第92話
飽きてしまったカーチスたちは、村の方まで、足を伸ばしていた。
バドの動向も、気にかけながら、逃げてきていたのだった。
村にいる女の子に、かたっぱしから、声をかけていく。
けれど、顔馴染みのカーチスたちに、耳を傾ける女の子も少ない。
承知の上で、村の女の子や、観光で訪れている女の子たちのグループに、話しかけていたのである。
収穫がなくても、めげないカーチスたち。
強靭なバイタリティーに、トリスとクラインが、呆れていた。
「鉄の精神だな」
「だね」
女の子たちに、声をかけているカーチスたちと、トリスたちの間には、かなりの距離があった。
さすがに、近くにいる勇気がない。
無碍に扱われても、新たな女の子に、声をかけていく。
声をかけていたのを、見られているにも、かかわらずにだ。
ひたすら、視界に入り込む女の子たちに、手当たり次第、声をかけていった。
「あれを、勉強に回せば、すぐに、上に行くんじゃないのか」
「そうかもしれない」
同意しているクラインだった。
トリス自身、カーチスたちの法力の方が、上だと見込んでいた。
カーチスたちよりも、成績が上につけていたのは、筆記試験や傍らにリュートがいて、その上、トリス自身が、飲み込む速度が、速かったこともあったのだ。
遊ばず、真面目に勉強さえしていれば、カーチスたちは、トリスよりも、上の成績を狙えたはずだった。
突如、辺り一面に、いい音が響く。
「……叩かれたな」
「痛そう」
互いに、痛そうに頬に触れている。
トリス以外の者たちは、完全無視を決め込んでいた。
村の人たちにとって、見慣れている光景だった。
自分が、叩かれたように、二人は、顔を歪めている。
話し込んでいる間に、鬱陶しく、声をかけるカーチスたち。
嫌気を指した女の子の一人が、思いっきり、ブラークの頬を、平手打ちしたのだった。
注目しているのは、観光で、訪れている人だけだ。
「他人の振りだね」
「その方が、懸命だ。同じ仲間と、思われたくない」
やれやれと、頭を振っているトリス。
「確かに」
「もう少し、周りを見て、声をかけろよ」
「学ばないのが、ブラークたちだよ」
苦笑しているクライン。
リュートやトリスに比べ、こうしたことに、つき合わされていたのだ。
そのたびに、こうした光景を、目にしてきた。
トリスたちと同じように、少し、離れた場所で、声をかけているカーチスたちの様子を、窺っている人間がいたのである。
彼ら三人は、送り込まれた諜報員たちだ。
ややバカにしたように、不敵に笑っている。
彼らの目に、カーチスたちが、落ちこぼれの生徒のように、映っていたのだった。
学院の落ちこぼれの生徒たちも、この辺一体を、うろちょろしているのを、諜報員たちは確認済みだ。
「こんな時間に、遊んでいるとは」
「相当な落ちこぼれ、なんだろうな」
蔑むような視線を、巡らせている。
その間も、目に入る女の子たちに、声をかけていた。
「それに、マヌケだな。俺たちの鴨に、なりそうだからな」
笑いが止まらない諜報員たちだ。
このところ、教師や警備員たちにしてやられ、情報を得られず、苦慮していた。
緘口令が敷かれているようで、生徒たちが村などに、出没することが、少なくなっていたのだった。
困った状態に、陥っていたのである。
そうしたところに、生徒自ら、姿を見せてきた。
それも、バカ面してだ。
諜報員も、甘くはない。
絶好のチャンスを、逃がす訳がなかった。
そして、仕事の目つきに、変わっていく。
「あの背格好からしても、リュート・クレスターと、同学年に近いだろう。それに、あの筋肉のつき方にしても、剣術科ではなく、魔法科だ」
声をかけまくっているカーチスたち。
喋りながらも、何一つ見逃さないように、注視していたのである。
入念に窺い、見て取れる情報だけで、確認し合っていた。
諜報員たちも、全然、情報が集まらず、かなり焦り始めていたのである。
仕事に失敗すれば、自分たちの評価が落ち、旨みのある仕事が減り、下手したら、クビになる可能性もあるからだ。
「そうだ。間違いない」
「どうする?」
「決まっている。あれらを捕まえ、情報を引き出す」
ニンマリと、口角を上げていた。
もう一人の人間が、周囲を窺う。
「……教師や警備の者たちも、いそうもないな」
周囲を行き交うのは、村の人や、観光で訪れた人間ばかりだった。
他の諜報員の姿もない。
誰も、邪魔する者が、いなかったのだ。
自分たちで独占できると、悦が止まらない。
「だが、ここでやるのは、目立つ」
「どうする?」
黙ったまま、口の端を上げているだけだ。
チラリと、煙たがっている女の子たちに、視線を巡らせる。
「……なるほど」
「すぐに、手合いをしてくれ」
「わかった」
