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どうせだなんてそんなので


「どういう事よ、プロデューサー」

「どういう事ってのは?」

「だから、なんで恵理と京子さんが辞めるって」

「・・・俺がなんかしたと思ってる?」

「ちょっとね」


 それを疑わないなんて嘘だ。

こんなにもタイミング良く、しかも的確に二人の名前が出てくるなんてやはりおかしい。

一体私の知らない間に何があった。

「とか、考えてるんだろ?」と彼は私の思考をそのまま手に取るように言い当てる。

 気持ちが悪い、なんなのだこの怖気は。

今まで彼に対して異質だと感じる事はあっても、こんな寒気のようなものを感じたのは初めてだ。


「何も驚く事は無い、鈴原 茜。 最初からあの二人は辞める事が決まっていた」

「アンタ・・・もうなんなのよっ!」

「鈴原 茜?」

「もうアンタがなに考えてんのか・・・っ! どうせ私にはわかんないわよっ!」


 これで、彼の前で涙を流すのは二回目になる。感情が、止まらない。

あぁ、これは彼に対する怒りのはずなのだ。 彼が何も言わないで、私を置き去りにして、私の仲間を切り捨てる算段を企てていた事への怒り。

そのはずなのに私は自分の涙の理由が見つからない。 涙の言い訳がいくつも浮かんでは消えていく。

私はこんなにも信用されていない、私が馬鹿だから彼を理解できない、私が何かきっかけを作ったのか?。 私に何が足りなかった、私は、私が、私に、私の何がいけなかったのだ。

誰の為の涙なのだ、これは。

感情は本質を露わにしていく、私は、私の事ばかりだ。


「・・・泣き止んだか?」

「・・・おかげさまで」


 暫しの沈黙と静寂が二人を包む。

彼と出会ってもう二ヶ月も経つというのに、まるであの雨の日に逆戻りしたようで、くぅ、とお腹がなった。


「・・・なんかある?」

「あぁ、冷蔵庫」

「なんもないじゃん」

「そうか、切らしてたか」

「・・・らしくないね」


 ここのところ何度もこんな事を考えている。

「らしくない」、私は彼の何を知っていて、何がらしくないと言っているのだろうか?。

私の思う彼は、あぁ、そうか。


「アイドル、好きなの?」


 私は初めからそうだった。 彼に期待していたのだ。

彼は私と同じようにアイドルを愛していて、私は彼の愛するアイドルを見てみたい。

それは私の勝手な妄想とほんの少しの願い。

都合の良く、そして見栄えのいい所だけ見た「彼らしくない」なんて自分勝手な言葉だ。


「まぁ、ちょっとな」


 思考の因数分解を繰り返して、私は初めて「私」と出会う。

それは先ほど見た小津 常幸の不気味によく似ていて、あぁ、ホントに毒されたものだ。

解析と予測、想像と計算、他人を決めつける憶測。

これは心を覗き込んでるだなんてスピリチュアルなものでは無く、自らの経験則が生み出す画一、普遍への信用。

「どうせ」、その一言で済んでしまう他愛の無い保険。

 気付いてみれば大した事ではない、それでも私の琴線を震わすには十分すぎるそれは、私だけを苦しめるわけがない。

「もしかしたら」、それは同じ憶測のようで少し違う、私はまだ、またこんな想いをするかもしれないのにまだ「どうせ」と諦めきれない、まだ彼に期待している。


「それで、二人が最初から辞める予定だったってどういう意味?」

「・・・そもそもオーデイションの時から「利用価値はあるが辞めそうな奴」としてあの二人を採用した」

「恵理はライブを成功させる要じゃなかったの?」

「もちろんだ、チームのコミュニティを取り持ち仲間意識を芽生えさせ、お前達にダンスの基礎まで置き土産、十分すぎる成果だ」

「京子さんは?」

「ある程度責任感のある大人は若いメンバーの支えになってやれる。 最終的に相談役になるであろう姉御肌のアイツなら、安丸 恵理の受け皿になると考えた、予想通りだったな」

「本当に初めから辞めさせるつもりだったの?」

「オーディションが終わった時に言ったはずだ、理想的なメンバーの人数は五人だと。 あれは「最終的には結束力と責任感を得た三人グループ」にする為に五人必要だっただけだ。 必ず二人辞める事を考えるとも言ったはずだが?」

