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どうせ懇親会なので


 基本的に私達のアイドル活動は週末がメインとなる。

当たり前のことではあるがアイドルは、アイドル以前に学生だったり社会人だったりするわけなので。

ゆえに、今日私が事務所に足を運んでいるのはイレギュラーな行為だったりする。

その事務所とは名ばかりのマンションの一室にはカギも掛かっておらず「不用心な・・・」と呟き、玄関を抜けて内側から施錠した。


「キャハハハハハ」


 リビングには少年漫画雑誌を読みながら笑い転げている、恐らくこの部屋を不用心にしたであろう張本人、安丸 恵理がいた。

事務所とはいえ人の家なのだから、少しは落ち着きを持ったらどうだろうか。思いっきりパンツも見えているし。


「恵理、アンタ学校ちゃんと行ってんの?」

「およ? あー!茜ママー!」

「誰がママか」

「つか今日平日だけど休みじゃーん」


 安丸 恵理は本当に私が来たことに気が付いてなかったようだ、漫画に夢中で。 というかそうか、今日は祝日だったのか。

キャンパスライフというやつは曜日感覚の観点でも被害を及ぼしているようだ。


「え? じゃあずっとここにいたの?」

「流石にずっとじゃないけど、二時間くらいかなー」

「一人で何してんのよ」

「だってー、おづっちも蒼っちも相手してくれないんだもん」

「あおっち、って蒼ちゃんの事? 来てるの?」

「私より先に来てて、奥でおづっちにべったりなんだよー! ウチもかまえよー!」


 安丸 恵理はそう言いながら奥の部屋を指さして宣っていたので促されるまま進んでみると、いつものようにパソコンに向かって作業中のプロデューサーと、その隣のベッドに座っている篠崎 蒼がいた。


「28才の男の部屋に16才の女の子の絵面は割と異質ね」

「アイドルプロデュースにはそう珍しい光景じゃないけどな」

「言われてみればそうか」

「あっ、鈴原さん こんにちは」

「うん、こんにちわ...って、えぇっ!?」

「えっ どうしました!?」

「え、いや、あの」


 驚いた、あの篠崎 蒼が普通に喋っている。

なおも声は小さいままではあるが、弱々しく、たどたどしいといった印象は見受けられない。 つい先日までの、私の知っている篠崎 蒼の印象とは違う。

かけ離れていると表現するには、考えてみれば微弱な変化ではあったのだけど、それは驚嘆すべき変化だと言えるだろう、だって普通に笑って私に挨拶した篠崎 蒼はもう、あれだ、語彙力がなくなる程に可愛かったから。

「普通に喋ってる・・・」と思った通りの事を口に出すと篠崎 蒼は「え?...あっ!...うぅ...」と何かに気づいたように私の知っている篠崎 蒼の調子に戻ってしまった。


「あー! 茜ちんずるいー! ウチも蒼ちんと遊びたいー!」

「安丸...さん...」

「恵理って呼んでよ! 向こうの部屋であそぼー! ゲームとかあったし!」


 そう言われると篠崎 蒼は困惑した様子だったが、プロデューサーの方を助けを求めるかのように見つめて「行ってこい」の一言を皮切りにリビングに向かって行った。

もちろん、説明を要求する雰囲気丸出しの私を部屋に残して。


「篠崎 蒼は元々喋れない人間ではない」

「どういうこと?」

「いや、まずもって喋れないのは致命的だからトレーニングと思ってな? 篠崎 蒼とお喋りするところから改善しようと思ったんだが」

「見事に改善したじゃない、戻っちゃったみたいだけど」

「どうやらあいつは元々自分に自信が無い訳ではないようで、始めは補聴器を使って全部の声を聞き取るからなってやってたんだが、最後には肉声で全部聞き取れる位になっていた」


