第81話
連れ戻しに来たカレンにより、カーチスたちは、無理やりに、授業に参加させられた。
クラスメートのほとんどが、高度な精霊呪文に、悪戦苦闘している。
ほぼ取得しているクラインが、できない友達に、わかりやすく教えていた。
暖かな陽射しに、穏やかな風。
上を見上げれば、美しい蒼穹が広がっている。
視線を降ろすと、青々と茂っている緑の芝生。
その中に、色とりどりな花が咲いていた。
そして、友達が、必死に精霊と向き合っている。
カレンは、他の女子友達と一緒に挑戦し、失敗を繰り返していた。
そんな姿を眺めるのに、飽きてしまった三人が、ぼんやりとしている。
初めのうちは、カレンの鋭い眼光を恐れ、精霊呪文に取り組んでいたものの、自分たちから、意識がそがれると、ちょうどいい石に腰掛け、サボっていたのだった。
ただ単純に、試験にならないと、集中できなかったのだ。
「真面目にやっているな」
ボソリと、カーチスが、クラスメートの姿を見つめながら漏らしていた。
やっていないのは、自分たちと、ここにいないトリスだけだった。
つい最近まで、いたずら仲間だったやつらまで、真剣な面持ちで、一つでも多く取得しようと努力している。
そんな姿を、悄然と、眺めていた。
卒業を、数年後に控え始めると、みんなで、バカ騒ぎしていた人数が、一人減り、二人減りとなり、カーチスたちしか残っていない。
誰もが、卒業後の進路で、これまでサボっていた授業を、真面目に受け出していた。
「そうだな」
気が抜けたように、ブラークが相槌を打った。
三人の成績は、A組の中でも下位だった。
他の生徒以上に、励まないと厳しかったのだ。
それにもかかわらず、いっこうにやる気が漲っていかない。
まだまだ、遊びたいと、抱いていた。
ふと、キムが、ある方向を指差す。
「見て、あれ」
促されるように、その指し示す先に、視線を巡らした。
研究マニアのバドが、仲間数人を捕らえている。
捕らえた仲間を、不可解な実験に、使用としているのは明白だった。
魔法科では、常に、二番手につけているバドであるが、危ない実験などを、繰り返している問題児の一人でもあった。
そのせいもあり、決して、研究にのめり込んでいる最中は、誰も近づかない。
捕まったら、一巻の終わりだと、彼らの脳裏を掠めていた。
天才と謳われているリュートでさえも、何度も危険に遭遇し、深手を陥ったほどだ。
「最悪だな」
「ベッドの中で、何日も、過ごしそうだな」
「試験後で、よかった……」
複雑そうな表情を、キムが覗かせていた。
これまでの経路を辿ると、ベッド送りになる予測ができたからだった。
数々のバドの研究実験の対象に、クラス全員が何度もやらされ、年々、身体が頑丈になっている事実もある。
それに、リュートたちのいたずらの犠牲の耐久性でも、強くなっていた。
日々、過激になっていく研究実験にも、耐えられるだけの身体が、でき上がっていても、負傷者が止まない状況だった。
バドの方でも、徐々に、研究のレベルを、上げていったからだ。
三人は、バドからの呼び出しが掛かっても無視し、近寄らない。
できるだけだ。
半分ぐらいは、バドに捕まってしまう。
自分たちの代わりに、彼らが務めるのを、心から感謝していた。
「ありがとう。君たちの尊い犠牲に、僕たちは……」
熱く盛り上がっているブラークの後頭部を、カーチスが叩く。
「痛っ!」
両手で、後頭部を押さえている。
手加減なしで、叩いた。
「何するんだよ」
目を細め、呆れ顔のカーチスを睨む。
その瞳は、うっすらと涙目だ。
殴ったカーチスは、落ち着いた顔つきで、バドたちの様子を注視している。
抵抗を試みて、暴れているが、完全に捕獲されるのは、時間の問題だった。
「ここから、離れた方がいい」
「何でだ」
不貞腐れ気味に、吐き捨てた。
「最初に、俺たちに声をかけたと言うことは、頑丈なやつを求めているって、ことだろう? だから、こっちに回る前に……」
最後まで聞かなくても、ようやくその先が読めた。
「わかった」
すっと、ブラークが立ち上がる。
その顔に、さっきの痛さが感じられない。
痛みよりも、移動を重視したのだった。
「そうだね」
怯えているキム。
彼らの行動は、迅速だった。
すぐさまに、移動を開始したのだ。