「蒼ちゃんが辞めるとは考えなかったの?」

「ありえない。 西園寺 縁の登場でややこしくなったが、この俺が「まぁ最悪の場合この二人でやってしまってもいい」と、踏み込んだ二人だぞ。 その為にわざわざ大げさに篠崎 蒼の手を引いたのだ。 鈴原 茜、お前と並び立てるだけのアイドルの資質を持った人間は、あの38人の中に篠崎 蒼一人しかいなかった」


 彼の計画は私の想像を大きく超えた徹底的だった。

一部の隙も無い完璧な彼の乾きに、正直私の心情は「納得」に徐々に近づいていく。

いつの間にか舌戦は、勝ち負けに固執するような目も当てられない変化を遂げ、本題を置き去りに私は「彼に負けたくない」という気持ちに急かされている。

それでも彼の徹底に付け入るような材料は何も無い、流されるままここまで来た癖に自分の気に入らない事態になったからといって我儘を言っているのは間違いなく私の方だ。

 これまできっと、何度も彼と対話するタイミングはあったというのに、立ち向かわなかったのは私の方だ。

今更何を糾弾できるというのだ、だって私は、彼に感謝をしてしまっている。

歌を作ってくれて、衣装を作ってくれて、練習場所をくれて、ステージを用意してくれた。

彼のやり方に文句を付けられる立場では無い、それなのに、なんだというのだこの心の引っかかりは。

 彼は自分の理論に引くに引けなくなっていて欲しい、と不幸を願う私は、共に戦う事を出会って間もない彼に誓った、彼の敵で。彼のアイドルなのだ。

彼の愛したアイドルは、きっと今、この場面で、諦める事を選ばない。

私は彼の愛するアイドルになりたい、そうだ、「もしかしたら」なんて曖昧なものでは無く、希望を込めた「きっと」を抱く、そんなアイドルに私も彼も憧れたのだ。だから----。


「なんで辞める奴に四万もする衣装を用意したのよ?」

「・・・それは」

「京子さん、結構歌上手いよね、でもなんで辞める人に歌のパートも多くあげたのよ?」

「・・・。」

「恵理、こんな小っちゃくて急場しのぎのレッスン場でも大喜びしてたよね、確か恵理の我儘だったけ、この部屋の改装ってさ」

「・・・こっちから辞めさせるような事をしては、残されたメンバーの結束力に影響が出るからだ」

「プロデューサー、私さ、二人を連れ戻すよ」

「やめとけ、一度辞めるって言いだした奴は戻ってきたリしない、お前はよく知ってるだろ」

「プロデューサー、初めて私と会った時に言ったよね。 俺と一緒にアイドル作りやってみないか?って」

「・・・。」

「今まで任せっきりにしちゃってゴメン、私達は二人でプロデューサーだったのにさ」

「そんなつもりで言ったんじゃない」

「でも約束は約束だもの。 アンタがネガティブに計画を立てて、私がポジティブにアイドルを導く、相性いいと思わない?」

「・・・無駄な足掻きだ」

「無駄だったら笑いなさいよ、どうせ私は傷ついたってアイドルのままなんだし」


 うだうだと小難しい言い訳を繰り返したが結局のところ私は、きっと彼の隣に立ちたかっただけなのだ。

同じ景色を追い求めるメンバーという仲間に、彼も入れてしまいたかったのだろう。

覚悟は決まった、グループチャットに「明日どっか喫茶店とかで話せる?」と打ち込んで帰り支度を済ませる。

 きっと彼は二人を連れ戻したところで、別段何も変わりはしないのだろう。

だから少しだけ、彼が篠崎 蒼にそうしたように、私も期待を込めてドラマを演出するのだ。


「もし連れ戻せたらちゃんと褒めなさいよね、ちゃんと名前で呼んでさ」

「・・・いやはやお前はどうして、本当にアイドルになる為に生まれてきたと錯覚しそうだよ」

「錯覚じゃないよ、私はアイドルになる為に生まれてきたんだ」

「・・・好きにしろ」


 翌日、私は問題の二人と喫茶店で待ち合わせをしていた。

不思議なもので緊張感のようなものは無く、夕焼け色に染まる世界がどこかクリアにひらけて見える。

彼女達はどんな気持ちでここに来たのだろう、「よっすー!」なんてテンションで現れた安丸 恵理は私の落ち着きぶりを見て萎縮してしまったのか発言も少なく、桜庭 京子は初めから安丸 恵理の付き添いという態度を崩そうとはしていない。

