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どうせ暇なので


 懇親会も終わり、週末から本格的なアイドル活動が始まる、とプロデューサーからのお達しがあった。

 初ライブの予定まであと二ヶ月というが、実際にはそんなに時間があるわけではない。

週末を利用して活動しているわけだから厳密に言えば16日程度しか無いのだ、無駄にできる時間は無いと言っていいだろう。

歌やダンスのレッスンは一人でも出来る事かもしれないが、ステージ上のフォーメーションやパフォーマンスの合わせは一朝一夕でどうにかなるものではない。

張り詰める緊張感と血液の滾る感覚に思わずにやけてしまう自分の性分を感じ、私の事をアイドルジャンキーと例えたプロデューサーは上手い事を言ったものだと思った。


 あぁ、そうだ。彼のどこか核心を付く習性は素直に関心に値する。

本格的なアイドル活動の第一歩とは、一体何だろうか?。

カバー曲の選曲、立ち位置や担当カラーなどの戦略会議、活動予定の議論。

やはり私の発想の中には彼に抱くような関心は存在しない。

楽しみなのだろう。 それはまるで異国の旅のように、同じくして人の住む生活圏なのに全く違う景色が広がっていくような、そんなアイドル作りが。


「今週はメンバーで思いっきり遊んで来い」

「は?」

「だからお前らで遊んで来いって言ってんだよ」

「はああああああああああああ!?」


 異国というより異世界だった。

この人は分かっているのだろうか? 16日の内の二日間を遊んで過ごせと言っているという事を。

「いや、だって今週は別の準備があるからやる事ねぇんだもん、だったらメンバー間の交流を深めるのに使うのが一番有効だろ」と彼は語った。

やる事がないとはどういう事だろうか、やれる事なんて山ほどあるはずなのに。


「曲が無いと練習もできんだろ」

「だったらその曲を決めればいいじゃない」

「お前は何を言ってるんだ?」

「アンタこそ何を言ってるのよ」

「いや、だってその曲がまだ出来てないじゃないか」

「出来てない?」

「三週間程度で二曲作れってのは流石に酷ってもんだろ、グループの雰囲気やら曲のイメージ伝えたり、修正頼むのもきちっとやりたいし」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って!」

「なんだ?」

「まさか、オリジナル曲を作るの!?」

「そりゃそうだろ」


 そうなんだー! 楽しみだねー! とはしゃぎだすメンバー達。

この中でそれに違和を抱いているのは私と桜庭 京子だけのようで、厳密に言えば桜庭 京子も「割と簡単にオリジナル曲ってできるもんなのか・・・?」と疑問半分、驚き半分といった様子。

 私が抱いた違和はそう言った類のものではなく、もっとコアな心情からのもので、それを直接プロデューサーにぶつけた。


「まさかアンタ二ヶ月後のライブって地底じゃないの!?」


 アイドルオタクにとってのアイドルにはヒエラルキーが三段階存在する。

大手企業のCMやドラマ出演など、芸能界と呼ばれる範囲の地上アイドル。

ライブアイドルやインディーズアイドルとも呼ばれるライブハウスでの活動を主にした地下アイドル。

 そして地下アイドルよりもさらにディープな階層に存在している地底アイドルだ。

モチベーションの維持の為に兎角早めにライブをするというプロデューサーの発言から私はてっきり、いや普通はそうだろうというのが私の感覚なのだが、地底アイドルイベントでその"とりあえず"を済ますものかと考えていた。

まさか彼は、たったの二ヶ月で本当にアイドルのライブに立たせるつもりだったのか。


 地底アイドルイベント。

アイドルイベントとは銘打ってはいるが実際の所はアイドル以外にもシンガーソングライターなども参加している。

基本的には転換無し10分程度の持ち時間で出演者の女の子達が入れ代わり立ち代わりでステージングを行っていくもので、出演自体のハードルもそこまで高くない。

オリジナル曲を持っていないアイドルが多く出演しているのもこのライブの特徴であり、言い方は悪いがカラオケ大会のような事でもアイドルのパフォーマンスとしては成立するものなのだ。