 彼はキーボード横に置いてあった補聴器を私に見せてそう言い「篠崎 蒼の抱える問題はもっと単純なもので」と続けた。

なんだ、ちゃんとプロデューサーしてるじゃないか。


「声がな、そもそも小さいんだ」

「そう・・・かな? さっき聞いた限りではそんな事なかったと思ったけど」

「そりゃ、誰も喋ってねぇマンションの一部屋ではな、でも公共の場、特に学校においては違う」


 なるほど確かに、言われてみれば雑踏に埋もれてしまいそうな声量ではあったかもしれない。


「篠崎 蒼は自分の声が小さいのを自覚していたよ、それでよく勘違いされるのだと」

「勘違い?」

「別にイジメられてるわけでもないしハブられてるわけでもない。 ただ声が小さいから、お誘いを受けても伝わらない事が多々あって、その内にクラスメイトも「きっとあの子は一人が好きで、断り辛いのかもしれない」という勘違いをされたらしい」

「あー・・・それは・・・なんというか」

「篠崎 蒼は喋れないのではなく、喋る時にいちいち緊張しているだけだったってオチだよ」


 孤高の一匹狼、高嶺の花、特別扱い。 それは篠崎 蒼からさらに声量を奪った。

どこか緊張していて気を使ってるクラスメイトに話しかける時に、篠崎 蒼は思案する。

期待を裏切ってしまわないか、でも親しみやすい方がいいのではないか、私はそんな人間ではないのに、みんなどうしてそんなによそよそしいのか。 友達を作るのは、どうしてこんなに難しいのか。

どうして私は、こんなに声が小さいのだろうか。


「ちゃんと聞いてちゃんと答えて、特別扱いしなければ、篠崎 蒼は割と普通に喋れる。 参考にしてやってくれ」

「了解、さんきゅ プロデューサー」


 この人は、もっとドライな人間だと思っていた、でもそれはもしかしたら仕事に対してだけなのかもしれない。

篠崎 蒼の事を気遣うプロデューサーは篠崎 蒼の歳の離れた兄のようにも思えるほど、優しい笑みをしていたのだが、「あれがちゃんと喋れるようになれば相当強い武器になる」とにやつく彼を見て私は、胸中ではあるがあきれ顔で前言撤回をするのだった。


 篠崎 蒼と安丸 恵理の様子を一度確認するためリビングに戻ると、先ほどとは少しベクトルの違う異質な光景が広がっていた。

篠崎 蒼のハンチング帽を「あらあら~」と言いながら笑顔で取ったりかぶせたりしている西園寺 縁、「あぅ...っ、あぅ...っ」と困った様子の篠崎 蒼、その様子を見て「キャハハ」と笑い転げている安丸 恵理。

一体何をしてるのだ、これは...。

一先ず場を収めるために私は西園寺 縁の後頭部に軽くチョップを入れた。


「あら?」

「何してるんですか縁さん」

「え~? だって~ 蒼ちゃんがあまりにも可愛かったものですから~」


 助かった、という様子で私の身体を影に隠れる篠崎 蒼。 確かに可愛いがっ!。

まったくこの人は...と、次は胸中ではなく表情に出してあきれ顔を作る。


「おーなんだ、全員集まってんじゃん、ってそりゃそうか 私が一番遅いわな」

「京子さん、お仕事お疲れさまです」

「ありがと 会社から直でこっち来たよ。 ったく、国民の為の祝日だってのに休みも無く働いて、社畜は国民じゃねぇって事かなー」

「ははは・・・」


 ぶっきらぼうに適当なソファーに腰かけた桜庭 京子は、餌付けとばかりに大量の買い物をしたであろうスーパーのビニール袋から適当なお菓子を取り出し高校生組に配りはじめる。

大喜びの安丸 恵理とにっこりと笑う篠崎 蒼の扱いははっきりと違っていて「うるせぇ、さっさと食って黙ってろ」と「よしよ~し、ちゃんとお礼が言えていい子だな~蒼は~」だった。