「どうして辞めるの?」と聞いてから暫しの沈黙、篠崎 蒼のオーディションを思い出す。

あの時、彼は何も言わなかったが、今なら気持ちがわかる。これは、彼女の口から漏れ出さなければ意味が無い。

桜庭 京子はあの時の私のように何度も助け舟を出そうとしていたが、私と目が合う度に察してくれたようだ。


「・・・飽きちゃったんだよぉ」

「飽きた?」

「なんてゆーか・・・ウチ昔っから熱しやすく冷めやすいっていうかさ・・・」

「あー、そうなんだ」

「それに、縁っちとかすごいじゃん? 茜ちんにはわかんないかも知れないけど、一番になれないと続かない人だっているんだよ」

「確かにそれはわかんないなー」

「それにもう十分楽しんだっていうか・・・元からそんなマジじゃなかったし」

「うん」

「つーか、活動が本格的になってきてからなんかタルかったんだよね」


 私は、この思考パターンを知っている。

自分の情けなさを正当化する為の理由を、きっと彼女は何度も繰り返したのだろう。

そうやって繰り返す度に、どんどんと膨らんでいく被害者意識に抗うように自己嫌悪を重ね合わせては、ゆっくりと哀れに沈んでいく。

そんな情けなさを認めるだけの沈黙が必要だったのだ、彼女にも篠崎 蒼にも。


「京子さんは?」

「うぇっ!? あ、あぁ、私はなんつーか・・・。」

「年齢的な事ですか?」

「ズバっと言うじゃねーの・・・まぁそうだよ、レコーディングの時からかなぁ、お前らを見守ってる立場にいた時、割と居心地よくて、逆に撮影の時はアイドル扱いされてきつかったっていうか、あーなんだ、つまりお前らみたいな場所は性に合わねぇんだなって思ったわけよ」

「あー、そういう事考えてた時に恵理から相談受けたってわけですか」

「・・・安丸は関係ないだろ」

「あれ? 予想外れちゃいましたか、やっぱりプロデューサーのようにはいかないですね」

「茜、お前どうした? あんまり驚いてねぇみたいだし、それにそんな、アイツの真似事なんて」


 桜庭 京子らしい、と思った。これが彼の、プロデューサーの視点か。

彼女は安丸 恵理を守っている、仲間想いな彼女らしい。

だって彼女は満面の笑みで語ったのだ「憧れたものなんてアイドルくらいしかなかった」と。 そんな彼女が本心からアイドル扱いを嫌がるものか、そのくらい私にだってわかる。

 でも桜庭 京子こそ、この局面をひっくり返す鍵になる。

たかだか一ヶ月程度で何をわかった気になっているのかわからないが、そんな賭けに出る事をためらうほど、失うものもないのだから。

一応、助け舟くらいは出してみよう、どうかこの船に手を伸ばして欲しい。 できる事ならば、私は二人を傷つけたくない。


「お願い、戻ってきてよ。 二人が必要なの」と頭を下げる、淡い期待を込めて。

しかし安丸 恵理と桜庭 京子はバツが悪そうに「ゴメン...」「悪ぃな」と謝罪の言葉を吐いた。

ここまでは彼の言う通りだ、言葉も無い。だからここからは私の出番。

心の中で何度も二人に謝って、そしてプロデューサーにざまぁみろと呟いて、最後の賭けに出る。


「やっぱりダメか・・・アイツの言う通りだったなぁ・・・」

「・・・言う通りって?」

「すっごいムカつく話だけど、聞く?」

「なになに?」

「プロデューサーはさ、始めから恵理と京子さんを切り捨てるつもりでグループに入れたのよ」

「・・・え?」

「なんだと・・・?」


 そう、これが私の作戦。

彼よりも彼女達の近くにいた私にしかできないアプローチ。

二人の味方になるという卑怯な裏技。


「二人ともっと一緒にいたいってのはもちろん本当だけど、なんかアイツの思い通りって腹立つから引き戻したかったっていうのも理由の一つだったのよね・・・あー!ムカつくー!」

