第84話
保健室に戻り、採取した薬草を、すぐ使えるように、グリンシュが選別し、生で使用できる物はしまい、乾燥や煮出す手間が必要な物は、そのように作業していた。
すでに、飽きていたミントの姿が、消えている。
大きなざるに、薬草を並べ、天日干をしていると、そこへ、魔法科の教師であるデュランが姿を現した。
筋肉質で、長身なデュランが、相手を威圧する雰囲気を持っている。
そんなオーラにも、全然、臆さないグリンシュであった。
「珍しい来客ですね」
朗らかに、対応していた。
研究熱心なデュランが、めったに、保健室に出向いてこない。
こんなところで、無駄な時間を過ごすなら、好きな研究に、費やした方がましだと言う考えの持ち主だった。
そのため、ここに、よく訪れる学院時代の同期のカテリーナや、カイルとは違い、数年ぶりに、足を向けたのである。
グリンシュに、用事がある時でさえ、自分では訪ねない。
カイルや、別な教師に、頼むほどだった。
「お茶でも、入れますね」
「ああ。頼む」
倣岸不遜な振舞いにも、グリンシュが和やかだ。
長いマントを靡かせ、鮮やかの所作で、席につく。
お茶と、お菓子が、出るのを待っていた。
まるで、王が、そこにいるような立ち振舞いだった。
いつ、誰が来てもいいように、万全の態勢を、整えているグリンシュ。
素早く、デュラン好みのお茶と、お菓子を置いていく。
出されたお茶に、黙ったまま口をつけた。
付き合いも長いのに、薄情なデュランに、嫌味一つ述べない。
ただ、誰に対しても、同じような接し方だ。
「どうですか?」
「まぁまぁだな」
「そうですか」
気を悪くした様子もない。
にこやかに、デュランが焼き菓子を食べるのを眺めていた。
黙ったまま、出された半分の焼き菓子を、食べた終えたところで、ようやくグリンシュが訪ねてきた用件を伺う。
ここに、理由がなければ、決して来ることがないと、行動を把握していたからだ。
「ところで、デュラン。今日は一体、何事ですか? 研究に余念がない、あなたにしては、珍しい行動ですね」
教師たちには、諜報員から、生徒たちを守るために、当番制で、見回ることになっていた。
だが、デュランは参加していない。
自分の代わりに、他の教師たちにさせていたのだった。
多くの教師たちは、威厳を前面に出しているデュランに対し、逆らえない。
疲れているにもかかわらず、文句一つも言わず、代わっていたのである。
「ある程度、きりがついた。だから、こうして、私が来た」
「そうですか」
「余計な真似は、するな」
非常に、掻い摘んでそっけない。
一見、何のことだか、理解に苦しむような短さだった。
ただ、言われた当人は、瞬時に、何を言いたいのか把握していた。
意外過ぎる言動に、瞠目しながら、デュランの綺麗に整えられている、赤銅色の髪から始まって、全身を眺めてしまう。
研究に没頭していても、身だしなみは、忘れなかった。
研究にのめり込むタイプは、身だしなみを気にせず、髪の手入れもせず、無精ひげを生やし放題、着ているものも、毎日交換しない無頓着が多い。
だが、その中でも、デュランは異質で、綺麗好きだった。
「私は、何も……」
意味ありげな笑みを、滲ませていた。
デュランが、嘆息を吐く。
グリンシュが、デュランのことを知っているように、デュランも、グリンシュのことを、心得ていたのだ。
だから、その表情一つで、何かを隠していることを、察したのだった。
「カイルと、ラジュールに、迷惑をかけるな。ま、ラジュールなら、大丈夫だろうが」
「いつも、こき使うデュランにしては、珍しい発言ですね」
妖艶に、微笑む。
茶化されても、動揺しないで、デュランが見据えている。
「私はいい。だが、グリンシュはダメだ」
「どうしてですか?」
甘えたような声音だ。
それは、人を惑わす作用もあった。
けれど、デュランには掛からない。
