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どうせ私達の歌なので


「俺のアイドルオタクは生粋だ」とプロデューサーが語ったのは、それから一週間後の話。


 井戸口さんという方に依頼していた楽曲がやっと一曲出来たとのことで、もうすっかり通い慣れたと言っていい彼のマンションに向かう。

というのも、週末にはきっちり全員集まれるという私達の現状を、勝手ながら「週末にしか集まれない」に脳内変換していたのだが、詰めようと思えば時間なんて割と作れるもので、平日にもちょこちょこ通っていたこの場所を「通い慣れた」と表現するのはそこまで間違ってはいないだろう。


 途中でたまたま安丸 恵理と一緒になったので二人で向かう事になった。

思えば私は、安丸 恵理が苦手だったような気がしていたのだが、全く時間というのは恐ろしい。

他人行儀を地ならしするには2~3週間もあれば十分だったのか、それとも彼女のコミュ力の賜物なのかはわからないが、今となってはそのマンションの他の住人に見られて姉妹か何かに勘違いされてもおかしくないだろう。

 しかし、だからこそ安丸 恵理には危うさのようなものを感じている。

彼女は仲良しと他人の境界線が曖昧であり、形だけ仲良しになってるような、というか、どこか一枚壁を置かれているような雰囲気があるのだ。

彼女自身、意識もしてなければ気付いてもいないようなのだが。


「それじゃあ流すぞ」と全員が集まった事を確認し、早速とばかりにプロデューサーは音楽ファイルの再生ボタンを押した。

 意外な事に私達の記念すべき一曲目のジャンルは「ロック」であり、他のメンバー、特に安丸 恵理を中心にすごーい、かっこいいー! とはしゃぎ始める。

プロデューサー曰く、「ハンプティ・ダンプティ」というグループ名などからクール路線にする事に決めたらしい。


「クール系アイドルの強みはその、女性にも男性にも愛されるという間口の広さにある。 こればっかりははっきり言ってメンバー次第だが、始めからこの路線に乗れたら最適解だな、とは考えていた」


 それには私も納得だ、実際にかっこいい女性アイドルのライブに女の子のファングループが島を作ってたりするのは珍しい事でもない。

だからといって男性のファンが少ないかというとそれも無く、可愛い系のアイドルがよりスタートダッシュをスムーズに済ませられるというメリットを持つように、クール系アイドルは固定ファンが付きやすい印象がある。


「すげぇなぁ・・・こういうのってぶっちゃけどんくらい金掛かるの? っつか、作曲家への依頼とかってそんな手軽にできるもんなのか?」

「桜庭 京子」

「まだフルネームか」


 桜庭 京子はあきれ顔を浮かべる。

プロデューサーが人をフルネームで呼称する理由についてはまだよくわかっていない。

今回の呼び出しの際におそらく作曲家であろう井戸口さんと呼ばれた人物については名字で呼んでいたし、彼にとってそれには何かしらの線引きがあるのかもしれない。

桜庭 京子はおそらくそれが気がかりなのだろう。


「個人で作曲家に依頼するのはそもそもそう難しい事でもないのだが、残念ながら今回俺が依頼したのは正確には作曲家ではない」

「はぁ? こんなかっこいい曲、素人には作れないだろ」

「確かに素人ではない、だがプロでもない 音楽家の卵、同人作曲家だ」

「同人・・・?」


 同人作曲家。

俗に音屋と呼ばれる自費製作のCDなどを即売会と呼ばれるイベントで売るサークル活動をしている人物に依頼したのだという。

音屋の活動とアイドルの活動は、聞いてみればどことなく似通っている。

名前が売れれば、プロの作曲家の仕事と大して変わらない依頼を受けることもあれば、動画サイトに投稿してメジャーアーティストの歌よりも有名な楽曲を世界に発信するような活動に化ける事も。

 現代に存在するクリエイティブな活動の根幹はそこまで違いが無く、始めは誰だって素人で、卵の時代が存在しており、それは人知れず大きな趣味として誰もが抱えているのだと、彼は少し嬉しそうに続ける。

