黙示録に記されし年末の軍勢
「今年もクリスマスがやってくる! なぜだ?」
壇上の青年は、聴衆へ向けて叫んだ。
ともすれば笑いすら誘いそうな言葉に、どうしてか聴衆は身動ぎもしない。
否ッ! 項垂れてすらいる!
「総統は……総統は中止とッ! 中止にすると約束してくれたのにッ!」
力なく応じられた呟きは、血を吐いたかのような絶望だ。
誰も彼もがクリスマス来襲の事実に圧し潰され、俯いてしまっている。
それは異様な光景でもあった。
三桁を超える人数の男達がギルドホールへ勢ぞろいし……打ちひしがれてしまっていた。
集まった集団の全員が全員、クリスマスがやってくるという至極当然なことを疑問に思い、苦々しく感じている!
「顔をあげろ、我が同胞達よ! 目を見開け! 戦う前から負けるつもりか!」
再び壇上の青年からの叱咤激励が飛び、ようやくに彼らは顔をあげるも――
それは敗残者の顔だった。
「運営はリア充どもに媚びた! 『噴水広場』の惨状を見よ! 俺達の――俺達プレイヤー全員の出発点であり、そして心の故郷でもある噴水広場は、あの忌々しいツリーに汚された! これを屈辱といわずして、何と言おう!」
事実を突きつけられ、男達はいまや泣き出さんばかりだ。
「悔しい! 悔しいよ、タケル君――いや、タケル少佐!」
「そ、そうだそうだ! 運営許すまじ!」
耐えかねたのか、ぽつりぽつりと口を開く者も出てきくるも……やはり意気消沈したままだ。
いまだ沈黙を守る者たち同様、諦めの気持ちで一杯だからだろう。ようするに空元気と大差はない。
「親愛なる『リア充死ね死ね騎士団』諸卿! 俺は諦めない! そして戦う!」
意外な――それでいて期待していたタケルの言葉に、『RSS騎士団』の面々は揺れた。……僅かばかり。
彼らの信頼するギルド運営陣が、この大局を前に無策であるはずがない。
珍しく全員集合となったのも、なんらかの通達があるからと――おそらく当日の作戦についての発表と予想はできていた。
しかし――
「ツリーだ! ツリーを狙う! 彼奴らめが――憎っくきリア充どもが集い、そして我らが噴水広場を汚す、あのツリーだ!」
あまりの想定外な言葉に、全員が虚を突かれた。
作戦行動はある。当然だ。でなければ自分達が『RSS』である意味を見失う。
だとしても、どこへ?
おそらくは当日に人口密度の高い狩場で、リア充どもを大粛清。その程度を誰もが予想していた。
だが、狙いは敵の本丸だという!
呆気にとられ、素に戻ったかのような質問が飛ぶ。
「で、でも……街中だよ? ツリーがあるのは?」
「つまり我々も、容易くツリーへ近寄れる。運営もご親切なことだ」
「運営の用意したツリーを……本当に?」
「何の問題が? この為に規約を読み直してきた。どこにも『運営の用意したツリーを攻略してはいけない』と書いてはなかった」
衝撃が騒めきへ生まれ変わっていた!
本気だ! 間違いなく――そして混じり気なしに本気! 彼らの指導者は、彼らを血が滾るような戦場へと導くつもりらしい!
囁くような――大声によって、何かを壊してしまうのを恐れるかのような声でもって、質問が再開される。
「リア充どもだって、黙って見ちゃいないぜ?」
「ふむ。多少は骨のある奴もいるかもしれない。しかし、貴卿が腰に提げておられるのは何だ? 失礼を承知で伺わせてもらう。それは……飾りか?」
「なら……殺るのか? 街中だぞ? それに……とんでもない数の敵もいるはずだ」
「怖気つかれたか? だが、もう俺は覚悟を決めた。例え独りになっても、俺はやる」
「……全員か? 全員――邪魔する者は全て――」
「ああ、皆殺しだ」
期せずして、その場には深い沈黙が下りた。
もはや誰も彼もが押黙り、ただ身体を打ち震わせている。
独り意外そうな――そして非常に残念そうな表情でタケルは再び口を開く。
「我らは剣によって正道を罷り通る。しかし、そうだな……当作戦は志願制としよう。賛成できなかったり当日に予定のある者などは、参戦を拒否しても――」
しかし、その修正案は仲間である『RSS』の騎士によって遮られた。
「そんな条件は要らない、タケル少佐! あんたは剣を抜いて、ただ『俺に続け』というだけでいい! そしたら俺達も、ただ剣を抜いてついて行く!」
言い捨てるや、実演してやるとばかりに剣を掲げる。
そして感服した隣の隊員も倣い、そのさらに別のメンバーもと……波のように抜刀の音と白刃の輝きが伝播して広がっていく。
漢達の気持ちは最初から一つで、誰もが武者震いを堪えきれなくなっていたのだ!
もはや剣を掲げていないのは壇上のタケルを残すのみ。
そして感極まったのを隠すかのように、一瞬だけタケルは天を仰ぎ――
「……皆の命を俺にくれ! そして倒そう、リア充どもを――いや、クリスマスをだ!」
と叫びながら、最後の剣を抜き放った!
待ちかねたとばかりに、大きな鬨の声でもって応じられる!
それは年末の軍勢という獣達が上げた産声でもあった!
………………むせる。