諜報員たちの双眸に、この好機を、逃がすまいとする焔が灯っていた。
叩かれ、煙たがられても、心が折れることもない。
周りにいる女の子たちに、声をかけていった。
カーチスの顔に、複数の叩かれた跡が、赤く残っている。
嫌悪な眼差しを注がれても、諦めない。
声をかけられた女の子は、三人の前を、足早に通り過ぎていった。
軽装な服を、身に纏って、観光をしている二人組の女を、ブラークのマリーゴールドの瞳が捉える。
ブラークの頬が、緩んだ。
そして、視線で、二人にも促した。
二人も、楽しそうに、露店を見ている二人組の女を、窺っていたのだ。
「新顔だね」
相手を窺いながら、ぼそりとキムが呟いた。
この辺を、よく歩き回っているので、ある程度、顔を見知っていたのである。
わかっていて、会うたびに、同じ子に声をかけてもいたのだ。
こちらに来て、休みなく、声をかけていたので、キムの顔に、疲労が滲んでいる。
ブラークとカーチスは、まだまだ、元気なままだった。
「最近、観光で、訪れたのか」
露骨な双眸で、カーチスが、女たちを見据えていた。
そんな視線を、気にすることもない女たち。
和気藹々と、露店にある商品で、盛り上がっているのだ。
「だろうな」
「でもさ……」
「気にせず、声をかけるぞ」
渋るキムの言葉を、ブラークが遮った。
キムの眉間に、しわが寄る。
「そうだ」
その間、カーチスが、トリスたちに微笑んでいた。
遠くで、離れていたトリスたち。
ただ、首を竦めていたのだ。
「もう、疲れたよ。少し、休憩をしようよ」
諦めたくなかった。
「「ダメだ」」
口を尖らせ、不服そうな顔を、キムが覗かせていた。
「いくぞ」
「意地悪」
ブラークが行ってしまい、それに続いて、カーチスも、あっさり行ってしまった。
後に残されたキム。
渋々、二人の後を追っていったのである。
二人の女の背後から、ブラークが近づいていった。
「観光で、ここに、来たの?」
僅かに、女たちが、怪訝そうな顔をみせている。
カーチスたちよりも、年上の女たちだ。
二十代、半ばと言ったところだった。
「……そうよ」
「そうなんだ。つい最近、ここに来たの?」
警戒した女たちに、軽やかにブラークが畳み掛けていった。
窺う彼女たちの視線も、気にせずに。
「えぇ」
「結構、広くって、大変でしょ?」
「えぇ」
「迷子にも、なったりしない?」
「少しだけね」
「だったら、この辺のこと、詳しく、教えてあげましょうか」
「「……」」
女たちで、顔を見合わせている。
「俺たち、学院の生徒で、暇しているんで、案内しますよ。それに、ここに、何年もいるんで、詳しいですよ。掘り出し物とか、いろいろと」
にっこりと、ブラークが邪気のない笑顔を、振りまいている。
店主は、邪魔だと言いたげだ。
それを、カーチスがウィンクした。
すると、開きかけた口が、閉ざされる。
静観する立場を、店主が取り始めたのだ。
店の前を、行き来する人たちも、見慣れた光景に、何も言わない。
ただ、通り過ぎていったのだった。
有り触れた日常が、起こっていたのである。
「生徒たちが、こんなところにいて、いいの?」
怪しげな眼差しを、注いでいる女たち。
それでも、ブラークたちは、笑顔を窺わせていた。
「僕たち、優秀なんで」
カーチスが、愛嬌のある笑顔を覗かせている。
「優秀なの?」
「はい」
女たちの視線が、カーチスたち全体を、双眸に映していた。
どこを、どう見ても、優秀さが見えてこない。
それでも、女たちは、カーチスたちから、距離を置こうとはしなかった。
「観光案内とか、してくれるの?」
「勿論です」
「いい掘り出し物とかも、教えてくれて、値段も、手ごろなところ、なんでしょうね」
「勿論です。任せてください」
自信満々なカーチス。
「とりあえず、お茶でも、飲みませんか?」
「あなたたちが、知っている場所で?」
胡乱げな視線を、投げかけていた。
そうした顔にも、カーチスたちの表情が、変わらない。
「お姉さんたちが、知っている場所でも、構いませんよ」
「そうなの?」
「「はい」」
カーチスとブラークが、いい返事を返していた。
コクリと、キムが頷いているだけだった。
「じゃ、いいわよ」
「どこの、お店にします?」
「ゆっくりと、お茶をしたいから、村の外れにあるお店でも、いいかしら?」
「構いませんよ」
「よかった」
「では、行きましょうか」
「えぇ」
初めて、女たちが、妖艶な笑みを零していた。
カーチスとブラークが、女たちとの会話を楽しみながら、歩いている後から、キムも重そうな足取りで、ついていったのだった。
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