プロになる壁は恐ろしいほどに高く、その高さの一つに飽和というものも確実に存在している。

チャンスに恵まれないだけで、それ相応の実力を持った素人など音楽界ではざらにある話らしい。


「今回依頼した井戸口さんは音楽ゲームの楽曲提供もしているセミプロみたいな方だ」

「井戸口かっけー! いいじゃんいいじゃん! 今度ダンスナンバーも作ってもらおうよ!」

「っていうかそんなのどうやって依頼したのよアンタ」

「あぁ、元々知り合いなんだ」

「へー、そうなんだ。 なんか意外ね」

「そうか?」

「いや、アンタ友達いなそうだし」

「私が...いますー...!」

「あぁ、ごめんね蒼ちゃん。 そういうことじゃなくて、音楽やってる知り合いってなんかプロデューサーのイメージと合わなくて」

「甘いな、鈴原 茜」

「またなんか喋りたいんでしょ、どーぞ」

「俺のアイドルオタクは生粋だ。 俺の追っかけは地上地下どころか同人歌手にまで及ぶ」

「同人歌手?」


 鈴原 茜にそれを教えるのは憚られる、きっとその魅力にお前も憑りつかれるだろうからな、と不気味な笑みを浮かべながら違う音楽ファイルを再生するプロデューサー。

な、なんだこの世界は! アニメ声でキュンキュンな曲もあればプロと見まごうほどのディーバも。

CDジャケットも可愛らしいイラストから本人達の写真の所までとにかくの自由。

確かにプロデューサーの言う通りだ、方向性は違えどこれはアイドルと変わらない、似て非なるというものだ。

この鈴原 茜が夢中になる要素は十二分な程に詰まっている。

 だが、その世界観に一番夢中になったのは意外な事に「あらあらまぁまぁ~!」と心のウキウキを隠せなくなっている西園寺 縁だった。


「聴きましたか~! きゅんきゅんですわ~!」

「縁、テンションがおかしいぞ」

「だって京子さん! このジャケットのメイドさんが歌ってるんですのよ~!」

「なんか縁ってメイド喫茶とかにドハマりしそうだよな」

「まぁ! 前にも言っていましたが、なんですのそれは~!」

「なんでもねぇよ、なんか教えたら自分で雇いそうだし」

「いけずですわ~! 教えてくださいまし~!」


 西園寺 縁は見た事のないものに甚く感動を覚えているようだ。

そしてもう一人、違う反応を見せるメンバー。


「プロデューサー...は...こういうの好き?」

「あぁ、面白い世界だろ?」

「...きゅんきゅん?」


 手でハートマークを作って小首を傾げる篠崎 蒼と奇声を上げながら悶える私と西園寺 縁。

「うんうん、素晴らしいぞ 篠崎 蒼」と頭を撫でるプロデューサーがとても羨ましい。 とても。

「蒼っちチョー可愛いじゃーん! ねぇウチはー? きゅんきゅーん!」と絡む安丸 恵理に「...安丸さんも可愛いです」と返す篠崎 蒼を眺めていると、アイドルオタク魂がグングンと燃え滾ってくる。

お互いの関係もそれなりに良好になってきたかな、なんて考えていると気になる曲が流れてきた。


「あれ、この声」

「これ、さっき私達の曲歌ってた人だろ? 井戸口さんだっけ?」

「あぁ、それを歌ってるのは井戸口さんじゃない、普段はインターネットでボイストレーニングの講師をしてるロンカっていう同人歌手だ」

「ロンカさんっていうんだ、歌上手だね」

「っつかなんでその人が私達の曲歌ってんだ?」

「その人は仮歌の依頼も受けてるんだよ」


 また知らない名前が出てきた。

仮歌というのは歌のイメージやメロディを歌手に伝えるためにオフボーカルのオケファイルにとりあえずで歌を入れておくものだという。

作曲家が直接いれたり、最近だとメロディーと歌詞を入力することでサンプリングされた人の声を元にした歌声を合成する「音声合成ソフト」に歌わせて渡すこともあるんだとか。

さらに仮歌の世界にもスキマ産業というものはあるもので、「仮歌屋」というものが存在する。

作曲家が作った曲のイメージをより早く、そして正確に歌手に伝える為に仮歌屋に渡して歌を入れるという、なんだかワンテンポ遅れそうな段階を踏むのだという。


「俺達は二ヶ月後のライブに間に合わす為に大急ぎで歌を覚えなければならない。 そういう時、仮歌屋の存在はとても助かる。 お前達からすれば、メジャーレーベルの曲を覚えるのと大して変わらないわけだからな」


