第87話
真剣な眼差しで、パウロがレポートと格闘していた。
その隣では、呆然と、リュートが綺麗な空を眺めている。
全体的に、ダメなレポートに、最初から書き直すように言い、付き添って、何度も、書き直しさせていた。
そして、何もすることが、なくなったのだった。
何度も、ダメ出しされた部分を改善し、書き直せば、よかったからだ。
ダンとローゼルは、早々に、完全なレポートを作り上げ、それぞれに、近辺で、食糧の調達を行っていた。セナ自身も、でき上がっていたが、リュートが何か仕出かす恐れが拭えないため、何があってもいいように残って、保存食を作っていたのである。
何もしていないリュートに、双眸を巡らした。
「何、ぼうってしているの? パウロのレポートは、順調?」
「んっ。……大丈夫だ」
視線に促され、一心不乱に書いているパウロの姿を、セナも捉えていた。
セナの声も、届かないぐらい、真面目に打ち込んでいる。
微かに、セナが首を竦めていたのだ。
「これぐらい、いつも集中してくれると、助かるのに」
ぼやくセナに、苦笑しているリュートだった。
何事においても、パウロはなかなか集中できず、意識が、そがれていることが多い。
そのため、成績が、イマイチ伸び悩んでいたのだ。
仲がいいダンが、それとなく改善させようと、本人に気づかれないように、特訓させていたのだった。
「セナの方は、保存食できるのか?」
「もう少しよ」
大量にある肉を燻製にし、保存食にしようとしていた。
短い期間しか、野宿しないので、他の班の生徒たちは、学院から持ってきた保存食しかない。
わざわざ作っているのは、セナたちの班しかなかった。
他の班も、ようやく動き出している。
テントを張っている拠点に、数人の生徒しか残っていない。
作業しつつも、セナたちの班を、それとなく視線を巡らせていたのだった。
残っているのは、セナたちを見張るため、見張り役の生徒だ。
『十人の剣』の称号を持つセナと、天才と謳われるリュートの存在を、他の班の生徒たちが、気にかけていたのである。
どの班も、セナたちの班よりも、上に昇りたかったのだ。
見張り役の生徒の視線を、常にリュートは感じていた。
リュートにとって、露骨過ぎたのだった。
(もう少し、上手く見ろよ……)
「な。俺、探索に行ってもいいよな」
「ダメ」
「鬱陶しい」
「それでも、ダメ」
「何で?」
「何でも!」
口を尖らせ、納得できない顔を覗かせている。
「全員で、揃ってよ」
揺るぎない意志が、込められた眼光を注いでいた。
「暇だ」
「それでも」
視線の圧で、駄々を捏ねているリュートを押さえ込む。
プイッと、そっぽを向いた。
「もう少しで、ダンやローゼルたちも、戻ってくるでしょう」
周囲に瞳を巡らせれば、ダンやローゼルの姿を、みせたのだった。
リーダーであるセナの命令に従い、近辺で、調達を行っていたのである。
ダンの手には大量の魚、ローゼルの荷物には、豊富な木の実や、果実が詰め込まれていた。
二人は、セナの前に、調達した物を並べる。
「大漁だろう」
自慢げなダンの顔だ。
「これで、いい食事ができそう」
ご満悦な表情を、ローゼルが滲ませていた。
並べられた食材を確認し、セナが二人に顔を傾ける。
「下処理を、しておいて」
二人して、眉を潜めていた。
(ケンカするけど、タイミングが合っているのよね)
「まだ、パウロが、できていないの」
二人が帰ったことに気づかないほど、レポートに、向き合っているパウロを窺う。
レポートしか、眼中にない状況だった。
「「……」」
それぞれ、無言のまま、セナに命じられた作業を行うため、分かれた。
互いに、距離を少し開け、各々で、下処理の作業に入っていく。
二人して、喋ろうとする気がない。
ただ、ひたすらに、作業をしていった。
(これで、上手く連携が取れれば、最高なのに)
「ところで、何か変わったこととか、なかった」
調達の他に、近辺の捜索を、頼んでいたのである。
「「変わったところはない」」
声が揃ってしまい、ばつが悪そうな顔を滲ませていた。
「ありがとう。二人とも」
ニコッと、セナが微笑んでいた。
持っていた地図を窺い、逡巡している。
ある程度、宝の在りかが、どこにあるのか、見当していたのだった。
下処理の手を止めず、ダンがリュートに話しかける。