「そんな・・・」

「恵理! アンタはムカつかないの? 今辞めたらアイツの思惑通りよ!」

「でも・・・なー・・・」

「京子さん!」

「・・・まぁ、好きに思わせとけばいいんじゃねぇの?」


 ダメだこれではまだ届かない。

情に訴えかけるような不確かなものではダメだ、もっと彼女達の琴線に手を伸ばせ!。


「恵理は飽きっぽいからどうせ辞めるとかふざけんな! って啖呵切ってやったわよ!」

「ありがと茜ちん・・・でも、本当の事だし」

「だーから、好きに言わせとけってあんなやつ」

「京子さんもそんなクールに構えてていいんですか!」

「言っちまえば私達の勝手が原因なんだ、別になに言われたって仕方ねぇって割り切れるさ」

「桜庭 京子はババァだからどうせ若者についていけなくて音をあげるって言われたのに?」


 ピクっ、と桜庭 京子の動きが止まる。 あ、触れた、琴線に。

さてどう出る? 桜庭 京子、私の思う貴女なら、きっと----。


「二人共、車乗れ」

「えっ? えっ?」

「早く」


 私を含めた三人を乗せた車は、少しだけ暗い見覚えのある道を進んでいく。

困惑する安丸 恵理と無言のままの桜庭 京子、そして若干心が痛む私を乗せて。

桜庭 京子は私達の事務所の扉を乱暴に開けると、ズンズンといった様子で小津 常幸のデスクに手を叩き付ける。

たまたまその場にいた篠崎 蒼の必要以上の怯えぶりを一目見ると、彼女は少しだけ気持ちを落ち着かせてからプロデューサーに「誰がババァだってぇ!」と怒鳴りつける。

表情には出ていないが理解が追いつかないといった様子で、説明を要求するかのように私の方を見た彼に、誰にも気づかれないように謝罪代わりに舌を出して見せると、彼は「はぁ」とため息をついた。

そして演技過剰なほど邪悪な笑みを浮かべて「ババァにババァと言って何が悪い? これから辞めるやつにどんな悪態をつこうが俺の勝手だろうが」と挑発してみせる。

そして桜庭 京子の返答は----。


「辞めるなんて誰もお前に言ってねぇだろ! 私は相談しただけだ!」

「そうかよ、でもこれから辞めんなら同じわけだが?」

「辞めねぇよ! お前を見返すまでは絶対に!」


「そうか、なら」と言うと彼は、深々と頭を下げ「心無い事を言った、本当にごめんなさい、これからもよろしくお願いします」と謝罪する。

私が仕掛けたお芝居の演技のはずなのに、本当にしっかりとした謝罪で、誰も彼のそれを演技と疑う者はいないだろう。

その謝罪は何に対しての謝罪だったのだろうか。


「あぁ、よろしくな、それと」

「それと?」

「ありがと」


 呆気に取られると表現するには少し早い段階なのかもしれないが、確かにこの時点で私は、きっとプロデューサーもその感覚に出会った事だろう。

彼女の事をわかったつもりになってこの賭けに出た私は、桜庭 京子を見くびっていたと思い知らされることになる。


「喫茶店の時点で正直あやしんではいたんだけどな、今の謝罪ではっきりわかったよ。 悪かったな茜、らしくねぇ事させてさ、おかげで助かった」

「京子さん、まさか」

「私はまた、変われねぇまんまになるところだった。 だからプロデューサーも、ありがとな」


 また、とはどういう事だろうか?。

結局、私達はまだ自分の妄想の中でしか戦っていなかったのだろう。

わかった気になって、クールを気取った、稚拙な達観を桜庭 京子に救ってもらったのが今回の顛末だった。

なんだか馬鹿らしくて、プロデューサーは何を察したのかバツが悪そうにしていたが、私は不意に笑ってしまう自分を幸せ者だと感じる。

思い切り振り返ると桜庭 京子は安丸 恵理の瞳をまっすぐに見つめて陳謝した。


「安丸、悪いな、私は一緒に辞められねぇ」

「え・・・あの・・・」

「お前はどうする?」

「う、ウチは・・・もう少し考えてみる・・・」


 そう言うと安丸 恵理は踵を返しマンションを後にする。

篠崎 蒼が心配そうに後を追う姿を、私達は「きっと」という言葉を使って見送るのだった。


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