いわゆるそういった、「とにもかくにもアイドルとして人前でステージに立つ最低限のようなもの」に近い認識で相違無いと思う。


「そいつはアイドルオタクの感覚だ鈴原 茜。 結局のところインディーズのアイドルに地下も地底もありゃしない。 等しく素人の自称アイドル集団だ」と彼は続ける。


「何でもかんでも細分化しようとするのは日本人の悪癖だ。 肉食系だの草食系だのロールキャベツ系だのと宣ったところで、結局のところ同じ人間である事は変わりない。 ありもしない上下に気圧されてどうする?。 オリジナル曲だろうがカバー曲だろうがステージの上で歌って踊るんだ、それがすごい事には変わりはないし、人気の地下アイドルが沢山集まる対バンやフェスも、お前がイージーと称するそれも、同じくして人間が演出するものだ。 参加できるなら変わりはないよ」

「変わるよ・・・半端な事できないし・・・」

「半端な事できねぇのはどこでだって同じだよ。 鈴原 茜、お前は難しく考えすぎだ」


 そう言うと彼は私の頭を撫でながら、いつものより少しだけ優しい声で「俺がオリジナル曲を作ろうと思ったのは、それがあった方が楽しそうだと思ったからで、グチャグチャと難しい事考えるのは俺の仕事だ。 お前はもう少し楽しんでみろ、あくまでまだまだ趣味の延長線上なんだからさ」と嗜めた。


 言っている事はわかる、それに私自身、先ほどの地底アイドルという呼称は私の好きなアイドルに対してとても失礼な表現だったとも自覚している。

だが、それでもこの身に染みついた感覚と呼ばれる器官はそう簡単に変わってくれるものではない。

どこか必要なステップを何個も飛び越えているようなこの言い知れぬ不安感に、胸中がざわついて止まらない。


 アイドルオタクとは、もちろん全てが優しい人種ではない。

特に地下アイドルにおいてそれはおぞましいほどに顕著であり、プロデューサーの言った通り、素人の自称アイドル集団に対して、心無い言葉を平気で吐ける人間だって山ほど存在する。

それに、それが私にも染みついていたように、誰しもが上下を決めずにはいられない。

本当は存在していなくとも、感性の中に存在するそれは「実力に見合わない」を勝手に決めつけてしまうのだ。

自分のそれも、そしてこれから私達を知るその人達のそれも、きっと私は怖いのだ。


「鈴原...さん...」


 微かに聞こえた私を呼ぶ声は、篠崎 蒼のものだった。

彼女は私の服の裾をギュッと掴み、上目遣いで私を心配そうに見つめている。

あぁ、この子を心配させてしまった。自己嫌悪が私を襲う。

こんなことではダメだ。 少なくともこれから一緒に頑張っていく仲間達を不安にさせる様な事はしちゃいけない、まだ実感があるわけではないけれど、私は彼女達のリーダーなのだから。


