それは運営とプレイヤーの知恵比べの歴史
ここで少しだけ時計の針は戻る。
……我らがダース・タケルによって『噴水広場』の襲撃される数分前に。
そう噴水広場から遠くない、ちょうど裏手とでも呼ぶべき空き地へ『RSS騎士団』のメンバーは集っていた。
いや、騎士団本隊ではない。
すでに本隊の方は別の場所で集結を終え、あとは進軍の合図を待つばかりとなっている。
こちらへ集まっているのは、そちらの表舞台へと立つ表メンバーではなく……いわば裏方だ。
「すいません、リルフィーさん。それに『象牙の塔』の方々も。もうすぐ向こうの準備も終わりますんで!」
そう謝っているのは裏方の総元締め『RSS騎士団』は『情報部』の副官カイだった。
「気にしないで下さい、カイさん! ――って、そろそろみたいっスよ! なんだか緊張してきたぁーっ!」
空き地の中心にいた青年――リルフィーが答えるも……微妙に様子がおかしい。
よくいえば朗らか。悪くいえば常にヘラヘラしているタイプなのに、珍しいほどに張りつめていた。
「脅かさないでくだせえよ、リルフィーさん! あっしは皆さんの足を引っ張ちまうんじゃないかと、肝が冷えて仕方がないんですから!」
応じたのは『情報部』の鬼軍曹、右腕とも称されるグーカだったが……やはり、その表情は硬い。
「なんだ、二人とも緊張しているのかぁ? こんなのは試合と一緒! 始まれば筋肉が勝手に動いてくれるさ!」
そう二人を激励するのは『RSS』で最も美しい筋肉を持つ漢――第二小隊隊長ことシドウである。
嗚呼、鎧の隙間から垣間見える筋肉がエロい! そしてスケベぇ!
「うーん……筋肉?はどうかと思うけど……まあ、無心で平常心を保つ。シドウの言う通り、普通にしているのが一番だと思うよ」
シドウの発言を翻訳を挑んだのは、団長付き副官であるサトウだった。
その佇まいは求道者か武芸者じみて、なぜか周囲の者を落ち着かせる。長く続けた修練が、風格へと昇華した故か。
しかし、とにかく――
豪華だ。
異常といえるほど、この空き地へ――その中心で待機している四名は豪勢だった。
もう『RSS騎士団』だけに限定しても五本の指、この世界で考えても十指に入る技量を持っている。
それほどの手練れ達だ。異能の持ち主といっても過言ではない。
すぐ後に『噴水広場』襲撃が企てられているのを考えれば、遊ばせておく余裕があるはずもなかった。
さらに壁際へ張り付くようにしている他のメンバー達も、やはり様子がおかしい。
両手一杯にMP回復ポーションを抱えているのに、それだけでは足りないとばかり足元に山を築き上げている。
……まるで戦争を始めるような準備だ。
「ごめんねー、あまり駆り出せなくて。うちは盆暮れ駄目でねぇ。やっぱりサークル参加が多いと……生き甲斐の奴すらいるし」
「お気になされずにッ! ちょっと……いえ、かなり判らないところだらけですけど……お忙しいところ、ご無理をして頂いたとタケルからも……こっちをヘルプして下さっただけで!」
へどもどとカイが気遣いしている相手は――ギルド『妖精郷』村長であるクルーラホーンだ。
あのタケルをして先生達と崇め奉らせる『象牙の塔』と『妖精郷』のアキバ堂を束ねる大人物なのだが……人畜無害を絵に描いたような印象を与えてくる。
「僕とか『村長』は絵が描けなくてね……この時期は暇なくらいだよ。あっ! そういえばタケル君とリルフィー君に、どの本が欲しいか聞いとけって言われてたんだ。僕のお勧めは『悪魔のチュチュ』本かなぁ――」
「おい、止めろ! カイ君、困ってるから! タケル君と違うんだから、少しは加減してやれ!」
……例によって仲間に制止されたのは、ギルド『象牙の塔』マスターのミルディンである。
「でも……薄い本って好みがあると思わない? あっ! そうだ! VR用サンプル本を貰ってたんだ! あとで見においでよ、リルフィーくn――」
「マジ、可哀そうだから! その辺で止めて差し上げろ!」
哀れリルフィーは顔を真っ赤に小鼻を膨らませているが……配本を辞退しないあたり自業自得ともいえる。
「し、しかしッ! ほ、本当に釣れるの? これで衛兵が?」
「ま、間違いありません! ――昨日、最終確認をしました。潜行パッチが――本日中に修正が非公開で当てられない限り、計画は上手くいきます」
……無理矢理に話題を変えるような質問へ、地獄に仏とばかりにカイが飛び付く。
「あれぇ? でも……街中でプレイヤーへ攻撃すると、街中の衛兵が飛んでこなかった?」
「それはβテストの頃の仕様ですね。それも最初期の」
「あの頃は誰かを攻撃しようとしたらペナルティだったっス!」
立ち直ったのかリルフィーは、自慢げに知識をひけらかすも……その栄えある処罰者第一号は彼自身だったりする。
「で、逆に衛兵を一か所へ集める悪用法が確立されたと――これ、タケル君の発案?」
「はい。仲間にペナルティ対象者となって貰って全衛兵を集め、あとは倒されないように境界線を細かく出入りして……一時的に街全体を無法地帯にしたんです」
「……奴を処罰した時のだな」
苦々しくシドウが肯いたのは、そう愉快な記憶ではないからだろう。
「でも、あいつは叩き出すべきでした。正しくはないでしょうけど……間違っているとも思えないですし……。その後、しばらくして『実際に攻撃が当たった場合のみ』と『近くにいる衛兵だけ集まる』へ仕様が変ったんです」
何かルールを作れば、それは絶対に悪用される。
そして教訓を元に、ルールは進化していく。……また悪用される為に!
「で、ここへ衛兵を集めてしまえば――お互いに攻撃し合えば、一時的に『噴水広場』が無法地帯に?」
「はい。そうなります。なりますが、しかし――」
「どれだけ排除しようと駆けつけてきた衛兵を相手に生き延びられるか。それが問題となる訳だ?」
そう言葉尻を受けたサトウの顔は、不敵に笑っている。
「あっしは長く持たせる自信ないですぜ? 隊長は何分持ち堪えろと?」
「できれば五分。少なくとも三分と。ここが崩壊しても『噴水広場』で乱戦となっていれば、衛兵は敵味方の両方を攻撃し始めます。つまり、『RSS』だけへのペナルティとなりません」
「うえぇ……五分っスかぁ……そんなに耐えられるかなぁ……」
「なにを弱気になっているんだ、リルフィー君! 一人じゃないんだ! 我々四人で分担だし……支える仲間もスタンバってくれている!」
威勢の良いシドウの言葉に、壁際のメンバーが軽く腕を上げて応えた。
……その瞳には、『噴水広場』襲撃隊と変わらぬ闘志の炎が宿っている!
そして見ていたようなタイミングで――
「カイ、時間だ! 向こうの準備は完了した。いつでも出れるってよ! ――あとは俺たち待ち!」
ずっと中空へ出現させた画面を――ギルドメッセージを注視していたメンバーの報告が上がった。
同時に中央の四人は、補助魔法の光に包まれる。
「……始めますか」
シドウの言葉に残りの三人も無言で頷く。
そして――
また世界の仕様は、書き換えを余儀なくされた。