わかっていてなお、グリンシュも、していたことだった。
「じっとしていると、余計なことを、考えるところがあるから、身体を動かさせている」
「私も、ですよ」
蠱惑的な笑みを振りまく。
胡乱げな双眸を、傾けているデュラン。
「貴様は違う。面白く駒を、動かすだけだろう。単純明快な、カイルと言う、動きやすい駒を」
眼光鋭く、デュランが睨む。
自分勝手に、カイルを動かす動機が、違うと言い募っていた。
「そうした傾向があるのは、認めますが、それだけで、動かしていませんよ」
寸分も違わず、グリンシュが目をそらさない。
本当か、どうか、相手の水底を、確かめるようなデュランの眼差しだ。
「とにかくだ。今回は、おとなしくしていろ」
「私は、いつでも、おとなしいですよ」
ふんと、鼻先で笑う。
何か、感づいても放置し、見て楽しんでいるだけだろうが、心の内で吐き捨てていた。
「少しは、デュランも、自重した方が、いいですよ。あなたや、ラジュールに、無理やりに見回りをやらされ、身体が疲弊しています」
このところ、カイルが頻繁に、デュランや、ラジュール、すぐに外出してしまうカテリーナの見回り分を、やらされていたのだった。
「あれぐらいが、ちょうどいい」
クスッと、グリンシュから笑みが零れている。
自分勝手に使うが、カイルのことを、非常に気遣ってもいた。
「心配ですか?」
楽しげに、口元が緩んでいた。
じろりと、デュランが殺気の含む視線を注いでいる。
「大丈夫ですよ。あの時のような、子供じゃないんですから」
「……」
「ところで、虫けらどもは」
ムスッとした顔で、デュランが話題を変えた。
「む、む、虫けらですか?」
必死で笑いたいのを、グリンシュが堪えていた。
デュランは、諜報員を、虫けらと例えていたのである。
面白い例えが、ツボの嵌まり、お腹が痛くて堪らない。
「あいつらは、虫けらで構わん。それよりも、状況は?」
笑っているのに忙しく、いっこうに答えないグリンシュに苛立つ。
一つのところに、止まっていなかったので、諜報員の情報を、把握しきれていない。
ようやく、笑いが収まり、瞳の涙を拭う。
「トップクラスの諜報員が、入り込んでいるらしいですよ」
目を細め、本当かと、目で問いかける。
「えぇ。総動員で、警戒に当たっています」
話を聞き、乱暴に、舌打ちを打った。
「リーブの息子の、どこがいいのだ。くだらない、あれのために、この騒ぎとは。甘やかせて、育てたせいだな。ちゃんと育てないから、こんな面倒なことに、なるのだろうが」
面白くないと言う顔で、愚痴を零していた。
「まぁまぁ、落ち着いて、デュラン」
ギロリと睨む。
「ちゃんと、いい子に、育っていると思いますよ。多少の甘さが、ありますが。それに、あなたたちの時代も、大変でしたよ。それなのに、デュランと来たら、多くの勧誘を、あっさりと断って」
「どれも、くだらない話ばかりだったからだ。だから、断った。それに、俺だけじゃない」
「そうでしたね」
昔を回想し、グリンシュが相槌を打った。
「優秀な人材がいるから、私まで、出向く必要もないだろう」
「デュランも、参戦すれば、随分と、ラクになると思いますが?」
「少しは、苦労をした方がいい。腕が錆びるからな」
「あなたらしいですね」
「私のところへ来たら、やるが。そうでなければ、やらない」
その頃、班ごとを、それとなく回り、カイルが生徒たちを観察していた。
明と暗に分かれている食事に、苦笑してしまう。
唐突に、大きなくしゃみが出た。
「風邪でも、引いたか」
このところ、休み暇がないせいで、風邪でも引いたかと巡らせる。
まさか、グリンシュとデュランが、自分のことを話しているのも知らずにだ。
「それよりも、見回らないとな」
すぐに、意識を生徒たちに向け直す。
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