「ずるい...です」


 一瞬、篠崎 蒼の言葉の意味がわからなかった。

どうやら彼女の視線は私の頭の方を向いているようで、なんだそういう事かと気付いた私はお返しとばかりに篠崎 蒼の頭を撫でる。


「ごめんね、ありがと。 もう大丈夫だからね」

「...違うのに」

「あれ? 撫でてほしかったんじゃないの?」

「違うのにー...!」

「え? え? 蒼ちゃん? なんで怒ってるの!?」


 急に笑い出すメンバー達とむくれる篠崎 蒼。

瞬く間にシリアスムードも台無しで、なんだか救われたような気持ちになる。

もうこうなればヤケというものだ、いいだろう、言われた通りしっかりと遊んできてやると考えると、先ほどまでの恐怖は自然と薄らいでいった。


「えっと~、これからみんなで遊ぶって事でいいんですか~?」

「うわーマジ楽しみー! どこ行くどこ行く?」

「車は私が出すから場所はみんなで決めてくれ」

「どうしましょうか...」

「うーん、と言ってもねぇ・・・駅前でショッピングとか?」

「えー! せっかくなんだからさー! もっと面白いとこ行こうよー!」

「迷いますねぇ~」


 さて、面白い所と言われても私の面白い所なんか一つしかないが、それを言うのも憚られる。

私だって少しくらいは自分を特別視しているもので、他の女の子とはちょっと違うという自覚があり、そしてそれを恥ずかしいと思えるくらいにはまだまだ乙女のつもりだ。

もちろんソレというのはアイドルライブの鑑賞なのだが、ただ、それでいいのだろうか?。

これからアイドルになるこの子達が、アイドルのアの字も知らないまま飛び出していく事と、少しだけ恥ずかしい想いをする事なんて天秤にもかけられない。

あくまでも後学の為だという大義名分があるのだから、普段よりは言いやすい、このタイミングしかみんなにアイドルを知ってもらうのは難しいだろう。

だがせっかく遊びに行くというのに私の趣味につき合わせる様な構図への罪悪感と遊ぶテンションのこの子達にお勉強などと・・・!。


「なんか、茜ちゃんは思いついてそうな顔してますねぇ~」

「ゆ、縁さん!?」

「さぁ~さぁ~吐いちゃって下さい~」

「ちょ、やめっ! くすぐらないで下さい! はは! わ、わかった!言うから!!」


 西園寺 縁はこの間から思っていたが、いやに感がいい。

気が利く、と呼称した方が印象としてはいいのかもしれないが、アレは気が利くなんて貞淑なものではないような気がする。

まるで他人の行動や思考を予測しきっているかのような、そうだこの「不気味さ」、なんて表現するのはとても失礼だと思うけど、それはどこか小津 常幸によく似ていて、でもそれとも違う得体のしれないもののようにも思えた。

 しかし、彼女の笑顔と突飛な行動はその身体に秘めた不穏を吹き飛ばしてしまう程に、物事を好転させてしまうのだから文句の付けようもないのだが。


「あ、アイドルのライブ見に行くってのはどう?・・・ほら、私達アイドルになるわけだし・・・アイドルの現場を見ておくのも重要かなー・・・って」


 正直な話をすると、この提案を出す事を渋ったのには前述したようなややこしい感情が絡みついた事にあるのだが、改めて感情の掘り返しをしてみると、それは一つの経験に基づいた恐れにあった。

単純な話、私は他の人間とアイドルのライブを見に行ったことがないのだ。

もちろん私はアイドルオタクで、それを生きがいに生きてきた人間が、19才まで誰も誘ったことが無いなんて事は無い。

繰り返しになるかもしれないが、私自身、友達作りが下手な方ではない。

 つまり、この誘いに乗った人間はいなかったという事になる、まさしくもってその通りだ。

同級生も、前のグループのメンバーですら、一緒にアイドルを見に行った事は無かったのだから。

しかし、西園寺 縁は物事を好転させてしまう。 まずは安心してほしい、私はそう言ったはずだ。


「あらあら~! いいですわね~! 気になりますわ~!」

「いいじゃんいいじゃーん! なんか楽しそー!」

「ええ・・・と、行くのはいいけどよ、今からチケットとか取れるもんなのか? つか今日やってるとこあるの?」

「ふ、普通にありますよ? 特に週末ならどっかしらのライブハウスが対バンやってるか、定期ライブとかやってると思います、ちょっと探してみますね」

「鈴原さん...頼りになります...」


 私はまだ、この子達を信用し切れていないのかもしれない。

私が思う以上にこの子達は、本気でアイドルを目指しているのかもしれない。

わかりやすく、それこそ私のように、態度で示しているわけではないけど。

気楽に、深刻に、切実に、何も考えていないようでも、本気のあり方は人それぞれ違うようで、もっともっと彼女達の事を知りたい気持ちに駆られる。


 そうか、これが「アイドル作りの第一段階」なのか。

なによりもまず、自分達に興味を持つこと、自分をもっと知ってもらうこと、これから沢山繰り返すそんな基本的な事を、まずは仲間達に向けること。

彼女達はまだ、アイドルのライブの頻度すら知らないのだ。

あの世界を見たらどんな風に思うのだろう?。 こんなものかと嘲笑するだろうか、それとも私と同じ景色を共有するのだろうか。

 私達は、もっと仲間になれるだろうか?。 なんて事を考えては人知れず、鈴原 茜は救われている。


「えちょっ!? 【水色ぱにっく】と【フォーリン・フォール】出てるとかレア過ぎんだろ! あぁああああああああ!!? 【もっともるもっと】まで!? はいー!塞がれたー! 行かない選択肢塞がれましたよー!これはー! まじ無理・・・聖域でしょこれ・・・。ってあれ!? こっちには【エールタイプ】来てるじゃん! あっはぁ! 迷うーーーー!!!」


「その...ちょっと...」

「うん、茜ちんはアレだねー」

「茜はアイドルの事になると気持ち悪いな」

「あらあら~」


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