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どうせグループ名なので


「グループ名を決めるぞ」


 懇親会の最中、プロデューサーがそんな事を言いだした。 ついにきたか、と思う。

新しく始めるアイドルがグループだという事を知った時点でそれを想像せずにはいられないだろう。

だが同時に、考えたくなかった事でもある。

 プロデューサーの発言と私の思考がカブる、「しっかり考えろよ、今後アイドルを続けていくならグループ名の理由なんて百万回語る事になるからな」、と。

グループ名、これほど単純な事は無いが、これ以上に重要な事も無いだろう。


 これは例えばの話ではあるが【いちごそふと】というアイドルグループがいたとして、このグループの方向性がガチガチのダンスユニットなのはやはりどうしても違和感が拭えない。

 もちろんそれがダメというわけではないのだが、結局その意外性は一過性のものでしかない。

場合によっては途中でグループ名を変える事態になる事もある。

途中でグループ名を変えるというのは言葉で言うほど簡単な事ではない。

ファンというのはすべての活動を追ってくれるわけではなく、名前が変わったことを知らないまま離れていってしまうファンも確実に存在する。

 とりあえずの目標は二ヶ月後のライブだが、少なくとも私の目標はもっともっと遠くにある。

今後アイドルを続けていくなら、彼がそう言ったということはきっとそういう事なのだろう。


「でもそういうのってどう決めればいいんだ? 私はアイドルグループの名前なんてわかんねぇぞ」

「そうだな、これからの方向性とかどういうアイドルになりたいとかで決めるのがいい」

「あー、なるほどなー」

「とでも俺が言うと思ったか桜庭 京子!」

「だと思ったけどさ、つかいつまでフルネームで呼んでんだよ」


 おーい、聞こえてるかー。 と、声をかける桜庭 京子を置き去りにプロデューサーは語る。


「まずグループ名は片仮名にするべきだ」

「ほぇーそうなんだー! どして?」

「そうだなー...鈴原 茜、お前の前のグループ名は?」

「えっと、これね」


 と、差し出されたメモ帳に私の前のグループ名【Alstroemeria】と書き込んだ。


「・・・なんて読むのん?」

「とまぁ、外来語は安丸 恵理のようなやつにはそもそも読めん」

「馬鹿にされてるのかなー!?」

「ちなみにそれはアルストロメリアと読む、日本語では百合水仙で花言葉は持続とか未来への憧れとかだな」

「...素敵...ですね」

「その通り、正直非の打ちどころが特に無い程に良い名前だ。 流石はアイドルジャンキーといったところか」

「なによ、いやに褒めるじゃない」

「だからこそ伝わらないのは惜しい、読めないってのは十分に敬遠する理由になってしまうからな」

「あらあら~それはなんだか勿体無いですわ~」

「そうだ、勿体無い。 だからもし英語やらフランス語やらドイツ語やらで名前を付けるなら片仮名にしておけ」

「平仮名じゃダメなのん?」

「あとで名前が決まったら平仮名に変換してみろ、そんとき意味がわかる」


 これは私にとってはとても意外な意見だった。

というのも、私はお客さんの想定を勝手にアイドルオタクにしていた。

考えてみればライブに来る人間が、例えばそれがアイドルフェスだったとして、全員が全員いろんなアイドルを応援するぞ!という意気込みで来ている筈もない。

 私は私の視点で応援したいアイドルを作っていた、それはきっと正しい事なのだが、誰かに応援してもらえるアイドルも想定しなければこういった綻びも生まれてくるという事だろう。


