至って普通な日常の風景
「はい、編み目はちゃんと数えてくださいねー。間違うと上手にできませんよー」
「せんせー! 編み込んだ髪の毛が消えちゃいました!」
「大丈夫、愛は消えませんから!」
「血も! 染込ませた血も平気ですか!」
「もちろん! このVRの都合で見えなくなっているだけです! 愛があれば、どんなことでもオールおーけ! 愛は全てを許して下さります!」
白昼堂々、黒魔術講z――いや、おまじない――もとい、手編み教室が開かれてた。
……街中のことである。
しかも最大手ギルドの一角な『自由の翼』が拠点としていて、そこそこ人口密度も高い。
つまりは男のメンバーも屯していて……ホラー映画を観る者の目で、編み物に夢中な女性陣を眺めていた。
……これぞ「クリスマることも戦いだ!」と説かれる所以か。
しかし、怯える男子達を横目にギルド『自由の翼』サブ・ギルドマスターのジンは、なにやら難しい顔をしていた。
「はやいところギルドホールを建てて、隠すべきものは隠すべきかもしれない」
とでも考えているのだろうか?
いや――
「ギルドの評判が落ちるところまで落ちる前に、あの妖しげな儀式を止めるべか? 少なくとも被害者の出ない内に?」
かもしれない。
そんな仏頂面な彼をよそに、ギルドマスターのクエンスは陽気に騒ぐ。
「やっぱりさ! クリスマスはギルドハントしようよ! ログインしたメンバー全員集めて盛大にギルドハント! それから皆でクリスマスパーティも! なんだったら暇なギルド外の友達も呼んで!」
「いいかもなぁ……皆で集まって騒ぐのも。だけど俺とか、当日はログインできないんだよなぁー。いや……ほら……ね? 残念だなぁ……どうしてもログインできなくて! ログインできればなぁ……」
残念そうに応じたのは、通称『いつもいる人』と呼ばれる男だ。
VRMMOが唯一の生き甲斐といった廃人ぶりで、ギルド『自由の翼』でも珍しいぐらいに毎日ログインしている。
しかし、そんな彼でも聖夜にはログインしないという。
それを好機とばかりに男達は我先にと追随し、聞かれもしない予定を語り始める。
「あっ! 俺もクリスマスは無理だわ」
「僕も厳しいなぁ……どうしても夜は空けられないよー」
「お、俺も俺も!」
……もちろん全て嘘だ。儚いほどに薄っぺらく……悲しい偽り。
しかし、そんな誤魔化しに頼らねばならないほど、彼らは追い詰められていた。
なぜなら古来よりMMO界隈では、聖夜にログインする者を負け犬と断罪してきたからだ。
迂闊にログインなどしたら『クリスマスに予定もなく、一人寂しくネトゲを遊んでいた』とレッテルを張られてしまう!
休息は――理想郷での休息は、彼らのように虐げられし者にこそ必要なのに!
この『非リア充の証明』を逃れるための『悲しき嘘』は幾度繰り返されたことか。
「もし隣人が『クリスマスに予定がある』と口にしたら、優しく『私もですよ』と答えなさい」と主も仰られたのに!
だが、アラサーになるまで『悲しき嘘』とは無縁でいられる若い娘さん――クエンスは納得しなかった。
「えーっ! 皆で過ごす初めてのクリスマスなんだよー! 私……凄く楽しみにしてたのになぁ……」
と不貞腐れだす。
しかし、そんな子供のような振る舞いも、なかなかに可愛らしかった。彼女は人徳ばかり評価されがちだが、それだけでもない証拠だろう。
そこで宥めるつもりなのか、やっとジンも口を開くも――
「ま、まあ仕方あらへん! リアル優先や! リアルは大事にせなあかんし! あ、あれや……俺は偶然……本当に偶然なんだけど、偶々! クリスマスの日は予定が無くて――」
あきらかに様子がおかしかった! 似非関西弁の仮面すら忘れかけるほどに!
察した一部ギルドメンバーにも緊張が走る!
「今日か? 今日がサブマスが漢となる日だったのか?」
「よし! いけ! なんなら押し倒しちまえ! 俺が録画しといてやる!」
「がんばえー! サブマスがんばえー! まけうなー!」
と応援のオーラーを出しながら、全身を耳にして成り行きを見守る。
そう、全プレイヤーでも一、二を争う知恵者と目され、そもそもの最初からやる気満々だったというのにジンは――
稀にみるヘタレだった! もうタケr――某プレイヤーTにも匹敵するほどに!
「えっ? ホント? ジンはクリスマスに暇なの?」
「あっ……当たり前やないかい……です。相手が………………そ、その……し、仕方がない! 皆が忙しいなら仕方がない……よね? だから二人っk――」
「イエーイ! 『魔法使い』ゲットぉーっ! クリスマス・ギルハン確定ーっ!」
案の定、興奮したクエンスに遮られる。
これで終わり? 哀れ布団を涙にぬらすが定め?
否! 断じて否! まだジンの瞳は闘志の輝きを失っていない!
が、絶妙なタイミングでメンバーが駆け込んできた。
「ちょー! 誰かイベントの手順を教えて! 仕事でログイン時間が……でも、イベント限定アイテムは諦められん! ジン……ボスケテ!」
「ギ、ギルハンもええと思うんですけど……それより……その……二人で――」
「ええーっ! もうすぐイベント期間は終わりだよー?」
嗚呼、これが世にいう指向性難聴か! もはやジンの言葉は一ミリたりとも届いていない!
「今週、全くログインできなくてさ……さすがに社会人だと年末は……」
「イベント限定防具、ちょー可愛いかったよ! 強いし! んーとねぇ……最初は……何をするんだけ、ジン?」
嗚呼、いつものパターン! 呪われているかの如く、全く進展しない!
後から駈け込んできたメンバーの方が、まだ察しは良いくらいだった。
「もしかして……邪魔しちゃった?」
「………………なんのや!」
「えっ? そりゃ……ジンがクリスマスにクエンスを誘――」
「イベントの手順やったな! まずは『宿木』を第二の街にいるNPCのところへ持って行って――『宿木』なら、そこへ山にしてある。皆のダブりや。わざわざドロップ狙わんでもええ。それから『砦の街』にいる衛兵に――」
自棄気味に声を張ったジンの説明は、ため息と共に冬の寒空へ溶けていく。
………………寒い。