれない、という前提でこの生活を行うからですか…?」


 的外れなことを言うんじゃない。仕方ない…ハッキリ言ってやろう。そもそも互いを知る為の同棲だ。


「いえ、お気持ちはありがたいのですが、正直言うとこんなにいりません。一輪で充分です。更に言えば、私は貴方の経済観念が心配です」


  互いのことをある程度知った上で、上手くいくのが理想ではある。そんな訳で、なるべく気を遣って喋ったつもりだ。

 もっともハロルドの際にもそうしたつもりだったのに、更に嫌われてしまっているという布石があり、自分の感覚があまりアテにならないことを理解はしている。理解してるからどうってこともないが。


 意外にも、私の言葉にエミール様は嬉しそうな顔をした。


「経済観念を心配された…ということは、本当に私とのこの先を考えてくださっているのですね……ようやく実感がわきました」


 ……ようやく実感がわいた、だと?


 実感がわかないのに大量の花を購入する気持ちが私にはわかりかねるが。

 金をドブに捨てるようなもんじゃないのか、ソレは。



 昨夜レヴィウスに聞いたところ…彼はなんと14年も私のことを想い続けたらしい。


 嬉しいかと聞かれれば、そんな気もしなくはないが、正直ちょっと引く。……その辺の感覚は彼とは合いそうにないが、これからの生活に差し支えはなさそうなので、一先ず置いておく。



 それよりも……彼が私に恋心を抱いたという、初対面の際のエピソードを、私はさして覚えていない。


 なぜなら私は当時、いじめっ子をいじめることを趣味としていたので…似たような事が多々あったのだ。

 その行為は正義感や同情心等からのものではなく、ただ単に初歩の攻撃魔法の試し打ちだったり、新しく覚えた幻術の練習だったりと…あまり褒められた理由ではない。

  誰に、どういう状況でやるかによって評価が変わることを、幼いながらも私は知っていた。いじめっ子はそんな私にとって、格好の獲物だったのだ。


  そして何より……当時、私はある小説にハマっていた。

 それは『暗黒魔道士ルルノイエ』だ。


 実のところ、私の好みのベースは、その物語の主人公『ルルノイエ・ヴィグフォガード』という、噛みそうな名前の彼にほかならない。


  ちなみに『暗黒魔道士ルルノイエ』は児童書ではない。15歳〜大人向けの娯楽小説だ。

 叱られて閉じ込められた屋敷の屋根裏部屋の中で、ひっそりと置かれているのを発見したのが始まりだった。おそらく、母の私物だと思われるそれによって、私は人より早く文字を覚え、魔法を勉強した。


 『暗黒魔導師ルルノイエ』は、全属性持ちで剣も使えるチート美形魔導師が、魔法や剣で敵をバッタバッタ倒す、というわかりやすい内容だ。数多の美女…時に美少年に惚れられつつも、決して一箇所に留まらない孤独な男……それがルルノイエ。

 決め台詞は『地獄の業火に焼かれるがいい。』…クールだ、ルルノイエ。


 漆黒の肩までの長髪に切れ長の紅い瞳……その本に挿絵はなかったが、エミール様は小説の描写通り…私の想像していたルルノイエを具現化したような容姿をしている。



「…今日は特別に王太子がお休みをくださったので、貴女とゆっくり過ごせます」


 しかし、そう言って照れた笑みを浮かべる彼は…さしずめ忠実な大型犬だ。

 そこが孤高の一匹狼、ルルノイエとは大きく違う。



 彼は大量の花の中から一輪花を抜くと、パチン、と指を鳴らした。大量の花が一瞬にして消える。

 …おそらく転移魔法だ。用意した時も転移魔法を使い、その時の魔法陣がまだ消えてなかったのだろうと思われる。


「一輪で充分…と仰いましたね。受け取って頂けますか?」


「…ありがとうございます」


 うわぁ……キザぁ……


 私は砂を吐きそうな気持ちでそれを受け取る。…魔法陣のことを考えると、残りの花は花屋に送り返したのだろう。


 花屋丸儲けだな。


「…白いカラーの花言葉をご存知ですか?」


 柔らかい微笑みで彼は私に尋ねたが、当然知るわけはない。


 私が花言葉に興味がある人間に見えるのか?

 どちらかというと大量の花にかかった金額の方が気になるクチだぞ。


 そうツッコんでしまいそうになるので、とりあえず首を横に振っとく。


「『凛とした美しさ』です。…貴女にピッタリだ」


 騎士様はどうやら脳内が乙女なようだ。まあ、気付いてたけど、再確認。


 なんて言葉を返すのが正しいか、私にはわからない。いや、わからないというか…彼のクソ甘い言葉に対応する語彙を私は持ち合わせていない。

 よしんば思いついても、発言することは断固拒否する。そんな言葉吐いたら、アイデンティティが一瞬にして崩壊し、舌噛んで死ぬ。多分。


 なのでとりあえず礼を言って、花を生けることにした。THE・無難な選択。


「エミール様、ありがたく頂戴いたしま…」


 そう言った途端、彼は私の唇に人差し指をそっと押し付けた。


「…エミール、です。キャロライン様」


 頬を染めながらも、真剣な瞳で彼はそう言った。

 私もこれにはドキリとせざるを得ない。


「エ……エミール…」


 おもわずどもってしまった。王への謁見や、昨日の夜会の諸々にすら動じなかったこの私をどもらせるとは、美形とは恐ろしい生き物だ……。


 しかしそれで終わりではなかった。


『クソ美形力』と名付けた幻術に似たそれは、この後如何なくその威力を発揮し、私に襲いかかった。


 云わば、美形無双だ。



 今しがた私の唇に触れたその指を、愛おしそうに自らの唇に持っていき、そっと口づけてから彼は囁いた。


「……キャロル」


 私の愛称を、敬称略で。


 恥ずかしげもなくやってのけたその芸当は、およそ美形のみに許された幻術魔法……『ただしイケメンに限る』。


 一連の仕草は妖しく、半端ない色気を醸し出していた。


 元来負けん気が強い割に表情の薄い私は、こういう行為で人を揺さぶろうとする、あざとい美形が大嫌いだ。

 しかし彼に関しては、いつものように冷たい視線を投げかけるどころか、狼狽えて目をそらす始末……


 つーか、エロい。なんかエロい。


 気が付くと私は『暗黒魔道士ルルノイエ』のちょっとしたお色気シーンを、初めて読んだ時のように激しくドキドキしていた。


「……キャロル?」


 私の異変に気づいたエミールさ…いやエミールに声をかけられ、慌てて彼に背を向けた。


「…花瓶を…探してきます。丁度いいサイズの」


 己の衝動をなんとか堪えた私は、そう言うのがやっとだった。


 実は声を掛けられた時、私は照れを悟られないために彼にもらった花で、彼に攻撃を繰り出そうとしていたのだ。


 合理性とはかけ離れたその行動に、私は自分の弱点と美形の威力を思い知らされた。

 ……次からは気をつけよう。花瓶でやったら洒落にならない。


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