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無表情令嬢キャロルの極めて合理的な恋愛  作者: 砂臥 環


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17/18

語られなかった一部分

 私はエミール・ローガスタ。王立騎士団第二部隊長及び魔術師長。23歳。

 ……もっとも魔術師長というのは単なる役職名に過ぎない。

 魔力持ちであったとしても、その力を有効且つ身体に負荷がかからぬよう使いこなすには特殊な技能や知識がいる。そのため魔術師団は別に存在し、人数も少ない。騎士団の中で魔術も使えるというのは稀なので重用されたに過ぎない、と私は思っている。

 しかしその知識のおかげで騎士団のみでは難しい場所のインフラ整備の成功や、魔術師のみでは気付かない場所の結界の強化の指示などを行い、スピード出世を果たすことができた。


 ……私の心は虚しかった。今更出世したところで何の意味があるだろう。


 今までしてきた数々の努力……ソレはひとえにキャロライン様に相応しい男となる為……!!


 私は自分の運命を呪った。


 彼女は私が声を掛け、自分の存在を認識してもらうより先に手の届かない女性(ひと)となってしまっていた。


 第二王子レヴィウス様の婚約者候補となり、仲睦まじいお二人の姿を見たときは『クソ王族…呪われろ!!』と大変に不敬なことを心で思いながらも、まだ諦めようと思えたものだったが、第三王子ハロルド様の婚約者となられてからは不敬な気持ちばかりが強くなる一方だ。


 思春期に恋愛にかまけるのを恐れた自分が憎い……!


 私は己の欲望を封じ、騎士として国……そして王家に尽くすべく、秘密裏に欲望及び妄想をノートに書き込んでいた。

 無論見られたら大変な不敬に当たることも書いていたので、魔力で私以外のものが手に触れないようにした上で、更に開いていても内容がわからないようにしてあった。


 その内容は単なる妄想なので実にくだらない。


 曲がり角でぶつかった女性がキャロライン様でそれをきっかけに恋に落ちるとか、ある日暴漢に絡まれている女性を助けるとそれがキャロライン様だとか、私が捨てられた子犬を発見し、懐かれてしまい見捨てられずに困っていると雨が降ってきて、そんな私に傘を差し出し微笑んだ女性がキャロライン様だとか……

 そんな我ながら乙女チックな内容もあるが、時にはハロルド王子に手篭めにされそうなキャロル様を助け出し、そのまま……みたいな、色々な意味で酷い内容もあった。


 見直すと自分でも恥ずかしさに死にたくなるのでノートは1冊書き終わるごとに燃やしている。


 何度か友人や仲間に夜の街に連れ出されたときは、男として非常に残念な結果に終わってしまったし、他の女性と付き合ってみようと試みても、キャロル様のことばかり考えてしまい、好意を向けてくれる女性に対してはその罪悪感しか湧き上がるものはなかった。


 それでも私は王家への忠誠と……何よりキャロル様の幸せを思えばこそ、諦めるつもりではいたのだった。


 そう、あの日までは。


 城下町で警備をしていた私はあらぬものを目撃する。

 幸運にも我が女神、キャロライン様を手に入れる権利を得たにも関わらず……あろうことかハロルド(最早『様』などいらん)は女を侍らせていたのだ。


 このクソガキ……!!こんな男と結婚してキャロル様が幸せになるハズなどない……!!


 私はそう思った。


『どうにか奴との婚約が駄目にならないだろうか』


 私の妄想ノートは次第にそんな内容ばかりになっていった。……暗いのは認めよう。しかしどうにもならないことばかりで気が狂いそうだった。

 自分自身の想いすらどうにもならないというのに、だ。


 彼女は婚約しており、その相手は王族であり、ハロルドは女を侍らせている。


 ……私がキャロル様の為ににできることなんて何一つなかった。


 私にできることと言ったらそれを探すための無駄な努力くらいだった。

 許される範囲内で彼女の近況を知るとか、彼女のいる夜会に自分も赴くとか……


 夜会で私は何度もキャロル様をダンスに誘おうと思ったのだが、未だにできずにいる。昔は彼女の美しさに身体が固まったからだが、今は『諦めるべきだ』という気持ちと『自分を見て欲しい』という葛藤の気持ちからの方が大きかった。


 きっと彼女に触れたら諦められなくなる。




「はぁ……」


 スノーグ家の食事会に呼ばれたのは正にそんな時だった。

 騎士たちに防具を卸しているスノーグ家は私の遠縁でもあり、慰労のため第二部隊を招いてくれていた。一応は食事会という名目だがちょっとした酒宴だ。


 溜息を吐く私に、スノーグ家の三女レイナが話しかけてきた。


「おやおやぁ?色男が悩ましげに吐息なぞ吐いちゃって……恋のお悩み?」


 レイナは18になるがおよそ男爵令嬢とは思えない数々の振る舞いと……三女であることをいいことに嫁にもいかず好き勝手なことばかりしている問題児である。しかし多趣味・多才な彼女は結果として多くの益をスノーグ家にもたらしているため、家人も黙認している。

 私とは兄妹のような関係のレイナは、かねてから私の気持ちを知っており、私はハロルドと同い年で下町の幼馴染である彼女から、時に奴やキャロル様の情報を買っていた。

 無駄なあがきなのはわかっていたが、それでも私は彼女を諦めきれず……せめてキャロル様が幸せそうなら諦めもつくのだろうに、ハロルドの情報はソレを否定するような碌でもない内容ばかりだった。


