第90話
湖の近くでは、カレンが精霊呪文に、四苦八苦している。
何度、唱えても、成立しない。
思わず、唇を噛み締めていた。
不意に、周りに様子を窺うと、誰も似たり、寄ったりの状況だった。
「何で、上手くいかないのよ」
悔しげな顔を滲ませ、綺麗な湖を見つめた。
辺りには、様々な精霊が、溢れている。
精霊呪文が、発動しやすい環境にいたのだ。
それにかかわらず、上手く行かない。
やるせない気持ちに、息を吐いた。
担任であるラジュールも、容易く精霊呪文を、会得できないと見越し、諜報員を捕獲するため、森の中へ、入り込んでいったのだった。
生徒たちの状況を、彼なりに把握し、行動していたのだ。
また、嘆息を零しそうになる。
「カレン?」
聞き慣れた声に、振り向く。
すると、剣術科に、転科したリュートが立っていた。
指定された宝を、捜索しているうちに、セナたちとはぐれ、剣術科が、指定した範囲を抜け出し、魔法科が滞在しているところまで、来てしまっていたのである。
そうとは知らないリュート。
「何で、剣術科のところまで、来ているんだ?」
首を傾げ、困惑しているカレンを、捉えている。
自分自身が、出ていることに、気づかない姿に、嘆息を零していた。
(ホント、変わらないんだから、リュートは)
きょとんとした顔を、カレンに傾けている。
「私じゃなく、リュートが、魔法科のところまで、来ているのよ」
「そうか」
指摘を受けても、顔色を変えない。
痛くも、痒くもないといった顔だ。
(少しは、脅威を感じなさいよ。しょうがないわね)
軽く息を吐き、リュートに顔を巡らせていた。
「いいの? こんなところまで来て。見つかったら、剣術科の先生に、怒られるんじゃないの?」
窘められているにもかかわらず、リュートの表情が、飄々と変わらない。
カーチスや、つい最近、知り合いになったセナから、担任のカイルが厳しいと、話に聞いていたのである。
面倒見がよく、姉御肌のカレン。
話に聞く教師から、叱責を受けないかと、気を巡らせていたのだった。
「大丈夫だ。カレンは、何を、やっている?」
「見て、わからない? 精霊呪文よ」
「その割りには、何も、起こっていないが?」
ストレートな物言いに、ムッとしている。
カレンの周りに、精霊呪文が、発動された形跡がなかった。
離れた場所を窺うと、誰も、失敗に終わっていた。
そして、カレン以外、誰一人として、リュートの存在に、気づいていない。
上手くいかない精霊呪文に、躍起になっていたのだ。
痛いところを突かれ、眉間にしわ寄せている。
「まだ、成功していないのか? 簡単なのに」
最後に、爆弾を投下した。
眼光鋭くしているカレンだった。
(一緒にしないでよ。リュートと、違うんだから!)
噛み付きたい衝動を、必死に、カレンが押さえ込む。
天然のリュートに、突っかかっても、しょうがないからだ。
けれど、多少は、意趣返しはしたかった。
「……悪い?」
のほほんとしているリュートを睨んでいた。
辛うじて、威厳を、保ちたかったのだ。
お姉さん的な存在として。
「別に。ただ、遅いと、思っただけだ」
さらに、目を細めるカレン。
憤慨している態度に、気づく様子がない。
「時間を、かけ過ぎだろう」
「悪かったわね」
吐き捨て、不貞腐れている。
チラリと、まだ、いるリュートを窺っていた。
「……帰らなくても、いいの?」
魔法科も、剣術科も、決められている範囲から、出ないように言われていた。魔法科の一部の生徒たちが、いつものように、守らないのは承知していたが、剣術科に、転科したリュートが戻らないと、不味いと巡らせ、促したのだった。
「平気だ」
「それは、リュートの基準でしょ?」
周りをぐるりと眺め、呆れ顔のカレンに注ぐ。
「アニスと、仲がいいのか?」
突然、話を変えられた。
僅かに、パチパチ瞬きを、繰り返している。
(……私が、質問したことに答えないで、いきなり、話を変えないでよね!)
「……仲が、いいわよ」
「そうか」
穏やかに、微笑むリュートだ。
「いつの間にか、仲良くなっていたのね。アニスと」
若干、声音に、嫌味が込められていた。
勿論、気づくはずもない。
わかっていても、込めていたのである。
「まぁな」
「あまり、アニスに、面倒をかけないように」
面倒をかけるおそれが、十分にあるリュートを窘めていた。
「かけて……いないと思う……たぶん」
あやふやな喋り方。
怪訝そうな眼差しを、カレンが巡らせている。
ばつが悪そうな顔を、僅かに滲ませていた。
(……体術の稽古は、秘密だからな)
時間を見つけては、アニスに体術の稽古を、つけて貰っていたのである。
授業が始まる前や、終えた後、休憩の際に、アニスと、日ごろの出来事や、何気ない会話を楽しんでいたのだった。
そうした中で、カレンとの話も、何度も出てきて、二人の親密さが、伝わってきたのだ。
「はっきりしなさい。迷惑をかけているの? かけていないの?」
剣幕を浮かべ、カレンが詰め寄っていった。
「……たぶん、大丈夫だ。笑って、話をしてくれるから」
狼狽えながら、真摯に答えていった。
そんな姿に、頬が緩むのだった。
「そう。ならいいわ。それと、リュート。精霊呪文教えて」
教えを請う姿に、眉間にしわを寄せ、窺ってしまう。
「いいでしょ?」
「面倒だ」
「どうせ、まだ、ここにいる時間があるんでしょ? だったら、教えなさいよ」
開き直ったカレンが、立っていたのだ。
「クラインは?」
「いつの間にか、いなくなっていたわよ」
(逃げたな)
溜息を吐くリュートだ。
「できるんだから、さっさと、教えなさい」
強気な態度を崩さない。
教えて、当たり前な顔を、徐にリュートが捉えていた。
そして、うんざり顔を漂わせている。
(……言い合いするのも、面倒臭くなってきた……)
「……わかった」
満足げな笑顔を、カレンが覗かせている。
「こうだ。よく見てろ」
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