極めて合理的な恋愛計画
「えーっと…つまりエミールはキャロラインが好きだ、と」
困惑を隠しながら王太子は口を開いた。
「ええ…しかし第二王子であるレヴィウス様の婚約者候補として、名前が挙がられてしまったとき自分はまだただの一兵卒に過ぎませんでしたし…ようやく部隊長とまでなった時には第三王子の婚約者になられたと…」
肩を落として彼がそう言うのを王家の2人は苦々しく聞いている。
そうだ、もっと反省しろ。おかげでこっちは散々だ。
しかしそんなことよりももっと気になることがある。
(この男…いつから私のこと好きなんだ?)
しかも私が彼の顔を認識できていないぐらいだ。今までずっと遠巻きにしか見ていなかった、ということになる。
「諦めなければ…と自分に言い聞かせておりましたが、諦めきれず…。せめて一度ダンスでも…と思い夜会に参加するもその勇気も出ず……」
「どんだけ奥手なんだよ?!」
レヴィウスが流石にツッコんだ。激しく同意させていただきたい。
彼は既に紅潮していた顔を更に赤くして、俯いたまま続けた。
「そんな折にこのような話が降ってわいたものですから、キャロル様のお気持ちも考えず暴走してしまいました」
いや、暴走しすぎだろ。
そもそもこんな状況じゃなくても、公開プロポーズとか有り得ないから。勘弁しろ。
そうは思いつつも、枯れ果てていると思われた私の乙女心に水をやり、若干復活させたのは紛れもなくこの人だ。
こんな超タイプの男前にあれだけのことをされたのだ。そりゃ、悪い気はしない。
それに何より、恥をかかされた状態から救ってくれたのは、彼の暴走にほかならなかった。
「どうだろうかキャロライン。ウチの愚弟がしでかしたことからの派生になってしまい…不本意な形とは思うが……」
その続きを私は予測できた。
「彼の昇進と爵位を授けるのを早めるように王に打診するから、彼のもとに嫁ぐ、というのはどうだろうか……?」
ほらきた。
「どうだろうか?」だと?…馬鹿も休み休み言え。つっーかもう少し反省しろ。
そりゃ穏便にことを済ませたいアンタ方には都合の良い話だろうが、これ以上私の人生をかき乱すな、王族。
しかし当然ながらそんな本音は心の中で罵倒するに留めて置くことにする。
呪われちまえ、王族。
それにそれは感情論に過ぎず、およそ合理的ではない。
このまま『若干トウが立った、お手つきの捨てられた女』としておめおめと実家に戻ったところでお先真っ暗だ。
だからといって『はい、そうですね』とも言えず…私は逡巡した。
そもそも彼は私に対する何らかの誤解をしている結果、盲目的に『好きだ』と言っている可能性が高い。例えば一目惚れであるとか。
ハロルド(最早ヤツに様などいらん)のように、そもそも私と合わないかもしれない。もうそういうことで無駄な努力を費やしたりしたくない。
私はもう20歳だ。婚活を諦めるのであれば、早急にそれなりの身の振り方を考えなければならんし、時間と労力はそっちに割きたい。
しかしながら、オイシイ話ではある…なんせ彼は私に夢中であるという前提からのスタートな上、見た目が私のど真ん中ストライクだ。
ヘタレとは思うが、真面目な性格であることはダンスの件で間違いないだろうと思う。
更に昇進と爵位がオマケでついてくるらしい。
どうにか彼の人となりと、自分との相性を早急にわかる手段はないだろうか。
そんな都合のいい手段を脳内で探している最中、件の令嬢及び、ハロルドが捕まったとの報告が入った。
ほら見ろ、すぐ捕まった……王立騎士団近衛兵を舐めんな馬鹿王子。
(王立騎士団近衛兵……)
私は自分の心の中で毒づいた一言に含まれるその単語に、ヒントを得た気がした。
「あの、ハロルド様の処遇は?」
おもむろに王太子に尋ねる。
「とりあえず正式な処遇については王が戻り、今回の一件の報告を行ってからだが…それまでは幽閉、ということになる。勿論、君の意見は重く受け止めるが…」
王が戻るまで…幽閉…。
「…王はいつお戻りに?」
「ああ、和平を結んでいる西の国に出掛けたばかりなので、あと二ヶ月ほどは戻られない」
自らの保身の為に都合の良い算段を探るべく、フル回転している私の脳内に『チーン!』という小気味良い金属音が鳴り響いた。
「ハロルド様の処遇につきましては、私にも責任の一端がございます。なので彼や件の令嬢についてはどうぞ寛大なご処置を」
愚弟とは言え弟は弟…寛大な処置を、と聞いて王太子とレヴィウス第二王子は少し安心した表情を見せた。
しかしこれは餌なのだ。自分の要望を通しやすくする為の。
「ですが今までの私におかれました状況、これからの私にかかる負荷に対して同情なさる気持ちがもしお有りでしたら、私の我儘を聞いていただけませんか?」
「私の一存では勿論出来兼ねることもあるが…君には多大な迷惑をかけたと思っている。できる限り力になりたい、というのが私達の総意だ。…キャロライン、言ってみてくれ」
王太子はそう言っていくれたのだが、お願いをする前に少しだけエミール様と話す必要があった。
「ではその前に、少しだけお時間を頂きます。……エミール様?」
私が横に座る彼の方を向くと、彼はその切れ長の目を少し丸くし、頬を赤らめた。
「エ…エミールで結構です、キャロライン様……」
どもりながら彼はそう言った。可愛らしくはあるが、そういうの今はいらん。
「貴方は私との将来を真剣にお考えですか?」
「えっ、ええ!勿論です!!私と結婚していただけるなら身を粉にしてでも誠心誠意貴女に尽くす所存…」
うん、わかった、もういい。私は再び王太子の方に向き直る。
「では王太子様、私の希望を申し上げます」
私の希望に王太子は勿論のこと、レヴィウスもノアもエミール様も驚いていたが、細かく説明すると、むしろ喜んで承諾してくれた。全員。
私の希望は王が出ており、ハロルド王子が幽閉されている二ヶ月間限定で、王宮内の二間続きのゲストルームを借りて行う、エミール様との擬似『白い結婚』。
『白い結婚』とは相手に一定期間手を出さないという約束のもとに、婚姻関係が結ばれるもので、主に未成年者との婚姻(政略結婚等)の際用いられる。
ゲストルームならば寝室は別…婚約者として今まで王宮内で暮らしていた私は荷物を移すだけで済むし、人の噂も気にならない。
しかもノアやレヴィウスに気軽に相談もできる。
『その代わりとして今回の件は、その期間のハロルド王子の幽閉のみで、あとは不問にする』と言ったら王太子はむしろ非常に協力的で、その期間、エミール様の役職を特別に王太子付きにする…とまで言ってくれた。
王のいない間の不祥事は彼の責任だからな、まぁ当然か。
そんな訳でエミール様と私の『白い同棲』生活は始まりを迎えた。