「今回の情報はちとお高めだよー、旦那」


 18には見えない幼い顔をして、女子にあらざる口調でレイナはそう言った。




「婚約を破棄したいと思っている……だと?!」


 私はハロルドの馬鹿さに呆れつつも僥倖した。


「まぁ愚痴だし……そもそもヘタレのハルやんのことだ、王には言い出せないだろうね。それで彼も悩んじゃってるわけだけども」


「どうしてハロルド…様はそのような……!?」


 その質問にレイナはそっぽをむいて悩んだ素振りをしたが、しばらくしてから『さあねえ』と言っただけだった。


「ふーん、相変わらずエミール兄ちゃんはキャロル様に首ったけと見えますなぁ……声を掛けるなら今じゃないの?あぁでも、家のこととか考えて不貞とか働いちゃーダメよ☆……もっとも」


 本当に婚約が破棄されちゃえば……不貞にはならないけどねぇ……


 悪魔が囁くようにレイナはそう呟いた。


 私の頭にいくつかの妄想ノートの内容が思い浮かぶ。


 悪魔は囁き続ける。私の考えを見透かすかのように。


 そうそう…王と王妃って…しばらく隣国に行っちゃうんだっけ……


「っ……レイナ!!」


 私は語気を強めて彼女の名を呼んだ。彼女を始め、周囲の者が何が起きたのかと振り返り、私は狼狽えた。暫く間をおいて……我ながら酷い内容のことをレイナに言う。極めて小声で。


「レイナ?…仮に…仮にだが……お前に酷い醜聞が立つような……可能性としては低いと思うがもしかしたらそれ以上の……もっと酷い事態に陥るかもしれない事を、私が自らの命を賭す覚悟で頼むとしたら……どうする?」


 レイナは鼻白んでからかうように言った。


「『仮に』ぃ?ハッキリ言いなよエミール兄ちゃん。アンタは何を頼みたいの、この私に……ま、わかってるけどぉ」


 しかし、命を賭す覚悟、とは恐れ入った……そう言うと彼女は私に向き合った。


「わかるよ、エミール兄ちゃん……私もね、最近見つけたんだ。命を張ってもいいくらいのトキメキを」


 もっとも私のは恋じゃないけど。レイナはそう言うと目をキラキラさせながらしばしうっとりとしたが、私の目を刺すように目線を合わせた。


「本当に命を賭す覚悟なんてものがあるんなら、私の願いを叶えてくれる?取引はそっからだよ、お兄ちゃん☆」


 私とレイナは話し合った。

 彼女の願いは魔術師団への入団。それを叶えるだけのコネは私にはあったものの、コネだけでは正式な入団はできず、研修的な仮のものしかできない旨を告げたが、仮でもなんでもいいと彼女は了承した。


「エミール兄ちゃんと同じさ。……足がかりさえあれば後は自力でなんとかする。そうでしょ?」


 レイナはそう言って笑った。自信家の彼女らしい。


 私は彼女のように自信家ではないが、『足がかりさえあれば後は自力でなんとかする』というその言葉は私の胸を打った。


 14年もただ見てるだけだった。馬鹿みたいな記述を繰り返し、諦めがつかないままただ彼女を遠くから追いかけた。知ってもらえればもっと頑張りようがあった、とただ後悔するだけの毎日はもう嫌だった。


 悪魔だろうとなんだろうと、関係ない。おそらくこれは最初で最後のチャンスなのだから。




 それでも躊躇いが全くなかったかと言われれば嘘になるが、キャロル様とハロルドの関係を考えれば、婚約をブチ壊すことに今更躊躇う必要はない……そう自らに言い聞かせた。


 (さか)しいキャロル様の事だ。ハロルドの元には戻れなくとも、他に人生の選択肢がいくらでもあるだろう。所詮これは『足がかり』に過ぎないのだ。

 婚約をブチ壊した後、彼女が何を選ぶかは彼女次第だ。

 でも私は選ばれる為の努力は厭わない。この14年だって、ずっとそうだったんだ。


 とりあえずは彼女に知ってもらう……私のことを。


 もし選んでくれたら必ず幸せにするし、選んでくれなくても影からずっと彼女を支えよう。



 私はそう固く決意した。



 しかしそう簡単にはいかなかった。

 夜会の当日演習でトラブルがあり、私はその後始末で時間を割くこととなってしまった。


 騎士舎から直接王宮へ向かうしかない……!!


 私は部下に言って自分のサイズの礼服を無理矢理用意させ、仕事が終わるとすぐさまシャワーを浴びて着替えた。


 クソ……っ間に合ってくれ……!!


 王宮に着くとことは既に終わった後だったが、キャロル様の機転によって、夜会が再開されようとしていた為、なんとか間に合うことができた。


 やっぱり女神だ……


 妄想ノートでは颯爽と現れてダンスを申し込んでいる筈の私だったが、現実の私は汗だくでヨレヨレで息が切れていた。


 それでもなんとか格好をつけて彼女の前に立つ。


「貴方は……?」


「エミール…エミール・ローガスタと申します」


 ようやく彼女に知ってもらえた、その瞬間だ。


 私はようやくスタート地点に立つことができたのだった。


閲覧ありがとうございます。


なんかやっぱり気持ちわるいんで、キャロル視点で1話(多分)をこの後入れます…………

悩みすぎて機を逃した感満載ですが、近々あげます。


10/5 感想、ポイント評価の受け付けを再開しました。


もういい加減自分の中で色々許してあげようと思うのと、暫く諸々の更新をする時間が無いためです。

感想に対するお返事ができるかは謎ですが、いただけると嬉しいです。

ただ、この作品を通して色々キツかったのも事実であり、当人が一番反省も後悔もしております……

ですのであまり精神的にキツいご感想は削除するかもです。

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