なんというか豪儀な人だなと思った私と、指をくわえながら物欲しそうにお菓子を見つめる西園寺 縁で、部屋の中は混沌の様相を呈していく。


 さて、なにがどうしてこのような状況になっているかというと、それはあの私達の初顔合わせの日に遡る。


 西園寺(さいおんじ) (ゆかり) 21才。

私達の初顔合わせはその異常との出会いから始まった。

その時も西園寺 縁は篠崎 蒼をいじっていた。 いつもの「あらあら~」という調子で頭を撫でまくっていた。

「ちょっとプロデューサー、あの子誰よ」と小声で耳打ちした私にプロデューサーも「いや、俺も知らん」と驚いた様子。

現状だけで整理すると、全員がまったく知らない五人目がその部屋にいたのだ。


「あのー...あなたは?」

「あら~? ここはフラワーアレンジメントの教室ではないんですの?」


 どうにも話を聞いてみると、この事務所の隣の部屋ではこれまた個人事業のフラワーアレンジメント教室をやっているらしく、彼女はそこに行くつもりで部屋を間違えたらしい。

 さらに彼女は身に付けているものや服装から感じられてはいたが、どうやらかなりのお嬢様のようなのだ。

お父様やお母様というワードに食いついた私達にしてくれた両親の稼業の話では、いくつも知っている提携会社の名前が出てくる程の仰々しい肩書ではあったのだが、正直そこまで驚きはしなかった。

元より彼女に漂う明らかな天然オーラが「まぁ、そういう事もあるか」と思わせてしまっているのかもしれない。

ここまでならば普通にお帰り頂いて終わりなのだが、ここから少しややこしい事になる。


「これは、あまり取りたくなかった手段だが」

「どうしたのプロデューサー、急に」

「スカウトを、しよう」

「えっ。 あの人を?」

「あぁ、スカウトは個人的にははっきり言って取りたくなかった手段ではあるが、こうなっては仕方ない」

「あー、丁度五人になるから?」

「それもあるが」


 そう言った彼は甚く真剣な表情をしていて、私はまたこの人のアイドル論に出会う事になるのだろうと身構えた。

きっと、今どうしてもスカウトをする必要があって、それはまたいつもの様に乾いていて、感情を置き去りにした人間性の追求の様なリアルなのだろう、と。


「俺はお嬢様萌えなんだ」


 どこか、閉鎖空間が急激な収縮を始めそうな程に懐かしい響きだった。

勘違いするなよとばかりに彼は「いや、オーディションの時には色々と採用理由を列挙したけども、アイドルが採用される一番の要因はプロデューサーの趣向に合っている事だからね」と言っていたが、私にはどうにも言い訳がましく聞こえていた、いや、言ってることが正しいとは思うのだが。


「皆さんはどういう集まり何ですか~?」

「こいつらはアイドルで、俺はプロデューサー。 ここはその事務所だ」

「あら~! アイドルさんだったんですね~」


「未満だけどね」と言った私に「どういう事ですの?」と聞き返す西園寺 縁に事のあらましを伝えると「すごいですね~、私アイドルさんはもっと大きいビルとかで作っていると思ってました~」と続き、それに安丸 恵理が「わかるわかる~!」と入って来て、図らずもその場の空気が一気に「それぞれのオーディションを含めた自己紹介」にシフトしていっていた。

西園寺 縁は全く身に覚えの無い世界の話に目を輝かせているように思える。


「茜ちんは?」

「茜ちんて・・・私はオーディションとか無かったわよ」

「そう...なんですか...?」

「うん、だってアイドル作ろうって言いだしたの私だもん」


 ついでだし、という事で。 私の顛末も伝えておくことにした。

安丸 恵理と篠崎 蒼は解散を経験した私を頑張ったと励ましてくれて、桜庭 京子には「いくら落ち込んでても知らない男に付いて行っちゃダメだろ!」と怒られた、そりゃそうだ。


