戦士の生まれた日
街はクリスマス一色となっていた。
しかし、現実と同じようでいて、やはりどこか違う。
中世ヨーロッパをモチーフとしつつ、どことなくアミューズメントパークのようだった街並。それがクリスマスのイルミネーションに彩られ、さらに幻想的な印象を強くしていた。
その風景を前に、少女はクルクルと舞い踊る。
黒を基調とした袖なしのコートと二の腕までの長手袋、それと対照的なまでに白く眩しい肌が見る者の心を奪う。
なによりも少女が持つ朗らかさが印象的だ。
誰が見ても感じる明るさ。そして悪意のなさが――無邪気さが伝わってくる。
「ねぇ、ねぇ! タケル! 凄いよ! 凄い綺麗!」
少女は連れらしき青年へ声を掛ける。
それだけで微笑を誘う表情だった。人を魅入る可憐さに溢れている。
だが、話しかけられた青年――タケルの顔は昏い。
いや微笑んではいた。はしゃぐ少女を、目に入れても痛くないかのような慈しむ顔をしている。
それでいて昏く……哀しみを帯びていた。
彼の所属するギルド『RSS騎士団』揃いの装備一式が――銀で縁取りをした黒い鎧が、暗い印象を与えすぎているのではない。
確かに明るい色使いとは言い難かったが、それはまだ若い彼に威厳や風格すら与えている。
つまり原因は他に――彼の内面にあった。
しかし、その瞳に哀しみを宿らせた理由は、余人には窺い知れない。
「はは……ちゃんと前を見ないと転ぶぞ、カエデ?」
「あっ! またボクのこと子供扱いして! 大丈夫だって、そんなドジ――あ、ごめんなさい。いえ、こっちは平気ですから」
注意された傍から少女は――カエデは通行人とぶつかってしまう。
とたんに軽く顔を膨らませ、精一杯に怖い顔を作ってタケルを睨む。
恥ずかしさと、バツの悪さを誤魔化すためだ。
「い、いつもは平気なんだよ! これくらいの雑踏なら目を瞑ったって――」
「まあ、そうだろうな。でも、今日は止めといたほうが良さそうだぞ? 俺等みたいな見物客で溢れているからな」
そう指摘するだけに止め、さり気なくカエデを引き寄せる。
カエデの方でも文句を言うわりには、逆らう様子もない。
ようするに甘えているだけだ。自分の保護者も同然であり、多少のワガママなら快く許す青年に。
そして――
「うーん……凄いね! 皆も定番のアイテムを用意しているし……あの露店の特大クラッカーとか、どういう仕組みなんだろう?」
などと、すぐにカエデは街並みへ注意を戻してしまう。先程のアクシデントなど、二人にとっては日常に過ぎない。
「クラッカーは多分、バネ式だと思う。多少複雑でも、作ってしまえばコピーは簡単だしな。それに儲け度外視で、騒ぎに混ざりたい気持ちの方が強いみたいだぞ」
カエデの頭に手をのせながら答える様は、一枚の絵のようにしっくりとしていた。
嗚呼、二人は呪われし者達なのか?
栄えある『RSS騎士団』のタケル少佐は堕落してしまった?
声なき怨嗟が……罪なき者の慟哭が街を揺り動かす!
「リア充、爆ぜろ!」
「リア充、滅べ!」
だが、だからといってタケルが『RSS』の騎士である資格を失いはしない!
「あーっ! もうっ! 残念だなぁ……ボクも当日にログインできればなぁ」
そのカエデの一言に、二人の会話を盗み聞きしていた漢達は驚愕させられた!
「……そうだな。でも予定が……あるんだろ?」
「うん! 毎年クリスマスは家族みんなで教会のミサに参加して、その後に家族で揃って過ごす決まりなんだ。そろそろボクも、家族でクリスマスは卒業かなって思ったけど……パパが――あっ――お父さんが、絶対に駄目だって。えへへ……」
そう邪気のない笑顔で少女は語る。
しかし、それは日本にクリスマスが――日本式クリスマスが定着して以来、いくど女達が口にしてきた言葉であったことか!
また哀しき漢達の魂の慟哭も、終わらない反響でもって鳴り続けている! 「そんな訳あるか!」と!
だが、可能性を否定する者は、決して救われない。
その言葉を疑わなければ、信じ続けることができる!
青年も肯く。歴代の漢達がしてきたように!
そして哀しみは木枯らしにのって、またこの季節に木霊するだろう……永久に!
「まあ家族の習慣じゃ……な。仕方ないさ」
背筋を伸ばし答える青年に、漢達は静かに涙する。
そんな訳がなかった。仕方がないなどと、簡単に納得できるはずがなかった。
「もうっ! 馬鹿にして! またタケルはボクのこと、子供っポイとか思っているんでしょ!」
ついには不貞腐れる少女に、堪らず漢のうち一人が立ち上がりかけ……すぐに連れに圧し止められる。
雄々しく青年が耐えている以上、余人が口を挟むべきではなかった。
当然、あの勇者は折れてしまうだろう。それは避けられぬ運命――宿命というしかない。
しかし、その死に際にみせた矜持には――微笑には敬意を払うべきだった。
「そんなこと思ってないさ。いまどき教会でミサとか……敬虔な信徒さんといっても良いぐらいだろ?」
「うーん……そうなるのかなぁ? 教会へ行くのなんて、クリスマスだけなんだけどね」
それを聞いて漢達の心もひとつとなる。「ならば、なぜ!」と!
しかし、彼らも黙って耐えるしかない。
哀れむべきは青年か、それとも心を痛める優しき漢達か?
ただ時は、平等に人々の上を流れていくばかりだ。
そして歩を進める二人にも、やっと問題の樅の木が見えてくる。
「あっ……見て、見て! タケル! ツリーだよ、ツリー!」
無垢なる少女は、その純粋さゆえの残酷さを伴いつつ、煌びやかなクリスマスツリーを指し示す。
……その光は青年の精神に何をもたらしたのであろうか?
また、それは樅の木というには……でか過ぎた。
目測で全高二十メートルは超えているのが判る。もはや小さなビルに匹敵するスケールだ。
「ふぇっ……おっきいツリー。子供の頃、あの天辺で輝くお星様が欲しかったなぁ……あのお星様だと……どれくらいの大きさなんだろ?」
「あれだと……もしかしたらカエデより大きいかもしれないな。……欲しいのか?」
冗談ごとのようにタケルは言うが……その目は全く笑っておらず、天頂の星を凝視している。
それは飢えた者の――飢狼の眼光だ!
「もーっ! そんなに大きなの、ボクのに入らないよ!」
気付かなかったのか、カエデはからかわれたと思ったらしい。
しかし、それでもタケルの目は真剣なままで……貪欲に戦いを求める闘士のものだった。
………………むせる。