黙ってしている作業に、僅かに飽きてしまったのだ。
「な、リュート。魔法科時代は、何してたんだ?」
「別に」
「それで、罰掃除なんて、やらされないだろう」
「ああ。罰掃除のことか」
合点がいった顔を、みせている。
「で、どんなことを、やらかしていたんだ?」
「ムカつくチェスターを、爆弾で飛ばしていた」
「「……」」
ローゼルも、それとなくリュートの話に、耳を傾けていたのだった。
「後は、魔法で、吹き飛ばしたり、チェスターの食事に、薬草を入れて、お腹を下させたり、後は、チェスターを鬼にし、全員で逃げ惑ったり、後は……、とにかく魔法で飛ばしていたな、何度も」
のほほんとした顔で、魔法科時代の、一部の出来事を語って聞かせた。
不意に、ダンとローゼルが、チェスターの顔を脳裏に掠めている。
((よく、生きていたな))
そして、楽しげなリュートの顔を窺う。
悪びれた様子が、一切ない。
((それだけのことをして、罰掃除だけかよ……))
「楽しかったぞ。いろいろと」
「……そうか」
乾いた返事しかできないダン。
頬が引きつっているダンに、気づかない。
「それに、バドの研究に、付き合わされた」
「「バド?」」
「ああ。バドは、魔法や、薬草の研究が好きで、年中、研究に打ち込んでいる。俺も、研究は好きで、たまにすることもあったが、バドほどではなかった。何度か、バドの研究に、付き合わされて、死にそうになったことがある」
((笑顔で、言うことなのか……))
死にかけた話にもかかわらず、喋っているリュートの顔が、とびっきりの笑顔だった。
胡乱げな表情でいる二人。
けれど、夢中なリュートは気づかない。
「大変だったが、面白かった」
((面白いのか))
「実験体に、みんなのことを使うから、よく、みんなで、バドから逃げていた。そのおかげか、バドの探索能力が上がったし、みんなの身体が、丈夫になっていったな」
楽しかった思い出のように語っているが、どう話を聞いても、地獄絵図のようにしか、思えない二人だった。
((あり得ない……))
軽く眩暈を、生じさせている二人である。
「たぶん、バドも来ているから、今頃は捕まって、餌食になっているところだろうな」
「「……」」
顰め面になっている二人に、嬉しそうな笑顔を巡らせている。
「きっと、魔法科の連中じゃ、物足りなくなって、剣術科に手を出すかもな」
とんでもない発言に、面食らうしかない。
自分たちにも、被害が及ぶ可能性が出てきたのだ。
徐々に、そのままの顔を、森の方へ傾けていく。
多くの仲間たちが、森の中で、宝探しをしている最中だった。
「質問しても、いい?」
傾けたまま、ローゼルが問いかけた。
その顔は、訝しげだった。
「何だ?」
「そのバドって、言うやつが、私たち、剣術科を襲う確率は、どれくらい?」
「そうだな……ほぼ、狙うんじゃないのか」
確実に、狙われていると知り、僅かに、背筋が凍っていく。
「魔法科の担任は、それに関して、何も言わないのか?」
強張った顔を、ダンが覗かせていた。
「何も。ラジュールも、研究が好きだからな。捕まる方が悪いと、言っている」
((教師かっ))
互いに、顔を見合わせ、ゆっくりと、綻ばせているリュートを捉えていた。
「「逃げることは、難しいのか」」
腕を組み、逡巡しているリュート。
「難しいんじゃないのか。バドの捕まえる能力も、年々、上がっているし。何せ、バドだからな」
((バドだからなってだけで、片づけるな))
口角を上げ、懐かしい顔を、リュートが滲ませている。
そして、魔法科のクラスメートの顔を、思い返していた。
渋面した顔を、見合わせている二人。
「な、知らせるか」
「……向こうだって、リュートを警戒し、さっさと、動き回っているのよ」
「だよな……」
「黙っているべきよ」
二人は、チラリと、レポートに集中しているパウロと、地図と睨めっこしているセナに、視線を注いでいた。
全然、リュートの話を、耳にしていない。
「「……黙っていよう」」
二人で合意し、頷き合うのだった。
魔法科のクラスメートの話をし、リュートはしみじみとなっていたのである。
乗り気ではなかった合コンだったが、みんなと楽しいことができると、気持ちが前向きになっていくのだった。
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