「西園寺 縁、君もアイドルをやらないか?」

「私もですか~?」

「そうだよん! もうなんか私達仲間みたいなもんじゃーん!」

「いや、そんな急には答えらんねぇだろ・・・西園寺さんだって」

「わ~やりたいです~」


 意外なほどにさらりと参加が決まってしまった。

喜ぶ三人に置き去りにされた桜庭 京子に私は、仲間ですよ! と、伝えるかのように「え!? いや、いいんですか!?」と続いたのに対し、西園寺 縁は「私の名前「縁」って書くんです~、私は昔からこういったドジが多くてですね~? でも私は、その先々での縁を大事にしたいと思っていますの」と語った。

拍子が抜けるとはこういう事を言うのだろう。


「...いいの?」

「わからん、西園寺 縁はイレギュラー過ぎて、どういう化学反応が起きるのか全く読めん、だが」

「だが?」

「お嬢様だから良しっ!」


 西園寺 縁のスカウトは、そんなこんなであった。

こうして私達はプロデューサーの当初の予定通り「五人組のアイドルグループ」としてのスタートを切ったのである。

 え? あぁ、そういえばどうしてそこから数日も満たない祝日に再集合しているのかの説明がまだだった。

これについては簡単で、それは安丸 恵理の提案だった。


「みんなで鍋パしようよ鍋パ!」

「お、いいじゃんいいじゃん」

「蒼っちも来るっしょー?」

「い...行きます...」

「やったー!」

「私も来ますわ~」


 恐るべきギャルの行動力、というべきだろうか。

それに桜庭 京子が「おっしゃ! じゃあ今回は私の奢りだ! 食材とか買ってくるからプロデューサーも鍋とかボンベとか準備しとけよ」と乗っかる形で急遽決まった懇親会が今日なのだ。

安丸 恵理のオーディションの時、プロデューサーの語っていた「アイドル作りの第一段階」の意味が少しだけわかったような気がした。

確かに彼女はすごい。 西園寺 縁のスカウトの時もそうだが、彼女の図々しさにも似た積極性は、ついさっきまで全くの他人だった私達を「同じアイドルを目指す仲間」に容易に変えてしまったのだから。


 懇親会の為の準備が着々と進められていく。

食材を取りやすい場所にセッティングしたり、十分な場所確保の為に家具を動かしたりしていると、のそのそとプロデューサーもリビングにやってくる。


「おー、また随分と買ってきたな。 太っ腹ー」

「そんな太っ腹に優しい飲み物と言えば?」

「おっ、焼酎か」

「飲むだろ?」

「もちろん」

「縁は?」

「あら~、じゃあ少しだけ~」


 太っ腹に優しい・・・? どういう意味だろうか?

あいにくお酒事情に対して詳しくない私は、焼酎って安価なのかな? みたいな事を考えながらそれぞれの飲み物の準備を進めていた。

「せっかくなんだからスピーチとかしてよー!」と、安丸 恵理に絡まれるプロデューサー。

最初は嫌がっていたが篠崎 蒼も「聞きたいです...」と加わってしまい断るに断れない状況になっていたのは、ほんの少し愉快だった。


「あー・・・今日はみんな集まってくれてありがとう」

「おづっちが呼んだわけじゃないけどね」と、安丸 恵理が突っ込み。


「うるせぇ、えーっと、これから俺達は共にアイドル作りをしていく仲間というわけで、そんで今日からお前達はもうすでにアイドルで、俺はプロデューサーなんだが。俺はプロデューサーである以前にアイドルオタクだ」

「はっきり言うねぇー」と、桜庭 京子が茶化してみせて。


「アイドルオタクはアイドルの為に活動するものだ、だから俺はお前らの為に全力で今回のアイドル作りに取り組むつもりだ」

「嬉しい...です...」と、篠崎 蒼が喜び。


「そして俺はアイドルオタクなので、お前達の一番近くでお前達というアイドルを応援していくつもりだ」

「あら~、頑張ります~」と、西園寺 縁が期待に添えるように宣誓し。


「だから、なんというか、よろしくな」

「よろしくお願いします!」


 私、鈴原 茜は決意を新たにしたのだった。



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