第89話
鷹揚な足取りで、バドが、森の中を彷徨っている。
自分を囮に、諜報員を捕まえ、実験体にしようと、目論んでいたのだ。
クラインや、トリスたちの情報から、各国の諜報員が、学院に入り込んでいると、耳にしていたのだった。
クラスメートを使えず、別の魔法科の生徒も、使えない状況だ。
手早く、手に入る諜報員に、目をつけたのである。
「なぜ、襲ってこない」
しばらく歩いていても、襲ってこないので苛立つ。
不満げな顔のまま、足音も、次第に高くなっていく。
(使えないやつらだ。私一人を、見つけることもできないで)
ふんと、鼻息も荒い。
不意に、二時の方向に、数人の分の気配を感じる。
神経を、研ぎ澄ました。
(諜報員? いや違う……。気配の消し方が、雑過ぎる、……そういえば、誰かが言っていたな、剣術科も、来ていると)
ついつい、口の端を上げていった。
「リュートもいるし、試してみるか」
緩む口元が、止まらない。
ターゲットを諜報員から、剣術科の生徒に、あっさりと変更した。
気配を感じる方向へ、歩みを傾けていった。
その足取りも、どこか、楽しげだ。
面白い素材が、手に入るからだった。
「どんなやつらだろうな」
ほくそ笑むバド。
足を、止めることがなかった。
隠されている宝を、見つけ出すため、六班のテロスたち五人が、森の中を探索していたのである。
班の構成は、テロス、ニック、スマラの男子三人に、ムーラ、グリチネの女子の二人だ。
セナやリュートたちがいる一斑を、出し抜こうとして、いち早く、森の中の探索を始めていた。
他の班では、セナたちを窺うため、一人残していたが、六班では、全員が森の中へ入り込んでいる。
「ねぇ。ずっと、探しているけど、見つからない」
地図を手にしているリーダーのテロス。
咎めるような眼差しを、ムーラが注いでいる。
最初は、気にも止めていなかったが、徐々に、注がれる視線に気圧されていた。
自信満々に、出立したものの、未だに、何の痕跡も、見つけていない。
ニックやスマラたちも、焦りの顔を窺わせていた。
訝しげているムーラや、グリチネの意見を聞かず、強引に、全員で森に入り込むことを決めたのだ。
不意に、テロスが立ち止まる。
それに合わせ、他の四人も、立ち止まった。
「……この辺で、別れて探すか?」
「確かに、固まっていても、見つからないからな」
「そうだな、五人で探せば、すぐだ」
ニックとスマラが、援護した。
ジト目で、ムーラが三人の顔を、見据えている。
どこか、グリチネが呆れ顔だ。
険悪なモードに、獣たちも近寄らない。
「スマラ。それ失策よ。二手に分かれて、探すべきよ。森の中に、何かが、潜んでいると読んで、行動するべき。一人だと、対応ができない可能性を見越して」
「……」
「グリチネの言う通りだな。組み合わせは、どうする?」
神妙な表情で、テロスが、みんなの顔を窺っていた。
うな垂れ気味な男子とは違い、女子はあからさまに、不快感を滲ませている。
恐る恐るニックの口が開く。
「……以前、上手くいった組み合わせは、どうだ? 俺とムーラで、テロスとスマラに、グリチネで」
「「そうね」」
女子の二人が、頷いていた。
テロス、スマラも、小さく同意する。
意見も、まとまったところで、突如、五人の視界に現れた、同年代の生徒の姿を、捉えたのだった。
愕然とする五人。
全然、姿を見せるまで、気配が察知できなかったのだ。
五人が黙ったまま、目の前にいる相手を、見据えている。
「分かれて、探索するのは、後だ」
自分本位な発言に、五人が眉を潜めている。
「私の実験に、付き合って貰う」
ニコッと、笑ってみせた。
「「はっ」」
怪訝そうに、同年代の生徒を、睨むムーラとグリチネ。
「誰だ、お前は?」
胡乱げにテロスが、目の前にいる、態度がデカいやつに、声をかけた。
「そういえば、名乗っていなかった。私は、魔法科七年A組のバドだ」
倣岸な態度で、自分の自己紹介をした。
「A組って、リュートの知り合い?」
顔を顰めつつ、冷静に、目の前にいるバドを、警戒しているグリチネだった。
懐かしい名前に、バドの口角が上がっている。
「そうだ。リュートと、同じクラスならば、随分と、鍛えられているだろう」
ますます眉間のしわを、濃くしている五人だ。
バドの言葉を、すんなり、飲み込めていない。
把握できていなくても、容赦する気がないバドだった。
「ならば、私の実験に、付き合って貰う。何せ、丈夫じゃないと、困るからな」
ふふふと、物騒に笑っていた。
なぜか、五人の身体が、強張っていく。
バドの実力がわからなくても、威圧的なオーラで、何かを感じ取っていたのだ。
「実験って、何?」
訝しげに、ムーラが呟いた。
最近、交流をし始めたところで、まだ、バドのことを、誰一人として、知らなかったのである。
「私が、作った薬草の効能や、毒薬の効能。それに、魔法を受け、どのようになるのかって言う簡単なものだ」
親切に、バドが説明していった。
意味がわからないと言う顔を、覗かせている。
「どこが、簡単だ」
「それ、死ぬレベルじゃないのか」
顰めっ面で、ニックとテロスが、口にしていた。
「死にはしない。私がいるし、リュートたちも、経験している」
ますます、信じられない顔を窺わせている。
それに対し、実験体が見つかり、バドが、ホクホク顔だ。
このところ、いい実験体が見つからず、研究が遅れ気味だった。
「リュートがしているからって、俺たちが、死なないとは、限らないだろう」