 なるほど、言われてみれば確かに今の私達には必要な要素だ。

だが、何を思ってそんな局所的な仕事を...と考えてしまう。

他にも気になる事が一つあって、物のついでだ、それもプロデューサーに聞いてみる。


「ねぇ、この曲 MIXもケチャも無いんだけど、これも戦略?」

「無論だな」

「MIX?...ケチャ?...」

「なんかかわいーね! けちゃー! って」

「MIXってのはファンが掛け声を入れるパートでケチャっていうのは同じくファンがステージに手を向ける応援スタイルの為のパートの事だ」

「あぁ・・・こないだ茜が全身全霊でやってたアレか・・・」

「楽しそうでしたわ~」

「基本的にアイドルソングには入ってるもんなんだよ、長めの曲を間延びさせない為だったりファンに楽しんでもらう為だったり理由は色々ある」

「だからなんで入ってないのかなー、って。 ちょっと気になっただけ」


 プロデューサーはこれはまぁ、といつもの自信満々な態度とは打って変わって、少しだけ悩み所だったように不安な表情をチラつかせた。

 まず、私達の一曲目がロックだった理由についてだが、単純な8ビートでダンスが入れやすいとのこと。

特にハンプティ・ダンプティのダンスを担う安丸 恵理がイメージしやすいからというのが強い理由らしく、歌のパートはアイドルの振付に詳しい私が軽く担当し、間奏パートでしっかりダンスをする方法で時短を計るのだという。

そもそも完全な素人の私達に安丸 恵理のダンスを踊りながら歌も歌うなんて、二ヶ月そこらで完成させるのははっきり言って難しい。

だったらいっそのこと歌とダンスを別々に覚えられるようにしておけば、それぞれが別々に練習もできるので都合がいいのだとか。


「MIXやケチャが入ってない理由は、まぁ、覚えてもらう為だな」

「覚えてもらう為?」

「あぁ、俺達が出るライブは対バン、つまり他のアイドルが何組も出てくるライブだ。 そんな中で無名のぽっと出である俺達を覚えてもらう為にはステージングをしっかり見てもらう事が大事だと思ってな」


 ハイっハイっ! といったコールならまだしも、ファイヤー! とかタイガー! とか叫びまくるMIXや動きまくるケチャなんかをしている時、ファンはステージを見れていないんだという。

もちろんステージを見てもらう事だけがアイドルを覚えてもらう方法ではないし、その場のグルーブに身を任せるのもライブの楽しみ方の一つではあるが、知らないアイドルにはノるつもりの無いお客さんもいる。

だからこそ、きちんとステージを見てもらう為にこういう曲にしたと彼は語る。


 もしかしたら、これは私の勝手な想像だけど。

彼が少しだけ自信が無いような顔を浮かべているのは、私達に期待しているからなのではないだろうか?。

アイドルファンを納得させるだけのステージになってくれると信用してくれていたからこそ出来る戦略にも思えたのだ。

だっていつもの彼だったら、お客さんが勝手に盛り上がってくれるケチャパートを入れないなんて考えられない、ような気がする。

勝手な想像でこんな感情になるのは少し滑稽にも思えるが、私はそれが嬉しかった。


「いやー! ウチってば期待されちゃってる?」

「そうだな、今回のライブの要は安丸 恵理といって差し支えないだろう」

「はーい! 恵理ちゃんがんばっちゃうんでみんなよろしくねー!」

「はいはい、よろしくなー」

「京子ちゃんノリわるーい!」

「京子ちゃんいうな」


 今回の会議は私達をアイドルに大きく前進させた。

ハンプティ・ダンプティ、そしてステージングの方向性、それは何でもなかった私達に出来た明確な一本道。

たった一つ曲ができたというだけでこれからやるべき事がこんなにも沢山浮かび上がってきた。

何もわからない状態からそれを決めようとしても確かに時間を無駄に使っていたかもしれない。

これまでとは一変して今日から急激に忙しくなるだろう。

歌を覚える事、そして歌パートとダンスパートの振付にフォーメーションも決めなければならない。

まずもって安心したのは私と同じように、みんなにもやる気に火をつけられたような一体感を感じる。


「じゃー早速ダンスの練習しちゃいますかー!」

「頑張ります...!」

「おー、やんぞやんぞー」

「あらあら~」

「いや待て、まずは急ぎ歌を覚えろ」

「えー!? なんでー! 躍らせてよー!」

「ダメだ、来週にはレコーディングだぞ」

「へ?」


 ん? 彼は今なんと言った? レコーディング?。

レコーディングというのは、歌の収録という事だろうか?


「れ、レコーディングってどういう事よ?」

「あぁ、音屋に依頼するうま味はもう一個あってな、あーゆー活動してるやつってのは懇意にしてるライブハウスやスタジオの一つくらい持ってるもんだ。今回参加するライブも井戸口さんの紹介だしな」

「いや、そういう事じゃなくって!」

「ん? レコーディングの事か? そりゃするだろ。 だってライブの物販でお前達のCD売るんだから」

「は?」

「三日後くらいに二曲目ができるからそん時それぞれにまたデータを渡す、それぞれ練習しとけよ」


「「「「えぇええええええええええええええええ!!?」」」」

「あらあら~」

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