再・行き詰まったら人に聞け
「そういう訳なので真面目なアドバイス、お願いします」
「いや、どうゆう訳だよ?!」
この私がわざわざ手土産まで持って現れたというのに、彼は大層御立腹なご様子である。
私が相談相手として選んだのは、ハロルド第三王子。
何故なら彼は非常に考えなしで軽率ではあるが、それは感情豊かな故、衝動的であるとも言える。
また劣等感が強いかわりに、周囲に甘える術をよく知っている。だから王太子もレヴィウスも彼には甘いのだ。
もっとも父上である現王はそういうところに腹を立てていたらしいが。……私が彼の婚約者に据えられたのは、その辺が理由なのではないかと思う。
私もあざとい男は嫌いだ。
しかも彼は顔も悪くないのを良いことに女をとっかえひっかえ……別にヤツに愛情があったわけではないが、今思い出してもムカッ腹が立つ。
王も婚約者になどしないで教育係として据えてくれれば、ヤツの性根を存分に叩き直すべくビシビシ言ってやったものを……
しかし、恋愛相談をするにはうってつけの人物である。
少なくとも私の周りには、あまり適した人がいないことをこないだ思い知った。
「お前、そんなこと俺が真面目に答えると思っているのか?」
彼は鼻白んで皮肉に笑ったが、声は震えている。何故だかは(思い当たりがありすぎて)わからないが、私は彼に恐れられている。
「ええ、思ってますよ。何故なら貴方には貸しがあります。貴方のこないだの暴挙に対する報告ですが、私が王太子に留め置くようにお願いしてあります」
「え……」
正しく言うと若干違うが、彼には反省を促すため何も言わないでおいたほうがいい、との私の意見に王太子も賛成していたので、コイツに何言ってもわかりゃしないだろうと踏んでいる。
「……しかし私は純然たる被害者……王が戻られる前に気が変わるかもしれませんね?勿論ハロルド様の御対応次第ですが……」
「お前……俺を脅す気かよ?」
「あらそんなこと。内弁慶な私は社交的でいらっしゃるハロルド様の素敵なアドバイスを期待してやってきただけですよ?こうして貴方の好きなお菓子も持ってきたではありませんか。楽しくお話しましょう」
嫌味をふんだんに盛ってやった私の言葉に彼は観念したようで、グッタリしながらも檻の奥から椅子を運んできた。
「……茶ぐらい用意してくれるんだろうな?」
私が手を叩くと予め用意しておいた椅子と、テーブル、そして菓子と茶を侍従がスタンバイする。それを見てハロルドは大きく溜め息を吐いた。
「いいですか、ハロルド様。ふざけた意見はマイナスですよ。プラスの数に応じてお菓子を差し上げます」
「俺は躾される犬か!」
「大丈夫、犬の方が断然可愛いです。」
私は犬が好きだ。お前と並べるなんて犬が可哀想だろ。
とりあえず話を聞く気になったようなのでお茶とチョコレートの一粒位は与えておいた。しかし私の話を聞くと彼は、次第に哀れみに満ちた目で私を見るようになり、チョコレートの一粒を与えたことを私に後悔させた。
「キャロル……お前……やっぱり血の通った人間じゃなかったんだな…………」
「……マイナス10点です。ハロルド様」
「いやいや、真面目な話。いくら適齢期を俺等に潰されたとは言え、学校に通っていたんだ。普通は恋の1つや2つあるもんだ。ましてやお前は……その……ブスではないし。お前に懸想する男もいただろ?お前の恐ろしさを知らないアホが」
確かに手紙などは机の中を経由する形でいただいた事はあるが、基本的に私の机の中には謎のお手紙が色々入れられていた。そのため、開封は危ない可能性があるので未開封のまま全て捨てていた。
それを告げるとハロルドは尚残念なものを見るような顔をしたが、ほっといていただきたい。
そもそも問題は過去ではなく、今なのだ。
「……まあいい。で?要するにお前はどうしたいんだ?」
「主導権を握りたいです。その上でスキンシップにも慣れていきたいと」
「ふぅん……なら甘えてみれば?」
「マイナス20点です。ハロルド様」
「なんでだよ?!真面目に答えてんだろうが!」
私にそれができるなら貴方とはこうなってません、と言うと彼はとりあえず納得したが『甚だ面倒な女だ』と付け加えられた。マイナス30点だ。
その後も色々アドバイスをくれるものの、マイナス点が増えていくばかりだった。マイナス120点に到達した辺りでようやく彼は使えそうな意見を出した。
「じゃあ……そいつからのルール執行封じをするっつーのはどうだ?そいつが言うより先に、決まっている項目の遂行をお前がする。」
「なるほど……流石いけすかない女好きとの印象を一部にしか与えていないという、驚異の甘え上手…外面キング・ハロルド様……それならこの私でもできそうです!」
「お前……俺が出た後の月のない夜には気を付けろよ……?」
ウッカリ脳内の言葉をふんだんに使って彼を褒め称えた為、褒めたことにならなかった。
代わりに彼にプラス100点と焼き菓子をいくつか差し出すと、彼は受け取ったあと微妙な顔をして言った。
「まだマイナス20点じゃねぇか……」
その返しはなかなか面白かったので、不覚にも少し笑ってしまった。
「……っ!!」
突如ガタガタッと音をたててハロルドが椅子から倒れた。
なにやってんだコイツ。虫でもいたのだろうか。
「大丈夫ですか?ハロルド様……」
「大丈夫じゃねぇよ……くそ……なんで」
そのあとの呟きは私にはよく聞こえなかったが、彼は俯いたままこちらをみることはなく、立ち上がったあとも背をむけたままだった。
「……いいだろ、もう。帰れよ」
「そうですか。ではまた」
『ではまた』という挨拶に彼はようやく振り返って私を見た。
「また来る気かよっ?!」
「ええ、報告と次のアドバイスを貰いに……何かその際に差し入れるもののリクエストがありましたら言っていただいても……」
「キャロル……お前って……本当」
ハロルドはそう言いながら呆れた顔で私を見る。一旦間を置くと『本当、図々しいヤツだ』と言って笑った。
彼はまた顔を背け、件の男爵令嬢について躊躇い気味に話し出した。
「なぁキャロル……あの娘は関係ないんだ。流れで俺の計画に加担しただけの……ただのお人好しの馬鹿だ。だから彼女のことだけは……不問にしてくれ」
どこまで真実かは私には解りかねるが、ハロルドが真剣に私に頼んでいることだけは理解できた。
彼女は当然不問に決まっている……勿論私はそのことを教えるつもりなどなかったが、彼の口調が真剣そのものだったため、安心できるレベルでの回答を返してやった。
すると彼は完全に背をむけて私にひらひら手を振った。
「……次の差し入れは『フランボワーズ』のショートケーキな」