「あとは元ネタがあるものとかもいいな」

「...元ネタ...ですか?」

「あまりメジャーすぎると逆効果だが、他の創作物から引用してきたりするとそっちに興味のある人間も気になって見てくれるなんてこともある」

「そういうものなのー?」

「最近のアプリゲームなんか見てみろ、キャラクターの名前にこぞって偉人の名前やら神話の武器なんかを採用してるだろ」

「うっわ、なんかすげぇ説得力上がったわ」


 何度も同じ本を読んだり、同じ映画を見たり、人間には少なからず「知っているものへの安心感」があるもんだ。と、彼は語った。

それは印象に大きく作用し、入り口を広げる要因足りえる、と。

金髪で剣を持った少女のイラストをただ見るのと、そのイラストの下に「騎士王 アーサー」と書かれているのを見るのでは興味のレベルが違うというのだ。


 ただその按排は中々に難しい。

メジャーすぎる元ネタだと背負うには重すぎ、マイナーすぎる元ネタではそもそも広告力が無い。

自分以外のみんなは知らないと思っているが、本当は全国的に有名。くらいのネームバリューが丁度いいともなると頭を抱えたくもなる。


「茜ちんはどういうアイドルグループにしたい?」

「えっ。 私?」

「そりゃそうだろ、お前がリーダーなんだから」

「ええ!? そうなんですか!?」

「私も...鈴原さんが...リーダーだと...思ってました」

「あらあら~」


 どういうアイドルグループにしたい、か。

憧れたアイドル像も、目標にしたいアイドル像も、理想的なアイドル像も、私にはある。

だが、それではいけない...気がする。

短い付き合いではあるが、それでも私は、この仲間達と目指したいアイドル像を考えなければならない。 独りよがりはもう十分過ぎる程に経験した。

 でも、それはそれは単純な問題で、私は彼女達の事をほとんど知らないのだ。

関係性もドラマも無いアイドルグループの未来なぞ、どうやって思い描けと言うのか。

それを、嘘もなく、取り繕う事もなく彼女達に伝えることが、今の私に出来る一番の真摯だろう。


「まー、そりゃそうだよねー」

「ごめんね」

「気にしないで茜ちん!」

「しゃーなしだけど、振り出しだなー なぁプロデューサー、なんか適当にキーワードとかねぇの?」

「あー、そうだなー・・・バラバラ、ビギナー、アイドルの卵、気楽、初対面・・・うーん」

「・・・なんつーか、そう聞くと私達って共通点ねぇなー」

「アイドルの卵って事くらいですもんね...」


 考えあぐねる、と言ったところだろう。

それぞれが何か無いかと逡巡する中で、一つの声が上がる。


「ハンプティ・ダンプティ」


 本来ならば雑踏に埋もれてしまうような彼女の、篠崎 蒼の声がいつもよりしっかり聞こえたのは、全員がうーん・・・と沈黙していたからだったと思う。

でも、驚くほどしっかりと聞こえた彼女の声を、まことに勝手ながら、天啓のように受け取ってしまっていたのは私だけではなかったと信じたい。


「あらあら~ マザー・グースですわね~」

「え? アリスじゃないの?」

「蒼っちも縁っちも茜っちも何語喋ってんの?」

「安丸・・・アリスぐらいはわかれよ」


 ハンプティ・ダンプティ。

英語の童謡(マザー・グース)の一つであり、またその童謡に登場するキャラクターの名前だという。

私はてっきり鏡の国のアリスに出てくるキャラクターの事だと思っていたのだが、元々はなぞなぞ歌であったと考えられているらしい。 起源についてははっきりとはわかっていない。

童謡の中ではっきり明示されているわけではないが、このキャラクターは一般的に卵の姿をしている事が多いのだという。

 篠崎 蒼は「アイドルの卵」と聞いた時にこれが浮かんだと言った。

そして「バラバラになったら二度と元には戻らない事を私達は知っている、鈴原さんは特に。 だけど、それでも、危なっかしくて細い塀の上を進んでいく、みたいなのはどうでしょうか?。 いつか殻を破った時に、羽ばたいて行けるようにー、とか...」と、言っていると補聴器を付けたプロデューサーが通訳をしてくれた。

桜庭 京子が真っ先に「有精卵なのか」とツッコんだのに対し、少しビクつく篠崎 蒼だったが。


「いいじゃんいいじゃん! なんか響きもかっこいいし!」

「悪い悪い、私もいいと思うぞ、ちゃんと条件も守ってるしな」

「元が童謡っていうのもなんだか可愛くて素敵ですね~」

「うんうん、理由もしっかりしてるし・・・うん、決定かな?」

「ありがとう...ございます...っ」


 こうして私達のグループ名が決まったのだが、桜庭 京子の「そういえば一回平仮名にしてみるんだっけか」という発言で、みんな思い出したようにメモ帳に書いてみる。


【はんぷてぃ・だんぷてぃ】


「なんか、メイド喫茶みてぇだな」と桜庭 京子が呟いた。


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