カレンから、お叱りを受けない距離で、バドから見つからない距離を考慮し、僅かに森に入ったところで落ち着く。
少し、行ったところで、数人のクラスメートがいた。
カーチスたちの存在には、気づいていない。
それほどまでに、精霊呪文の取得に励んでいる。
「ここなら、安全だろう」
周囲を見渡しながら、カーチスが木に凭れ掛かった。
バドの気配を察知したら、動けるように腰を下ろさない。
ひとまずの危機から、脱出でき、キムが大きく息を吐く。
「当分、時間を稼げるだろう」
「できれば、あれで、終わってほしいけど」
か細い声で、キムが願望を口にした。
「無理だろうな」
のん気に、ブラークが構えていた。
それに、カーチスが追随する。
「もたないはずだ、やつらでは」
だから、ここへ逃げてきた。
「それに、ここには、他のクラスがいない。俺たちのことを諦めて、他のやつらを求めて、校舎に向かうなら、万々歳だが……」
「その確率は、低いだろうな」
冷静に、ブラークが分析内容を呟いた。
クラスメートの誰よりも、彼らが、バドの犠牲になっていたのである。
そのために、比較的に身体の造りが強硬になり、それが逆に、災いとなって、何度も雇用されている原因でもあった。
リュートやトリス、クラインは学院にいなかったり、人の少ないところで、読書をしていたりして、最近は上手く、回避し、災難を免れていた。
「う……」
頭を抱えながら、呻き声を漏らした。
「そうびくつくな、キム」
狼に襲われたうさぎのようなキムだった。
ブラークが哀れみの視線を投げかける。
この中で、一番キムがバドの犠牲をこうむってきた。
「だって……」
過去の回想が蘇り、恨めしそうな眼差しを送っている。
何度も、キムを見捨てて二人は、逃げた口だ。
「昔のことは、思い出すな」
何を思い出しているのか、安易に、カーチスが想像できた。
それと同時に、どうするかと、今後の動き方の方針を巡らせている。
(バドは、納得するまで、実験を繰り返すからな……)
「僕を、エサに逃げ出したこと」
ようやく、キムの発言で、ブラークも察し、苦笑い。
「……大して捕まった差がないだろう。結局、その後に、俺たちも捕まったし」
キムを生け贄に出しても、ブラークも、カーチスも、足りないと、最後に確保されていたのである。
じっとした灰色の目が、ブラークを捉える。
「悪かったって」
拗ねている姿を放置し、どうする?と、ブラークに目配せする。
やれやれと、首を竦めていた。
しばらくの間、誰も口を開かず、それぞれに佇んでいる。
「みんな真面目に、授業していたね」
拗ねていたキムが、ボソボソと紡いだ。
「そうだな」
面白くない話題だったが、ブラークが頷いていた。
キム同様に、カーチスも考え耽っていたのだった。
そして、卒業が近いのを意識しざるをえない事実に、心が萎えていた。
腕組みをし、木に凭れているカーチス。
「卒業したら、どうする?」
上目遣いで、キムが二人を窺っている。
「僕は、まだ決まっていないけど……」
「俺は、未定だ」
ブラークが答えた。
最後に残っているカーチスを、一斉に二人が捉えていた。
黙ったままだからだ。
「カーチス?」
話を聞いていなかったのかと、キムが声をかけた。
「……漠然だけど、決めている」
まさか、決めていると、思ってもいなかった。
珍しく真面目な表情から、目が離せない。
「どんな?」
恐る恐ると言う眼差しを、キムが傾けている。
「まだ、秘密だ」
「えっ」
自分たちは、友達ではないのかと、ショックを受けていた。
「俺たちにもか?」
隠し事をしている親友を、ブラークが咎めた。
「そうだ。もう、しばらく内緒だ」
納得できない答えに、ブラークが、ぷいと横を向く。
意外と、頑固なところがあるカーチス。
問い詰めても、吐かないことを把握していた。
だから、せめてもの、抵抗を表したのだった。
「遠くへは、行かないよね?」
探るような、臆病なキムが、問いかけた。
「遠くへは、行かないさ」
「本当だね」
強く、念を押した。
「ああ」
「よかった……」
「今のうちは、まだバカをやっていたいな」
ボソリと、本音をカーチスが漏らしたのだった。
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