テロスの抗議に、他の四人も、追随していた。
そんな彼らを、鼻で笑っている。
「だから、私がいると言った。もしもの時は、ギリギリのところで、回復させるから、大丈夫だ」
「「「「「大丈夫じゃないだろう!」」」」」
「そうか。でも、私に、見つかったことを、諦めるんだな」
さらに、圧を強めていった。
身体が強張りつつも、五人が、戦闘の構えをみせる。
「どれくらいの能力があるか、先ず、試させて貰おうか」
ふてぶてしい態度にもかかわらず、五人の頭が、徐々に冷めていく。
目の前のバドが、かなりの実力があると、肌で感じ取っていたのだ。
「五人を相手に、できると、思っているのか?」
闘志を漲っていくテロスが、平然としているバドに話しかけた。
表情が、変わることがない。
「平気だ。私を、誰だと、思っている」
「いやな。自信」
目を細め、ムーラが吐き捨てた。
「どこからでも、いい。来るがいい」
ムッとした顔で、スマラが飛び掛っていく。
勝手に、仕掛けて入ったスマラ。
テロスが、焦った顔を滲ませていた。
「バカっ」
聞く耳を持たず、しょうがないとスマラに続き、ムーラを向かっていった。
テロス、ニック、グリチネが、バドとの間合いを、開けていく。
どんな魔法の使い手だか、認識できない以上、バドとの間合いを広げ、様子を見つつ、遠距離の攻撃を仕掛け、確かめようとしたのだった。
先急ぐ二人の様子を窺い、遠距離の攻撃を放つように、身構えている三人。
物怖じしないバド。
余裕な仕草で、振り落とされる二人の剣戟を交わし、なおかつ、後方にいる三人にも、微笑んでみせたのだった。
デカい態度に、三人は、怒りの炎を宿していたが、行動に移すことがない。
至って、静かに、見守っていたのだった。
(ほぉー。後方の三人は、冷静だ。ちゃんと、分析しつつも、攻撃できそうならば、する態勢が、整っているな。だが、ダメだ。何度か、私が、攻撃を仕掛けることが、できたことに気づかない。リュートのやつ、随分と、おとなしくしているんだな。もっと暴れて、鍛えてあげれば、いいのに。……役に立つかな。せっかく、見つけた実験体だ。使わせて貰おう)
魔法の攻撃をせず、ただ、二人の攻撃を交わしている。
僅かな連携は、取れているものの、時々、乱れることが多い。
「互いの攻撃を、邪魔し合っているぞ」
「「……」」
隙が、見つからない。
後方の三人も、攻撃ができない状況が、続いていた。
「遊んでいる暇も、惜しいからな。そろそろ、ケリをつける」
「何」
「《蜘蛛の糸》」
呪文を唱えると、バドの右手から、半透明な糸が出て、スマラやムーラに絡まっていき、動きが瞬時に止まってしまった。
二人の様子を、省みることなく、バドの双眸は、後方の三人を捉えている。
「《空気弾》」
空中の空気が、瞬時に集まり、三人目掛け、それぞれに放たれた。
三人は、寸前のところで交わしたが、次の攻撃を、交わすことができない。
同じように、放たれた《空気弾》によって、あっという間に、三人は倒れてしまったのだった。
地面に、倒れ込んでいる三人。
スマラとムーラが、絶句していた。
「歯ごたえがなかったな。ま、いいか」
一応、倒れている三人にも、《蜘蛛の糸》で拘束していった。
一部始終を窺って、見守っていた教師たち。
彼らは、剣術科の生徒たちの警護に、密かに当たっていたのである。
相手がバドだったため、手出しせず、傍観していたのだった。
「いい腕だな」
微妙な顔で、ベテランの教師が呟いた。
離れているところでは、バドが、気を失っている三人を、回復させている。
圧倒的な力の前で、スマラとムーラは無言だ。
「いいんですか? このままで」
頬を引きつらせながら、若手の教師が、ベテラン二人の顔を窺っている。
ベテランとは、剣術科と魔法科から一名ずつで、若手の教師は、剣術科から来ていたのだ。
「大丈夫だろう。その辺のことは、弁えている」
魔法科のベテラン教師が、口にしつつも、その顔は、どこか不安そうだった。
他の二人も、話を聞きながら、流れるような、手馴れている仕草を眺めている。
惚れ惚れするほどの、無駄のない行動。
若手の教師が、溜息を漏らしていた。
「それに、変に中止させ、不満が、こっちに向かわれると、困る」
「去年のことですか」
剣術科のベテラン教師が、窺っていた。
剣術科の教師内でも、リュートやバドたちのことは、極々一部であるが、広まっていたのである。
「新人の教師が、バドの餌食になって、教師を、辞めてしまったからな」
苦々しい顔を、魔法科のベテランが覗かせている。
彼らのせいで、魔法科の教師たちの人数が、少ない。
雇っても、すぐやめてしまうケースが、多かったのだ。
そのため、リュートたちに、かかわらせないようにしていた。
「……」
若手の教師が、渋面している顔を、バドたちに傾けた。
意識が戻った三人。
そして、最初に捕まった二人を連れ、帰っていくバドの背中を、見送っている。
これ以上、教師を辞めさせたくない学院側。
バドの実験体の被験者に、教師を使わないように命じ、渋々、それを、承諾させた経緯があったのだった。
「カイルには、知らせておいた方が、いいな」
「だな」
ベテラン二人が、打ち合わせしている。
それを、若手の教師が黙って、成り行きを窺っていたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。




